イエスキリストは昨日も今日もいつまでも変わる事がない
タラハシー フロリダ州 アメリカ合衆国
説教番号: 53-0215
日付: 1953年2月15日(53-0215)
1. バクスター兄弟、ありがとうございます。
皆さん、こんばんは。
今夜ここで、私たちの主イエスの御名によって奉仕できますことを、とても幸せに思います。
初日から遅れてしまい、心からおわび申し上げます。
古いイギリスのことわざに、
「悪い始まりは、良い終わりをつくる」
という言葉があります。
この集会も、まさにそうなるようにと願っています。
私は、この町と周辺地域に住む病んでいる方々、助けを必要としている方々のために祈るために来ました。
しかし、それは私自身の力でも、
私自身の名でも、
私自身の権威でもありません。
私には何ひとつありません。
私はただ、
主イエス・キリストの御名によって、
そのしもべとして、
人々に仕えるために来たのです。
そして、ここで過ごすこの日々が、
皆さんにとって祝福となり、
また私たちにとっても祝福となるよう願っています。
私はあなたがたのために祈ります。
そしてあなたがたも私のために祈ってください。
そうすれば私たちは共に――
主の葡萄園で働く神の働き人となるでしょう。
今回が、私にとってこの地方――
フロリダのこの地域に来るのは初めてです。
そして私はずっと、
タラハシーに来たいと願っていました。
2. 今日、マネージャーと妻と一緒に、
通りで軽い昼食をとって店を出たときのことです。
ひとりの小さな女の子が私に気づき、
窓越しに手を振ってくれました。
「ブラナム兄弟、わたしのこと覚えてないの?」
と彼女は言いました。
「ごめんよ、覚えていないようだね。」
と私は答えました。
六つか七つくらいの――
きれいな青い目をした、かわいらしい子でした。
やがて彼女が自分が誰かを話してくれたとき、
私はすぐに思い出しました。
この近くの町に住む、あの小さな女の子でした。
彼女は事故で片方の目を傷つけ、
視力を完全に失ってしまっていました。
医者はこう言ったのです。
「望みはまったくありません。
その目が再び見える可能性はゼロです。」
しかし――
信仰に満ちた、必死なお父さんは諦めませんでした。
「いいえ、望みはあります!」
そう言って娘を毛布に包み、
そのままジェファーソンビルまで車を走らせたのです。
途中、ガソリンを入れる以外は決して停まらず、
徹夜で運転して来られました。
ちょうど私が教会を出るところで、
夜遅く――おそらく今の時間くらい――
彼らは到着しました。
私は庭に出て、その小さな女の子のために祈りました。
そして今日、
彼女は「どっちの目が悪かったのか」
自分でもはっきり言えませんでした。
両方とも、あまりに完全で、
どちらが癒された方かわからないほどだったのです。
主が、完全に癒してくださったのです。
3. その子は、私に小さな贈り物をくれました。
小さな封筒でした。
私は子どもと話しながら、深く考えもせず、
それをポケットに入れてしまいました。
家に帰って開けてみると――
それはバレンタインカードでした。
「なんて可愛いんだろう。」
私はそう思いました。
小さな女の子が書いた、
とても美しい小さな詩が添えられていました。
そして、今夜その子は、この会衆の中に来てくれています。
本当にありがとうね、かわいい子。
心から感謝しています。
友だちというものは、こんなにも尊いものだと感じました。
私は、本当にうれしく思っています。
完全に切断されていた視神経が、縫い合わせられただけではなく、
主イエスご自身がその目に“視力”を戻してくださったのです。
偉大な癒し主なる神が、
あの子を完全に癒してくださったのです。
私は信じています。
あのお父さんの信仰、
そしてあの小さな子どもの信仰に、
神が応えてくださったのだと。
そして私は願っています。
この一連の集会が終わるころ、
この証しのように、
私たちの主イエスをあがめる“多くの証し”が聞かれるように。
4. さて、クリスチャンの皆さん――。
新聞や記事、雑誌などが、
私のことを“神の癒し手(ディヴァイン・ヒーラー)”と呼ぶことが、
これまで何度もありました。
しかし、それは間違っています。
私は癒し主ではありません。
私は皆さんの兄弟であり、
ここにおられる牧師の先生方と同じく、
神の御国の中で働く“協力者”にすぎません。
私にできることはただひとつ――
病の人々のために祈ることだけです。
私は誰ひとり、癒すことはできません。
そして、私が聖書をへりくだって読み進める限り、
あなたを癒すことができるのは、ほかの誰でもありません。
あなたの癒しは――
イエスがカルバリーで死なれたその瞬間に、すでに“買い取られた”のです。
あなたの救いがそうであるように。
あなたは、去年救われたのではありません。
十年前に救われたのでもありません。
あなたの救いは、約1,900年前にすでに成し遂げられたのです。
ただ、あなたが“その救いを受け入れた”のが去年であり、十年前であっただけです。
同じように――
あなたの癒しも、約1,900年前にすでに成就しているのです。
ですから、私たちにできる唯一のことは、
ただひとつ。
イエスがあなたのためにすでにしてくださったことを、
あなたに指し示すことだけなのです。
5. ミニスター――あなたの牧師は、
聖書からこのことを読み上げることができます。
そして、あなたがそれを信じるなら、それで十分なのです。
大切なのは、
あなた自身の信仰が、
イエスの“救いの功績”にしっかりと寄りかかること。
魂の救いも、
体の癒しも、
そこに土台があります。
預言者はこう言いました。
「彼は、私たちのとがのために刺し通され、
その打たれた傷によって、私たちは癒された。」
そして聖書はまたこう言っています。
「信仰は聞くことから来る。
聞くことは、神の御言葉による。」
まず、“聞く”必要があります。
そしてそれがどこから来るのか――
その“源”を知らなければなりません。
そこに信仰の土台を置くのです。
そして、
あなたの“信仰の度合い”に応じて、それがあなたに成されます。
この教えは、
何百年もの間、教会で続けられてきた正しい秩序です。
約1900年もの間、
あらゆるキリスト教会で、“病人のための祈り”が教えられてきました。
初代の使徒たちの教会は、病の人々のために祈りました。
暗黒時代を通しても、人々は病人のために祈りました。
宗教改革のときには、ルターも人々の癒しを祈りました。
ウェスレーの時代もそうです。
カルヴァン、ノックス、ムーディ、サンキー――
どの時代も、
神の民は、“病人のために祈る”ことを続けてきたのです。
6. 私のへりくだった理解では――
私たちは今、“終わりの時代の近く”に生きているのではなく、
“終わりの時代そのもの”の中に生きているのだと思います。
そして、
神が最後の時に送ると約束された
“教会の回復(リストレーション)” の時が来たと信じます。
御言葉は、
この時代が暗くなり、
悪が満ちるほどに増し加わるとき、
「いなご、毛虫、あらゆる虫が食い尽くしたものを、
主がすべて元どおり回復する」
と語っています。
私は、
まさに今が、“霊的賜物が教会に回復される時”であると信じています。
しかし、その中にあって――
偽物も必ず現れます。
サタンは狡猾で、
“不従順の子らの中に働く”と聖書にあります。
彼は“まねる”ことができます。
外見を似せ、行いを似せることができます。
しかし――
本物の神の御霊は、
つねにイエス・キリストに栄光をお返しします。
そこが決定的な違いです。
そして今、
雑誌や新聞でご覧いただいているように、
私は“病の人々のために祈る”務めを
神から委ねられました。
その働きを通して、
世界中で「神の癒しのリバイバル」が広がりました。
私たちはそれを、心から感謝しています。
そして私は祈ります――
この働きが、主イエスがおいでになるその日まで、続きますように。
主が豊かに祝福してくださいますように。
7. さて、ここで聖書から御言葉を読ませていただきます。
どんな集会も、御言葉を読むことなしには完成しません。
私の言葉は人の言葉――移ろいやすく、倒れてしまうこともあります。
しかし、神の御言葉は決して失敗しません。
ですから、今夜はヨハネの福音書第4章から、
14節あたりよりお読みしたいと思います。
ここでは、イエスご自身が登場し、
罪あるひとりの女性――井戸端で出会ったサマリヤの女――と
語り合っておられます。
“水”についての対話です。
「しかし、わたしが与える水を飲む者は、
決して渇くことがない。
わたしが与える水はその人のうちに、
泉となり、永遠のいのちに至る水がわきあがる。」
女はイエスに言いました。
「主よ、その水を私に下さい。
もう渇くことがなく、ここへ水をくみに来なくていいように。」
イエスは言われました。
「行って、あなたの夫を呼んで来なさい。」
女は答えました。
「私には夫はありません。」
イエスは言われました。
「その通りだ。『夫はありません』と言ったのは正しい。
あなたには五人の夫があったが、
今あなたと一緒にいる者は、あなたの夫ではない。
あなたは本当に正しく言った。」
そのとき女は言いました。
「主よ、私はあなたが預言者だと感じます。」
そして、
ヘブル人への手紙13章8節にはこうあります。
「イエス・キリストは昨日も今日も、
いつまでも変わることのない方です。」
8. イエスは言われました。
「しばらくすると、この世(world)は、もはやわたしを見ない。
しかし、あなたがた(ye)は、わたしを見る。」
この “you / ye” とは――
主の教会、信じる者たちです。
不信者は、決して見ることができません。
見るのは信じる者だけです。
イエスはさらに言われました。
「わたしはあなたがたと共におり、
あなたがたのうちにおり、
世の終わりまでいる。」
その通りでしょうか?
「イエス・キリストは昨日も今日も、
いつまでも同じ方である」――これは真理です。
もし、私たちが“昨日のイエスの働き”を聖書で見るなら、
今日も同じ働きが見られます。
そして、永遠に変わることがありません。
そして皆さん、
イエスは――
ご自身を “癒し主(ディヴァイン・ヒーラー)”と名乗られませんでした。
ご存じですね?
イエスはこう言われました。
「わたしがしているのではない。
わたしのうちにおられる父が、そのわざをなさっている。」
つまり――
イエスご自身も、“癒し主”とは名乗らなかったのです。
9. それでは、ヨハネの福音書5章19節のところに目を向けてみましょう。
イエスが ベテスダの池 のそばを通られたとき――
そこには、
足なえ、弱りきった人々、病み衰えた者たちが “大勢” 横たわっていました。
しかし主は、その群衆のただ中を通り抜け、
そこで 床(パレット)に横たわっていた一人の男のところへ向かわれました。
今で言えば、薄い敷物か、小さな寝具のようなものです。
そして――
主はその男を癒されました。
奇妙に思えるのは、この点です。
イエスは、その周囲にいた盲人、手足の萎えた者、弱り切った多くの人々を“すべて通り過ぎ”、
その一人の男のところだけに行かれた。
さらに聖書はこう言っています。
イエスは “彼が長い間その状態にあることを知っておられた” と。
彼は三十八年ものあいだこの病に苦しんでいました。
おそらく腎臓の病、糖尿病、あるいは結核のような、
長く続く慢(まん)性の病気だったのでしょう。
もし、それがガンや致命的な病であれば、
三十八年も生き延びることはできなかったはずです。
イエスはその男を癒され、
そのまま、そこにいた無数の病人たちを残して立ち去られました。
盲人、足なえ、手の萎えた者――
誰一人触れずに。
10. 今日、もし同じことが起こったとしたら、みなさん想像できますか?
当時の人たちと同じように、きっとこう言われることでしょう。
「どうしてあの人は癒さないんだ?」
「この人を癒してみろ。そうしたら信じてやる。」
「十字架から降りてみろ。そしたら信じるぞ。」
あるいは、目隠しをして頭を殴りながら、
「さあ、預言者なら誰が叩いたか当ててみろ。そしたら信じてやる」
と。
しかし、主は一言もお答えになりませんでした。
人を喜ばせるために振る舞うようなことは、決してされなかったのです。
イエスは “父のみこころ” を行われたからです。
そして私たちも、まさにそれを行うべきなのです。
さて、後になってイエスは質問されました。
ヨハネ5章の19節と20節です。(ご自宅でぜひ章全体を読んでみてください。)
そこで主はこう言われました。
「まことに、まことに、あなたがたに言います。
子は自分からは何もすることができません。
父がしておられることを見て、それをするだけです。」
父がなさることは、すべて子に示される。
そしてイエスは続けられました。
「あなたがたが驚くために、この“糖尿病の人”を癒したことよりも
さらに大いなることを、父は私に示される。」
その通りですね。
イエスは、
「子は、自分自身からは何もできない」
と語られました。
さらに、こう言われました。
「父が働かれるので、私も働く。」
つまり、主は決してご自身の栄光のために行動されたのではありません。
「私は、父が示してくださったことだけを行う。
父が示してくださるまで、私は何も行わない。
しかし父が示されたことについては、私は必ず行う。」
これがイエスご自身の宣言です。
11. 主は 昨日も今日も、そして永遠に変わらない方 です。
その現れ方も、昔も今も同じです。
お祈りいたしましょう。
天の父なる神様。
私たちは今夜、
あなたの愛する御子イエスの御名によってここに集まりました。
ただあなたを崇め、栄光をお返しするためだけに、ここにおります。
どうかあなたのあわれみが、
ここにいる一人ひとりに豊かに注がれますように。
私たちはあなたに感謝いたします。
あの、どこまでも愛らしく、どこまでも優しい御子イエスが
この地上に降りて来てくださったことを。
私たち異邦人は、もともと
望みもなく、あわれみもなく、
神から離れ、キリストから離れ、
罪と咎の中に死んでいた者でした。
神なき世界で、
罪人の墓へ、悪魔の地獄へと向かっていた者でした。
しかしキリストは来られ、
私たちの身代わりとなってくださいました。
人の姿をとり、
私たちの背きのために傷つけられ、
私たちの不義のために砕かれ、
私たちの平安のために懲らしめを受け、
その打ち傷によって私たちは癒されました。
そして主は命じられました。
「全世界に出て行き、この自由の福音、解放の福音を
すべての者に宣べ伝えよ」と。
闇に座していた異邦人に向かって、
大きな光が輝く と。
主よ、この福音が今もなお前進していることを、
私たちは心から感謝いたします。
主が語られた御言葉、
「全世界に」 と言われたその言葉は、
まだ成就しきっていません。
いまも説き続けられているということは、
終わりがまだ訪れていないというしるしです。
私たちは、その愛らしいお方――
イエス・キリストを代表できる特権が与えられていることを、
心の底から感謝いたします。
12. ああ神様。
今夜、この集会の初めにあたって、特にお願い申し上げます。
この学校の講堂を、今夜私たちに貸してくださった方々を祝福してください。
テントが破れてしまったためですが、
このように心を開いてくださったことを感謝いたします。
主よ、この学校を祝福し、
ますます繁栄しますように。
そして、福音に対して開かれた心を持つ人々の存在を、
心から感謝いたします。
また、今夜ご自身の教会を閉め、
その会衆をこちらへ送り出してくださった牧師たちをも
どうか祝福してください。
これらすべてのことのために、
天のお父様、私たちは心から感謝いたします。
どうか彼らに報いてください。
主よ、どうかそのようにしてくださいますように。
そして今夜、私はここに立って語っています。
あなたが 昔と変わらない愛らしいイエス様 であり、
今日もなおあなたの教会の中で働いておられる方であることを。
どうか今夜、この教会が、
エマオへ向かった弟子たちが受けたものを、
同じように受け取ることができますように。
エマオの場で、あなたはあることをなさいました。
一日中、彼らと共に歩いておられたのに、
弟子たちはあなたを認識できませんでした。
しかし、その日の終わりに、
あなたがパンを裂かれた時――
その裂き方、
その出来事の中に、
彼らは「ああ、これは主だ」と悟りました。
13. 主よ、
今夜ここには、多くの病を抱えたクリスチャンたちが座っております。
どうか今夜、この場で、
あなたが地上におられた時——肉体をまとったインマヌエルとして歩まれた時と同じように、
何かしるしを、私たちのためになしてくださいますように。
そして、その出来事を通して、
人々が「ああ、主がここにおられる」と悟ることができますように。
天のお父様、
私は今、自分自身をあなたにお委ねいたします。
ここに集まっているこの教会の一人ひとりも、
ともにあなたにおゆだねいたします。
どうか私の唇と心を、
あなたのご奉仕のために“割礼”してください。
また、人々の耳と目にも“割礼”を与えてくださり、
覆っている鱗が落ちて、
見えるべきものが見え、
聞こえるべきものが聞こえるようにしてください。
そして今夜、私たちがそれぞれの家へ帰る時、
エマオから帰った弟子たちのように、
「道々、主が私たちと歩き、語ってくださったので、
私たちの心は燃えたではないか」と
互いに言い合うことができますように。
イエス・キリストは昨日も今日も、いつまでも変わることのない方です。
その御名によって、
そしてその栄光のために、
お祈りいたします。
アーメン。
14. [背後で何か聞き取りにくい会話の音]
私たちの集会では、
できるかぎり、必要を抱えた方々のお力になりたい——
それが私たちの習わしです。
そして今夜、このつたない私たちの努力を通しても、
神が皆さん一人ひとりを祝福してくださるようにと願っています。
これから、病を抱えた方々をお一人ずつ壇上にお呼びします。
並んでいただいた順に、ひとり、またひとりとお祈りをさせていただきます。
すでに申し上げたように、
私は誰ひとり癒すことはできません。
私自身には癒す力は何もありません。
しかし、
もしあなたの信仰が、
主イエスがすでにあなたのために成し遂げてくださったことを
“受け取るところ”まで引き上げられるなら——
そのとき、癒しが現れるのです。
そして、
この集会で起こるすべての癒し(そしておそらく多く起こるでしょう)が、
実は神の御前ではすでに完了していることを忘れないでください。
私たちにできるのは、
ただ何か一つ言葉をおかけすること、
あるいは聖霊が何かを行ってくださり、
それをきっかけにあなたが“見上げる”——
そして“主がしてくださったことを受け取る”
その助けとなることだけです。
主があなたを祝福してくださいますように。
15. では……(ビリー、何番でしたか?H ですか?)
祈りのカードは、毎日あらためて配布しています。
バクスター兄弟が、すでにこのことを皆さんに説明してくださったと思いますが、
午後の集会には必ず出席して、説明を受けてから祈りのカードをお受け取りください。
祈りのカードを人に譲ったり、
集会に出ていない方に渡すことはできません。
それは規則に反します。
皆さんはまず、
説明を聞き、福音を聞き、主イエスを信じ、
そのうえで祈りの列にお入りいただくのです。
では、祈りの列を始めましょう。
こちら側に並んでいただいて、
この通路を通って壇上へお進みください。
まず最初の十五名から始めます。
1番から15番の方——
おそらく、一度にお祈りできるのはそのくらいでしょう。
H……(そうだね、ビリー?)
H-1 から H-15 の方です。
祈りのカード H-1 をお持ちの方、いらっしゃいますか?
カードには名前と住所が片面に、もう片面には番号とアルファベットが記されています。
H-1 の方、前にお進みください。
16. では、皆さん——
祈りのカードを裏返して、
周りの方のカードも見てあげてください。
近くに耳の聞こえない方がいるかもしれません。
その場合、番号が呼ばれても分からず、
どこに並べばいいのかも伝わりませんから。
H-1 から H-15、まずその番号の方々が先です。
そのあと、時間が許す限り、また次の方々をお呼びします。
H-1、H-2、H-3、H-4、H-5、H-6、H-7……
お持ちの方は、その番号順に前の通路に並んでください。
案内係の兄弟たちと、わたしの息子が列を整えます。
もし、15人そろっていなければ、
——バクスター兄弟、15人に満たない時は知らせてください——
耳の聞こえない方や、
車椅子の方、動けない方がいるかもしれません。
もし番号を呼ばれても前に来られない方がいたら、
その方は手を上げてください。
誰かが必ず助けに行きますから。
17. さあ——
では、皆さん、心を鎮めてください。
どうぞ敬虔な態度でいてください。
そして、あの美しい古い賛美歌
「Only Believe(ただ信じなさい)」
を思い浮かべながら、ゆっくり歌いましょう。
♪ Only believe… ただ信じなさい…
歌っている間、心の中でこう思い描いてください——
イエス様が、ある朝、山を下って来られる姿を。
すると、一人の父親が近づいてきます。
息子はひどい癲癇(てんかん)で苦しんでおり、
弟子たちはどうすることもできませんでした。
彼は主の前に来て叫びます。
「主よ、助けてください!」
イエス様は静かに答えられました。
「もし信じるなら、わたしはできる。」
(あの婦人の祈りのカードの番号を確認してください。
……14番ですね。はい、わかりました。
ナイト兄弟、彼女はそのままここに座らせておいてください。
こちら向きにしてくだされば、わたしから見えます。
はい、そのままで結構です。)
18. さて——兄弟姉妹の皆さんにお願いがあります。
わたしは、人を長く立たせたり、長い時間引っ張ったりはしません。
というのは、これから扱うのは「幻(ビジョン)」だからです。
幻というのは、何度も続けば、人を消耗させます。
後で長く話さなくて済むように、今お話しておきます。
預言者ダニエルのことを覚えていますか?
彼はただ一つの幻を見ただけで、
何日も頭を痛め、悩み続けました。
覚えておられますね?
ですから、
ここで聖霊がこの壇上で人々に臨むとき、
どうか、その瞬間を“あなた自身のもの”として受け取ってください。
そして——
完全に敬虔な心でいてください。
動き回ったりせず、ただ静かに。
(ビリー、それをそこまで動かしてくれ。)
ときどき、幻が働いている最中は、
自分がどれほど大きな声で話しているのか分からなくなることがあります。
(わたしを見ていてください、バクスター兄弟。)
だからこそ、マイクを少し離して置いておくのです。
19. さて、皆さん——
心の底から信じてください。
そうすれば、今から祈ることができますね?
今、ひとりの男性が、わたしの前に立っておられます。
もちろん、わたしはこの方をこれまで見たことがありません。
初めてお会いするんですね?
——そうですか。
あなたのお名前は?
(男性が「ウィリアム・ベイツ」と答える)
ベイツさん、分かりました。
わたしの名はブラナムです。
お会いできて嬉しいです。
(横に向かって小声で)……はい、結構です。
さて、私たちは見知らぬ者同士です。
人生で出会うのはこれが初めてです。
けれど、あなたはおそらく“助け”を求めてここに来られたのでしょう。
もしそうなら、神があなたを助けてくださいますように。
兄弟、もし私の中に、
あなたを助けられるような何かがあるなら、
「はい、私がやりましょう」と言いたいところです。
もし医者が薬を持っていて、
そしてあなたの病の原因がはっきり分かっていたなら、
もちろん医者はあなたを助けられるでしょう。
わたしは人を愛しています。
でも——
わたし自身の力では、あなたを助けることはできません。
ただ一つ、
わたしは “助けのすべて” を持っておられる方を
代表してここに立っているだけです。
もしあなたが本当に助けを受け取るのなら、
その助けはすべて “主ご自身” から来るのです。
わたしはただ、
そのお方の代表として、ここに立っているだけです。
20. さきほどバクスター兄弟が話していましたね。
“ある時、天使が私を訪れ、この働きについて語った”——
あれは本当のことです、兄弟。
その天使は、
「あなたは病人のために祈るために生まれた」
そう私に告げました。
それが、私の生涯の使命だと言われたのです。
私はこう思いました。
「自分は学もないし、人々が信じてくれるだろうか……」と。
でも、幼いころから、私はその働きに呼ばれていたのです。
あなたは、それを信じますか?
さて、主イエスは井戸端のサマリヤの女に会われた時、
しばらく彼女とお話になりました。
そして言われました、
「水を飲ませてください」 と。
あれは、彼女の“霊”に触れようとしておられたのです。
あなたは今夜、このプラットフォームで
最初の方(患者) です。
ですから、
私がまずしなければならないのは、
あなたの霊に触れることなのです。
私たちは、二人ともただの人間で、
やがては神の御前に立つ者です。
けれど同時に、あなたの中には
永遠に生きる“霊” があるのです。
そして、ここにいる私にも霊があります。
もしあなたが病を持っているなら、
それはサタンがもたらしたものです。
そして主は、
「病人のために祈れ」 と私を遣わされました。
ですから今、
あなたの霊と、私の霊とが、主の前で向き合うのです。
どちらの霊に“心をゆだねるか”——
それがすべてを決めます。
もしあなたが
ここで語られることを信じるなら、
それは真実となり、あなたは癒されます。
もし信じなければ……
もちろん、何も起こりません。
これは“証明のための働き”にすぎないからです。
21. しかし、私はあなたのことを何も知らない“見知らぬ者”です。
にもかかわらず、こうしてあなたと話していて、
もし聖霊が、ちょうど主イエスがサマリヤの女にされたように、
あなたの問題が何であるかを私に示してくださるなら——
イエスは彼女を見つめ、
彼女の内側の“問題”を正確に言い当てられました。
彼女は“不法な生活”の中にいましたね。
主はそれを指摘され、
彼女は心を明るみに出され、そして解放されたのです。
もしイエス・キリストが昨日も今日も、とこしえまでも同じ方なら、
あなたの問題もまた、同じようにお示しになるはずです。
主は、あなたがどこに苦しみを抱えているのかをご存じです。
そして、それを私に“知らせること”もおできになります。
あなたは、それを信じますか?
あなたがそう信じているのを知って、私はうれしく思います。
あなたの病は——
喘息(アズマ)ですね。
そうでしょう?
いま咳をされたから言うのではありません。
朝になると、あなたは本当に、本当にしんどい状態でしょう。
その症状は間違いありません。
しかし、もう一つ話します。
病だけではありません。
あなたは 神経がとても疲れやすく、緊張しやすい。
それが原因となって、
前立腺の症状 を起こしていますね。
夜中に何度も目が覚めてしまう……そうでしょう?
そして、あなたには 煙草の習慣 がある。
そうですね?
さらに言えば——
あなたは、まだキリストの霊に満たされた“クリスチャン”ではありません。
あなたは、救い主イエス・キリストを必要としていますね?
そうでしょう?
これらのこと全部——
私にはあなたを知る理由は何一つありません。
それでも、
私が口にしたことがすべて真実なら、
右手を上げてください。
(※男性が手を上げる場面)
ありがとうございます。
いま、私があなたに語ったことは——
私自身ではありません、兄弟。
私にはそんな力はありません。
語ったのは、
主の御使い——主の御霊です。
これが真理です。
それでは、もしこれが真実であるなら、
どうぞ、こちらへ来てください。
あなたは今、
イエス・キリストを救い主として受け入れる備えができていますか?
いまこの瞬間、
あなたのすべての罪の赦しを願い求め、
残りの生涯をキリストと共に歩みたいと願いますか?
そう願うなら、今、この場で主に告白してください。
22. 頭を垂れてください。
全能の神よ——
いのちの創り主、あらゆる良き賜物の与え主なるあなたよ。
どうかこの哀れな罪人の男に憐れみをお与えください。
この方は今ここに、神から離れ、迷い、
あなたから切り離されたまま立っております。
主よ、
今この瞬間、彼は“何かが起こっている”ことを悟っています。
天の神ご自身——
いつの日か彼の魂をこの世から運び出されるお方の
“臨在”の中に自分が立っていることに気づいています。
そして今夜、主よ、彼は
あなたの御子イエス・キリストを
自分の救い主として受け入れました。
病み、苦しみ、みじめで、
迷い、失われていた彼……
なんという状態だったことでしょう!
どうぞ、神よ、憐れんでください。
彼のすべての罪をお赦しください。
そして、この夜が
彼にとって 決して忘れることのできない夜 となりますように。
この会衆の前、この講壇の前で、
あなたを救い主として受け入れたこの瞬間を
忘れることがありませんように。
私は祈ります——
どうか彼の身体から病を追い払い、
彼が長く、健やかに、
あなたに仕えながら生きる者となりますように。
主よ、どうかそれをお与えください。
イエス・キリストのお名前によって祈ります。
アーメン。
あなたはいま、主を救い主として受け入れました。
あなたはクリスチャンです。
そして——
もう罪を犯してはなりません。
神はあなたを癒してくださいます。
神の祝福がありますように。
23. 「神に感謝します」と皆で言いましょう。
さあ、こちらへどうぞ、婦人。
こんにちは。祈りのカードをお持ちですか?
ああ、持っておられますね。てっきり係の方に渡されたのかと思いました。
あなたは、心の底から信じますか?
もし——
私たちの主イエスが、今ここにこのスーツを着て立っておられるとしたら、
あなたに今以上のことは何もなさらないでしょう。
できることといえば、
あなたの人生のことを示されるくらいで、
“癒し”そのものはもうすでに成し終えられているからです。
主はあなたを“二度癒す”ことはできません。
癒しは、主が十字架で死なれた その時にすでに完了した のです。
あなたは、今、何かが起こっていることに気づいていますね。
“これは何だろう?”と思っておられる。
でも、心配はいりません。
それは主の御使い——主の臨在です。
あなたは、この辺りでよく知られた方ですか?
(婦人「知人はいますが、町外から来ています」)
そうですか。
あなたは今、確かに 何かが起こっている と感じておられますね?
それは、主の御使いがここにおられるからです。
あなたは苦しんでおられますね……
あなたは最近、診察を受けました。
そして 腫瘍 があると言われましたね。
それだけでなく、
あなたは誰かのことで心を痛めています。
それは 小さな女の子——小さなお子さん のことですね?
(婦人「その通りです。私の子どもです。」)
はい。
では、私が聖霊によって
そのお子さんの病気が何か を言い当てたなら、
神がその子を癒してくださると信じますか?
——その子は 腎臓の病気 です。
そうでしょう?
さて、あなたは
天の父なる神が、御子イエス・キリストを遣わされたこと、
そしてそのキリストが私をそのしもべとして遣わされたこと
を信じますか?
もし私が神に祈り求めるなら、
あなたご自身は癒され、
お子さんも良くなると信じますか?
(婦人「信じます。」)
では、こちらへ来てください。
24. 頭を垂れましょう。
主なる神よ——
この小さく震えている若いお母さんを、どうぞご覧ください。
サタンは、いままさに
この赤ちゃんから母親を奪おうとしている かのような状態です。
ああ、全能の神よ、
どうかこの娘さんに憐れみをお与えください。
あなたが彼女を癒してくださいますように。
そして、彼女の小さな赤ちゃんも——
どうか良くしてやってください、主よ。
私は、彼女をその子どものもとへ “遣わします”。
どうか、母も子も共に癒されますように。
あなたの栄光のために、そうなりますように。
この祝福を、神の御子イエス・キリストのお名前によって願います。
アーメン。
神の祝福がありますように、婦人。
さあ、よく聞いてください。
お子さんのところへ帰ったら、
その子にあなたの手を置いて、こう言ってください。
「主よ、私と私の子どもを癒してくださったことを感謝します。」
そして、信じて進みなさい。
あなたが信じたとおりに、そのようになります。
神の祝福がありますように。
25. 神を信じなさい。疑ってはなりません。ただ信じるのです。
こんにちは。
あなたは心の底から信じていますか?
もし私たちの主イエスご自身が、
“今ここに私のように見える形で”立っておられたとしても——
(実際には、主はここにおられますが)
あなたは、今見えている私を見るそのように、
主を目で見ることはできません。
主はこうおっしゃいましたね。
「しばらくすると、この世はもはやわたしを見ない。
しかし、あなたがたはわたしを見る。
わたしはあなたがたと共に、あなたがたのうちにおり、
この世の終わりまで共にいる。」
あなたはこれを信じますか?
そして、
私がその主の“しもべ”としてここに立っていることも信じますか?
(婦人:「はい、信じます」)
あなたがそれを信じるなら——
その腫瘍はあなたから去ります。
信じますか?
(婦人:「はい」)
あなたには腫瘍があります……
腺(せん)、婦人科の問題です。
そうですね?祈り
天の父よ、
今夜この姉妹のために祈ります。
どうかあなたの憐れみが彼女に注がれ、
あなたの栄光が彼女を覆い、
彼女の信仰を通して
この忌まわしい悪霊——“腫瘍”と呼ばれるものが
彼女から離れ去りますように。
主なる神よ、
あなたのしもべとして、
この信じる者のために憐れみを求めます。
サタンよ——
神の御子イエス・キリストの名によって命じる。
この女性から離れよ。
彼女から出て行け。
神の祝福がありますように、姉妹。
信仰をもって行きなさい。
心の底から信じるなら——
そのようになります。
神の祝福がありますように。
26. こんにちは。
あなたはこの町にお住まいですか?
——いえ、町の外から来られたのですね。
私は、あなたにいくつか質問をしています。
それは あなたの霊を見極めるため です。
あなたと私は見知らぬ者同士ですからね。
(婦人「その通りです」)
私はあなたを知りません。
しかし、この場には あなたを知っておられる“お方” がいます。
そのお方は、あなたが生まれた瞬間も、
いや、生まれる前からあなたを知っておられました。
あなたが一口の食べ物を口にし、
一杯の水を飲むたびに、
それを与えたのはそのお方です。
そのお方は私にも与えてくださいました。
私たちのすべてを知っておられるのです。
私は、あなたがクリスチャンであることがわかります。
しかし、あなたの状態は深刻です。
神の助けを受けなければ、
あなたは間もなく“遺体”となってしまうでしょう。
そしてあなたの魂は神の御前に立つことになります。
しかし、その部分については、
あなたはすでに準備ができていますね。
——あなたは信じる者だからです。
けれど、あなたは 癌(がん) に苦しんでいます。
この癌は、あなたの体の中を広く侵しています。
脇腹にもあります。
結腸にもあります。
そうですね?
あなたは、神があなたを癒すことができると信じますか?
(婦人「神様ならできます」)
では、こちらへ来てください。
27. ちょっと待ってください、姉妹。
ここで一つ 正しておかなければならないこと があります。
あなたは「神様は“できる”」と言われましたね。
しかし、正しくはこうです。
「主はすでに“してくださった”。
そして私は今、それを受け取ります。」
いいですか?
少しだけ注意して聞いてください。
あなたの信仰は、その次の段階に進まなければなりません。
そうです……それでいいのです。
私はあなたを助けようとしているのです、姉妹。
なぜなら——
このままでは、あなたは間もなく死に、
この世を旅立たなければならない からです。
何かが“なされなければ”ならないのではありません。
それはすでに“成し終えられている”のです。
私は、あなたの信仰を
その「完了された領域」にまで引き上げようとしているのです。
あなた自身、状態がどれほど深刻か理解していますね。
あなたには助けが必要なのです。
あなたが「神はできる」と言う時——
それはこう言うのと同じです。
「ブラナム兄弟、
あなたは5ドル私に貸すこと“ができる”のは知っています。
私はひどく困っています。
食べるものもなく、夕食もありません。
あなたには5ドルを私に貸す力があります。
どうか、もしよろしければ貸してください。」
——これでは助けにはなりません。
問題は 「神がする能力があるかどうか」ではない のです。
神の“能力”を疑う人は誰もいません。
争点はここです。
“神がすでに何をしてくださったか”
そして
“あなたを助けることをどれほど望んでおられるか”
そして、姉妹……
神はすでに
・福音をあなたに語る説教者たちを送り
・聖霊を遣わし
・約束を与え
すべて整えてくださっているのです。
そうですね?
そうでしょう?
28. 姉妹、たとえばですが——
あなたのこれまでの人生は、決して“安楽な花園”ではありませんでしたね。
多くの悲しみ、多くの苦しみに満ちていました。
そして、あなたは数日前、
まさに この問題について祈っていました。
「もしこの集会に来ることができて、
ここで祈っていただけるなら、
神様は私を癒してくださる」
——あなたはそう祈ったのです。
そうでしょう?
あなたの祈りはまさにそれでしたね?
(婦人「その通りです」)
では——。祈り
主イエスよ、神の御子よ、
どうか、この死にかけている女性に憐れみを注いでください。
父よ、私は今、
あなたの御前に立つ“代表者”として
彼女の癒しを求めます。
あなたはこう言われました。
「病人に手を置けば、その人は癒される。」
主よ、医者たちは
自分たちにできることをすべて行ってくれました。
しかし、この病は医者から隠れることはできても、
あなたからは隠れることができません。
あなたは神です。
そして今、この壇上で、
あなたはこの病を“暴き出されました”。
ですから私は命じます——
イエス・キリストの名によって。
この女性から離れよ。
彼女から出て行け。
どうか彼女が癒され、
長く神に仕える者となりますように。
イエスのお名前によって祈ります。アーメン。
神の祝福がありますように、姉妹。
喜びと共に、感謝して帰りなさい。
29. こんにちは、姉妹。
あなたは信じますか?
心の底から?
ああ……そうでなければなりません。
あなたのそばには暗い影がかかっています。
それは“死”を意味しています——癌です。
そうですね?
もし神が助けてくださらなければ、
あなたは長くはもたないでしょう。
いま、あなたの信仰は“そこまで”届いていますか?
いま、この瞬間、信じますか?
さあ、よく聞いてください——
あなたが今感じているその“何か”。
もしそれが 神の御霊だ とあなたが受け取るなら、
あなたが求めているものを必ず受け取ります。
そうしますか?祈り
主イエスよ、
どうかあなたの御言葉を今ここで確証してください。
私はこの婦人に手を置き、
神の御子イエス・キリストの名によって
その癒しを求めます。
アーメン。
この女性の身体を縛りつけている癌よ、
呪われよ。
ここには神の教会がいます。
神を信じる子どもたちが立っています。
そして私は、この場で
主イエスを代表して立っています。
サタンよ、お前はこのことをすべて知っているはずだ。
生まれて間もない頃から
“御使いによって託された働き”の証しのもとに、
私は命じる——
イエス・キリストの名によって、
この女性から離れよ。
出て行け。
アーメン!
神の祝福がありますように、姉妹。
喜んで行きなさい。
幸いを胸に抱いて帰りなさい。
喜びなさい。
30. (ブラナム兄弟〔横に向かって〕)いい赤ちゃんですね。とても幼く見える……何か症状がありますね。赤ちゃんは話せませんから、あなた、ちょっとこちらを見てください。少しだけ話したいのです。あなたはイエス・キリストについて、どう思っていますか?(女性が「主の御名を讃えたいだけです」と言う)
そうです。あなたが讃えるべきお方は、ただお一人――そのお方だけです。
いまこの世界に起きている事柄、この暗闇の時代のただ中で起きている神の御業――それらがイエス・キリストが今も共におられる“しるし”であることを、
あなたは信じますか?神は“人”を取り去られますが、“御霊”は取り去られません。エリヤを取られたあと、エリシャがその働きを受け継ぎました。
そして八百年後、バプテスマのヨハネが荒野から現れ、同じ“エリヤの霊”が彼の上にありました。わかりますか?サタンも同じです。サタンは“人”を取りますが、その霊は宗教的迫害者たちの中にまた現れてきます。その通りですね?
さて、あなたの赤ちゃんですが——喘息です。
そうですね?(母「はい、そうです」)本当ですね?(母「本当にそうです」)もし私が、神のしもべとしてこの赤ちゃんに手を置き、ここにいるクリスチャンたちがみな祈り、そして私が語っていることが神からの真実であると、神ご自身が証してくださっているのなら——あなたは赤ちゃんが癒されると信じますか?
…よろしい。私は、あなたが赤ちゃんを抱いて、あの“息が詰まるような発作”が起きた時、どんなふうに耐えていたかを見ました。
31. 全能の神よ、
かつて人々は幼子たちをあなたのもとに連れて来て、
あなたがその小さな者たちに手を置き、祝福してくださるよう願いました。
母たちは子どもを抱いて来ました。
もし今夜、あなたがタラハシーのこの場所に肉体をもっておられたなら、
昔の日々のようにここを歩いておられたなら、
私は信じます——
この母親はその信仰によって赤ちゃんをあなたのもとに運び、
あなたはその聖なる御手を子どもに置かれ、
そして赤ちゃんは癒されるでしょう。
あなたは立ち止まり、
母に向かって子どもの状態を告げ、
彼女の人生の深いところまで見通され、
彼女が信仰者であり、
罪は告白され、
血潮の下にあることをご覧になるでしょう。
主よ、私は祈ります。
どうかこの子に憐れみを与えてください。
私の手は、あなたの御手を表すにはあまりにも貧しいものですが、
それでも主よ、どうか憐れみを。
あなたが地上を去られる時に残された最後の御言葉の通り——
「信じる者には、このようなしるしが伴う。病人に手を置けば、彼らは癒される。」
今、私はその御言葉に従い、
まだ信仰を持つことのできないこの幼い赤ちゃんに手を置きます。
そしてこの状態、
すなわち喘息の霊、
この小さな体に咳をさせ、息を詰まらせ、
苦しめている者に向かって、こう命じます——
「サタンよ、情け知らずの悪しき霊よ。
いつの日か終わりのない地獄で、
あなたはその行いのゆえに罰を受ける。
今、私はカルバリーの主の贖いを代表して命じる。
この赤ちゃんから出て行け。
離れよ。
この子が生き、健やかになるために。
神の御子イエス・キリストの御名によって命じる。
この赤ちゃんに留まる法的な権利は、お前にはもうない。
イエス・キリストの御名によって出て行け。」
さあ、お母さん、お子さんをお連れなさい。
心配しないで、ただ信じなさい。
32. 皆さん、信じていますか?
あまり動かないでくださいね。
こちらで幻視が働いている時に、そちらで動きがあると——
そのわずかな動きでも妨げになるのです。
ここで働いている聖霊の流れが interrupt(遮られて)しまいます。
分かりますか?
今、この場に御霊が動いておられるのです。
私は皆さんに喜んでほしい、心から感謝してほしいと思っています。
でもまず最初に、
神を受け入れ、信じることが必要です。
そして、癒された後で、
喜びにあふれてください。
分かりましたね?
枕に横になっているご婦人、
あなたは私を主のしもべ——主の預言者であると信じますか?
祈りの列に来るために、カードは必要ありません。
あなたに必要なのはただ、信じることだけです。
私はあなたを癒すことはできません。
しかし、あなたの人生を私から隠すことはできません。
もし、ここで神が私にあなたの病を啓示してくださるなら、
あなたはその癒しを受け取りますか?
そして、私が主の預言者として語ることに従いますか?
——従いますね。
私はあなたを知りません。
これまで一度も会ったことがありません。
しかしあなたは、リウマチ熱で苦しんでいます。
そうでしょう?
そうなら、手を挙げてください。
……はい、その通りです。
では、信じなさい。
主イエス・キリストの御名によって、家に帰り、癒されなさい。
栄光あれ、神に!
33. あなたは信じますか?
こちらの男性——腎臓のご病気をお持ちのあなた、
その腎臓の問題から解放されたいですか?
もしそう望むなら、あなたは癒されます。
ただ信じるだけでよいのです。
神を信頼しなさい。
その通りです。
そちらの男性——心臓のご病気を持っておられるあなた、
家に帰って元気になりたいでしょう?
いま、癒されると信じますか?
その病は長い間あなたを苦しめてきましたね?
そうでしょう?
もしそうなら、手を挙げてください。
……はい。
では、あなたは今、イエス・キリストの打たれた傷によって癒されました。
神の平安があなたの上にありますように。
皆さん、信じていますか?
会衆の皆さん、あなた方も信じますか?
会場の全員が、心を一つにして信じますか?
私たちの天の父は、
いまこの会場全体を動き続けておられます。
もし、この会場にいるすべての人が、
今この瞬間、癒されたいと願い、信じるなら、
皆さんは癒されるのです。
これは真実だと信じますか?
どれだけの方が真実だと信じますか?
手を挙げてください。
では、なぜ皆さん全員が、
いま癒されてしまわないのですか?
全員が同じときに、です。
では、こうしてください。
あなた方は私を信じますか?
主の御使いが私をあなた方のために祈るように遣わしたことを、
信じますか?
ここにいる病のある方、手を挙げてください。
——会場全体で、手を挙げてください。
では、いま座っている隣の方を見てください。
その方が手を挙げているなら、
病があるということです。
その隣人の上に、手を置いてください。
——はい、その通りです。
互いに手を置き合ってください。
そうです。
そこの関節炎のご婦人にも、手を置いてあげてください。
34. 赤ちゃんの上に手を置いてあげてください。
どなたか、クリスチャンの信者の方——
そちらの若い男性にも手を置いてあげてください。
あの方は足が不自由です。
行って、手を置いて差し上げてください。
……はい、ありがとうございます。
では、皆さん——
今から、心から恭しく、頭を垂れてください。
深い敬意のうちに、静かに。
そして今、心の中でしっかりと思ってください。
これから祈りを繰り返します。
あなたが祈り、私が言葉を続けます。
この言葉は、サタンを打ち負かすための言葉です。
そのまま、あなたの唇に乗せてください。
そして、あなた自身の信仰の告白を信じてください。
病のある皆さん、私と一緒に祈りを繰り返してください。全能の神よ、
天と地の創造主、
永遠の命の与え主、
すべての良き賜物の源であられる主よ。
私は、あなたのしもべとして、
自分の罪を告白いたします。
そして今、あなたの御子イエスの功績によって、
私の罪は赦されたと信じます。
私は身体に病を抱えています。
あなたの助けが必要です。
どうか今、あなたの御言葉を信じる信仰を与えてください。
そして、今夜ここで見た御業、
あなたのいのちが再び現れていることを、
信じる信仰をください。
昨日と同じく、今日も働いておられる主を信じます。
主よ、この告白のゆえに、
私は自分の癒しを受け取ります。
そして今夜、この時から、
私は良くなると信じます。
私は自分自身を、
主イエス・キリストのお名前によって
あなたにお委ねいたします。
アーメン。
35. では今、皆さん——
静かにお座りください。
頭を垂れ、祈りの心を保ってください。
聖霊は今、あなたのすぐそばにおられます。
主の御使いはすべてをご存じで、
この会衆の上に臨んでおられます。
まるで雲があなたがたの上に留まっているかのようです。
今、ただ信じ始めてください——
「主よ、私は今、癒しを受け取ります。
あなたが約束されたゆえに、
今この時、あなたが私を癒してくださっていると信じます。」
そのように告白してください。
これから私は、神に願い求めます。
あなたを惑わしたり、疑わせたり、
混乱させたりする不信の霊、邪悪な霊を
打ち砕く力を主が私に与えてくださるようにと。
あなたの信仰を曇らせ、
迷いをもたらすその霊を、
あなたから取り除くように祈ります。
そして、あなたが栄光の神をはっきりと見られるように。
今、それがあなたを離れていく時、
あなたは自分の癒しを受け取ってください。
あなたはすでに告白しました。
あとは信じるだけです。
これから私は祈ります。
これが私の役目です。
あなたはすでに告白しました。
その告白はあなたの唇にあり、
主はあなたが告白した通りのことを成就してくださいます。
あなたは救い主としてイエスを受け入れ、
そして今、癒し主としても受け入れました。
だから、信じてください。
今から私は祈り、
この会堂を覆っている「疑いの霊」が
完全に打ち砕かれるように願います。
今夜を境に、
本当の“昔ながらの、聖霊に満ちた集会”が始まるように。
36. 天の父なる神よ、
私は今、この会堂いっぱいに散らばって苦しんでいる
愛する人々のために御前に参ります。
エマオへの道での出来事のように——
私たちは、あなたが地上を歩かれた時、
口に銀貨をくわえた魚がどこにいるかをご存じで、
その魚のところへ弟子たちを遣わされたことを知っています。
また、
まだ誰も乗ったことのない二頭の子ろばが
どこにつながれているかも、あなたは知っておられました。
神よ、
五人の夫を持ったあのサマリヤの女が
どこにいるのかも知っておられました。
そして、ピリポがナタナエルを見つけて連れて来た時、
あなたは彼が集会に来る前、
いちじくの木の下にいたことを知っておられました。
そしてあなたはおっしゃいました——
「わたしがしたわざを、あなたがたもする」
と。
主よ、私たちはその御言葉を信じます。
そして今まさにこの日は、
初代教会に与えられた祝福が、
この終わりの時代の教会に
再び戻されている日であることを信じます。
なんと不思議で、なんと祝福された恵みでしょう。
神よ、私は心から感謝いたします。
そして今、
あなたの子どもたちであるこの人々は、
互いに手を置きあって座っています。
そして、彼らは一点の疑いもなく知っています——
聖なる御霊…
(次の文につづきます。続きも送ってくださいね。)