2. ビリーポールあるいはロイボーダース兄弟を見ますねー彼がここのどこかにいると思います。誰かがロイ兄弟が居たと言っていました、ペアリー兄弟、リーあるいは彼らのどちらか、彼等はあなたに言う事が出来るでしょう、そして来る日を決めてくれるでしょう。
3. ペアリー兄弟は本当に二人今晩彼の所に得ました。彼は彼に対して2つの印を得ています、それの一つは、そこにマイクがあってそれがカットされているのです。あなたは罪がありますよね素の事で、ペアリー兄弟。あなたは本当に罪があるとは思いませんが、「誰かが話すことになっている」それは良い物でした。
そしてそれには、再び、彼はそこに出かけて行って、そして話していました:彼は「言うように」と言いました。彼はコリンズ兄弟あるいは彼らの誰かに言いました、「その食事は良かったけれど」と言っていました、「あなたに言っているんです」と、彼は言いました「その人はスペイン人か何かあるいはメキシコ人に違いない。今まで食べ中で一番辛い唐辛子だった」と。その様に続いていましたそしてそのシェフに離していました。
彼は言いました「私がシェフです」
それがテキサスなのです。彼が長い間いるならば、アリゾナに連れて来て彼を変えますよね?
ここにいるのは素敵です。そして冗談のようには聞こえないでしょうけれども、ユーモアのセンスです。主ご自身はユーモアのセンスをお持ちです、分かりますよね。神様は言われましたヘロデ「狐に言いに行きなさい。。。?今日悪霊を追い出し明日完璧にします」さてもし彼にユーモアのセンスがあったら、我々は傷つかないでしょう、時々そんなことは考えたりします。
4. 肺、テリーに言いました、彼は「2時間のテープに収めるのですね?」と言いました。
私は「そうじゃないんですよ、テリー、これはバンケットだから」私は「30分か40分人々に話す予定です、毎回そうしようとしているのです、、、」
5. 私は立ち上がって言いました、「私の古いケンタッキーの遠い家の為に」それ以外の国については全く知りませんでした、それが国歌として私が見做している物です。
6. そしてそれから、あなたはまっすぐ歩く事が出来るようになるのです。そして我々は十字架の戦士達としてしなければならない事なのです、今は、まっすぐに歩く時なのです、栄光へのハイウェイへとです。
8. 我々にアプローチしていなかったとしたら、この時代の神の書かれた超自然の指示されたものがあるのです。我々は、ただそれは本物であり過ぎるのです。分かりますね。その事はあなたなのです、、、それはお知らせしますが驚かせることになるでしょう、本当に起こっていることに関してです。あなた方訪問者の多くは多分これらの人々が立ち上がって、これらのこの時代のメッセージなどについて起こしているのです。彼等はそれを得ているのです、それを神のこの時代の約束です、彼はなさることについて約束したのです、そして我々は神が霊的に支持して同じやり方で彼が言われたのと同じなのです。先に言われていて、毎回神が言われたから完璧にその通りになったのです。
11. そしてそれはちょうど、、、デービッド兄弟の言った事、彼が育てた数羽のアヒルそしてそれが川を上ってきて全てのアヒルが昇ってきたという話を信じています、彼等はお互いに交わりたかったけれども、壁が周りに立っていたために出来なかったという話をです。しかし、水が高くなりすぎた時、アヒルはその囲いを出て浮いたのでした。そして思うrにその方法しかなにのです。水が上がってきてそしてその囲いから出る事が出来てお互いに交わる事が出来るのです、我々の心の中に在る本物のキリストの愛を持つことによってのみ可能なのです。
12. ここでそれほど前ではなにのですが、あるメソジスト派の兄弟が私の所に来ました。彼の名前を呼びはしません、良い人でした。彼は神の癒しに関しての論文を書いていました、そして話をする為に私の所に来ました。我々は一緒に座ってしばらく話しました。そして彼は言いました、「あなたに反対する唯一の事は、いつもペンテコステ派に人達と交わりを持っている事。
私は、「そしたらメソジスト教会にスポンサーになってもらえれば、私は来ますよ」と言いました。それは血が売っていたのですね?彼は言いました、「さて、もちろん、私はメソジスト教会ではないのです、ただ私はそこに所属しているのです」
私は「それだけの事です!」分かりますね?「彼等はがそのペンテコステ派の人達が鳥場を開けてくれているのです」分かりますよね・「そこに私は入る事が出来るのです」そして開けてくれる限り、我々はそこに入ります。ちょうど黙示録の3章で「私は戸の外に立って叩いている、誰でもとを開けるならば私はその中に入り彼等と食事をするであろう」とあるようにです。そしてそれはイエス様が言われているのです。我々は皆それがキリストだったと知っています。そして彼は御言葉なのです。その通りです。彼こそが御言葉なのです。
13. そして私は多くのチャプターを全福音ビジネスマンの為に世界中で設立する助けをしました。その機会が与えられたことを感謝しています。ビジネスマンたちがそれをスポンサーしてくれるのですそしてその時全ての教会は、とにかくそこに来たいのです。しかしその時、彼らの教会から誰かを引っ張り出そうとはしたくないのです。彼らの教会に居続けてその光を輝かせてほしいのです。本物のクリスチャンとなり、牧師があなたを感謝するでしょう。本物の忠実な純粋な聖徒、誰でも神を信じているならばそのような人を感謝するでしょう。その通りです!
さて、ここにいる兄弟と彼の妻そしてこの危機愛の為にこのチャプターを感謝しています。そしてこのチャプターが成長しますように。神の祝福がその上に注がれ神の手の内で道具となり主の来られる前に何百人もの人々が救われる助けになる様にーそのチャプターからの代表の人達の上にも。
14. さて、われわれは携挙があると信じています。全てのクリスチャンがそれを信じています。聖書を読む人は携挙が来ることを信じています。
15. 主はわたしの光、わたしの救だ、わたしはだれを恐れよう。主はわたしの命のとりでだ。わたしはだれをおじ恐れよう。
わたしのあだ、わたしの敵である悪を行う者どもが、襲ってきて、わたしをそしり、わたしを攻めるとき、彼らはつまずき倒れるであろう。
たとい軍勢が陣営を張って、わたしを攻めても、わたしの心は恐れない。たといいくさが起って、わたしを攻めても、なおわたしはみずから頼むところがある。
わたしは一つの事を主に願った、わたしはそれを求める。わたしの生きるかぎり、主の家に住んで、主のうるわしきを見、その宮で尋ねきわめることを。
それは主が悩みの日に、その仮屋のうちにわたしを潜ませ、その幕屋の奥にわたしを隠し、岩の上にわたしを高く置かれるからである。
神の御言葉を読むことのゆえに主が祝福を加えて下さいますように。
16. そしてここに来て私は誰か人々を喜ばせるようなことを言おうとすることはありません。それに関しては罪は犯していません。ここに来たら言うように神に導かれている何かを話します、そしてそれがあなたを助けると信じています、何かもしあなたがクリスチャンであるならば経験を深める物でありもしクリスチャンでないならば、はずかしくさせ、クリスチャンになる様にさせることをです。そしてそれが目的でいつも主が私を導かれる考えと並ぶようにしているのです。
17. これをしばらく読みましょう。3章の3節と4節。これで正しいかどうか見てみましょう。
まず次のことを知るべきである。終りの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲情のままに生活し、
「主の来臨の約束はどうなったのか。先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変ってはいない」と言うであろう。
すなわち、彼らはこのことを認めようとはしない。古い昔に天が存在し、地は神の言によって、水がもとになり、また、水によって成ったのであるが、
その時の世界は、水でおおわれて滅んでしまった。
18. 無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、
裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、
信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。(第2ペテロ3章2-5参照)間違いなくそうですね!
19. そしてその遠き、もしこの携挙が起こるならば、、、そして何でも神が彼の言葉に並ぶものを持っているならば、常に彼等が出来るならば出て来てそれをひっ来る返そうとするのです。サタンの目的はそれをする事に在ります。
ラスベガスでのミーティングからここの兄弟が言いました、「サタン」が言ったのです、「世が彼の住む場所であり、彼の本部はそこに置かれている」サタンがこの世の神(小文字の神)であることを知っています。天ヶ下にある全ての国はサタンのコントロールされています。それはその通りなのです!この世はサタンに属しています。しかしイエス様がそれを取りに来られるのです。サタンはイエス様にある日それを提示されましたがイエス様は拒まれました、しかし彼は言ったのです、彼は彼が来るときには彼の相続人たちが居ることを知っていたからです。
20. 欺くもの達ーツーソンでイギリス出身のイギリス人が声明を作ったことに関して2週間ほど前に新聞で読んでいました。それは新聞のヘッドラインにありました、それはピラトとイエスの間に置かれた主イエスキリストの十字架はただの偽物だと、彼は何かを作ってただ彼自身が何かにする為だと。そして我々は彼にそれを嘘だと言う事は出来ないとなぜならば、すべて神の事は信仰によって受け取られているから。我々はそれを信じなければならないのです。さて、彼はとりあえずど尿になされたかに関して説明を書いたのでした。
21. しかし、それがどうなのかが分かりますね、メッセージは伝わり、そのイギリス人は今日その同じメッセージを持とうとしています。今日それは上手く行かないのです。それは上手く行かないのです。
どの様にしても。。。
23. そしてその時、その人は批判家だったのです。彼は神を信じてさえいませんでした。彼は言ったのです「神が暗黒時代を設営する事が出来た、彼は手を胃の中に入れて、沢山のクリスチャンが母親に成ったり彼自身の弟子たちが、、、小さな子供の母親といてそしてライオンに彼らが食べられるのを見て何も手を差し伸べないで笑っていた」というのです。肉的な見方というのが分かりますね、教育は決して幻を理解する事が出来ないのです。
24. イエス様が蘇るために死ななければならなかったのと同様です、ペンテコステ教会も落ちなければならなかったのです。暗黒時代に落ちる必要がありました。そして麦、すべての実が地に行くようになり暗い時代を通って実を齎すようになるのです。しかしそれはマルチンルターの時に芽を出し始めたのです。それが続き、ウェズリーそしてペンテコステ派にいたり、今は実になろうとしているのです。そして今、宗派の体制は置き去りにされているのです。彼等は茎の様なものです。それだけなのです。それは焼かれるのです、それが宗派の体制で巣。しかし本当の麦の実はこれらの改革の一つ一つから出て花嫁として主に合うようになるのです。彼等が皆一緒になって花嫁となるのです。
25. さて、あなたは「それがイギリス、ロンドン」と言います。先週の新聞に書かれていたここアメリカでのものを見て下さい。ある有名な神学校の博士が十字架は偽物だと言い出したのです、イエス様はただ自分自身で創ろうとしただけだと、又イエス様はこの恋なすびを飲んだのだとそして、、それは聖書の創世記にその事が語られているのを見つけました。それはマリワナの様な草です。それはその東洋で見つけられるものです。そしてもしそれを飲むと眠くなるのです、多分あなたの、、死の状態、スランプ状態の様な一度に二日間か三日間眠らされるようになります。
27. 神の言葉を振り返って又神がされていることを理解し、また我々は悟りを持つようになるのです。
29. ここにしばらく前に、この最初の宇宙飛行士が上がって行って戻ってきて、彼は神をまったく見た事は無かったのです。それが又聖職者達を振り返られさえしました。彼等は神はそこに住んでいると150マイルの高さの所にいると思っていたのです。
30. 教育または教育体制、科学、そして文明は悪魔の者です。それは悪魔の文明なのです。聖書がそう語っています。そして我々の文明はこの文明社会とは全く関係がないのです。それは異なる文明なのです。この世の文明と科学的世界、我々が得たもの、、、より科学的になれば、シカに入っていき、死や殺しに嵌る様な全ての事に入ってしまうのです。その新しい文明には、死も病も悲しみも痛みもないのです。分かりますね?
そこにはその様な物はないのです。だからこの今の文明は破壊されるのですと言うのはそれは悪魔の物だからです。
31. 私は人々の感情を傷つけるためや何か教会について言うために来たわけではありません。そしてもしあなたがここにいてこの教会に属しているならば、あなたの感情を傷つけるために話しているわけではないのですと言うのは、他の教会に属している人と同じくらい沢山の良い人々が居る事も分かっているからです。しかし私は先週シェリーブポートでカトリック教会が作った声明文を作ったものを読んでいました。そして私達は大きなエキュメニカル協会において聖書が彼らについて言っていることをまさに成就しているのです。ちょうどまさになのです。
33. そして今、我々はこの時代において彼等が聖書を押し出して教会を受け入れようとするとき、、、見出したのです。聖書はそれは欲しくないのです。教会ーそれは彼等は色々な種類の信条あるいは何でもそしてそれによって歩んでいたのです。
35. そして、それを持ち続けようとする。しかしそれは教会の態度なのです。リバイバルは続いているのですそして初めにあなたが知ることは3年位いないに、彼等は組織を始めるのです。宗派は組織を始めるのです。そして気が付いていたはずです、これは20年間にわたって今掃かれているのです、そして組織はないのです。そしてそうはならないのです。これは終わりの時なのです。麦が又戻ってきているのです。麦は戻ってきてそれは粒になったのです。その殻はそれから取り去られるのです。そしてその麦は太陽の下に照らされて熟れたのです。
37. 強硬派ただここに来ました。覚えておいてください、彼らが、-もしテープを持っているならばーあなた方全員が取っていると思いますがー主がこれらの教会時代において彼等がどのようにするかをタバナクルでその時代に示したことです。そして私はそこで彼らを役員として引いたのです、彼等は教会時代にあって、その書の中で引かれたのでした。そしてもし聖霊が大きな火の柱の中に降りてこなければ、そして壁に直接戻っていたら彼自身が彼らを3百あるいは4百人の人々が座ってみている間から引き出されたでしょう。そして教皇がここで始めたのでした、その月がどうにかして暗くなり、そして彼らが写真を撮って、同じ方法でそれはその演壇の上でそこで選ばれたのでした。さて、彼は13番目だったのでここで13歩進み13への聖餐式をそれはある国の番号が13番でそして停電は至る所で起こったのです。我々が今どこに居るか分かりませんか?我々は終わりの時に生きているのです。
「終りの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲情のままに生活し、
「主の来臨の約束はどうなったのか。先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変ってはいない」と言うであろう。」しかしこれらの事が起こり始めたら頭を上げて準備をし始めるのです、常に何かが起こる可能性があります。キリストは彼の教会の為に来るのです。
40. さてそれは啓示なのです、その啓示は信仰なのです。信仰なしに啓示を持つことは出来ません。信仰は啓示なのですと言うのは、それは何かあなたに顕かにされた何かなのです。信仰は啓示なのです。信仰は何かあなたに顕かにされたもので、それはアブラハムのように、それは何かそれに反対する彼に顕かにされたのだった。さて信仰、、、それは信仰で、神の啓示なのです。教会は啓示の上に立っているのです、教会全体の身体です。
41. 私は言いました、「それでは私がまっすぐになる様に助けて下さるように祈ってください」さて、彼は言いました、「聖句と共に」
彼は言いました、「我々にはそれは不可能です、ブラナム兄弟、ギリシャ語など物事を一緒に我々は全ての言葉と言葉により、」
私は言いました、「オー先生、あなたはもっとよく知っています」私は「ニカエア会議でさえそれよりも遠い物でした、キリストの死から300年後でした、彼等はまだギリシャの学者が正しいのかどうかについて口論していました。あなたには出来ません、それは啓示なのです。その全ての事は、、
彼は言いました、「私は啓示を受け入れられない」
私は言いました、「それではどのようにしてキリストを受け入れられるのですか?」
彼は言いました、「その理由は、聖書が「イエスキリストを信じる者は永遠の命を持つ」と言っているからです。
私は言いました、「それは真実です。それも又、イエスキリストを聖霊がそれを彼にそのキリストが誰かという事を掲示しない限りそう呼ぶことは出来ないのです」分かりますね?そうなんです、又もとに戻りました、啓示に落ち着くのです。それは顕かにされなければならないのです。
42. 彼らの内の一人は「あなたはモーゼ、エリアあるいは他の人」と言っている
彼は言った「あなたは私を誰というのか?」
彼は言いました「あなたは生きる神の子キリストです」
彼は言った、「さいわいなるかな、ヨナの子シモン、肉や血はこれを顕かにしなかったが天にいる私の父がこれをあなたに現したのである、肉の内に創られた神、そしてその世に対してそれが明らかにされたのです。神ご自身は世に終われました。神はキリストで彼自身が世との間の和解を去れに来られ、肉の内に宿った神が顕されたのでした。
あなたはキリスト、油注がれたもの、人の子であられます」
彼は言われました「肉や血はこれをあなたに示すことはあり得なかったが、天に居られる私の父がこれをあなたに顕かにしたのです。この岩の上に、、、私の教会を当てよう(その時代の中での御言葉の啓示)の上に私の教会を建てるであろうそして地獄の門さえもそれに敵対して耐えることは出来ないであろう。
44. 我々は皆ラオデキア時代に生きていることを知っています。他の時代はもうありません;それはそうはなりません。そして我々はラオデキア時代に生きています、そしてこれらの7つの封印の本は人々には奥義なのです、その時代に開かれるべきです。それを神が約束しています。さて、それは御言葉からは絶対に外れません、御言葉から取るか御言葉を足すことは出来ないからです。それは常に御言葉に維持されなければならないのです。しかしその啓示はその真理が明らかにされたのです、聖句の残りに合わせたのです。そしてその時、神様はその真理を指定されています。
45. さて、彼は聖句の中にこれは終わりの時に起こる特定の事としての約束だったのです。その通りなのです。つまりそれこそがイエスが神の御子であるという事なのです。神は彼を送ると約束されていました。地上で彼の時代に彼は居た時でした、そしてその人々は彼を信じていませんでした、彼は言いました、「聖句を探しなさい、あなたがは永遠の命を持っていると思っています、そして彼等は私について証言していたのです。もし私が父のわざをしなかったならば私を信じなくてもよい。しかしもし私を信じられないならば私のするその技を信じて下さいなぜならば彼等は私が誰かを証言していたからです。
46. 人々は言いました、それは初めに立ち上げた時、、、私はペンテコステ派の歴史の本を読みました。彼等は言いました、「それは長くは続きませんでした、それは焼かれたのです」それはまだ燃えていますか?それはあなたが消したからです。神は言いました、そこに在ると。それは御言葉の部分です、そしてあなたがそれを取り出すことは出来ないのです。そしてその時、花嫁は呼び出されたとき、どのようにして出ることになりますか?それが御言葉が真実としてあらわれると五啓示なのです。そして我々はその時代に生きているのです。神に賛美!彼獅子のの奥義の啓示です。
47. 覚えていますよね、聖書は言いました、「5 (それ以外の死人は、千年の期間が終るまで生きかえらなかった。)」この素晴らしい携挙、、、もし携挙がないなら友よ、我々はどこに居るのでしょうか?我々は何をするのでしょうか?どの時代に我々は生きているのでしょうか?どのような約束があるのでしょうか?必ず携挙があるのです。聖書は行っています、それがあると、それは唯一選ばれたものだけ、選ばれた女性達、この時代の花嫁、教会だけを引き上げるのです。
まさに御言葉教会の意味は「呼び出されたもの」モーゼは国から国へ呼び出されたものでした、聖霊は教会から花嫁を呼び出したのです。教会から教会を、すべての宗派からメンバーを取り出して花嫁となるのです、花嫁の木です、それはテープにはいあっています、花嫁の木。花嫁は呼び出された者達、、、そしてそれは花嫁の木はある意味花嫁なのです、携挙の中に唯一入ったのですしかしながら、花嫁、初めから神によって選ばれたのです、天の父の霊的な遺伝子によるのです。
ここで1分泊りましょう、、、もし、、、私は神経質な思いを持ち続けていました、長い時間がかかります。
48. さて、私の父あるいは息子はここに座っています。私が16歳の時、私の息子は私の中にいました。彼の事は知りませんでしたが、彼はそこにいたのです。さて、寝床をを通して、聖的な、彼は私に似ている物とあります。私は彼を知っています、私は彼と交わる事が出来ます。そして彼はそれは正しい時に来たのです。
50. 雄が実際に精子を出す時百万位毎回出るのです。そして雌からも100万物卵がある意味同時に創られるのです。しかし小さな精子が動き回って何百マン物物ですが、唯一一つだけが命になる様に決められるのです、そして唯一一つの卵子だけが子供を作れるのですご存知でしたか?そしてその小さな精子は他の全ての小さな精子とともに動き津辺の小さな精子はちょうど彼と同じように見えるのです、ここに上がってきて、その子供になる卵子を見つけてその中に入っていくのです。そしてそれから残りの全ては死ぬのです。さて、我々は処女の懐妊について話しています、それは実際の肉体的な誕生の半分くらいしか不思議ではないのです、それは初めから神によってあらかじめ定められていたからです。
さて初めに、ずっと昔に戻って、何年も前に時が始まる前に、もしあなたが新生したクリスチャンであるならば、今晩、その時既にあなたは神の中つまり天の父の中に居たのです。そしてそれが理由で、この地上での人生に入った時に、クリスチャンであることを宣言したのです、すべてがおかしくなるのです、あなたはなぜこれやあれや全ての事について悩んでいました。それをどうなっているのかと思っていました。しかしある時何かがあなたの心を打ったのでした。それは何でしたか?その人生は初めからそこに置かれていた物だったのです。
51. しかしある日、彼女の母親が彼女が二つ卵を産んだことを知っていたのです。もう一つがどこかにあるはずなのでした。彼女はそれを探しに行きました。飛び回って、終に彼女はその農家の前に丹羽の上に辺りまで来て彼女の赤ちゃんを見つけたのでした。彼女は彼に向って叫びました。そして彼はその声が自便の物だという事を認識したのでした。彼が探していた物だったのです。分かりますね?そして彼は彼は鶏ではなかったと認識したのです、彼は鷲でした。そしてそれが全ての申請したクリスチャンも同じなのです。あなた方が来るとき、どれ程多くの宗派に加わっていようがどれ程多くの名前を本や何かにかかれていたとしても、気にしません、本物の神の御言葉が指定されたものがあなたの前に本物となるのです、その様にそしてあなたがそこで自分自身が鷲であったことを自覚するのです。なぜならば、すべてのこれらのあわ脚の泣き声やあなたが加わったあれやこれやあちらこちらに言った事はナンセンスだったのです。それは純粋な御言葉に加えられた言葉に過ぎない物だったのです。
52. さて、覚えていますね、あなたはその属性だったのです。
55. 彼は「オレンジの木です」と言いました。
そして言ったのです、「なぜ、レモン、そしてみかん、タンゲロとグレープフルーツ?があるんですか?」彼は言った、「それは全て柑橘系の果物です:彼等は繋がっていたのです」オー私は言いました。「分かりますね、今、来年それは皆オレンジになりますね」しかし「オー違いますよ、それぞれの木はそれ自身のみを、すべての枝がそれ自身の果物をうむのです」
56. しかしもしその木がオレンジの枝をつければオレンジの実をならせるのです。そして又もし神が教会の中で何かをするならば、それは御言葉に再び間違いなく戻るのです。そうならなければならないのです、というのはその命はその木の中に在るからですそしてそれはそれ自身の実を鳴らすのです。
57. イエス様は彼自身の為の実を欲しがっています。彼の妻は彼の種類の子供を齎さなければならないのです。そしてもし彼らが子供達、花嫁の子供達、御言葉の子供達を齎さないならば、それは宗派の子供なのです。そして彼女の初恋は世であり宗派なのです、彼女はそちらに戻ったのです。そして彼等は本物の純粋なる新生したクリスチャンを齎すことは出来ないのですと言うのは、齎すことが出来る物が何もないからです。
もしあなたがレモンの枝を取ったようにそれは、レモンを齎すのですが、それはオレンジは産まないのです、それは初めからそうならないのですから。でもそれは初めから定められているのです、神があらかじめ定められた先知した物があり生まれるのです、それはオレンジを実らせなければならないのです、他の物にはなりえないのです。
58. 分かりますね?それはいつもそのような形なのです。私はマルチンスターの歴史をここでしばらく前に読んでいました。それはマルチンルターがカトリック教会をプロテストする事はそれほど難しくはなかったのですそしてそれと銅に動くのがしかしおかしなことを言いました、彼は彼の義化の上にまっすぐに進む事と狂信的で彼のリバイバルに従っていくのです。分かりますね。ただ全ての事が、なりすましと全ての事を彼に従っていたのです。
59. さて、この教会にどの様に入ったのですか?この一つの身体、キリストの身体、花嫁になるべく皆一つの御霊によってバプテスマを受けたのです、それが御言葉です。聖霊によるバプテスマがあるのです。
61. さて、それは7番目の教会時代が携挙するのです。他の6人目までは全部死んだのです。しかしエノクはうごかされたのです彼は見つけられなかったからです。神は彼を連れていかれました。しかしエノクは景況しました、7番目の教会時代として呼び刺されるために、終わりの時の花嫁として呼ばれるのです、それがその時代の記録されているのです。何てことでしょう。今本当に深く掘り下げましょう。分かりますね?
62. さて、これら全ての上にメッセンジャーが居ます、そしてそのメッセンジャーは地上にいます。英語の御使いの意味は「メッセンジャー」を意味するのです。そして7番目の御使いのメッセージの中で、彼は彼のミニストリーを公表したのですそして、彼はミニストリーを始めた時は、、イエス様が始めた時、彼は病や苦労している人達を癒す事から始めました。「そしてオーその素晴らしいラビ、彼は預言者!です」そして皆彼の教会で彼を欲しがっていますが、彼はある日座って居た時に、言いました、「私と父は一つである」と、それは違っていました。それは違っていました。「 イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。」「なぜ、彼は吸血鬼なのか」そうそう?それは違うのです。彼はそれを説明しませんでした。彼等は既にその表れが分かりました、それは彼の時代に対する御言葉の指定だったのです、彼らに証明しているのです、彼はその時代のメッセンジャーだったのです。そして彼は何も説明されていませんでした。
その弟子たちは説明を去れなかったかもしれませんが彼等はそれを信じたのです、説明が出来るかできないかに関わりなくでした。彼等はまだそこに座っていてそれを信じていました。彼等がもし彼の肉を食べて血を飲むならば彼等がどのように言う事が出来たのでしょうか?それが彼らが出来なかったことが彼らが信じていないならば彼等はあらかじめ定めるから、イエス様は言われました、彼は世の始まる前から選ばれたのです。分かりますね?彼等は信じました。彼等はそれを説明するかしない、彼等はまだ信じていました。
64. 彼らの葉がどのように出るかが木を見ると分かりますね、彼らがする全ての事です。さて、我々はその木から葉が落ちるのです。何がですか?その命が木の根から来るのです。それで終わりなのですか?新しい命が次の春に戻ってくるのです。
65. 誰でもここで麦を育てたことのある人は?その麦を見ますね。それを見る時、そこに出て、言うわけです「麦がなった」麦がなったように見える時は、それが開いて閉じてみるのです、麦を得たことが全くないのです。あなたは殻だけを得たのです。マタイ24:24でイエス様は終わりの日には二つの霊が非常に近く選ばれた麦でさえも可能であれば近く共にあって欺こうとするのです。分かりますね?しっかり見て下さい、
それは運ぶものなのです。
66. この終わりの時にどの様にして今引かれているか気が付いていましたか?麦が成長し始める時、その殻はそこから離れて行き始めるのです。
68. さて、それは全て麦の実の中で終わりの時にあらわされているのです。他の物が戻ってきます、さて、もしルカ17章の30節を見てみましょう、彼は言いました、「ちょうど人の子が現れる時も、ソドムの時と同じようであろう、彼自身がひとの子が顕かにし始める時」何が明らかにされるのですか?彼の啓示がこの時代に彼が何なのかをその人々に顕かにされるのです、その御言葉がその時代の為に知らされ、聖霊の現われによってその人々に顕かにされるのです、イエス様が我々のうちに住んでおられるようにはっきりされるのです。
そして覚えておいてください、彼は人の中に人を表されたのです。彼は言われました「その時と同じように」今、彼は我々が読んでいる同じ聖書を読まれました、創世記。さて、我々は創世記の章をイエス様がそれについて話しておられたときの事に気が付いています。
69. さて、聖書はそれが終わりの時に戻ってくることを予言しています。イエスさがそういわれたのです。そしてこれらの事が起こるのを見始めた時、覚えていなさい、これらの事が起こり始める時そして、その時はその扉が近くなっている時と知るのです。
70. 男性達を見て下さい、彼等は、、、神の御言葉の代りに、神ご自身が完全にわかる時に出てくる代りに宗派の伝統にだけ少ししがみついているのです。その理由は、彼等は目が見えないのです。分からないのです。彼等が分かるようになることは決してないのです。
さて、我々が急いでいる間に何がここで起こっているかを見て下さい。その女性は我々に出て行って欲しいのだと思います、彼女の手の動きで分かります、何か他の事彼女は我々に出て行かせたいのですさて、急いだほうが良いですね。
71. 何院が7つ目の教会に7人のメッセンジャーが居ると信じていますか?オー聖書を信じているならば皆信じているはずです。もし聖書を信じないなら、もちろん、我々はそれを信じないのです。しかしそれは、、
さて、我々は7つ目の教会時代に生きています。そして聖書がこの7つ目の教会時代だという時、7つ目の教会時代のメッセンジャーは彼のメッセージを出し始めるのです、全ての事に対する奥義が今までの時代を通して曲げられたものがその時代において明らかにされるのです。そして今我々はそれを見ています、人の子が彼の人々の間に来られて何か間違いなく彼のメッセージを彼が言った事を確証させるのです。彼はそうされると。さて今ここで我々はこの最後の時代にいる事が分かるのです。
さて、、、そしてその7つが7つの時計のように見えます。彼は最初の時計、2番目、3番目、4番目、には来られなかったのですが、7番目の時計の時に来られるのです。それはエノクで7番目で、写されたのです、そしてノアは残されたユダヤ人のタイプで呼び出し続けられるのです。
さて、聖書の時代に、その時計については話されていますー聖書の時代では、夜は時間によって分けられてはいませんでした。
72. 3つの見張り、時計がありました。さて、初めは9時から12時まで、二人目は12時から3時まで、3人目は夜として3時から6時まで、我々は3を取りました、そして3×3は9です、完ぺきでない数字です。
そして我々は7に携挙の為に戻ってくるのです、6時と7時の間あるいは6時と9時の同じ朝に起こると信じています。主のラッパが鳴り響くことによって、
明るく雲のない朝
キリストに会って死んだ物が蘇り
彼の贖いを分け合う栄光を
彼の選ばれたものが空を越えた
家に集まる時
太鼓が鳴り響く時
私はそこにいる。
73. わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。
わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。
すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、
。
74. (16節)すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり。。。
75. さて、買い様がやる方法は一つで、そして彼はその理念を変える事はありませんでした。彼はポリシーを変えたことは決してありませんでした。彼は決して変えませんでした。彼は、、、彼は河原ない神でしあ。アモス3;7節で、神は何も彼の僕である預言者にあらわさないで地上でされることはないのです。そして神の約束と同意される異常、彼はそれをなさいまます。
77. さて、覚えて下さい、主の言葉は預言者に来るのです、神学者ではなく預言者です。預言者というのは神の御言葉の反射帯の様なものです。彼は何もいう事は出来ないのです、彼は彼自身の思いを話すことは出来ないのです、彼は神が明らかにされた事しか話すことは出来ません。預言者バラムでさえ彼が彼の権利を売ろうとしたときに、言いました、「預言者は誰でも神が彼の口に何かを告げられない限りどの様にして何かを言う事が出来ようか?」それが神があなたが他に何も言えない様にされることなのです。そしてあなたはそのような形で生まれるのです。
あなたに出来ることそれ以上何もないのです。
78. そしてそれはいつも、彼に話すことが出来る様に、彼は言われました、「あなた方の中に一人の霊的な物が預言者がいるならば、、、と」
79. さて、もし預言が進んだらそこにいる二人か三人で座ってそれが正しいか否かを受け取った教会の前で裁かなければならないのです。しかし誰も預言者の前に設定はされませんというのは彼は神の御言葉そのものであるからです。彼はその時代の御言葉なのです。神は神がその中に反映されていることが分かります。
さて、もし神が再び終わりの時に、花嫁から伝道者的な集まりを送ると我々に約束されたならば、それがなされる唯一の方法なのです。
81. そしてあなたがワンネス、神はそのようなメッセージを与えました、あなたが先に進んで謙虚で居続け前に行く代りに弱くなってグループを組織しました。そして今皆さんはどこに居るのでしょうか?同じ穴のムジナの様なものです!その通りなのです。そして神の御霊は動きつづけるのです。「我主は、植え、水を日も夜も与えるようになる。。。」
神はこれらの事を定められていたのです、そしてこれを送らなければならないのです。
82. それにはもう、、
83. そしてその宗派体制は死んでいるのです。それには力はないのです。再び立ち上がる事もないのです。焼かれてしまうのです。畑にあるからと一緒に、、、そこから離れなさい。キリストの内に入るのです。「メソジストに所属している!」「バプテストに所属している」「ペンテコストに所属している」などと言ってはいけません。キリストの内に入るのです。そしてあなたがキリストの内になるならば、あなたが信じている事で書かれていない者はありません。他の人が何を言おうと気にしません。そしてそれから神がその事を表されているからですと言うのは、神は御言葉の上に御霊を注がれるのです、何が起こりますか?ちょうど種に水を撒くのと同様です。それは生きてその種類の芽を出して育つのです。
84. ここを見て下さい、あなたは三位一体の生き物なのです。あなたはこの小さな人の中に魂があり、次に霊、そして肉体があります。さて、あなたはこの身体に地上とつながるために五感を得ています。彼等は他の物とは繋がらないのです。あなたは霊の5巻をここに得ているのです、愛や意識などなど。、しかしここがあなたが住んでいる場所です。それがあなたが何なのかを示すのです。
イエス様は、正しい者にも間違っている者の上にも雨を降らすと言われませんでしたか?ここにオナモミを植えて、そして麦をそこにそして彼らに水をあげて土に肥料をし続けも同じ水によって育たないのでしょうか?その通りですね!さてそれは何ですか?片方はオナモミになります、というのはそれは元々そうだからです。オナモミは手をあげていて麦と同じように叫ぶのです。
85. 覚えていますね、カヤパもその油注ぎがありそして預言しました。又バラムも同様で預言しましがしかし彼らの中には何もなかったのです。神の種は神の細胞が初めからありあらかじめ定められているのです。どれ程あなたが叫び、異言を語り、走り又叫んだとしてもそれは何の関係もないのです。あるオナモミはは残りの物と同様に叫ぶことが出来るのです。異教徒が立ち上がって叫び、異言を語り、人の骸骨から血を飲み、悪魔を呼び出すのを見たことがあります。分かりますね?あなたは彼らのをの様なセンセーションなどはいらないのです、忘れたいのです。あなたの心が御言葉に在りそれがキリストであるならば。そこにいるべきです、他の種のように開いてその生きている時代について宣言をし知らせる様になるのです。
86. あなた方はご存知のように、カトリックは五旬祭(ペンテコステ)から出て始まったことを知っていますか?そしてもしペンテコステ派の教会が2千年間立っていたら、今のカトリックよりもひどい状態になっているでしょう。その通りです!今私が言っているのは、私が愛している私の兄弟姉妹に対してです、神様はそのことをご存知です。しかし覚えておいてください、その裁きの時あなた方に会う事になるのです。そしてそれはそれほど先絵ではないのです。何が真理であるかを持っている必要があるのです。
88. 次は何でしょうか?それはラッパなのです。声ー叫び、声、 ラッパです。
89. 分かりますね、初めに来るのは花嫁を集めるための彼のメッセージです。次に寝ている花嫁たちが復活して他の時代の人達もです。そして共に空中である尾です、そしてラッパがなり天でその祭典、婚宴が行われるのです。つまりそれが行われるようになるのです。皆さん。
我々は今そこを準備しているのです。唯一の事、教会は太陽の前に横たわって出て来て成熟しなければならないのです。最も重要な集まりはその後起こるのです。麦は焼かれ、その茎しかしその実は倉庫に集められるのです。分かりますね?
90. そして7つの封印は解かれました、その奥義は解かれ何が起こるのかを見せられています。私はそれを知りませんでしたが、ここにいる人々が居て今私と一緒に立っていて、あなたが私がその説教「主よ、今何時なのですか?」という説教をしたとき聞いて居た方達がここに立っています。そしてその朝、ちょうどそこで言われたときに7人の御使いがそこに天から来て立っていました。そして彼等は上がって行き、つむじ風がそこから彼らを引き上げたのです、我々はそこに立って彼等が行くのを見ていました、科学はその写真を撮って国中そしてメキシコ迄の物を取ったのです。
91. ある日、これらの7つの教会時代について話し始めた時、そして偉大な神学者であるジャックムーアを呼んで言いました、「ジャック、そこに立っているこの人は誰ですか、人の子の様なものが白い羊毛の様な髪の毛を持ってそこに立っている」私は言いました、「彼は若い人でした、どうして彼の髪が羊毛のように白く成りえますか?」
彼は言いました、「ブラナム兄弟、それは彼の栄光を受けた体なのです」その事ははっきり分かりませんでした。しかし私が部屋に入って祈り始めた時、神はそのことを知らせてくれました。
分かりますね、私はいつも彼は神だったただの人ではなかったと話してきていますね。彼は肉体を持った神だったのです、神の属性は会いです、神の地上にここに来てその偉大なる属性を示しに来られたのです。イエスは神お会いだったのです、エホバご自身が肉体を建ててその中に住まわれていたのです。彼は神の頭が肉体を取った全ての成就だったのです。神がその物だったのです、神ご自身が肉体を通して洗われていたのです。その体は彼の血によって花嫁が洗われることが出来るために死ななければならなかったのです。
92. 「あなたが私を許すのですか?私はそんなことをした事は無いのです。何について私を許すのですか?」分かりますね?しかしもし私に罪があり、許されるのであればしかし私はまだ義ではないのです、何故なら私はそれをしたからです。しかしその「義になる」という言葉は「それをまったくしたことがなくても」-義化される。そしてイエキリストの血が我々を清め、神が忘れて下さった書にかかれるのです。彼だけがそれをすることが出来る方です。我々は許せますが忘れられないのです。
私はあなたを許すことは出来ますが常にあなたがしたこれらの悪い事を覚えています。そしてあなたは義ではないのです、許されているのです。しかし神の目において花嫁は義とされているのです。彼女は初めからそれを行っていないのです。アーメン。そこに立って、初めから罪をまったく犯したことの無い神の尊結婚するのです。なぜですか?彼女は初めから定められていたのです、彼女はこの中に入ったのです。そして今、彼女が真理を聞いて進んで、その地によって清められたのです。そして彼女はその聖さの中に立っているのです。彼女には全く罪はないのです。
93. そしてそのラッパの音と共にそしてそれが出る時、、、常にラッパの音はイスラエルがラッパの音での聖祭の為に呼び出すのです、それは五旬祭のお祭り、空中での素晴らしいお祭り、ラッパの音の聖祭、、、そして今、ラッパが共に来るように呼び出すので、聖祭に呼ぶために、、そして今子羊の婚宴は空中で(さて、見て下さい)花嫁たちが共に集まるのです、ラッパの聖祭、婚宴なのです。
我々は、そのタイプの中でそれが分かったのです。さて、我々が閉める前の瞬間を見ていました。
我々はそのタイプが分かったのに気が付いたのです。
94. 分かりますね?第1ヨハネ5:7そしてその続き、3人は常に証人なのです。それで大丈夫ですか?それは検証なのです、何かそれは正しいのです。3人の証人が、「二人、三人の証人の言葉によってなる」
さて、気が付いて下さい、我々には3人の証人が居ます。3人は証人です。さて、我々は既に旧約聖書の中に3回の携挙があります。(ご存知でしたか?)証としてです。さて、見て下さい。エノクがまず一つ目、エリヤがもう一つ、そしてイエスがもう一つでした。イエスは今、くさび石になっているのです、彼が示しているのです。わかりますね、彼は旧約聖書と新約聖書のくさび石なのですと言うのは、彼は初めに死にそして携挙しなければなりませんでした。彼は死にましたそして命が来てそして我々と共に歩き回り、そしてその時携挙して上がられたのでしたと言うのは彼はその二つと共にシッカリつながっているくさび石だったからです。彼が蘇られ引き上げられた後、(見て下さい)彼がそこで旧約聖書を証明したのでした、我々は皆エノクが写されたことを知っています。我々はエリヤはつむじ風によって連れていかれましたよね?火の馬車の中で、そしてイエス様は死なれ、埋葬され、蘇られ、再び地上で暮らしてそして天に引き上げられたのです、そのくさび石。それは3人の証人なのです。そうでしたよね?
95. さて、6時間目から地上に9番目まで闇があるのです。
そして9時間目にイエス様は大きな声でエリ、エリ、ラマ、サバチャニ?それは、我が神我が神なぜ私をお捨てになるのですか?
彼らの何人かは立っていたのです、それを聞いたのです、そして言いました、この人は、エリヤ。。
そして彼らの内の一人がまっすぐに走って、スポンジを取って、そして酢で満たして、それを持っていき、彼に飲むように渡したのでした。
他の人が言いました、エリヤが来て彼を救う事になるのを見せて下さい。
イエス様、彼が泣かれたとき、大きな声で譲渡する(大きな声、大きな声、時計、イエス様は大きな声をあげて叫んだ時)死んでいったのです。
そして聖所の幕が上から下まで真ん中で裂けたのです。そして地が揺れて岩も割れた。
そして墓が開けて、沢山の身体が、、、、眠っていた聖徒が蘇った、
そして彼の復活の後墓から出て、天の市に行きそして多くの人の所にあらわれた。
96. 旧約聖書の中で、旧約聖書の聖徒達がさて、この携挙が初めて起こった時に、、、さて、50節を見て下さい、彼の大きな声が旧約聖書の聖徒達を起こして、ちょうど、イエス様がラザロを起こしたのと同じ大きな声でした。分かりますね?その大きな声が彼を起こしたのです。そして2つ目は第2テサロニケ4章で成就されました。それでは読みましょう、我々は数分で読みましょう。分かりますね。12 そうすれば、外部の人々に対して品位を保ち、まただれの世話にもならずに、生活できるであろう。
兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。
わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。第1テサロニケ4:12-18 それが第2の携挙になるでしょう。その第2の携挙で花嫁たちを迎えに来るのです。
98. 彼はとらわれていたとらわれ人を導き人々に賜物を与えます。旧約聖書の聖徒達は彼と共に行きました、彼等は言いました、「8 栄光の王とはだれか。強く勇ましい主、戦いに勇ましい主である。
門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。栄光の王がはいられる。
この栄光の王とはだれか。万軍の主、これこそ栄光の王である。」
その声は内側から来るのです、「栄光の王とは誰か?」
「 栄光の王とはだれか。強く勇ましい主、戦いに勇ましい主である。」
その門は開かれました。そしてイエス様、克服者であられる方がとらわれた人々で彼を信じていた者を導きその御言葉が彼らに来たのです。
旧約聖書の聖徒達はそこで横たわり待っています。彼等はとらわれ人を導き旧約聖書の聖徒達を連れて高く上がって行かれたのです。その一つの携挙は既に終わっているのです。
次の携挙が行われるのは第2テサロニケに在りその教会、花嫁の為で、復活されて栄光の内に引き上げ有れるのです。
「生きている者と残っている我々は(地上に残っている身体)寝ている者達に妨げられる事は無い、神のラッパがなり、キリストに会って死んだ物が初めに蘇り、そして我々生きている者は空中で彼等に会う事になるであろう」
99. 私は思ったのです、「オー我が神」と
100. さて、(閉める時を)見て下さい、2回目の復活、最初のは終わったのです。二つ目のは、今現在来ようとしているのです、まもなく来るのです。
さて、3番目は黙示録11:11と12の二人の証人の物です、これらはユダヤ人たちへのキリストの御霊による証人となるのです、ヨセフが彼の兄弟にした様にです。そしてあなたは覚えていますね、彼らの真だ体はその通りに3日間と半日横たわり、命の御霊が彼らに入ったのです、そして彼等は携挙されていたのです、天に連れていかれるのです。新約聖書の3つの携挙がありませ板。旧約聖書の3つの携挙は皆起こったのです。
さて、我々は聖徒達の携挙を待つために準備したのです。それは語られていて又そうなるのです。
神が
天地は滅びても神の言葉は滅びる事がないと神は言われました。
101. そしてある日、彼は彼の人々を呼びだされたのでした、そして彼はある人に火の柱によってモーゼの名によってかたっていたのです、光、聖い者、聖い火。そしてモーゼは、、、人々はモーゼを信じていませんでした、そして神は言われたのです、「彼らをこの山から連れ出すのです」
その朝、その山は全て火でいっぱいだったのです、雷鳴やら雷など、そしてその人々は言いました、
「神に話させるのはやめよ、モーゼに語らせよ、そうでなければ我々は死ぬであろう」
神は言われました「我々はこの様にはもう話さないが彼等の中から預言者を建てる。そして彼を通して語る、もし彼が語ったことであなた方が聞いたことは起こるようになるのですと言うのは私が彼と共にいるからです。さて、彼はその様に話されました、彼は「それは起こるようになる」と言ったのでした。
102. あなたは放送上で先日そのメッセージを聞きましたね、「神に奉仕をしようとする」ダビデは油注がれた王です、すべての人々が叫び声をあげたのです、それは正しかったのです、しかし彼は神の預言者に決して相談しませんでした。そしてある人が死にました、全ての事が苦みになったのです。神のひいきになる事をしようとしないでください。神の時に成るまで待つのです。神がされる方法で来るようにするのです。「この大きな事を始めるのです、これをする様になるのです。」兄弟、気を付けて下さい。
104. そしてある日800年後、おとめの子宮の中で神の種が身ごもったのです、創られた種です。彼女は御子を産んだのでした。そしてある人が4日間死んで腐っていたのです、彼の鼻は落ちて、臭くなっていました、彼は前に出てきたのです。そして言ったのです、「これを驚いてはならない、その時は来るのです(アーメン!)全ての者は墓の中にいて神の御子の声を聞いたのです。」そし手それは語られていたので、起こらなければならなかったのです。だから携挙は起る事なのです。
間違いのない事です!
105. 多くのあなた方がそこに立っていたのを覚えていますね、その岩はその日天使がそこに降りてきたときに、光と火が天からその岩の周りに降りてきたのです、そこに彼等は立っていたのです、岩は山の中で見つけられてそこに落ちて行くのです。又彼女は3回強い爆音を出しました、私は言いました、「裁きが西海岸に下るであろう」二日後アラスカがほとんど沈みそうになりました。
106. それを言ったかどうかは分かりません。しかしここにいるこの兄弟はそれを信じています。いいえそれはモーズリーの一人だったと信じています、私をその通りに出て行かせました。振り返るまでそれが何だか知りませんでした。そして聖句を見直してイエス様が言われたのです、「カペナウム、カペナウム、お前は自分自身を天よりも高くすることによって地獄に自分を齎しているそれは自分自身でソドムでしたのと同じ力強い仕事で今日それは未だに立っている」そして150年位そこにいて、ソドムは地上にいるが、カペナウムは今日水の中にいるのです。
107. 説教師たちよ、それらは彼等にとって墓になった。良い人達はそこに行って鼠のように死んでいるのです。何という大混乱でしょうか。
「あなた方自身は天使(エンゼル)の名で自信を呼んでいる、もしその力強い技がソドムにでなされていたならばこんにちはで保たれていたであろう。しかしあなたの時が来る」しっかり見て行いなさい。もしそうでなければ私は偽預言者になります。分かりますね。彼女はそこにいてそこに横たわっていたのです。
108. そしてそれが出てくると言うのを聞きました、教会はこの反対側に来ていました。そこにアジアの教会がありました。オーあなた方は汚れについて話しています。欧州の教会が来ました。オー何という事!そしてその後私はロックンロールが来ることを聞きましたそしてミスアメリカ、教会などもです。そして彼女は洋服さえも持っていなかったのです。彼女は神の様なもの、新聞、灰色で、彼女の前を、、ロックンロールで踊っていましたーミスアメリカは教会だったのです。
私は神のご臨在の中で立っていました。私は思っていました、「オー神様、神に仕える者として、もし我々が出来る最善をしているならば」あなたはどの様に感じるかを知っています。そして私は思ったのです「もしここから逃げられたら神様私を隠してください。もし我々がしたこと全てが私がつくったものでした。もしそれが、、
109. 私はそのようなことをしていたのを見て泣かされていました。私は、そこに立っている事は出来ない、彼はそこに立っていました、私は教会の聖職者として、私は神の為につくっていたのです。私は言いました、「オー神様、私はそれを見ることが出来ませんでした。死なせてください。静かに消える様にしてください」そしてその様になったのです。
そしてそれらがなくなったらすぐに、毎回彼等の一人が出てきたのです、彼等は特定の場所に出かけてそれを捨てて、私は出てくるその音を聞いたのです。そしてその時私は「オンワードクリスチャンソルジャー、(進めクリスチャン兵士たち)」の様なものを聞きました。そして私は見てみてそしてここに来て、福音の進みに行進の様なものをスムーズで綺麗にして彼らの頭が伸びていて全て正しい服装をしていたのです。彼女は御言葉だったのでした。全ての国の一つのようでした。私は彼らが過ぎて行くのを見ていたのですそして彼らを理解していました。降りて行く代りに彼等は上がり始めたのでした。そして私は、彼らの一人に気が付いたのです、二人か三人は正しいラインから出ようとしていました。私は叫んだのです。「ラインに留まれ!」そしてその幻は私を離れましたそして私はこの部屋に立って叫んでいました。「ラインに留まれ」ライン、、それは。。。
111. 主のラッパがなり
キリストにあって死んでいた者達が蘇り
彼の復活の栄光を分け合う
選ばれたものが集められたとき
彼らの住まいは空を超える
その呼び声がなり始める時
(友よ全員そこにいられるようにしましょう)
神の祝福がありますように。それは語られた言葉でそれは起こらなければならないのです。それはかならず起こります!そして小さな人々、誰も死にたくないのです、誰も失われたくありません。話をさせて下さい。あなたが何をしていても私は気にしません、教会にどれ程良く行き、どれ程教会に忠実であろうと、それはいいでしょう。それに反対はする事は何もありません。教会に行くべきです。行き続けて下さい。しかし何であれ伝統や人の言い伝えは捨て去るのです、キリストの正しい道に行きましょう、なぜならばこの時代の物になるからです、あなたはそのまま行くと獣の刻印を得ることになります、それが遅すぎる時には分からない可能性が出るのです。
その通りなのです。
112. 神の祝福が皆さんに在りますように! 主イエスを愛していますか?一分だけ今ここに静かに立ちましょう。敬虔に。。そして私が言った事を覚えて下さい。覚えていてください、我々は終わりの時に生きているのです。
これらの、、、
国々は破壊されている:
イスラエルは目を覚ましている
聖書が預言した印
異邦人の時は数えられている
恐怖が起こる事と共に
散らされた民よ、あなた方自身の所に戻りなさい
贖いの日は近い。
人の心は怖れで苦しんでいる
聖霊に満たされ
灯りを整えて清められ。
見上げよ、あなたの贖いの日は近い
(それを分っていますか?)
偽預言者は嘘をついている。
神の真理は彼らを否定している(我々は
それが全て真理だと知っていますよね?)
————
イエス様 愛しています
彼が私をはじめに愛してくれたから
そしてカルバリーの木の上で
私の救いの為に支払ってくださった
何人が本当に彼を愛していますか手をあげて下さい。さて、これを一緒に歌っている間近くの人と握手をして欲しいです。そして、「寄留者、神があなたを祝福しますように」と言ってください。我々は寄留者ではありませんか?旅人であり寄留者ですよね?
イエス様愛しています(その通り、テーブルのちょうど反対側)
愛しています。
彼が私をはじめに愛してくれたから。
そしてカルバリーの木の上で
私の救いの為に支払ってくださった。
113. 「神の変わらぬ手を握る」その曲を知っていますか?姉妹紙って言いますか?「神の変わらぬ手を握る」何に入っていたかは分かりません。 何でしたっけ?
神の変わらぬ手を握ろう!
神の変わらぬ手を握ろう!
永遠の上に希望を建てよう。
神の変わらぬ手を握ろう!
それが好きですか?
我々の旅が終わる時、
もし神に真実であったならば、
栄光の内に公平であなたの家を輝かしていたら
あなたの魂は引き上げられる
神の変わらぬ手を握ろう!
神の変わらぬ手を握ろう!
永遠の上に希望を建てよう
神の変わらぬ手を握ろう!
少しの間だけ今頭を垂れてほしいのです
この世のむなしい富をむさぼらないで
それは即座に消え去るのです、
天的な宝を増やすことを見出しましょう
それらは決して消える事はありません。
神の変わらぬ手を握ろう!
神の変わらぬ手を握ろう!
永遠の上に希望を建てよう
変わらぬ手を握ろう!
115. お互いの為に祈ります、彼らを受け入れて下さい、父よ、それは私の誠実な祈りです。そして父よ、今晩非常に緊張していたことを許してください、ここに居側に来たので、言葉を言う時グラグラしていて上手く言えなかったのです。何とかして、もう一つの偉大なる聖霊が来て下さりあなたの聖なる神の方法だけでなんとか動けたのです。そして彼等を私の動機や私の心があなたに向っているという議題へと解放してください。主よお願いします。そして救われるべき人々を救いあなたに近く導いて下さい。主よ。そして間もなく来ようとする携挙の時に備えられますように。イエスの聖名によってお祈りします。アーメン。
神の祝福がありますように。さて、コンベンションの議長さん。