行い(業)は信仰が表現されたもの!

Works Is Faith Expressed

行い(業)は信仰が表現されたもの!

シェリーブポート ルイジアナ州 アメリカ合衆国

説教番号: 65-1126

日付: 1965年11月26日(65-1126)

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1. さて、今日、部屋で座っていて、その後、、、ある奉仕者(聖職者)私の心に近く愛する方達、3人が、私の本当に良い3人の友たち、彼等がお昼を一緒にする予定だと言ってきたのです。そして「それは素晴らしい」と思いました。分かりますよね。

3. 彼等はそれについて口論をして、外に出て、手一杯の石を得て、そしてポールの後ろに一人が立ち、もう一人は、別にそしてお互いに出来るかぎり強く意志を投げていました。それに関して落ち着かせることが出来なかったのです、そして「私はあなたに勝てる」彼等が行ったその道を降りて行った。ジャック兄弟、小さな背の低い人が、ツイストする事が出来る程強く、そしてヤング兄弟は長い脚だったそれほど笑った事は今までなかったのです。
そしてジャック兄弟は車に戻りそして彼の靴を引きました。シャリット兄弟は我々に大きな袋のオレンジをくれました、そして彼はシェリーブポートに着く前にそれらを半分洗っていました。

7. そしてそれから、誰かが来て私に証を話しました。教会のグラウンドで話してました、彼女は言いました、「そこに在る人が居て、、それは1年前くらいだったと信じています、彼は識別の列に来ていました。そして私は昔ながらの祈りのラインをしようと考えていました、ジャック兄弟と、、、の様な。

10. さて、明日の朝は、ビジネスマンの朝食です。それについて通知されましたか?それは良かった。

11. さて、そして鉛筆を下さいそして幾つかのテキストなどを書いて下さい。そしてビリーがドアをノックして言いました。「パパ?」
私は、「ちょっと待っててくださいね。まだ終わっていないんだよ」と言いました。
彼は「ジャック兄弟があなたのことを待っています」というのです。私は行かなければなりませんでした。ちょっとつまってしまいました。ペーパークリップは持っていませんでしたそして、メダの「ジョニーのピン」の一つを取ったかここに在ったある種のピンそれは「待ち針」と呼ばれている物。それにしたのです、それは「待ち針でした」それはある種のピンでした。それらの事についてはあまりよく知りません、そしてそこに置いてあるのを見たのです。そしてここでペーパークリップを作るために、朝の為に幾つかのノートがありました、それらを一つと他の物と分けたのです。

12. 彼は言いました「それってずっと前からですか?」
そして私は「さて、それは十分前ではないですか?」
彼は「いいえ」と言いました。「誰かに電話して、「何が欲しいの」と冗談を言っていると思っていた、そしてジャック兄弟は、それは本当なんだと気が付いたようです
そうなんです、忘れてしまうんです!しかし皆正しい行動を取りましょう、というのは彼等は書の中に在り記録が裁きの日に見せられるからです。

14. そして私はこの若い人が彼の足かせから出られたのを見たのですそしてひとりにしておきました。「ただ彼が何をするかを見よう」と考えていましたそして彼が足かせが取れた時、彼は良い人でした。そして他の人達も逃れようとしているのを見ました。

15. そして彼は何とかしゃべることが出来たのです、「ブラナム兄弟、これよりも何かが必要です。私にはそれが見えません、ブラナム兄弟、それを見る事が出来ません」
私は「オーボーダース兄弟」私は彼を愛しています。

16. そして私は見ましたそしてその女性がここに立っていました。私が小さな少年だった時、以前は食料品店から人々に食料品を届けたりしていました。そして彼女の名前はフェントン夫人でした。彼女は今もジェファソンビルに住んでいて、妻と私の個人的な友人です。
そして彼女は言いました。「ブラナム兄弟、これを私達の為に届けて下さい」「これは地獄の家」だと言いましたそして「あなたは誤解され続けていた」言いましたそして、「これはあなたがこれらの人々を誤解していたのもある」と言いました。「これらの人々は素晴らしい人々ですが、、、」そして私はそこを見て、大きな大きな洞窟の下にある壁化何かみたいなそして大きな鉄のバーがあり、8—10インチくらいの太さでした。そして人々は頭が狂った様で腕を曲げ浅井も彼等の頭をその様に叩いていました。そして彼女は泣いて言いました。「ブラナム工大彼等を解放してください」彼女は言いました。「助けて下さい我々は問題に陥っています」彼女自身が、彼女の事は知っています、彼女は、キリストの教会(あるクリスチャンの教会、、兄弟達の教会?に属していました。そして彼女は、、

17. そこに幾つかの光がキラキラしているのを見ました。上を見てそこには主イエスが虹の光を彼の周りにして立っていたのを見たのです。彼は私をまっすぐに見ていましたそして言いました、「これらの人々を解放しなさい」そして彼はいなくなりました。
私が思ったのは、「さて彼等をどのように解放できるのであろうか?腕にはそのバーを壊すような力は残っていませんでした。
そして言いました、「地獄の家、イエスキリストの御名に与えられる」
そしてすべてのポップやクリークやロックンロールそしてバーが落ちて人々は走り、叫び、「解放された」そして彼等の一番高い声で叫んでいて全員が解放されました。

18. ボーダース兄弟はとても怖がっていました。その預言について知っていますね、ここにいる多くの人々が知っています、あなたはテープで聞いたり色々しています、西海岸についてです。

19. 私は「マックヒュー兄弟について知らせてください。私は言った。

20. そして彼は言いました、「それは何ですか、ブラナム兄弟?」
私は、「私には分かりませんが、24時間以内にあなたが知ることになります。何かが起こる様に定められています。それは大いなる印です」と言いました。

21. 全員が彼等のヘソイノシシを持っていました。そして我々はそこに立っていました。そしてマッカナリー兄弟、そして彼等全員が、それを味付けて、そしてボーダース兄弟と私が言いましたそしてロイボーダース兄弟、足の悪いベテラン、とても親愛なる尊い兄弟で彼はそこに立っていました。そして私は上を見上げてマックヒュー兄弟が言いました。「ブラナム兄弟、このハンティングの旅の間に主の御使いがあらわれたことは一度でもありますか?」
私は言いました。「マックヒュー兄弟、はい。その通りです。しかし私はここに休むために出てきました
彼は言いました。「分かりましたブラウン兄弟」そして「あなたを邪魔しようという事ではない」と言いました。私は「あなたは邪魔なんてしていない」と言いました。

22. そして私は言いました。「あなたが尋ねたことはあなたの目の為ですね。そのサングラスは目が悪いからですね」
彼は「その通りです」と言いました。
私は「あなたの医師(彼に説明しました)彼はあなたに数日前、あなたは視力を失うなぜならばアレルギーが視力を侵食しているから。彼は2年ほどあなたの目を診察していて、彼には止められない」
彼は言いました。「ブラナム兄弟、それが真実です」と

23. 私は言いました、「あなたのお母さんは白髪交じりの女性です、そして彼女はスカートをあげてストッキングを引っ張って彼女の脚を見せましたそしてもしあなたが私に会うならば、彼女の為に祈ってくれるように言ってくれと」言いました。
そして彼は「オー憐れみを!」と言いました。
私は振り返って、彼が眼鏡をかけないでそこに立ちー視力が。。。私は言いました。「主が仰せになる、神はあなたの目を癒し又、あなたの母も癒すと」

24. 彼は「どういう意味ですか、ブラナム兄弟?」と言いました。
私は「話さないで!急いで何かの下に入って」そして私は後ろを向きそしてショベルを取って、その場所の再度にそして彼等からある言って去りましたと言うのは、私が居た場所にそれが来るのが分かっていたからです。

25. 私は言いました、「あなたに言いたいのは、それは裁きの印だった。数日以内に大きな地震が西側にあることになる。そしてそれは止まらない。カリフォルニア州、ロサンゼルスは沈むことになる。それは落ちて行くだろう。海にスライドして落ちることになるでしょう。そして二日後にアラスカ地震が起こってアラスカを揺らすことになる。

27. そして見て下さい、その水はサルトン海に戻っているのです。ロサンゼルスは裁きの為に消える運目になるのです。それが起こる前に離しています。そうすればそれア岐津起こるかを知るかもしれない。私自身が話しているわけではありません。そして彼が言われた事で起こらなかったことは一つもありません。その記録を確かめられます。その通りです。それが何時なのか?私には分かりません。

28. ロイボーダース兄弟は死ぬほど怖がっていました。その意味が何だったのかは分かりません。
祈りましょう。

29. ベッドやストレッチャーに横たわっている男性や女性が敵に縛られているのを沢山見ます。人々はそこに座っていました、多分もしあなたが彼等に触れないならば、心臓発作で死ぬことでしょう。多分彼等の内の何人かはガンに侵食されています。
そして父よ、あなたは全ての人々の心をご存知です。真実であるか不実であるかをご存知です。そして我々はこれらの事を言いますと言うのは、我々はあなたがされたことを知っているからです。あなたの偉大なる力が多くの人々を解放しました。我々はその証人です、たとえ彼等がそのような事は怒っていないと言ってもです。しかし主よあなたはなさっています。我々はその証人なのです。

31. 誰かがここの机の上にノートを置いて行きましたそれには私に今晩献金を取ると書かれています。それは必要ありません。そういう事はしないでください。それを持っていく事は出来ないからです。一度カナダのカルガリーで彼等が献金を集めて持ってきました。ジャック兄弟が私に言おうとしていました。妻がそこの後ろに座っていて、彼女と子供達は古い小さな部屋に住んでいました。彼女は毛布をドアにかけて子供達が肺炎にかからない様にドアを閉めていました。そして彼女は言いました、彼は私に言ったのです。「ブラナム兄弟、そんな風に彼女を扱うのは公平ではない」そしてその状況を覚えていますね。彼等は何千ドルだったかは忘れましたが彼等は献金を集めました。
そして私は言いました。「オー戻してください、ジャック兄弟!」
彼は言いました。「さて、我々はどうやってそれをすればいいのですか?」さて、私はその場所を買いましたそしてそれはそこに在ります。だから栄光と栄誉は神の物です。我々はそれを数年持っていて、妻と私は教会からの贈り物をです。それは人々なのです。
そしてそれから、思ったのです。「それは正しくない、この世には何も持って来なかっただから何も取ってはいけない」そしてそれを測り、働いて、タバナクルに戻しました。その時終わったのです、というのは、他の神の僕たちが、そこに在肢体たとしたら、それを使う事でしょうね?ありがとうございます。本当に友よ。神があなた方をそれゆえに祝福しますように。

32. そして今、しばらくの間教えて、それから病気の人達の為に出来る限り速く祈り始めます。このプレイヤーラインにいる出来る限り多くの人々の為に祈りたいのです。そして又覚えてほしいのです。アナジェーン姉妹とドン兄弟の事もわすれてほしくありません。タイかどこかに今いると思います違いましたか?どこですか?バンコックの宣教の畑にいます。昼間に沢山の事を考えなければいけません、人々の前に離してほしいのです。そしてここに来るとき、それを考えられないのです、その学びをちょうど読むことになります。

33. わたしたちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた時、行いによって義とされたのではなかったか。
あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行いと共に働き、その行いによって信仰が全うされ、
こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。

34. ここヤコブは創世記22:1-9で人がアブラハムの内に何を見たかについての教えの表現なのです。

35. これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、「アブラハムよ」。彼は言った、「ここにおります」。
神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。
アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。
三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。
そこでアブラハムは若者たちに言った、「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。

36. 。。。
わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。
アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、手に火と刃物とを執って、ふたり一緒に行った。
やがてイサクは父アブラハムに言った、「父よ」。彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。
アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」。こうしてふたりは一緒に行った。
彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。
そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、
主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。
み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。
(「何という行いでしょう!)
さて、このヤコブ書にアブラハムは彼の行いによって義とされたとあります。

37. それでは、肉によるわたしたちの先祖アブラハムの場合については、なんと言ったらよいか。
もしアブラハムが、その行いによって義とされたのであれば、彼は誇ることができよう。しかし、神のみまえでは、できない。
なぜなら、聖書はなんと言っているか、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」とある。
いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、当然の支払いとして認められる。
しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである。
ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、
「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、さいわいである。
罪を主に認められない人は、さいわいである」。
ここでパウロが言っているのは神がアブラハムの中に見られたことです。

38. そして主は彼を外に連れ出して言われた、「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」。また彼に言われた、「あなたの子孫はあのようになるでしょう」。
アブラハムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。

39. つまりヤコブは彼の行いによって義と認められたと
パウロは信仰によって信じることによって義と認められたと言っています。
しかしアブラハムは神を信じていました。それが神が彼の中に見たもので、彼はそれを信じていました。しかしそして彼がその事を行動に移したのです、それが人が彼の中に見たことでした。
そしてそれは我々にも同じ事なのです、というのは我々の行いは我々が持っている信仰の表現だからです。しかしもし我あwれが信じることを行動に移すことを恐れていると、それを信じていない事になるのです。分かりますね。信じなければならないのです。

40. さて、一分だけ休みましょう。時々我々はそれを誤解します。人々は感情を持ちます、そして彼等は感情によって行いをしようとするのです。それでは上手く行かないのです。

42. 「なぜ」と彼は言いました。「あなたは家に帰る事は出来ない。そこでミーティングをする予定だから」
私は言いました。「家に帰るのに数分の準備がかかるだけです」そして私を越えていたのです。分かりますね。その時は私は子供だったのです。

43. 小さな子供が一度も歩いたことがなくて、ここの通路を歩こうとすると、転んだり何回も転んでそこに着く前に疲れてしまいます。しかし誰か歩き方を知っていたり、アスリートは気がつかないでその通路をある行くのです。さて、彼はそこから始める必要があり、彼は今そこにいるのです。

44. 我々は時々そうする事が出来るのですこの様に言う事「さて、この人はまだ十分な信仰がなかった。この人はこれとこれはしていなかった」それにはこの理由が、あの理由がある。時々それは告白していない罪だったりします。4リットル分の油を注ぎ、声がかすれるまで叫ぶことが出来ますがそれでも悪魔が動かないのです。いいえ、それを告白しなければなりません。それが識別力のなせる業なのです。「正しく成りなさい」それによって悪魔を追い出せるのです。
しかしそれをするのが遅くなります。そして彼等は時々忍耐がなくなり言うのです。「祈られなかった」と
しかし我々は今ある方法を見つけたいのです。。。何が起こるか、本当の基本の神の癒しが起こるためにです。

45. 時々、叫ぶことについて表現します。悪鬼が叫ぶのを見たことがあります。異言を語る事:悪鬼が異言を語るのを私は見たことがあります。間違いなく。彼は成り済ませるのです。それは純粋な物ではありませんが、それはそれを成り済ますのです分かりますね、それが本物のように見せるのです。そして人々は時々その違いが分からず、それが本物でない時に本物だと宣言してしまうのです。
そしてそれと同じ事が神の癒しについても起こりうるのです。彼等は、「それは多分まじないみたいなもんだと」と思うのです。そうではないのです。それは純粋な物であり、神が真理だと告げている混ぜ物のない信仰によるものなのです。そしてそれは錨が繋がれているのです!そしてそれが繋がれている時には何もそれを動かすものはありません。そこに居続けるのです。そして、これらの邪魔なものを切るのです。

47. 私は言いました。「そしたらあなたは聖書を受け入れることが出来ない。キリストを受け入れることもできない何故なら彼は神の啓示だから。彼は神が肉体を取って顕れた方だから」それ故その聖なる啓示の上に教会全体が建てられているのです。
イエス様は言われました、「それを信じなさい、ペテロは言いました、彼は、「人は人の子の事を誰だと言っているのか?」と弟子たちにはなしていました。
そして「ある人は、エリヤだと又モーゼだと、またある預言者であり、又エレミヤだと言っています」
彼は言いました。「ではあなたは誰だと言うのか?」
彼は言いました。「あなたは生きる神の子キリストです」

48. プロテスタントは言っています、彼は彼自身お上に建てると。
さて、彼等は正しい可能性があります。しかし私にとっては両方とも間違っているのです。それは彼(イエスキリスト)が霊的啓示によって誰なのかという事の上なのです。「肉や血はこれをあなたには顕なにしなかった、ペテロしかし私の天に居られる父がこれをあなたに現したのである。そしてこの岩(彼が誰であるかという啓示、つまりは彼が御言葉でありそのすべてであるという啓示の上)にこの岩の上に私の強化を建てよう、地獄の門もそれに敵対する事は出来ない。」それは地獄の門は敵対する事を示しています。

49. それが理由で、ある人々は信じられるのですそしてある人々はそれを信じられないのです、ある人たちは信じようとします。

53. 本当の一つの命の書は一つしかありません。茎からくる小麦の細胞が一つしかないのと同じなのです、それは房を通り、殻を通って麦に行くのです、しかしあなたは言うのです、「さて、それはそこに在る麦です」それは麦ではなくそれは茎ですが共にあって麦なのです。分かりますね、それは麦ですと言うのはそれは皆一つの茎ですがその麦があなたの話してくること、最終的にその粒になるわけです。他の物は運ぶために在りそれは死ぬのです。そして子羊の命の書から名前を取り出すことが出来るような感じですそしてもう一つの場所からは出来ないのです。さて、その場所は皆偉大なる啓示がそこに在るのです、それは7つの封印の時の間に知らせれているのです。どうして、それをある人々は信じられないのでしょうか?

54. そして我々は、ご存知のように、「誰も父が初めに定めた者しか、来ることは出来ない。そしてすべて父が私に与えた者は来る」彼等はそれを認識する。他の人はそれが出来ない、他の人達には。どれ程良い人間であろうが、それがあなたに顕かにされていなければ意味がないのです。そしてイエスキリストが誰なのかが分かるのです。

57. あなたの隣に他の人が座っていて言います。「アー僕はそんなの信じない。ナンセンスだ。それは信じない、何も」

59. みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。」何も決められていない事は無いのです。我々はそう思っていますが聖句を見て下さい。それはちょうど神の御言葉そういっています。そのメッセージは今の時代拒否されているのを知っています。聖句はそうなると言っていませんか?間違いなく、全ての事は神があらかじめ定めておられていたのです。

64. しかし神が「それは起こる」と言われたとき、どんな言葉が来たかによります。覚えておいてください。預言者はそこに立って、そして神の言葉は行われていったのです。

66. それ故神は言われました、「そのようにはもう彼等に語る事は無い。私は預言者を起こす」その様にして神の体制は常にそれ以来その様になりました。
さてここに預言者が立っています今、彼は霊感の下にいます。彼は彼自身の知性について考えていません。
「さて、ちょっと待ってください、もし私がそういったら、あなたはその人たちは、私は狂っていると思うでしょう」さて、それは人間の知性なのです。彼はサタンから聞いて居るのですエバがそうだったように。

67. さて、どれだけ長くそれを取っていたとしてもそれは起こるのです。さて、彼は言いました「処女が身ごもる」それが起こるまでに800年かかったことを知っていましたか?神はその女性が誰になるかを彼女の名前もその種がどこに落ちるかも前以てご存知だったのです。それを信じますか?彼は間違いなくされていました。そして実際の子宮に来たのはまさに大いなる奇跡だったわkです。神はそれをご存知でした。神は彼の預言者忠実に神の御言葉を語るものにそれを顕かにされていたのです。それがなんであるかを考える事すらしないのです彼はただそれを告げていただけでした。それに理由付けをしようなどとは一切しませんでした。

68. しかしもし何かがその毒麦を破る音が出来たならば、もし神が彼の恵みによって、説教師でもなく誰かほかの人でもなく神のみが、、、あなたの心に啓示が置かれるのですそれによって、私は良くなる」そうすれば何もあなたをここに座らせておける物は無くなるのです。そこに置き続ける物は何もなくなります。あなたは良くなるのです!しかしそれが起こるまで、医者があなたは座っていなければならないという場所にそれが起こるまで座っていることになります。それは顕かにされなければなりません。それは神の恵みがそれを顕かにされるのです。

69. 彼はためらう事もなくただ「処女が身ごもる」と言ったのです。そうです!

70. 彼女は言いました。「どのようにして、私は男を知りません」
彼は言いました「聖霊があなたに来て、それが起こる」
彼女は「私は主のはしためです言葉通りになりますように」もう何も疑問はなかったのです。

72. 気が付いて下さい!さて、我々はそれをイザヤがそれについてここで語っていることを見つけられます。

73. 彼女が処女であったとさえ言われていました。彼女の名前さえも神はご存知でした。
彼女の名前は天の命の書に在ったのです。
そしてそれは立証されていました。人はその行いによってその表現を見ることになります。それが既になされたときにです。さて、我々は振り返って、「それはまさになされた」と言いますと言うのは我々はその行いや業を見る事が出来るからです。

74. 彼等は言いました「その人は全く狂っているというのは彼は天から水が来るそしてそこには水がなかったのです」しかし分かりますね、ノアはそのことを考えていませんでした。彼の行いが人々に彼の信仰を表していたのです、神が言われたことが起こるという信仰です。
それが理由で、純粋なクリスチャンは神の御言葉以外の全ての事から離れるのです。どのように人々が考えようが誰かほかの人が何と言おうが彼は離れるのですと言うのは彼がそれを言っているからではないからです。もし人間だったら、それは行いになるまで知られるのにそれほどかからないのです。彼は後ろに下がるかこっちやあっちに行ったりこれに加わったり始めたりするのです、彼は彼が誰なのかを見せることになります。しかしもし彼が純粋でもしそれが神の御言葉が彼の上に在るのであればその時その種類が出てくるのです。その人が準備された偉大な時を見ることになります。それがノアがしたことでした。

75. さて、モーゼがもしこの様に言ったら「はい、ちょっと待ってください。私は知性に話していると思っていましたこれは凄い。私はとあなたは言いました、あなた。。さて、ヨガこの古い小さな曲がった杖を取ってこの手に、そして何百万もの人々の軍を、、、戦士たちで武器を持っているんですよ?そして私は戦時ではなく私は羊飼いです。どうやってやるのですか?と言っていたら。。。
質問なしに。。なぜ?彼の心にその地があったからです。彼はあらかじめ定められた人だったのです。「賜物と召命は悔い改めによらない」神はアブラハムにそれを言いましたそしてその地は準備されていたのでした。

76. パロはモーゼのその行いを見たのです、彼は彼がする事そしてしようとしていたことに信仰を持っていたのです。彼は神の約束の内信仰がありその約束を作ったのでした。彼はそこへ行ってそれを取りました。誰もそれをやった人はいませんでした、他の誰にもそれは出来なかったのです。彼がそれをする様に指定されていました。神は、その前にアブラハムにそれが起こる事を告げていました。そして約束の時が近くなった時に、その小さな子が生まれたのです、美しい子供でした。そしてその漁師である、アムラムとジョチェベッドは王の命令を恐れていませんでした。分かりますね。そこには何かがあったのです、その地は既に準備されていました。
オー神様、地が準備されるように話していることを今晩望んでいます。もしその種が正しい場所に落ちたならば、そしてそれがそうあるのです。もしそうでなければそれは起こらないのです。そうなのです。
同じ事が、彼等は言います、「ブラナム兄弟、その種類の下のは私達から取り去られました」もしそうならばそれはキリスト教自身から取り去られているのです。分かりますね。あなたは何でも成り済ますことが出来ます。しかしもしそれが本当にソならないならば、神の御言葉は正しい種類の地に落ちるのです、それがその種類の物が実を結ぶようになるのです。そうならなければならないのですなぜならばそれが種だからです。

77. 神が彼に言ったのは「この山に又来ることになるであろう」でした。そして彼は彼がそこに行く事になる事を知っていたのです。
ハレルヤ!我々も我々が行く場所をこの旅の終わりに行く場所を知っています。神がその川を越えた地を約束されているからです。証しの内に恐れがないように。アーメン。もしそれが課されたならば、あなたに恐れはないのです。もし全世界が恐れていても関係ないのです。彼等が何と言おうとあなたは怖れないのです。それがあなたに明らかにされたならばこれは神から来た真理なのです、そうすればあなたは恐れがなくなる様になれるのです。もしそうでなければ、あなたはそうはなれません。

78. 何故、ダビデは見合うような人でもなく武器も持っていませんでした。合わない者でした。その人は多分10か12フィートくらいの肩幅だったのです。そして多分14日15フィートくらいの身長だったでしょう。槍もといだは理の様で多分12フィートくらいの長さでその刃は多分4フィート幅くらいだったでしょう。

79. 彼の兄弟達は、もっとそれをする事が出来たはずです。サウルは彼の軍でも頭と肩が飛びぬけていました。しかし、分かる様に、それは彼には顕かにされていなかったのです。アーメン。そうなのです。彼等は神には出来ると信じてはいました、しかしそれは彼等に顕かにされてはいなかったのです、しかしそれはダビデに顕かにされていたのです。つまりそこに違いが明らかにあるのです。もしそれがあなたに神があなたを癒すと絶対的に顕かにされているならばあなたはそれを得るのです。(テープにブランクがある)あなたは癒されるのです。どんな病気であろうとどんな問題であろうと、ダビデとゴリアテよりもひどいかもしれません。しかしそれがあなたに顕かにされるならば、

81. しかし分かりますね、ダビデはそのことに全く揺れませんでした。なぜでしょう?それが彼に顕かにされていたから。彼には彼のしていることについての信仰があったのです。彼はどうなるかが分かっていました。そして彼はそれをやったのです。それは彼にそれが示されていて、彼が立っている場所が分かっていたからです。
そしてもし、神があなたの心に今晩語られているならば、「もうベッドに寝ているのではない。椅子に座り続ける事は無くなる。あなたは健康になる」あなたの思いを変えることはなににも出来ないのです。
しかし、それが起こるまで、世の全ての説教師たちは祈ることが出来ます。それが助けにならないとは言いません。それは励ましになります。しかし信仰が、、癒しの力があなたの中で見えるまで。その説教師からは来ないのです。それは啓示によって来るのです。信仰によってです。「主がお告げになる言葉はこれです。万軍の主は仰せられる、これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。」私の御霊が恵みによりあなたにこれを顕なにするのです。そしてそれを取り去ることが出来る物は何もありません。信仰による、啓示!その時ダビデが彼の行い(業)を証明するのです。

82. 彼は言いました。「その将軍であるサウルと話をさせて下さい」
そしてサウルは言いました。「さて息子よ、お前の勇気は見上げた者であるしかし、まだ子供でしかないしかし彼は若い時から戦士であった。彼に勝つことはあり得ない。彼は言いました。「私は父の羊の世話をしている時に、、」彼はそれを基本に何かを! アーメン。オー兄弟!そして神があなたの魂を救われました、彼はあなたの体を癒すことが出来ますか?それはちょうどあなたに彼があなたの救い主であるのと同様癒し主であるという事を顕かにされたのですよね・しかしそれは初めに顕かにされていなければなりません。それが違いなのです。彼は何かを彼の信仰の基礎に持っていたのです。
言いました。「このような事は今まで起こったことがない」
しかし「同じ神が獅子の手から救い出してくださったのだから未割礼のペレシテ人の手からも救い出してくださる」
「どうしてそれが分かるのかダビデ?」
「私はそれを信じています」
「どうして?」
「それが顕かにされたからです」
そして彼は何を話しているかを知っていましたと言うのはその巨人が「お前を鳥の餌にする」と言った時に彼は「私がお前の頭を打ち砕く」と言ったのです。その違いです、分かりますね。そして彼はそれをやりました。

83. しかし彼はそのラバのあごの骨を取ったのです。そして1000人のぺレステ人を打ち破りましたそしてその顎の骨は壊れませんでした。彼は引き続き彼等を叩き続けました、彼等が来るたびにでした。彼等の残りの人達は石をとり
彼等は彼から逃げて行きました。どうしてでしょう?彼はそれを信じたのです。
時々、、何か他の事をいいたいとおもいます。その瞬間での突然働きかける事、例えばヨシュアがした様に、マグダラのマリアがした様に。その瞬間に何か神が顕かにされたならばそれを掴みなさい。しっかり握りしめるのです。その瞬間にです。

85. 彼等はいました。「あなたは救い主が来られると言います?なぜ」彼は言いました。「どうしたのだ?我々は彼を4000年間探し続けてきた」
「26 ヨハネは彼らに答えて言った、「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの知らないかたが、あなたがたの中に立っておられる。ハレルヤ。今晩もそうなのです彼は居られます。
彼は彼の信仰を啓示によって表現されるのです。それは彼に明らかにされ、彼は救い主にバプテスマをする事を知っていたのです。彼は30歳の男性でした。彼はその場所にいなければならない事を知っていました。彼は彼が誰なのかを知りませんでしたそして彼は彼等の中に立っておられたのです。彼は言いました。「その方はあなた方の中に立っておられる。そして私は彼の靴の紐を解く値打ちすらないが彼はあなた方に聖霊によってバプテスマを授ける。そして今あなた方の中に立っておられる」彼はそれを表現したのです、彼の信仰をです、彼は彼の時代で彼が神の救い主にバプテスマを授けることを知っていたからです。だから分かる様に人々は彼の内に表現を見ることが出来るのです。そしてその様にして彼は説教をしたのです、そしてその方法で彼は行動して、神からの本物の啓示を得ていることを表現していたのです。

86. 「どのようにして彼を知っているのですか?」
彼は言いました。「彼が私に荒野で言われたのです、御霊が降りてくるのを見る時、それが聖霊によってバプテスマをするであろう」
彼は彼の事を知っていました、その時代の印がある事を知っていたからです。(分かりますか?)ヨハネはその時を知っていたのですと言うのは彼は預言者だったからです。それは彼に明らかにされていたのです、それで彼はその時を知っていたのです、彼はその印を見たのです。そしてある印を見た時に、彼は言いました。「彼はあなた方の中に立っておられる」彼はその場所を知っていたのです。
オー、終わりの時の印がここにあるのが分かります。この終わりの時のメッセージが成就されるものを見ているのです、ちょうどその聖句が言っていたのとまさに同じように開かれているのです。そして私はその時が近い事を知っています。だから躊躇することなく、それを言うのです。私はそれが近い事を信じています、彼がその時の前に起こると言われた印を見ています。それは今起ころうとしているのです。

87. 証しは何というのですか?この様に言います。「今、持っていますと言うのは神の約束を受けたからです。それは今私の中で働いています。それが起こるのに今準備しているのです」分かりますね、それがあなたの行いなのです。間違いないですね。

88. この人のようにここで、神が彼にその赤ちゃんを与えられたと信じていたのです。間違いなく彼はそれが起こると信じていました、そのために準備をしていたのです。「私は準備をしている」まだ肉体的な結果はなかったのですが、それには大きな違いはありませんでした。彼はそれをアブラハムのように信じたのです。「それがそうではなかったようにまるで反対であるかのように呼ばれた」分かりますね。

89. 何人がテープを取りますか?私の説教を聞きましたか、それほど前ではないのです、終わりの時の油注がれた者達?それを信じましたか?分かりますね。それはそこには反キリストがいるようになると言っています。反キリストはほぼ選民さえも欺こうとするのです、もし出来るならばデス。それは出来ません、それは不可能なのです。彼等は選ばれているからです。分かりますね?大丈夫です。
しかし彼は言いました。「その油注がれた者達」それはキリストというのは「油注がれた」という意味ですしかし、これは反でした。彼等は油注がれていましたが、キリストに反対する、反キリストだったのです。彼等の教えの中ででした。さて、彼等は他の人達がするどんなことでも出来ました。

90. さて、肉体は5つの入口があります、あなたの地上の家に繋がるためです、いわゆる五感、視覚、味覚、感覚、嗅覚、聴覚。その内側には霊があり5つの感覚があります。意識、そして愛などなどです。しかしその中には魂で一つの者を持っています。そこにあなたは生きているのです。

92. それは外側は理由付けする事が可能です。人を取って「さて、分かりますね、姦淫をしてはいけない事は分かっています。しかしそしてその霊が私に姦淫はすべきでないと言います。しかし、、その奥で、その物があるわけです」分かりますね。ある意味お手玉のようにぐるぐるしているのです。気を付けたほうが良いです。
しかしそれは内側から来るとき、すべての物を一緒に捨てるのです。それがガイドポストなのです。それが制御塔で、内側の内の内側です。その魂が霊を制御し、霊が身体を制御するのです。
そしてその外側を白く洗っても変りは齎しません。さて宗教的な人々がその時代に、パウロは言いました。「白壁と」と彼等は外側は全て信仰者の様なのです。そして彼等は彼等の中で預言をして全ての事もしかし内側の中の内側、魂は信じていないのです。
だから、私は人々は跳んだり跳ねたり、異言で語ったり、叫んだり、病気の人に手を置いて病気の人が信仰によって癒されたりすることが出来、これら全ての事は霊によるものですが、まだ失われているのです。油注がれた者達。

93. ある人が、彼は結婚していると言ってしかし彼は子供もできず、彼には妻がいると言うのに見せてくれないとしたら、彼の言っていることを疑いますよね。ある人が「結婚している」と言いました。
「奥さんはどこに居るんですか?」
「オーそれは知らない」分かりますね?それはある意味彼を信じるのが難しくなります。
私が、「あなたの奥さんはどこに居るのですか?と言います。
「えー、分からない」私はそれを信じられなくなります。
さて、分かりますね、もしあなたが持っているという物を持っているならばー「信仰を持っている」あなたが持っている信仰をどのようにして見せるのでしょうか?あなたの行いによって。分かりますね?
「私は結婚している」
「どうやってあなたが結婚していると知ればいいのか?」
「これが私の妻です」分かりますね。そうなんです。
「私は結婚しています、これが私の夫です」
「私は癒されました。」
「どうやってわかるのですか?」

94. それはヤコブとパウロの間にアブラハムについての説明の違いがあります。それらはお互いに反発はしていません、彼等は両方とも同じです―結婚していた。
そして信仰で行いを生み出さないならば誰でもあなたの証を疑う権利を持ちます。我々のプレイヤーラインを始める前にそれを聞いて居ます。もし信仰があるならば、それについての行い(わざ)が生み出さないならば、誰もあなたが癒されたことを信じさせることは出来ません。こう言ったとします「さて、私は知らない。」分かりますね?「はい間違いなく、世にある信仰の全てがあります」あなたは分かりませんというのは、もしあなたに信仰があるならば、行いは信仰との結婚なのです。彼等は夫と妻なのです、お互いが認識しあうのです。

95. それは彼を若干もつまづかせませんでした。聖書には、「 彼は、神の約束を不信仰のゆえに疑うようなことはせず、かえって信仰によって強められ、栄光を神に帰し、」彼はちょうど準備を刺せるようになった、すべてのブーツを保ちそして鳥の目と全てを保っていました。彼は赤ちゃんを持つことになりました。それだけなのです。

96. さて、神がアブラハムに行ったのです。「そうしなさい、彼女に聞きなさい」しかし彼は言ったのです。「しかしこれは私が約束した方法とは、私があなたに約束した物とは違う」と

97. サラの子宮が死んでいたか彼の体が死んでいた事さえも考えられていませんでした。
これを聴いて下さい:
いったい、律法は怒りを招くものであって、律法のないところには違反なるものはない。
このようなわけで、すべては信仰によるのである。それは恵みによるのであって、すべての子孫に、すなわち、律法に立つ者だけにではなく、アブラハムの信仰に従う者にも、この約束が保証されるのである。アブラハムは、神の前で、わたしたちすべての者の父であって、
これを聴いて下さい、さて「誰が希望を反対するのか、、」希望に反対するものー全ての希望はなくなったのです!オー全ての時、私は少し「寂しい」気分になりました。ここに章があります。ローマ書の4章を見て下さい。分かりますね?
(書かれている様に、私はあなたを全てのものの父にさせる)彼の前で彼は信じたのです、神がその死をそして彼等がそうなったのです。(神がそういったのです。分かりますね?)
希望を信じた者が希望に反した、彼は全ての者の父に語られたことによるとそうなる事となっていて、それがあなたの種がそうある。
さて、聴いて下さい。19節:
すなわち、およそ百歳となって、彼自身のからだが死んだ状態であり、また、サラの胎が不妊であるのを認めながらも、なお彼の信仰は弱らなかった。20 彼は、神の約束を不信仰のゆえに疑うようなことはせず、かえって信仰によって強められ、栄光を神に帰し、

98. しかし医者は言いました「彼はここに来ることはあり得ない」その医者は言いました、「彼女は決して、、
その事は関係ないのです。
「さて、見て下さい、私は年を取ってきました、中年になっています」そんなことは考えてさえいません。

99. それが明らかにされたとき、本当に何かが、それをあなたが起こす事は出来ません、それは顕かにされていなければならないのです。その時、それ以外の事を考慮する事さえないのです、それがいかに不可能であるか、医者がそう言ったか、お母さんやお父さんがどういったか説教師が言った事も、他の誰が言った事も。あなたが見做すべきことは神が何を言われたかだけなのです。

100. どんな環境でも信仰が飢えられている時関係ないのです。その種の細胞から人から女性にある卵を見つける時両方が実を生むようになっているのです何かが起こるのです。ハレルヤ!その医者は「赤ちゃんを産む事は無い。その事を証明できる、あなたの細胞は体内で死んでいて、彼女の卵子は死んでいる」しかしそれを見の有無卵にする事どんな状態であってもそれが起こるのを見ることが出来るのです。その小さな男の子か女の子は生まれてくるのです。なぜかと言うと。信仰がその地を見出したのです。技は技に行くのです、細胞の上に細胞がそしてここに小さな子が生まれてくるのです。アーメン。神は我々に憐れみを持っています。オー神様、頑強なクリスチャンに我々がなるべきもの足るために!我々は神の言葉を神を取る男性と女性なのです。あなたには顕かにされるまでは出来ないのです。(急がないといけません)

101. もしバージンマリアが言った事、「さて、今、ちょっと待ってください。処女が懐妊した?さて、彼等は私の教会から追い出したのですもし、私がその様になることを言って入って行ったのですね?さて、彼女はもしその場所が準備されていなければという考えがあったはずです。
預言者が「処女が身ごもる」と言った時、それで落ち着いたのです分かりますね?
「これらの印が信じる者に従う」もしその場所が準備されておかれたならば、そこに御言葉が落ちた時、それはしっかり持っていました。何もそれを止められるものはありません。

102. 気が付いて下さい、覚えていてください、彼には読める聖書はありませんでした。我々今日のように簡単に聖書を持つ区音は出来ませんでした、彼の言葉を読むためにそして他の物がそれを取ったのです。覚えて下さい、彼は唯一それを啓示によって持っていたのですそれは真実なのです。それはヨセフによっても同じでした、創世記に在ります。聖書はなかったのです。覚えて下さい、モーゼは創世記、出エジプト記、レビ記と申命記を書きました。モーゼの後迄それらの人々は聖書は持っていませんでした。そうですよね?彼等は我々のまがった状況を助ける様に持っている聖書もありませんでした。彼等は頑強な人々で神は彼等に顕かにしていたのです。そして彼等は正しい場所に立っていました。何も彼等を動かすものはありませんでした。さて、もしあなたにそれが顕かにされれば、我々もその頑強な信仰をまだ持つことが出来ると思いますか?

103. それを読んでいた時、泣くしかありませんでした、小さな古いホテルの部屋ででした。そして服をかけていたクローゼットに行き、ドアを引いてそして私は、「神様、ヨセフの様な人を感謝します、彼がこの地上に一度私と同じように生きていた事そしてあなたを信じあなたの御言葉を取ったことを感謝します」と言いました。彼は彼の兄弟達に憎まれていました。彼は霊的になるしかなかったのです。彼は幻を見ていました。彼は夢を解き明かすことが出来たのです。それゆえに彼等は皆彼を憎んでいました。それをしないわけにはいなかったのです、それが彼の存在理由だったからです。

104. 私は「彼等はどうしてそんなことをしたんでしょう?」と言いました。そしてまだその人は動いていません、彼はそこに居続けました。分かりますね。私は言いました。「主よ感謝します。神様、このような人を感謝します。」
そして聖霊たその時、顕かにされて、言ったのです。「あなたは息子を持つであろうそして彼をヨセフとなずける」私はそこで立ち上がり、主に感謝しました。

105. 私は言いました。「そんなことは許可しない。そんなことは考えないでください、先生」
彼は言いました、「それじゃ、彼女はもう子供を持つべきではない」と言いました。「そうしないと彼女がダメになる」と言い「彼女は死ぬでしょう」と言いました。「我々は非常につらい時になります」と言い、「彼女はそれを通ったところです」と言いました。
そしてその時主は私に言われたのです、私を息子を持つことになる、彼の名前はヨセフとなずけられると。それについて怖れたことはありませんでした。その事を覚えている人達が多くここにいますね。

106. ちょうど小さな少年がフィンランドで死から蘇ったのと同じようにです。ジャック兄弟はそれが起こった時にちょうどその場所にいました。あなた方に2年か3年前にそれが起こる前に小さな少年が居てどのような服装をしていて彼がどこに寝ていたか。神がそういわれたのです。
「それはどの様になるのか?」
「私は知りません!」しかしそれは起こる事を顕かにされていたのです!

107. それは起こったのです!その話を私がしたことを何人が覚えていますか、そのテープなど、それが起こる前の事でしたね?そしてそれは起こったのです。雑誌や他の事で写真も撮られました。空中に光があったのです、彼等はそれを未だに理解できていません。そこに在ったのです。
私はジャック兄弟が電話をしてきて、彼にその事について尋ねていたことを覚えています、キリストはそこに立っていました。ジャック兄弟は言いました。「それは彼の栄光を受けた状態だった」分かりますね?ジャック兄弟を愛しています。彼は最高の神学者の一人です、しかしそれをどうもうまくあてられませんでした。
そこに私は立っていました、「主よ、どのようにしてこの若い人がここにいるのですか?羊毛のように白い髪を持っている人ですが」と言いました。
そして彼は言いました、「彼はかつらを被っている」その本を見て下さい、それが起こる前に、そのことを私は言いました。そしてその日そのことが起こった時、それは上がって行きました。そしてその時あなたはその絵を横に起き、もしルック誌かライフ誌を見たならば、、、それを横向きにしてみて下さい。主が完全にホフマンのキリストの頭の状況です、私が立っていたちょうど真上にいました。それは雑誌に在ります!何人がそれを見たことがありますか?もちろん、そこで見て下さい、まさにその啓示が正しい事が証明されたのです。

109. 私は「来るはずだが、分からないが私はヨセフが来るのを知っている」
その赤ちゃんが生まれた時、それはサラでした。そしてある人は私に電話をしてきて、笑ったのです。彼は言いました。「どう思っているんだい?ジョセフィーンだったのか!」その人は死にました。その人は死にました。
私は言いました、「神は私が息子を持つと言われました、そして彼の名前はヨセフだと」
3人の特定の宗派の教会から離れて我々の教会に来た人たちが、それを言うのを聞いて居たのです。サラが生まれた時に、彼等は言いました。「どうして、彼は偽預言者だ」と
私は言いました。「ちょっと待ってください、私は一度もいつとも言わず、神もその時は言っていませんでした。彼は私は子を持ち、、アブラハムに彼等がイサクが生まれることを言いましたが、イシュマエルがその間に生まれましたがそのことが消えたわけではありませんでした。」私は言いました。「神様は私はこの息子を持つそして我々が彼にヨセフと名付けることになる」と。

110. 私は「それはしてはいけない!」と言いました。
彼は言いました。「さて、あなたはもう一度結婚してその男の子が生まれるかもしれない」と
私は「彼女から生まれると神が言われた」と言ったのです。聖書からそれを読むことは出来ませんでしたが、信仰により目視により私の心にかかれたものでした。神がされたのです。不信仰によって神の約束をたがえたくなかったのです。
彼等の内の何人かは、「それはジョセフィーンを意味しているんだ」と
私は「ヨセフの事です」と言いました。
医者は言いました。「彼女はもう赤ちゃんを持つことは出来ない」と
私は言いました。「彼女はもう一人赤ちゃんを持つことになる」
4年が経ち、終に彼女は再び赤ちゃんのお母さんになったのです。

111. 私は言いました、「神はイエスキリストを私を導くために送られました」分かりますね?そして私は言いました。「私は御霊によって導かれています」
可哀そうな小さなメダ。我々にはある看護婦でそのミーティング中に癒された人が居ました、皆さんご存知のモーガン夫人、メイヨ―の看護師の一人です。最悪の自体の、彼女は20年前に「死亡」したという記録がありましあ、ガンで、肉腫として、ルイスビルでです、バプテスト病院の記録にあるのです。彼女は今ジェファーソンビルの病院で看護師として働いています。神は彼女は生きると言ったからそれからずっとそこで働いているのです。
そして、メダは彼女を愛していました、そして言ったのです、「マギーに来てほしいのビル。病院に行く気分じゃないから」と

112. 彼女は言いました。「ビル、私は死ぬと思いますか?」
そして私は言いました。「私は知らないが、赤ちゃんはどうしても生まれるのです。あなたはジョセフを産むことになっている」
彼女は言いました。「これは彼なの?」
私は言いました。「分からないよ、ハニー。私には言えないが、神様は我々はジョセフを得ることになると言われたんだからジョセフを持つことになる。何が何と言おうと気にしない、我々はジョセフを持つことになる!同じ神様が私にこれら全ての啓示を言われた方が言われたのでした。彼は今まで一つも間違った事はありませんので、それも間違いはないのです。
ミルに上がって行って祈りました。そしてそこで始めたのです、そこで2本の木の間に光が降りてきたのです、「あなたの言葉に戻りなさい、あなたの本に」と私は聖書に戻りました。

113. そしてそうした時、風が強く吹いて、それはネイサンが座っている場所そしてダビデもいました。そして言いました「行って私の僕ダビデに告げなさい、彼の父親の数匹の羊を養っている羊の囲いから取り出して素晴らしい人としました。」(す素晴らしい名前の全てが素晴らしいわけではないのです。彼をビリーグラハムにはしません弟子が、彼にその名前を与えました、分かりますね)そして言ったのです。「えー、私がそれをしましたが、」言いました。「彼には神殿を建てさせることは出来ないが、彼の息子に、、、」そしてそういわるや否や、「彼の息子」オー何という素晴らしい。そこには、、、
私は言いました。「ジョセフ?」
「その通りです。」
私が意向としていた家のちょうど下に。そしてそこには小さな子がいましたそして大きな彼女、、、大きな少年。彼女はほとんど歩けませんでした、ここを出ようとしていたのです。私は走って、彼女に腕を回しましたそして言ったのです。「ハニー、ヨセフは生まれてくる。ヨセフはもうすぐ生まれる」

114. 翌朝、7時に病院に行きました。その医者は言ったのです。「オー主の憐れみを、素晴らしい神様!」
彼女にキスをして別れて言いました。「ハニー、ジョセフは間もなくここに来る」彼女が手術台に上がって行ったのです
数分後に看護師が着て言いました。「ブラナム牧師?」
私は、「はいそうです」
彼女は言いました。「素晴らしい7ポンド3オンスの男の子が生まれました」
私は、「ジョセフ、我が息子、ようこそ」そうなのです。なぜ?なぜ?それは何ですか?それが起こる事は聖書には書かれていませんでしたが、同じ聖書の神がアブラハムに明らかにされたのです。我々は、彼女の胎は不妊になっていた事もその不可能な状態も考えなかったのです。神の約束が不信仰によって起こらない様にすることはしないのです、しかし神に賛美を捧げるのです、それが起こらなければならないという事を知ってです!医者が何と言おうが気にしません。全て他の事は色々な方法で来るでしょうが、それを信じてはいけません。それは悪魔の嘘です。そうなんです。それは事実です。信仰は行い(業)と共に起こり、約束を作り上げるのです。(急ぎましょう)

115. 彼女は言いました。「私は神があなた方といると聞きました」彼女はヨシュアがどのような髪形をしているかとかどんな服装をしているかを見たくはなかったのです。彼女は言いました。「神があなたと一緒にいるのが分かっています」それだけが必要な事です。彼女は準備されたいたのでした。
今日の本当の幻として、(後しばらくで閉める予定です)神からの今日の本物の幻、それはその時代に約束された言葉です。「これらの幻、ブラナム兄弟、それをどこから得たのですか?」人々はそれによって戸惑うのです。使徒行伝2:17に書いてありませんでしたか?「17 『神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。」そうではなかったですか?それが聖書に書かれてあることです。

116. さてもしそうだとしたら、マラキ書の4章を見て下さいそしてもしこれが今日の為に約束されているのでないならば、どのようにしてそれに対して信仰を持つことが出来ますか?聖書がそう言っているのです。
「ロトがソドムから出て行った日に、天から火と硫黄とが降ってきて、彼らをことごとく滅ぼした。人の子が現れる日も、ちょうどそれと同様であろう。」さて、今日の世界情勢を見てみて下さい。ソドム人。ビリーグラハムやオーラルロバートを見て下さい、降りて来て、その宗派の教会に証をしています。片方はメソジスト、パプテスト、長老派、もう一人は、ペンテコステ派、これやあれやそして他の物。

117. さて、今日そのことは起こるのです、というのは我々には信仰があるからです。そしてこれは神の物であることを知っているのですと言うのはこれと他の聖句はこの時代の事を指し示しているからです。黙示録10章では、「第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。癒しの礼拝の中でなく、癒しの礼拝に続くメッセージでです。

118. しかしある日、彼は立ち上がって行ったのです。「私と私の父は一つである」オー何と素晴らしい。彼等はそれ以降彼の事を欲しがらなくなったのです。「人の子の肉を食べ、人の子の血を飲まないならば」彼はそれについて説明しませんでした。言っただけでした、「人の子の肉を食べ、人の子の血を飲まないならば、あなたには命はない」
つまり、私は医者や看護師が言う事を想像します。「この人は人食い人種だ。彼は自分の血を飲ませようとしている」さて、彼等には分からなかったのです。イエス様はそのことを知っておられました。
しかし、弟子たちは、彼等は説明は出来なかったかもしれませんが、彼等はそこにいて、とにかく信じたのです。彼等に開かされたことをでした(アーメン)そうです。彼等はそのことを知っていました。聖句がその事を宣言していたからです。

119. 私は今しばらくの間に少し強い事を話します。「そんなにも沢山の偽のなりすましがいる時?」覚えていますね、私の兄弟、彼等は又彼等がこの同時にここにいるべきだと話していました。それはまさに、モーゼの時のようです。モーゼは神のわざを人々の前で顕してそこにヤンブレとやネスが立っていました。しかし誰が初めにしていたのですか?そしてこれらの他の人はなりすましだったのですと言うのは、初めに元の人が居て、そしてなりすましがいるわけです。もし彼等が元の者だったら、我々は失われていません、我々がいる場所を知っています。聖句により又神の啓示によってです。だからまだあなたは立ち上がっているのです。

120. そして覚えていますね、彼は言いました、「ヤンネとヤンブレはモーゼと共に立ち、終わりの日にはこれらの再び地球に上がる様にこれらの成り済ましていくのです」
彼はそれを言いましたか?(会衆は「アーメン」と返答します」さて、我々は彼等を得たのです。

121. さて、私はこのすべてをこれらの時代に、(その通りです)その時来るのです、本当の奇跡をいくつかの奇跡を神が送ったのです、そのすべての体制を常に変えたのでした。もし神様がその教会に何かを送ったのです、そしてその古い体制は変わりませんでした、彼は無駄になる様に送ったのです。印と奇跡の中に出てきたとき、メッセージがその後に続いたのです。イエス様が病の人を癒しに出てそして彼のメッセージが後に続きました。「私と父は一つである。私がその者である」分かりますね?彼等はそれを信じませんでした。彼等は彼の奇跡を信じました。だから言ったのです。「押し私を信じられないならば、その奇跡を信じなさい」こう言いました。「それらがあなた方に私が誰だかを宣言する」オー何という素晴らしい。栄光!誰が初めでしたか?モーゼ!そして彼等は彼のなりすましをしたのです。しかし偉大なる真実は正しいか間違っているかの間に同じようにまだ維持されているのです、彼等はそのメッセージを受け取ることが出来ません!彼等はそのメッセージを受け入れられないのです。それは神の御言葉からの直接の混ぜ物のない言葉なのです。

123. 今も同じです!彼等は全ての偽のなりすましやその他の事をするかもしれません、それには何の意味もなく正しい事が拡大されるだけなのです。そして信じている子供達は皆真理を知るのです。ここでも単純にそれを見ることが出来るのです、そして彼等の愚行やなりすましの業も同じなのです。もしあなたの行いが本当の御言葉でそれによって指定されているならばそして信仰によるならば、書かれた元々の神の約束を表すようになります。

127. さて、祈りましょう。

128. 神様、この時代のペンテコステ派の教会、賜物の回復、主よ、これらの人達、多分ここに数人がいる事と思われます、何院化が世界中でテープを聞いて居ます、彼等が花嫁の呼び出しを認識するかもしれません、それはペンテコステ派のメッセージではありません。ペンテコステ派のメッセージは教会に賜物を回復させる物でした。しかしこれは花嫁を先に進ませるもので、他のメッセージはソドムが焼かれる直前に来たものです。彼等がそれを理解しますように親愛なる神様。信仰、私はこれがあなたの御霊により神の御言葉を通して顕かにされたから信じているのです、そして全世界い顕され指定されたからです。間違いなく主よ、それは少数派です。
常にあなたのグループはそうなのです。しかしあなたは言われました。「恐れるな小さな群れよ、御国をあなたに下さるのは父の御旨なのである」と

129. そして今、主よ、聖霊がそのペンテコステの王国の中にいたようにし、その王国はマルチンルターのジョンウェズリーのそしてジョンスミスそしてアレクサンダーカンペるそしてその時代を通しておられますように。彼が解かすものです。彼(聖霊)がルターの時代の人々の思いを溶かし、その人、、義人は信仰によって生きるとそのメソジスト、彼は清められることによって全ての疑いを溶かしたのです。そしてペンテコステの時代、彼等は異言で語り、神の癒しなどによって御霊のあらわれを与え全てのペンテコステの心にある疑いを溶かしました。しかし神様、彼等は宗派を作ってしまいました。彼等は戻って人の考えを取ったのです。それ故今花嫁が呼ばれている時に、あなたはここで聖句の中で約束されたのです、世の前で毎晩毎晩それを読んでそして我々の目でそれを見ています。神様、人々の心の疑いを全て溶かしてくださいますように。太陽に開かれて自由になり成熟し茎の中で焼かれるために残されないで集められますように、今晩彼等が集められるように祈ります。イエスキリストの御名によって、アーメン。あなたの関心を感謝します。神様があなたの心を扱われますように。

130. (ブラナム兄弟が脇で話をしている)

133. ........ただ信じなさい。
小さなアナジーンがほとんど一晩中座って遊んでいるのが見えます。皆さんにここで本当に静かに敬虔になって欲しいのです。
.........ただ信じなさい。
さて、プレイヤーカード1から15私はそれが居たと信じています。
.........ただ信じなさい。
彼等は小さな集まりがここに出来ている様です、さて始めましょう。あなたは何て言いますか?
........可能です、

134. さて今多すぎ正宇、私達が読んだ以上になっています。大丈夫です。静かに立っていてください。あなたがいる場所にデス。誰もただ、、、あなたは祈りを受けることになりますが、ただ。。。分かりますね。ただあなたの番号が呼ばれるまで待ってくださいそして、分かりますね。あなたはここにはそれほど沢山が立っていない事。もし主が何かをされるべきならば、人々から目を話してくださいそして彼等はそれがみえないのです、あなたは見えるのです。神があなたを祝福しています。
さて、彼等が準備をしている間にこれらのハンカチの為に祈りましょう。

136. オー神様、命を齎してください。命を齎してください。神様、信仰の命を。これらの人々に顕かにしてください、主よ。私は彼等に手を置いて祈ることしかできません。しかしあなたが彼等を癒す事の出来る方であなただけが彼等を癒すことが出来る唯一の方です。あなたがそうされるように父よ祈ります。全ての人々の為に祈ります。受け入れて下さい。私の手を彼等の上に起き、心からイエスキリストの御名によってお祈りしますどうかこれらの人々を癒してください。アーメン。

138. そして彼が同じことをあなたに約束されましたそれはもしあなたが信じるならばそれは起こるという事です。もし信じないならばそれは起こりません。さて、あなたを信じさせることは私には出来ませんしあなた自身が自分を信じさせることは出来ません。神がそれをあなたに与えていなければならないのです。それは信じるという神からの賜物なのです。あなたの信仰ではなく、神の信仰。あなたの知性的な信仰は良いと信じるかもしれませんが、神の信仰でない限り心には来ないのです。あなたの知性多岐な信仰はそれを受け入れることは出来ます。そうしてください。そしてただそれを神があなたに明らかにされるまで、全身全霊で信じ続けるだけです。分かりますね?神が明らかにされるまで信じ続けて下さい。しかし彼がそれを顕かにされるまで。

139. はい!神はヘゼキアに預言者を送って彼に言ったのです。「ベッドから出てはいけない、と主が逢瀬になられる。そのベッドで死ぬことになる」そうでしたよね?
しかし預言者は戻って、あるいはその王が彼のかをを壁に向けて泣いたのです,苦い涙を流して言ったのです。「主よ、後15年いきさせてください。主よ、私の祈りを聴いて下さい」さてその王は世界で政治的に最高の人でしたが預言者は神の味方の中にいました。それは神の王だったのですしかし、それは神の預言者だったのです。神は預言者に幾つかの事を顕かにされました。。。腫物をいくつか取る事(テープにブランクがある)分かりますか?理解しましたか?

140. 人の子が現れるその日に明らかにされる、それはちょうどソドムとゴモラの日のようだ。そうですね?
さて、何が起こっていたか見て下さい。彼等には二人の主要なメッセンジャー達がソドムとゴモラに送られていたのですと言うのは、そこには生温いクリスチャンが沢山いたからです。そうではないですか?そして彼等には二人の主要なメッセンジャーが居ました。(しっかり聞いて下さい)ソドムとゴモラで説教をしていました。しかし彼等の内の一人は、アブラハムのグループと共にここで立ち上がっていました。そうではなかったですか?

141. しかし覚えておいてください、選ばれたもの、あらかじめ定められたもの、アブラハムそして彼のグループもメッセンジャーが居ました。彼がしたことを見て下さい。彼は彼等に印を与えました、その時は火が落ちるところに近くなっていたのです。その日が今我々が探している物です、原子の火、神の怒りです。

142. そしてその教会と花嫁とキリストとの目に見えない繋がり、そのメッセンジャーはここにいるのですそれはイエスキリストで昨日も今日もいつまでも変わる事がないのです。
さて、彼は彼の預言者達を通してのみ語られます。聖書にそう書かれています。彼は他の方法では何もされません、しかし彼が初めに預言者に知らせるのです。アモス3:7「まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない。」彼は常にそうされたのです。決してそのパターンを変えられませんね?そしてその預言者だけがもし彼が真実で神が彼に語られたことを語る事が出来るのです。そうですね。それが事実です。

143. さて、この女性を見ることなしに主が私に彼女の問題がなんであるかを告げられると信じますか?何人がそれを信じていますか?さて、ご存知のように、私は何も見ていません、そのスカートを見ているだけです。私は女性なのか男性なのかさえいう事が出来ませんが、そこに立っています。私は彼女に信じてほしいのです。夫人よ、あなたは信じますか?ここにその患者がいます、あなたは信じますか?もし信じるならば手を挙げて下さい。心から信じるならば、あなたは神に尋ねている赤ちゃんを持つことになります。分かりますね?信じますか?あなたは神に信仰がありますか?さて、それは認識されただけでは癒されません。それは神のご臨在の中での信仰が認識されたわざなのです、神の御言葉が顕かにされました。

144. このここに立っている男性を私の人生で一度も見たことがありません。私は彼を知りませんが、彼は何か彼の胸の中に問題を持っています。彼はそれほど前ではないのですが落下したことがありました。彼はここの人ではないですね、アーカンソー州から来ました。彼は説教師です。家に帰って、福音を伝えなさい。彼の顔を今迄見たことはありません。

145. もし彼が彼女の問題あるいはそれに就いて何かを顕かにされたらあなたは信じますか?皆さん全員ですか?これはその信仰が認識されることによってのみ上手く行くのです、それは私が今晩、話した信仰の事です。それは神が明らかにされることであり、これはその働きを証明するのです。さて、あなたは良くなるという信仰を持っていなければなりません。
ここにいるこの女性、私は彼女を知らないと思います。はい、私は彼女を知りませんが、誰か彼女の事を知っている人を知っていますと言うのは彼が彼女の前に立っているのを見たからです。彼女は頭痛で苦しんでいます。そうではないですか?神があなたを癒すと信じますか?パリ―グリーンの姉妹ですね。そうですねそして彼女に会った事は一度もありません。そうなのです。ここにパリ―グリーンが立って私を見ているのを見ました、そうです。パリ―グリーンがどこに居るかは分かりません。信じますか?どれ程信じていますか?もし信じるならば全ての事が可能なのです。もし信じないならば何も起こりません。

146. その女性は神の御衣のすそに触れたのです、聖書に書かれています。聖書が欲しい方、彼は言いました。「彼は大祭司でありながら我々の弱さを思いやることが出来ないような方ではない」そうですね?彼は大祭司であられ、ここにちょうど立っておられます。さて、人々は彼に触れているのです。
ここに小さなやせた女性が彼女の手を挙げてここに座っています。今まで私の人生で彼女に会った事はありませんが、彼女は何かにちょうど触れています。ここにそれがあります。彼女は神様に祈っています。彼女には胸に問題があり又、胃にも問題があります。もしあなたが信じるならば神が癒されました。あなたは信じなければならないのです。「信じる者にはどんなことでも出来る」

147. ここにある女性が座っています、ちょうど私の安泰側から私を見ていますね、白髪交じりの方です。もし心から信じるならば、、あなたは信じますか?大丈夫です、その胆嚢の問題はあなたから去ります。

149. 全能なる神様、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、あなたの力を送りこのグループの人々を今癒してください。イエスキリストの御名によって祈ります。アーメン。
神に栄光が帰されますように! 神が皆さんを祝福します。