キリストの花嫁の目に見えない繋がり

The Invisible Union Of The Bride Of Christ

キリストの花嫁の目に見えない繋がり

シュリ―ブポート ルイジアナ州 アメリカ合衆国

説教番号: 65-1125

日付: 1965年11月25日(65-1125)

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1. ひとりとてもとても心に近く霊的にも近い人がいますーそれはライリ兄弟です。いつも歓迎してくれ、入ってくると、そこの後ろに立って、ジャック兄弟の学びを聞いて居るのです。カルテットの歌です。
「彼等は今晩栄光の内に歌う」さて、もうそこでその声の内の一人が居ます、他の3人を待っています。思うに、もう地上ではそれを聞く事は無いのでしょう。しかしもう一度聞くのを心から楽しみにしています。
モ―ア兄弟と姉妹、そして彼等のいる場所にいるなら、それは輝きが弱くなることはないでしょう。

3. アナジェーン姉妹と彼女の妹はオルガンとピアノを弾いていて、待つ必要はなかったのです。パルマ―兄弟はここに立っていて曲を図具に選んでそれを続け、彼等はそれを得るのです。彼がその歌を導くのを楽しみにしていました、、彼の子供達から妻そしてジャック兄弟、彼の幼馴染、そしてこの長い間ずっと友人同士でした、そしてブラウン兄弟と姉妹、そして皆さん全員、タバナクルの皆、神の祝福がありますように。彼に会えなくなって寂しいです。神が彼の素晴らしい魂を平安の内彼に再び会うまで休ませてくださいます。頭を下げて祈りましょう。

6. ライフタバナクルの名のゆえにこのタバナクルを祝福してください。その名前の完全な祝福を受け取りそして今週完全な神の命となり、すべての失われた魂をすくい、すべての信仰者が聖霊に満たされ、我あれの中に在る希望を新たにしてください、主よ、再び。
我々と共に来る病人や怪我を完全に癒してくださるように祈ります。あなたの偉大な聖霊がここにありますように主よ、そしてただ癒し信じる様に各々一人一人に油を注いでください。これらの事を受け入れて下さい。父よ。
もしメッセージを齎す私の順番がもし来るならば、神様今助けて下さい。神様祈ります、あなたはただその人の一部になり片方に立たせて下さるように。背入れが入り、我々の中で動くのです、主よ、聖霊がその集会を取ってください。主よ。我々はとても不十分だと分かっています。我々にはそれは誰もできないのです。私達はそれが出来るという様に要求されていません。しかし主よ、我々はあなたがその方だと分かっています。そして我々はあなたを見ています。神の御霊で動いて下さいそして我々の上に肉体として、、イエスキリストの名によってお願いします。アーメン。

7. 我々は西海岸に向けて挨拶を送ります。バンクーバーからメキシコのティファナ迄サンノセを通ってロさんゼ売る、そこの全てのグループに、シュリーブポートからご挨拶します。又アリゾナのプレスコット迄そこにいるグループが主を待ち望んでいます、我々は皆さんに挨拶を送りますそしてツーソン、又シエラヴィスタ、ニューヨーク迄ずっとそして行ったり来たり国を通して。主があなた皆さん一人一人を祝福してください。今晩ここに居られることを望みます。この美しく古いルイジアナ州は私にとって第2の故郷のように感じます。

8. 今晩は家にいます。皆がここにいて、ご存知のように、「ハロー 親愛なるブラナム兄弟、ブラナム姉妹と子供達を全員ここに連れて見せてください」とここの人達が言っています。何と素晴らしい、それはいい気分にさせ貰いました。それが私には本物の英語なのです。東や北や他の地域に居る人たちを尊重していないのではありませんが私は古い「田舎者」として生まれてその様であり続けるのです。自分自身はそれが好きな感じです。それが本当の言葉なのです。
私はビジネスマンの朝食にここでそれほど前ではない時にいました、そして彼等は「我々は立って国歌を歌ったりはしない」と言ったのです。
私は立ち上がって言いました、「古いケンタッキーの家は遠い」とさて、私にとってそれは国家だったんです。それしか知りませんでした。さて皆さんにご挨拶を送ります。
そしてこれからは、、、

11. 覚えているのは、初めて20年前にライフタバナクルで演壇に登った時、聖句やその参照事項は書いておかなくても大丈夫でした。今よりも20歳若かったのです。しかし今、25歳を超えたので、そして2回目になると以前の様には覚えておけないのです。だから聖句を書いておく必要があります、そして時々ある事を概略して書くことあるいは私が参照したい事かもしれないのです。そして今、主は我々が神の言葉をローマ書の7章を読むことで祝福されます。
さて、日曜学校の学びのように教えたいと思っています。

14. それとも、兄弟たちよ。あなたがたは知らないのか。(わたしは律法を知っている人々に語るのであるが)、律法は人をその生きている期間だけ支配するものである。
すなわち、夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって彼につながれている。しかし、夫が死ねば、夫の律法から解放される。
であるから、夫の生存中に他の男に行けば、その女は淫婦と呼ばれるが、もし夫が死ねば、その律法から解かれるので、他の男に行っても、淫婦とはならない。
わたしの兄弟たちよ。このように、あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法に対して死んだのである。それは、あなたがたが他の人、すなわち、死人の中からよみがえられたかたのものとなり、こうして、わたしたちが神のために実を結ぶに至るためなのである。
というのは、わたしたちが肉にあった時には、律法による罪の欲情が、死のために実を結ばせようとして、わたしたちの肢体のうちに働いていた。
しかし今は、わたしたちをつないでいたものに対して死んだので、わたしたちは律法から解放され、その結果、古い文字によってではなく、新しい霊によって仕えているのである。

15. 又、我々は黙示録22章で我々の主が言われたことを信じています、誰でも言葉を取り去ったり足したりするならば命の書からその人の名は無くなる。
そしてサタンがエバに間違えてこの言葉を伝えたのと同様にこの言葉が間違えた解釈となっているのを見るのです、彼女が一つの言葉を疑ったのが理由で、人間界全てをカオスに堕落させたのでした。たった一つの事です。そして我々はその書の真ん中で我々の主である救い主が来られたことを見ていて、そして彼は我々に「人はパンのみで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きるのである」というこの聖句を与えられました。そしてそのはっきりとしてイエスキリストの黙示録最後の書での警告で、「誰でも一つの言葉を足したり、取り去ったりするものは彼は命の書から抜きだされる」とあります。

16. あなたの御霊が我々に下り私達の心に来る言葉が油注がれ、この夜ここから去る時に今よりより良い人間たちになれますように、我々はよりイエスキリストのより近く成れるように祈ります。受け入れて下さい主よ、我々が今生きている時代をより理解でき、この時代においてあなたの人々が神様の準備をすることが出来る様に、この我々が今生きている途轍もなく暗い時代において。
神様、我々を油注いでくださいー話す者だけでなく、聞く者達にも、そしてあなたの御言葉に対して我々の心を畏れるようにしてください。-「神へのおそれは知恵の初めである」これらの事を受け入れて下さい。父よイエスの名前でおたずねします。アーメン。

17. 感謝祭のメッセージのようには聞こえません。しかし幾つかの聖句、、、我々は全てそれを感謝しています。私は神にこの時間にこの世界史の閉じる時代に生きていることを感謝しています。私には分かりません。もし私が世の始まる前からそういわれていたかは、そして神様は、すべてのプログラムを私の為に広げて言われたのです。「あなたに話してほしい。さて、地上にどの時代に行って説教をしたいと思うか?」私はこの時代を選んだのです、これは黄金時代だと思います。
もちろん神がこの地上におられた時代も大好きだったでしょうが、まだ私は今が素晴らしい時代だと思っています、というのは、神が彼の人々を贖うために来られるからです、そしてすべての贖われた人々の所に来る復活の日が近いからです。死にかけている人々に話す何という素晴らしい機会でしょうか!素晴らしい時代!
それについて熱情しているのです。

19. それについて私自身の考えがあります、そしてそれは聖書が言っていることが真理だと信じているのです。しかし信じているのは又、それは私の信じる事で預言の大きな奥義の一つとして開かれているのです。そして主の御心ならば今晩、国中にいる人々に主に助けていただき分け合いたいと望んでいます。

20. その人は返答しました、「どの恵さん?」
ムーディ氏は「神の恵みの事です」
そして、どのように恵みが律法から我々を放してくれたかを見た時に彼はワクワクしたのです....そして恵みがどのように使われているかを、、、私がしたい事はすべていつも人々にその反対側に渡る時、そこに立って「アメージンググレース!何と優しい私の様なものをすくってくださるとは」恵み、尊い恵み、より恵みについて知ると、恵み寄って我々は救われた事。。我々にできる事ではなく、したことでもなく、我々のしたことは数えられてはいないのです、恵みが我々を救うのです。「恵みにより信仰によりあなた方は救われた」のです。

23. さて、もし今日の世的な女性達のふるまいを見て、今日の世的な教会の古い毎を見ると分かるのでしょう。もちろん、今霊定な花嫁のふるまいも、その教会もです。それも見て下さい、肉的ないわゆる花嫁と言っている者達がいるからです。

24. 気が付いて下さい、そしてただ聞いて下さい。この章に関して。女性が暴れ回り続け彼らたやりたい事を何でもしているのを見る時、教会が同じことをしているのを気を付けてみて下さい。気が付いて下さい。しかし霊的な花嫁がリバイバルを持ち始める時、彼女は神の御言葉と共にラインアップを彼女自身が始める時、もう一度見て下さい、その時に御言葉がどういっているか、花嫁を受けるのにメッセージをしているのです、女性は選ばれたものです。選ばれた物。その世の為に、サタンは欺くもので初めの花嫁に神の御言葉を信じさせない事で神に罪を犯させたのです。

28. 我々は家族があります。ここにいる全ての家族がそれに慣れています。時々全ての事が何年も上手く行っています。そして突然どこかで叩かれるのです、ここ南部で多くの時そのことを話してきました、「雨が降ると土砂降り」そしてすべてが間違ってしまうのです。夜の時を通っているのです。そして夜明けがあります。そして夜が着て、全ての事は引き続き起こっていくのです。

30. さて、覚えておいてください、あなたは「これは信じるがあれは信じない」と言います。

31. 彼は神の属性の唯一の顕れでした、彼は神の御子で又どんな息子も父親の属性を持っています。そしてあなたの父親の遺伝子の中にいるわkで、あなたの父親の肉体の中に彼が少年時代に、、、あなたは彼の中にいました、まだあなたと彼は交わりを持つことは出来ませんでしたと言うのは彼はあなたを知りませんでした。しかしあなたの母親との交わりを通してあなたは地上に生まれてきたのですそしてあなたの父親に似たものとなったのですそして彼はあなたと交わりを持つことが出来るようになったのです。そしてあなたも神の息子や無すべである事は月や星やあるいは分子が出来る前から神の息子、娘として存在していたのです。神が初めから作っていた属性の肉体的な顕れであるだけの事です。永遠の命には一つの形しかありません、そしてそれはあなたが何もそれについて知らなかったのです、地上の父親の中に居た時も知りませんでした。しかしあなたは神に似せて作られてラわれたのでした。神に似せてあなたは創られたのですそして栄光の内に顕れて神の交わりの中にいるのです。
だからあなたの遺伝子は肉体的な南条の前にはあなたの父親の中にいなければありませんでした、あなたの霊的な遺伝子は神の内になければなりませんでしたと言うのは、彼の思いの属性の表現があなたなのですそれは天地が創られる前からの事です。その方法以外にありませんでした。それは正しいのです。

33. さて、これは各々の世代で見つけています、神は初めから御言葉を割り当てておられました、ちょうど進化論が来たように、初めに神が作られたのは、、、例えば植物を創られたとしましょう。そして動物の命を次に、そして人間の命を次に、進化論のように、どんどん上がって行く。
さて、神は彼の教会の中にずっとおられました。ルターの義化の下に、(さて、彼は今彼の花嫁を引かれ、彼の花嫁を創られているのです)ルターの下の義化、ウェズリーの下の聖さそしてそれから、、分かりますね。神は霊の真かをもっともっと与えてこられたのです何故ならその体は建てられ頭に向っているからですそれがキリストなのです。キリストの体です。

34. 片方が相手に対して死ななければなりません。そしてもし彼女がそれらを混ぜるとなると、彼女は淫婦と呼ばれるようになるのです。オーそのことを考えて下さい!ニューヨークの皆さん、アリゾナの皆さん、注いて国中の皆さんそのことを考えて下さい!神様は、もし同時に二人と結婚しようとするならば淫婦(不義の女)と呼ばれるのです。淫婦(不義の女)が天国に入れるのでしょうか?神が淫婦(不義の女)と結婚するのでしょうか?間違いなくあり得ません。彼は我々にそうするなと言われたのですから。彼女は淫婦と呼ばれるであろうと。

35. 子の黙示録3章の終わりの時代のラオデキア教会時代の絵です!何という不正なグループ!宗派的な混ぜ合わせー生温い!自分自身をクリスチャンと呼び続け神の御言葉を否定している。預言者が言っている様に彼等は5 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。(第2テモテ3:5)

36. 女性は特定の床を汚してはならない事において信じられています。女性はその事を信頼されているのです。女性の様な創造物は他にはいません。女性以外に雌犬も他の種類の雌の動物もその性質を信頼されて会が得られてはいないのです。女性は初めの創造物にいさえもしませんでしたと言うのは神は彼女が堕落する事を知っておられたからです。全ての雌は姦淫を犯すことは出来ません。人間の女性だけが姦淫を犯すことが出来るのです。もし彼女が元々創られたままであれば、神の偉大な知恵に補完しなくなってしまいます。分かりますね、彼女は男性の副産物として創られたのですしかし彼女はその側から端だしてしまったから、彼女は又、神が贖いの為に聖く定められた場所を与えられたのでした。彼女は汚してはならない性質をいくつかいただいたのです。もし彼女がそうするならば、人生を汚すことになります。どれだけ許されていても彼女は義化されることはありません。そのことをしっかりとしばらくしたら話していきます。週踏んで一つの聖句を話します。彼女の汚れは許されることが出来ますがこの人生で正義を受ける事は出来ないのです。それは常に彼女と共にあることになります。気が付いて下さい、今彼女はこれを与えられました。彼女は許されるかもしれませんが、義化はされていないのです。

37. さて、ここは同意しない場所かもしれません、多くの神学者の方達にとってです。それが人間全てを汚したのです、それは初めから姦淫だったのです。彼女の床は汚されたのです。彼女は双子を齎しました、カインとアベルです。一度の行為で二人の子供、聖句を探していきましょう。

38. さて、今話しているのは、その教会が立っている場所を見せるためのイラストとしてこれを持ってきました。あなた方女性の事を話しているわけではありません。何でもそれはあなたと神と間の事あるいは男性もしかし私が話しているのはその教会とキリストの事です。
さて、この彼女が与えられた命は神ご自身以外誰も与える事が出来る物ではありません。彼女の夫は精子を持っていたかもしれませんが、神ご自身が命を作らなければならないのです。その通りなのです、その様にならなければ全ての命は神からくるものである必要があるのです。全ての命が神からくるものでなければならないのです。そうでなければそれは倒錯されていてそれは罪深くなってしまうのですが命は神からくるものでなければなりません。神のみが命を創られる方なのです。
さて、彼女は神聖を持っているのです。。。人として。

39. 「ヨセフ、怖れないでマリアを妻として迎えなさい、彼女が身ごもっているのは聖霊によるものであるから」彼は隠れて彼女を出そうと考えていました、彼女と既に婚約していた後でした。あなたが彼女と婚約した時、神の考えでは結婚していることになるのです。

41. セックスを感じるのは女性と男性の唇の中でもあります。彼は彼女の手にキスすることは出来ますが、それを混ぜてはいけないのです、唇はセックスの領域になります。これらのハリウッドの今日の全ての誰とでもいる女性とそういった事をするナンセンスを見ることになります、そして小さな少女たちがそれを見ているからモラルが腐り、きたなくなってしまっているのです!それが子供達の前に置かれているからです。そういう事です。それは終末に起こるべきことなのです。

42. 全てのぶっめいの体制は完全に今反キリストが持っているのです!教育体制は反キリストの物であり、文明も反キリストなのです。それは神に敵対しています。文明に敵対すると言いましたか?神はこれらの日々の内に、文明をもつことになりますそれはどんな死も関係しないものとなります。
現在文明はサタンからの物です。それを御心ならば聖書から証明します。これら全ての事はサタンの物なのです。我々の新しい文明にはこれらの物は何も入りません。
彼女はこの神聖なる女性の力を持っているのです。

44. 今日の事を見て下さい。特定の街々、多くの街々で、彼等は大きな政党とか集まりを持っていますそれは社会と呼ばれるものですー教会メンバーもですー彼等の申しを床に起き、そして彼等は酒を飲み、鍵を入れて、各々の女性は、男性の為にその帽子から鍵を選んで、その週末に過ごすのです。そのような全てのパーティにお定、ここでは沢山いう事があります、もし御心ならば、ここで詳しく話す時間はありません。何という汚れ!
そしてその教会はただ悪いのです。その通りなのです。全ての事で姦淫を犯し何もする事は無いのです。彼女は御言葉を守るべきなのです。

45. 我々は初めは何も着る事は無かったの同じ様にです。(それについては御心ならば今週の後半にお話しする予定です。)しかし我々は服を着なければなりません、というのは神が服を与えて下さったのですしかし初めは必要がありませんでしたー我々目が見えない様に覆われていました。さて、彼女は罪に対して覆われていました。彼女は彼女が罪を犯している事すら知らなかったのです。彼女はその時、彼女は悪魔によって覆われているのです、その時は彼女は神によって覆われていましたーその違いは。

46. 私の働く場所に座り時々、そして男性が彼等の妻を連れてくるのを見るのです、彼等は神と正しくしようと試み、彼らた一緒に住んだ人の事を告白し全て彼等が結婚して以来。。オーあなたは、「それはペンテコステのやり方ではない」と言います。他の人々は来ないでしょう。だからそれは、、、私が話している事は、、、ソそれからどのように離れるかなのです。世、教会そしてすべてのファッションそして我あれの持っている者と混ぜ合わせる時。我々はもともとのペンテコステとはちがうようになります、まるで昼から夜のようにです。我々は暗いカオスの所に失われるような場所に寝付いてしまったようになったのです。

48. 組織、病院などを創る事ではなく。それらは大丈夫ですが、それは教会の仕事ではないのです。彼等の仕事は福音を宣べ伝える事なのです!しかし我々は別の事はすべてしましたがサタンがしたの同様に外れて行って、福音を何か別の物と混ぜ合わせて、何にもならない者の寄せ集めになるところまで混ぜ合わせてしまったのです。
世界全体でさえ、この世の中の流行を見てみて下さい。

49. さて、教会は何なのでしょう、それは同じ状態にあります。教会はその形式を見せるのです。教会は御霊によって彼女に与えられた御霊と御言葉を守り同じ尊い力を持っているのです、そして世のいかなるものあるいは何でも姦淫を行わないで切れば、彼女の夫に対して忠誠をも父続ける女性と同様に御言葉に対して処女で居続けるのです。彼女の主の御言葉を全ての人が作った信条、知恵、宗派などの上に置くことによって栄誉を帰すのです。その教会はその信頼を与えられているのです。彼等は「さて、私の教会は、、、」と言います。あなたの教会を信じているかどうかは気にしません。それが実子t場と反しているならば離れて下さい!聖書は「イエスキリストは昨日も今日もいつまでも変わる事がない」と言っています。マルコ16章、「これらの印が信じる者には従う」もし教会がそれとは異なる事を伝えていたならば、その物に対しては死ぬのです。神の御言葉の中に生まれ変わってください。「全世界に出て行って、すべての創られたものに福音を宣べ伝えよ」その距離を行く必要があるのです。「これらの印が信じる者には従うそしてすべてその世と全ての信条は信じられているのでエス。それからどれ程離れなくてはならないかを見ましょうか?はい、しかし彼女はその事について責任があります。

50. さて、もしそれは狂っていたのです、それは今も狂っているのです。見て下さい、世界中が狂っていることを証明しています。殺人などについてみてみて下さい、今の世の中で起こっている事はー狂気です!その全ての事は啓示を成就するために起こっているのです、今週起こるかもしれませんし、その恐ろしい事。彼等は自然ではないのです、それは霊的な事で人々をその岩や山に叫ばせるようになっているのです。全て他の事は彼等に落ちて行くのです。

51. 女性にハリウッドがしたことを見て下さい。女性から聖い徳を盗ませたこと。何もかも我々が行ける場所へ。見て下さい。これら全てを彼女は失ったのです。彼女はどの様にそれをしたのでしたか?教会と呼ばれるだましだましの組織があるからです、エデンの園に在ったように。あるだまそうとしている人、その悪魔が教会にちょうどエデンの園で彼がしたのと同じような事です、そして彼女を欺いたのですから。彼女は欺かれました。その女性も考えているのです、間違おうと考えていたわけではないのです。エバは間違おうとしてはいませんでした。それはわざとではありませんでした。しかし、彼女は、聖書の第1テモテ3章で「彼女は欺かれた」と書かれています。そしてわざと欺かれようとしている時ではなくそれをしている時に欺かれているのです。

53. ルカ23章27節。。そこだったと思います、私のノートがそう言っています。そうでした。
大ぜいの民衆と、悲しみ嘆いてやまない女たちの群れとが、イエスに従って行った。
イエスは女たちの方に振りむいて言われた、「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。
『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が、いまに来る。(考えてみて下さい;子供を持つことが不名誉となっている、分かりますね)
そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと言い、また丘にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。
もし、生木でさえもそうされるなら、枯木はどうされることであろうか?」。

54. そして彼女がそうなるとー彼は自分自身で彼女にある手術をして、子供を持たないようにするのです。彼等は子供が欲しくないのです。
イエスさまがその事を言っています。そして彼は何と言いましたか「そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと泣き、また丘にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。」
彼女はパーティにい行く為に避妊を馴染めるようになるのです。赤ちゃんにおっぱいを上げる事に邪魔されることは出来ないのです。彼女の体のラインがおかしくなるのです。妊娠すると彼女の体のラインが崩れます。彼女はそのままで居たいのです。そして彼女の夫は無知なので彼女にそのままにさせます。彼女は子供を産む事は無くなるのです。
イエス様はその事をここで言っておられるのです。そして彼は彼等がその時この様な事をする。「彼等は岩が彼等に落ちる様に泣き始める」それは主が来られるのです。彼等は猫、犬の母親になるために大金を払います。それはいいのです。何かの母親にならないとならないのですそれが神様が女性に与えた性質だからです。

56. 現在の教会の実際の図というのは。これらの叫びや嘆きが欲しいわけでもなく異言を語る事でもなく使徒行伝2章38の事を語りたくもないのです。彼女はそういったものは何も欲しくないのです。泣いたり声を上げあり、「アーメン、ハレルヤ」も欲しくないのです。だから子供は空く座に彼女の宗派を作り出す刷毛です。彼等の内の一つにそのような教会があるのは、そうするとすぐにそれを投げ捨てる事になります。なぜその様な物があるのか?という形です。

57. 神の御霊によって生まれる者は、神の御霊を持っているのです。知性、教会に加わる事、信条、ボブスタイルの髪型、化粧した顔そのような者は一切ダメなのです。御言葉の中にその様な物を見つける事はありません。古臭い、聖い聖霊に満たされた神の御霊によって生まれた子供、叫び大きな声を上げ神を賛美する子供達だけが見出されます。

58. そしたら彼女は何をするのですか?化粧、短パン、イザベル社会あるいはその様な物ご存知のそういったものを齎すのです。そうだと思います。彼等はそれをネコと呼ぶと思います。「ほらそのネコがそこに行くのを見なさい。彼等は或いはそのような事を言うのですね。彼女は産まれたか、結婚したか、繋がって、彼女の最初の夫です、その最初のアダム、姦淫した妻エバによって、アダムの最初の妻でした。あなたは、「姦淫?」と言うでしょう、彼女は間違いなくそうでした。しかし、彼女は、それはこのアダム、この初めのアダムは死んだというのです。「オー間違いなく、彼はずーっと昔に死んだ。私は再び生まれたのです」彼女は言います、「そして間違いなく二人目のアダムキリストである御言葉と結婚したのです」と

59. 注意して下さい、彼女は初めにアダムから生まれました、それが彼女の自然な誕生だったからです、彼女はそこから離れていません。それは世の恋人なのです。彼女は2度目キリストに生まれたと言っています。しかし彼女の愛する人はまだアダムなのです何故なら彼女は世を愛しているからです。
そしてもう一つの事は、彼女が産んでいる子供達の種類に気が付いて下さい。それはパパが誰なのかそれが初めのアダムか二人目のアダムかを告げています。もし教会が二人目のアダムから生まれているならば、ペンテコステの日(五旬節の日)に彼等がしたのと同じような行動をするはずなのです。それが本来の本当の二人目のアダムの子供たちなのです。そうなのです。彼等の性質は彼と彼女の様なのです。はい、彼女の娘達は、化粧をしてボブスタイルの髪型で、男性の服装、ズボンをはいています。聖書は彼女にそのような事はするなと告げています。彼女は髪を切ったのですそれは恥を齎すものです。あなたは、「そんなことは言うな」と言います。それは聖書が言っている事です。自然にそれを指し示しているだけです。それが彼女がしている事です。

60. 神は決して宗派を組織化していません。彼はいつも敵対してきましたそして御言葉がそれに敵対しています。しかし彼等はその権利にしがみついています。だから彼等が生み出すものが何だか分かりますか?それは彼等の父親や母親が誰なのかを見せているのです。カインがそうであったよう不正なわけです。それはエバから生まれてきたタイプの子供達です。彼等は御言葉から名成れているのですそして彼女が何をもたらしたかを見ているのです?それが教会が今齎しているものそのものです。同じ事なのです。それを御言葉で証明できます。それが教育や文明から来ているのですそれはカインからなのです、学校教育などその他物全てです。その通りなのです。だまし、賢く見えるように、何とも! サーパントが彼等の父ですから。カインと同様に男子が強く科学的な説教師となるわけです。それは全く同じ事なのです。あなたは「ブラナム兄弟、それは本当ですか?」といいます。

61. カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。
カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。

62. 文明は改案によって創られた。そうです。街々、楽器、科学的な人たちはカイン、サーパントの種から来た。
さて、25節を見て下さい。
アダムはまたその妻を知った。彼女は男の子を産み、その名をセツと名づけて言った、彼女には二人子供が居ました。聖句を探ってください。彼女にはカインとアベルが居ました。一度の行為で二人の子供。
彼等はそれほど前ではない時に起こったことを離してくれました。ハリウッドである状態がありました、、ハリウッド、ツーソンでも今ちょうどそのような条件があったのです。ある女性が子供を産んで一人は黒人でもう一人は白人の子を同時に産んだというのです。彼等は彼女にはそれは出来ないと言います。彼女は二つの多産の種を持つこともできるのです。彼等は裁判所で権利を得ました。犬や動物もそれが出来るのは知っています。そして彼女はそこで会ったのです、その白人の人は「僕自身の子供のサポートはするが彼のは出来ないと言いました」そしてその女性は告白をしました。彼女は夫と朝一緒にいて午後その黒人の男性と。。。もしそれが、、、医者が言うには24時間以内であればそれは起こりうると、もしそこに多産の種がもう一つあるならばとのことでした。そして彼女はそうだったのです。

63. さて、アダムは又彼の妻を知った、2回:そして彼女は息子を産んだ」覚えておいて下さい、聖書のどこにもカインはアダムの息子だったと書かれているところはありません。「彼は悪しき者の子であった」アダムではなく、悪魔です。
「 アダムはまた(2回目)その妻を知った。彼女は男の子を産み、その名をセツと名づけて言った、「カインがアベルを殺したので、神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました」。
セツにもまた男の子が生れた。彼はその名をエノスと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。
つまりカインは悪しき者の子なのです。そこにはサーパントが居たのです。

65. だからそれらの事から離れて死ぬ必要があるのです。'さて、私は地元の会衆に話してはいません、国全体に話しているのです)最初の夫に対して死ぬ必要があります。もしキリストとつながってまだ宗派と結婚しているとしたら、あなたは姦淫をしている淫婦なのです!あなたはラオデキアなのです。

66. 「初めに言葉があった、言葉は神と共にあった、言葉は髪であった。そしてその言葉が肉体を持って我々の内に住まわれた」宗派の人言い伝えを守っている限り神の言葉の中で淫婦とされるのです。宗派の信条を探すものである限り、宗派の教会に属していてそれは御言葉を否定してるのであなたは淫婦なのです。そう聖書が言っています。イエス様は言われました。「同時に二つの神に仕える事は出来ない。神に仕えながらマモンに仕える事は出来ない。マモンは世の事です。「世と世の物を愛する者の中には神の愛はない。」神の種は同時に世への愛を持つことは出来ないのです。神の種はあなたを通して働いている時それが神の言葉なのです。世の愛は同時にそこにはないのです。さて、短い髪と短パンそして化粧した顔はどこに在るのですか?それはどこに属しているのですか?

67. 御言葉に反発しているからです。パウロはここで、言っています。どこでしたか?ローマ書の7章。
神の御子の言葉をこの不正な宗派のグループに持たせることもできません。それは不可能です。保育器の中で神の御子の言葉を前に持ち出すことは出来ないのです。教会に語っています。しかし教会はとても宗教的だと言っています。それはカインでした、売春婦エバの息子、とても主教的でしたー祭壇を作って、犠牲を捧げ、彼の10分の1税を払いそしてすべての他の宗教家もそうしています。しかし彼は御言葉を保つことが出来ませんでした。彼は啓示を持つのに失敗したのです。

68. 啓示とは何ですか?イエスは言われました「この岩の上に教会を建てよう。地獄の扉もそれに反する事は無い」信仰は啓示ですと言うのは信仰はあなたに明らかにされたものだからです。アベルは信仰によってカインよりも良い捧げものを捧げたそれは信仰によってその啓示を得ていたからである。
カインは彼等はリンゴを食べたと思っていました。彼等はまだその考えを得ていますがそれはそうではなかったのです。それはサーパントの種つまりは姦淫だったのです。そして7つの封印が開かれて宣言されそして証明されました。(私の本はちょうど出版されました。ここに1節あると思います)注意して下さい。それは創世記から黙示録迄の聖句にかなっています。

69. 我々は今日そこにいるのです、ラオデキアそして花嫁。あなたの顔の真ん前ではっきりとかなりしっかりと聖句が示しています。神とマモンに仕えることは出来ません。高潔な聖書を信じるクリスチャンでありながら自分自身を宗派の感性と共に居る事は不可能なのです。同時にそれをする事は不可能なのです。片方が死に片方を生かさなければならないのです。
神の御言葉である御子たちを背負う事は出来ないのです。教会もという事は。彼等は子供達と共に叫んだり、異言を語ったりしたくないのです。宗派の教会ではそれは出来ないのです。彼等はあなたを持っていません。彼等はその様な事は齎さないのです。彼等は手を取って握手して言うでしょう、「それを信じるならばそれを取りなさい。その書類の中に名前を置いている限り、それだけをすればいい事なのです」分かりますね、御言葉に対する不正の子になります。そういいながら献身しているというのです。

70. サタンはエバをどのように孕ませましたか?知性の為の言葉によって、すべての創造物をだめに捨て御言葉を信じないようにさせることによってでした。それがちょうど今日教会が御言葉に対してなしてきている事です。聖書大学や短大などの様な所でー読み、書きそして数学―そして彼等はより神についてそしてホッテントットからエジプトの騎士についても知っているのです。彼等は全ての信条、祈りの本そしてそれ以外の物も知っています。しかし神については何も知りません。彼等は御言葉が指定されたとき、神がそこで語られたとき、その時に神の言葉が各世代に和得与えられることを知っています。
ノアはどの様にして来たのでしょう、そして彼はその世代に説教をしました。さて、モーゼがやってきて、「箱舟を作ろう?」と言ったらどうなっていたでしょう牡。彼は色々な種類のスタイルになっていた事でしょう。しかし彼は預言者でした、神の啓示を持ち、そしてその指定された預言者を持っていました。そして彼が言う事をまさに言っていたのですそして神はそれをなされました。彼等は言っていました。「神に語らせないで、我々の死に関してはモーゼに語らせてください」
神は言われました、「私は彼等の語るそれ以上の事は無いが、預言者を彼等から建てるそして彼等が語るであろう」

71. そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもって/これを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。(イザヤ書9:6-7)
どの様にそれはなされるのでしょうか?彼は知りませんでした。彼はただ神が言われたことを行っただけです。それは想像や知性を越えています。それは科学的研究を越えているのです。それが神の言葉なのです。

72. なんということ!それは私を恐れで震えさせます。知的な概要によって孕ませられる。高学歴な学校を卒業していなければそこに入る事さえできないのです。叙階を受けるには精神科医の前に行く必要さえあるのです。ペテロ、ヤコブそしてヨハネが精神科医の前に行ったなんて想像できますか?名前が書けなかった120人がそこにいたのを覚えていますか?精神科医の前に彼等が立っていたとしたら、彼等全員も、彼等がそれが正しいとかどうなっていたのでしょうか?彼等は反射作用を持っていましたしかしそれは科学的研究や知的概要のそれとはちがいます、それは神の力を通しての事でした。それが彼等に入った時、彼等はなにも知らなかったので背入れがそれを言われたのでした。彼等は知性的な事には何も関心を払っていませんでした、教会が言ったり祭司が言った事そしてこれやあれが言った事には。。彼等は御霊によって動かされていて恐れがなかったのです。

73. どの様にしてボブスタイルの髪型の女性、化粧をして短パンを掃く情勢?いかにして説教師がここを出て神学校を卒業して使徒行伝2章38節を見てそして誰も聖書の中でそのタイトルによって洗礼を受けた人が一人もいないのに、彼等はそれでも神の言葉によって妊娠させられていると言えるのでしょうか?彼は嘘をういています!彼は長子の権を撃ったのです。彼は彼の言ったまさにそのことに対して姦淫を犯しているのです。彼は別れて離婚しているのです。
神は高潔な教会を持つことになります、その通りです。花嫁! 聖書入っています、「御言葉はあなたの只中にいる」だからどのような子供達を産むのですか?宗派による妊娠。あなたの最初の恋人から死でさえも分かつことはないのです。

74. 彼女の子供はどんな種類の子供達ですか?彼等の呼ぶ名前をいくつかあげます:猫、カブトムシ、モンスター、リッキーリケッタ、ネコ、カブトムシ。それは教会のメンバー達です、間違いなく、カインの子供達。訳の分からない獣の息子達、彼等はかなり滑らかな感じになれるのです。

76. あなたは「私は教会の会員です」と言います。さてカインもそうでしたしエバもそうでした。聖書が終わりの時にラオデキア時代には同じになると予言しています。

77. 聖霊にそれをさせて下さい、彼はその時代の預言者です又神はあなたの心に今入る様にしましょうそして神の御言葉によって調べて下さいそうすればそのメッセージへの疑いについては全て溶けるのです。彼が全ての疑いに対してk多恵を下さるのです。この時代の為のまさにその御言葉を見つけるのです。
今日ルターのメッセージを告げることは出来ません!それは合わないのですがそれは足です。ウェズリーの物を説教する事も出来ません!ペンテコステ派のメッセージを伝える事も出来ないのです!あなたはそれを越えてしまっているのです。彼等は組織を作り死んだのです。彼等は茎です。その茎ははと共に来ましたそれが教会の最初の状態です。さて、最初の粒は麦を産むために行ったものとは違っている様です。
二つ目は花粉としてきました。それは粒とは違って見えます。それのように見えます。本物の粒のイメージにより近くなっているのです。しかしその状態は土の中に入った粒とは違います。それは命を粒(種)の中に持っていたのです。それは何をしたのですか?すべての自然と同様にそれを組織化してそれに合うようにしました。そしてそれは死んだのでした。

78. さて、麦の種を取ってみましょう、麦が最初になる時、イエス様が言われました、「一粒の麦」そしてその麦を取って開いてみると、茎があり、それを見て「我々は一粒の麦を得た」というのです。気をつけましょう。麦の粒のように見えますが、それには種粒は全くないのです。それは殻です。ペンテコステはあります。マタイ24:24とよく似ていますそれにかかれているのは、終わりの時にはもし出来るならば選民おも惑わす。しかしあなたは葉っぱを葉っぱの後ろから引くのです。粒を得る事は無いのです。その後ろにその粒はあるのです。分かりますね。

79. そして何が起こりますか?粒が育ち始める時、それは大きくなり何かをカバーする事が出来るのです、宗派はそれを引くのです。我々が話している人生を齎すのです。
ここからなぜ我々は宗派を得ていないのですか?彼等は決してそうしません。それは粒だからです。それ以上に行く事は無いのです。我々は終わりの時に生きているのです。
今するべきことは何ですか?太陽のある場所において熟させる事。その通りです。御言葉があなたの心に入って熟させることによって私達が話している人生を齎すのです。そうです。もう疑う必要はありません、もし聖霊があなたに顕かにする様にさせるならば。ダニエルについて話した女王のように。

80. その寄留者の父たちは彼等の新しい人生をとても感謝していました、古いイギリスの宗派や信条から離れたのです。彼等は彼等の時代の油注がれた新しい御言葉と結婚する事が出来たのです。その通りです。その新しい油注がれた彼等の時代の為の御言葉。
さて、我々はアブラハムの様な寄留者に感謝しています、我々を世的な物から離してくれたのですそして我々は皆関係しているのです。アブラハムは気理由者でした。神は死んだ全ての宗教から我々を離してくれたのです。国全体に話しています、死んだ全ての信条。何に対して?我々は新しい地を開き新しいこの時代の為のメッセージを開いてくれたのですそのために離してくれたのです。
ペンテコステ派は乾き切って死にました。ルター、ウェズリーそして他の人達のように、それはただの沢山の教会と同様なのです。そこにもちろん良い人達はいましたそして彼等はそこから出てくるしかないのです。

81. さて、神に先日尋ねていました。「この砂漠であなたは私と何をなさる予定ですか?」モーゼが新約聖書か旧約聖書を書いたのは知っていますか?彼は間違いなくしました。最初の4つの本はリップやその他全てです:創世記、出エジプト記、レビ記、申命記。彼は旧約聖書を書きました。そうするには、すべての関係者や愛する人たちと離れて砂漠に行かなければならなかったのです。

82. さて、そして見て下さい。もしそれが取られ彼等の愛する人々から離されて砂漠に行かなければならなければ、、覚えていてください。「それはいつの事ですか?何人がそれを聞いたことがありますか、「アーメン」と言ってください。その通りでしたか?そして我々は終わりの時に主のメッセージの為にその啓示を持つのです。彼の花嫁たちが集まる為です。他の時代にはその約束はありません。この時代の為の約束なのです。
マラキ4章、ルカ17:30 ヨハネ14:12 ヨエル2:38、これらの約束はちょうど洗礼者ヨハネが聖句の中で自分を認識したのと全く同じようです。

84. 彼はパターンを失う事は無いのです。常にそのパターンでされてきました。毎回そのパターンを使われます。再びそうされています。終わりの時の高潔な花嫁を呼び出すのです。美しいリベカは彼女のイサクを待っていました。何という美しい時!
7つの教会時代の本を読むとき、二つの書が奥義となる事を齎してくれているのです。ふたつの書です。命の書、いつか消えることの無いあなたの名前を置くことが出来るという。そしてもう一つは、命の書から名前を取るという事を言われているのです。これは完全な見方がここで齎されます。閉める前にここで数分とめて幾つかのここにあるノートで多分、分かる様にしていきたいのです。

85. 初めの命あるいはあなたの最初のつながりは、自然により生まれた時に繋がったのです。自然な行動、人間として繋がる女性と男性が繋がる事によって性的な行動によってあなたの最初の命がここに来たのです。そしてそれは罪と死に繋がっているのです。 サーパントの種を見逃すことがどうしてできましょうか?

86. しかし分かる様に、その属性は神の中に在り見せられなければならなかったのです。彼は救い主になる事になっていました。そして全ての事を完璧にすることその方法を彼は持っていて、そして何も失われることは出来なかったのです。子供にならないでください、男性と女性に。我々は道の最後にいるのです。

88. ダニエル書の中で気がついて下さい、彼が古代の時代から来た時、彼の髪の毛は羊毛のように白く、1万×1万回彼は彼に仕えていましたー花嫁。そしてその時その書が開かれて他の書も開かれましたそれは命の書でした。そこに既に聖徒達はいたのです、その教会、花嫁。他の書は開かれましたそれは命の書でした。

89. さて、あなたは「少しちょっと、あ2x4の説教したそこに立って言いました。「私はPh.,DL.L>...も得た」それこそが神から遠く話す者なのです、それらに何か一つを足すたびにです。その通りです。それが真実なんです。分かりますね。

90. 花嫁は彼女が立っている場所を知っています。彼女はとても少ないのです。沢山が救われません。とてもとても少ない数です。あなたは「彼等は数セント行った」はいしかし彼等は2千年も、すべての世代を通して。全ての、ルターの時代そしてそのグループそしてそれから死んだあと彼等は組織宗派を作ったのです。そしてウェズリーもです、そしてペンテコステ派などなど、そしてすべての知さなバプテスト派、長老派、メソジスト、ナザレ派、ピリグラムホーリネス、そしてその他諸々の小さな支部たちもですね。全てこれらの枝はある葉の様なものから出たのです。

91. その同じ御言葉がこれを吸い上げてここに出て来て、ここ頭に来るのです。そしてすべてがその人々が選んだものを通してその命が来るのですそしてそれは携挙の為に頭をあげるのです!それについては明日の夜かその次の夜話します、御心であればデス。初めの繋がりと霊的死によって別れたのです。今あなたは申請したのですあるいは再婚したのです新しい霊的なつながりへのあなたの肉的な命は世の物とつながっていますが永遠の命ではないのです。その細胞が初めにあなたを見つけたのです。

92. さて、あなたの名前は新しい本の中に在るのです。命の書ではなく、子羊の命の書です、子羊が贖った者達。古い自然なつながりの古い本ではなく、あなたの新しい「花嫁」ハレルヤ!あなたの新しい命は、子羊の命の書に在ります、あなたの結婚証明書。。ハレルヤ!あなたの真実の永遠の種は初めからです。
さて、あなたはただ許されただけでなく、義化されているのです。栄光!義化。ローマ5:1は言いましたはい、ローマ5:1にかかれています。「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから」

93. さて、もし私がそれをしたら、私は罪があります。しかしあなたは私を許すことが出来ますそして私は無罪になりますが私は義化されてはいないのですと言うのは私は実際にそれをしたからです。しかしその御言葉が義化したのです、「あなたがそれをしていなくとも」それは全く考えられてさえいませんでした。それはどの様になされたのですか?神の書は許しの膿の中に在ります、あなたの古い本と結婚と離婚と使徒そしてそれは神の記憶にさえないのです。アーメン!あなたは義化されているのです。「それゆえあなたは義とされているのです。」それは責められたのですあなたも責められたのです、初めにはあなたは何もしていません!古い神の許しの膿の中の繋がり。あなたは初めからそれとは結婚していませんでした。彼は、婿として彼自身があなたの場所であなたの罪を折ってくれたのです。あなたの場所を取って、彼の為に花嫁として世の始まる前からあなたはあらかじめ定められていたのです。聖書はそう言っています。あなたはあらかじめ定められた種なのです。

95. そして彼は納屋の内庭に出て行き堆肥にスクラッチをしだして、そして彼女は「コケコケコッコこれはいい。これは良い」とあなたは我々の中に加わりました。そしてこれは、、「その小さなわし、彼はそれは食べられないのです。彼はただその鶏と一緒に行ったのです何故なら彼は知らなかったからです。彼は何をしたらいいか知らなかったのです。そしてその彼女はそこに出て行ったのですそして彼女はこれやあれやを得たのですそしてその小さなわし、彼はただそれはそれを食べるしかななかったのです。彼はどの様にしたらいいか知りませんでしたが彼は全ての鶏がする事を見ていたのです。しかしそれは何か違う事だったのです。彼はそれが好きではなかったのです。

96. 「あの音は正しい」
オーだから本当にあらかじめ定められた生まれ、神の御言葉を聞くことによって定められたものとなりましょう。それは彼にとっては音楽なのです!彼はそれが真理だと知っています。彼はもうその宗派の物には疲れていました。例えば「加わりなさい、我々と一緒に行こう。パーティがある。これやあれやがある。。。」その小さなわしにはそれはどう考えても正しくない様に感じていました。
彼女は言いました。「息子よ、そのグループに属してはいない。私に属している、お前は私の物だよ」
彼は言いました。「ママ、それは本当だね。ここをどうやって出たらいいの?」
「ただ跳ぶんだよ。捕まえてあげる。」それだけをすればいいだけだから。

97. 我々はここにいるのです。本当の純粋な鷲は来ています。「私の羊は私の声を知っている、他の人にはついて行かない彼等の声を知らないから。なぜ。それはあらかじめの定めの為にそこに置かれているからです。あなた方は神の子として前から定められていたのです。世の始まる前から神の内に居たのです。あなたはこの時代に神の栄誉と栄光の内に顕されただけなのです。神の言葉そしてそのすべての言葉に立つことなしにどの様にそうされることが可能でしょうか?そうです、あなたはあらかじめの定めによって御言葉の一部なのです、というのは神は御言葉だからです。信じますか?
さて、そしてもし彼が常に御言葉ならば、「初めに言葉があった、そしてもしその言葉が神ならば、あなたは神の内に居たのです。その言葉、その一部をあなたは演じるのです、それは神が世の初めからあなたを神の内に置かれていたからです。神はあなたを見ていたのです。あなたを知っていました。あなたをそうなる様にあらかじめ定められていたのです。

98. 見て下さい、彼はそこを見上げました。彼はこの年取った雌鶏が「コケコッコーとこの辺りで」言うの見なくなりました。「私達に加わりなさい、阻止t得ここに来るのです、これに行き、これとあれに行きなさい」鷲である彼は、彼が成りたかったものを見たのです、空中に跳び、自由に叫び、高いハゲタカやその他の地上の物よりもずっと高くに行く事をです。ハレルヤ!彼はそれがしたかったのです何故ならそれが彼の中に在ったからです。

99. そしてこの終わりの時に、花嫁が神が初めにこれらの組織から出たときに花酔えとなるのです。彼は他に何もすることは出来ません。

100. 「もし私が父の技を行わないならば私を信じなくてもよい。しかしあなたが私を信じないとしても私が行った技を信じることが出来る」
彼等は「我々の父祖は荒野で40年間マナを食べた我々はどこに居るかを知っている。」
彼は言いました。「そして彼等は全員死んだ」それは永遠の別れだった。全員が死んだ。たった3人、200万人のうちの二人。それは百万人に一人だった。

101. 気が付いて下さい、そこには100万個の卵子があり、10万個の精子があります。そして彼等が一度出されて子宮の中に行き、卵管を通って子宮で出会うのです。それらの内の一つのランし。一万のライ氏、一万の精子。。。そこには唯一一つだけが繁殖力があり、一つの精子だけに繁殖力があるのです。彼等はみな活きています。孔子の中で見る事が出来ます。そこを叩きあっているのを、どのように出会うかも。デモスと彼等は今晩聞いて居ますそして彼は我々がテスト卵管でどのように働くかを見せてくれました。そして十分に最後に合うところまで、、、何千もの講師とその種がそこにいました。しかし一つだけが生きられるのです。そのうちの一つだけです。そしてここにそれらの大きなボールがありますそしてこの中の一つだけが出てくるのに気が付くでしょう。そして乱視もこれらの他の卵から出て来てそこで彼等は会い、残りは皆死ぬのです。彼等は生きていますが彼等は死んでいるのです!

102. 神は男の子にするか女の子にするか、赤い髪の毛、栗髪の毛、何でもそれを決めなければならないのです。それは神によって決められたものです。それは処女懐妊よりも奥義になります。でも気が付いて下さい、残りは皆死んでいるのです。
2百万人の人達が出て来て歌い騒ぎ何でも話していました、異言は語ったことはありませんでしたが、神に栄光を帰するために叫んで踊って、海に降りて行ったのです、すべて他の人達がしたことをしたのです。しかし二人だけしか約束の地に行けませんでした、それはカレブとヨシュアでした。二人だけです。それは100万人に一人なのです。それは自然な誕生の百万人に一人なのです。彼等の聖名が、同じ祝福を得ていました。オーあなた方ペンテコステ派の人達、起きるのが遅くなりすぎないように望みます。100万人に一人。
今日いわゆるクリスチャンが世界に5億人のクリスチャンが居るとされています。もしイエス様が来られたとして、500人だけが彼と祖茂に行く事になります。(もしその計算が正しいとすれば)というのは、もっと世の中で毎日、失われているから。彼等はそれについて何も知りません。

103. 彼は言いました。「エリアは既に来たけれどあなた方は知らなかった。彼は聖句が言っているまさにその通りの事をした。だから人の子は、」
彼等は彼を認識していませんでした。ただ、彼等は皆教会に居て、生きていると言っていました。本当の生まれ殻ったクリスチャンとして、本当の神の僕として、神の御言葉を聞く事、彼は全ての宗派から出て、御言葉の本当の生まれるべき場所に来ることになるのです。彼はそれをするのです。どのようにするかは分かりません。神はそうするように定めておられたのです。

104. ノアは彼の時代に指定された御言葉でした。それを信じていますか?さて、彼のメッセージは今日では上手く行きません。モーゼは彼の時代の指定された御言葉なのです。それを信じますか?今の時代には上手く行かないのです。
イエスは、ヨハネは指定された御言葉でした。それを信じますか?イエスの時代には上手く行きませんでした。間違いなくそうです。だめなのです。律法と預言者はヨハネまで、それ以来、、天の王国。

105. 私はここに集まる地元の人たちは散乱していません。国中にいる人々に話しているのです分かりますね。あなたがしたい事を。。

107. あなたは最初に結婚していた夫、世ですね、油注がれた花婿は、先見してくれています、水により現れたのです、「教会によって」それは正しくなさそうですね?あなたはその履歴の中で見つかるけど神の聖書にはないのです。「御言葉によって水の洗いによって」御言葉の中に、初めに自分でしてはいなくても完全に義化された位置に立っているのです。
これは私の教会への今メッセージなのです、さて、一分でその空気の中に。。あなたはもし神の御言葉の上にそして神の御言葉と、すべてのアーメン、すべての小さなこと立っているところはどこですか?あなた方にお話ししようとしているのは、太陽の前に熟する事が出来る場所その小麦の場所にここにでて殻なのです。私はその組み合わせの来るところに聞くようになりました。あなたは完全至っていて、義化されています。初めの場所にはそれはしなかったのです。ハレルヤ!感謝祭について話しています!私は本当によく感じます。私はその人に関してより私が知っていること以上に感謝しています。あなたは純粋で、高潔で生きる神の御子の罪のない花嫁なのです。神の御霊によって生まれた全ての男性と女性そしてイエスキリストの血によって洗われそして神の御言葉を全て初めの場所から罪を犯していないのです。あなたは完璧です。
イエスキリストの血によって、 もし人が、、どのようにできるようでしょうか。。。

108. キリストの霊的な彼の教会でのつながりは今、その肉体が御言葉になった時、そしてその御言葉が肉体を取って、現われ、指定されたとき。聖書がこの時代に起こる事として語っています。それは日々起こっているのです。それはその砂漠でのことから速く集められていて、そして物事が起こっているのです。私はそれを続けて行く事さえできません。我々は彼の教会と団結をしてイエスの再来が近くなっているから、御言葉が御言葉になっている彼の教会として団結するのです。聖霊の召命が心を探しているのです。

109. 彼は神の呼ばれた愛の偉大なる属性となっておられたのでした。

110. 「オー親愛なる死なれた子羊、あなたは尊い血は神の教会に全ての贖罪をの力を失う事は無いのです。罪をもう冒さないならば救われるのです。」

111. 純粋で、姦淫されていない。オーハレルヤ!それに間もなく去っていきます。アーメン。準備して立ちましょう。考えてみましょう。あなた方の衣は、神の御言葉の血と水によって現れているのです。御言葉は血になったのです。御言葉があなたの為に血を流しそして血を流された御言葉の中で顕れたのです。御言葉は血を流されたのです。御言葉の水によってこれらの汚い淫婦たちから洗われて浄められ聖くなったのです、そのことによってあなたの思いと心が神にそして彼の言葉に留まる様にさせて下さっているのです。

112. あなたは「その方法は信じていなかった」という出h層。彼等はイエス様の道を信じていませんでしたが神様は証明したのです。彼等はノアの方法も信じていませんでした。彼等はモーゼの方法も信じていませんでした。彼等はバラムの言葉をよろこんで信じたのです。
「我々は皆同じだから関係しあいましょう」
「不信仰者から離れなさい」と聖書は言っています。

113. さて、気が付いて下さい。それだけではなく、空中で結婚するのです、あらかじめ定められた不相応な恵みによって結婚するのです。恵みの結婚バンド、あなた自身に対する不相応な恵み。神がご自身でくださったのです。世の始まる前から神はあなたを知っていて、彼はあなたがそこにいる様に結婚式に入れてくれたのです、あなたの名前をその書において下さっていたのです。何という感謝祭。ハレルヤ! 我らの神を賛美しよう!

115. 我々はワンネス、ツーネス、スリーネス、これやあれやその他の馬鹿馬鹿しい戦いをしています。人はこれだ人はあれだその他諸々。そして彼等全てが御言葉の試練に面するのを恐れているのです。彼等は分かっているのです、、、彼等にそれインついて言う事が出来ると、彼等は言うでしょう。「それは助けられない。それは信じていない。彼がしている事なんか気にしていない」というのです。
あなたの父や母に持っている物を見せなさい。以前は長老派に居た時があるかもしれない、これやあれやその他かもしれない、ただ神の子である方が良いのです。

116. さて、書いておいてください。我々は皆、すべてのランクの宗派について知っています、ペンテコステ派そしてその他すべては死んだのです。それは生まれ変わったクリスチャンのメッセージなのです。あなたの最初の夫は死にました。彼が死んだことを知っています。神がそれを死なせたのです。それは終わったのです。科学的な、知性や、教育、科学の方法と呼ばれるいわゆる聖書学校などは崩壊したのです。それが何をしましたか?ここでワンネスから離れて、そして三位一体競技そしてツーネスがあり、、、そこにはこれやあれやがあるのです。滅茶苦茶になっていて、彼等自身は「ペンテコステ派」と読んでいます。

117. 「我々は異なる信仰を持っている」と言いました。
「オーごめんなさい。あなたはカトリックですか?」と私は言いました。
彼女は「いいえ違います」と言いました。彼女は彼女が属している宗派の教会を言いましたーペンテコステ派。
私は「あなたは何ですか?」彼はペンテコステ派ですが別の宗派だったのです。
オーローマカトリック教会がペンテコステ派を始めたのを知っていましたか?その真実について何人が知っていますか?2千年前に今の状態になる前に取られていました。ただ聖句以外の所からは何も見ないでください。 何も。なぜペンテコステ派が20年間後、今よりも悪く成るのです。もし今と同じような形で聞き続けるとしたらデス。どうでしょうか?それはどうしたの?それは何ですか?彼等の母親と父親を見てみて下さい。彼等の女性達に髪を切らせています。彼等ほとんど何でもしたい事をさせています。彼等がこの教会に属している限り。それだけが必要だと言うのです。

118. オー何という事!みじめで死んでいてそれを知らない。罪を犯すならば、あなたは死ぬのです。おー何という事!

119. その時代のソドムがどうだったかを見て下さい。そして今日の教会の状況を見てみて下さい。何が選民であったアブラハムに起こったか。何がソドムでロトと他の人達に起こったかを。ビリーグラハムとオーラルロバーツやそこにいる宗派の中にいる人達を見て下さい。選民であったアブラハムの教会がどのように引っ張り出されたかを見て下さい。

120. あなたは、「それは天使だった」と言うでしょう。聖書はそれは神であった、主である神、エロ費mが人の体の中に住まわれて、その神様は終わりの時の彼の教会に油を注がれることを見せておられるのです。神が再び人の中で動かれ働かれるのです。「それはソドムの時代の様であったように、人の子が来られるときにもその様になる」
それと同じなのです。聖書の中で見る事が出来るのです。「聖句を読み探しなさい、、、そこにあなたが永遠の命を持っていると思うならば、彼等はこれを宣言する」

121. さて、今日彼等がそれを出来ると思いますか?無知を私が助けようとしていると思っていますか?私は違います、私は、この知性的な時代我々が生きている時代、教会が科学やいわゆるこれらの物で分かろうと全てしている事の違いについて話しているのです。あなた方は神を見出そうとはしていません。というのは、彼等祭司は神を完全に見出そうとしました、彼等はメシアがどのように来るかを知っていました。しかし彼は彼等が見出していたのは全く異なる方法出来たのです、-それはk雅楽的ではないのです。「この人がどうして不正の子になるのか?彼はどおの学校に行ったのか?彼の教育はどこアから?彼はどこでこれを学んだのか?これをどうして我々に教えようとするのか?罪の内に生まれたのではないのか」オー何とかして下さい。

124. オーそこに2つの書があります。一つは子羊の命の書。あなたの名前はそこにあらかじめ定められて乗っているのです。それを取り去ることはないのですなぜならばそこに事前に置かれていて何もそれを取り去ることは出来ないのです。しかし一般の命の書、いつでもそこからは取り去ることが可能です。もし悔い改めていなければ、もうすでに消されています、裁きに立たなければならなくなるからです。花嫁は裁きに立つ事は無いのです。花嫁は携挙に行くからです。

126. 命の書は神の御言葉です、何故なら御言葉は神なのですそして、神のみが命なのです。だからあなたの名前は聖書の中に代表されていて、聖書が御言葉になる前に。そしてもしあなたはそれをここでするのです、それは御言葉として指定されているのでしょうか?その教会自身が指定されていたのでしょうか?マラキ書4章はそしてこれらの他の物が完全に完璧にそれ自身が指定している者でそれは何だったのか見てみませんか?
イエスさまが来た時、彼は言いました「もし私がすると言う約束をした業をしないならば、信じなくても良いのです。」
彼はそのうちの一つのグループに加わりましたか?彼は言いました。「お前たちは皆お前たちの父悪魔の物であるそしてお前は彼の技をしている」そうなんですね?我々は終わりの時にいるのです、教会の皆さん。それは私の皆さんへの感謝祭のメッセージなのです。

127. 彼等は、「今晩や約束します」と言いました。その約束を受けました。「彼等はそこで今準備をしています」と言いました。

128. 皆さん、そのイベントは準備されていました。皆がそこに立っていて行ったのです、「その山の上に在るのを見続けて下さい」と言いました
それが来るのはいつもその様になっているのです。この時もその様に来られたのです。それがいつもくる方法なのです。宗派を通してではないのです。神様は宗派を使われた事は一度もありません。決してないのです。改革者たちも。神は主の言葉を受けてそして彼が死ぬとき彼等はそこから宗派を創るのです。それがペンテコステ派そしてその他皆がそうです。新しい問題や全てそれが常に全てが出てくる方法です。新しい言葉が加えられてそして彼等はそこから教会を建てるのです。宗派を作り彼等自身から離れるのです。それがその方法しかないのです。肉を叩き続ける事は出来ないのです。自然は同じようにいつもそのルーティンが起こるのです。茎、葉、房そして、殻そして小麦の粒。

129. 御言葉はこのことを約束しています。「5 見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。
彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」。
「 その後わたしはわが霊をすべての肉なる者に注ぐ。初めのものと後の雨が共に終わりの時に注がれる。」
「全てこれらの約束が聖句を通して与えられたのです。我々は上を見て本物の花嫁を見てその国を通してこの時代に来られたのです。上を見たのです。
教会、彼はこの時代のある日に来られるのです。彼は初めて来た時間違いなく、彼は又来られるのです。全ての事が準備されるのです。殻からあなた自身が離れるのです。太陽の前に。上を見続けるのです。期待の下にいなさい。

130. そしてこの人は私の横に立ってそして言いました、「日が落ちる様に」
それが来るとき、山を越えて注ぎだされるのですー日の氷河、それを舐めているような景色を見ていました。
京大、これらの日の内のある日にその日が来るのは全て準備させてください、我々は上がって行くのです。さて、火が落ちる時の為に準備しましょう。
我々は終わりの時に生きているのです。そのことを我々全員が知っています。そして我々は主の再来の為に準備しているのです。その事は全ての罪からあなた自身を別れさせるためです。あなた自身と世と関係する全てから離れるのです。世と世の物を愛するのは読めるのです。彼の身上やあなたが欺くのは誰にも。。あなたは神の約束の中にまっすぐ行きなさい、神の御言葉。そしてその御言葉は、もしそれがこの時代の御言葉。神が指定したのです。もし彼がしなければ、それはこの時代の御言葉ではないのです。ペンテコステの為に来たその御言葉は今の時代には上手く行かないのです。分かりますね。それはペンテコステの為なのです、これは花嫁の為なのです、花嫁の為に帰る為なのです。我々は何か違うものがあったのです。ペンテコステ派は再びそれを代表するのです。我々は花嫁の時代にあるのです。ノアの時代の言葉以上でも、モーゼの時代の物もダメなのです。モーゼの律法はパウロの時代には上手く行かないのです。彼は彼等に告げようとしていました。「あなたはそれには死んだのだ。そしてそれを持つことは出来ない」と

132. 私は勉強していましたそしてその時間はありませんでした、そして、沢山の病気があるのですそしてその物事がありました。そして彼は言ったのです、「お父さん、彼等は僕を連れて行かない」彼は言いました、「僕を連れて行って」と
僕は言いました。「分かったよ」
シンプソン兄弟(私は彼がここにいると思います)そして彼の小さな息子が行きたがったのです:そして彼は車を止めて降りてきたのです。
コーナーに立ってみていました。しばらくの間私は後ろの方で、離れてきていました。「とん とん」太鼓の叩く音。私はそこに立って、考えていました。「さて、これらの小さな人達が、彼等は本当に、、、この本にある全ての軍について読みます。彼等は本当にそういう感じになります。私は最初に上がってきて、その昔の世界戦争がありました。そこに彼等はいたのです、小さな人達が。次に来たのは大きな新しいだ2に世界大戦のタンクでした、大きなシャーマンタンクがそこに在ったのです。そして次に来て、そして次にもそしてすべてのアリゾナ州から第一次世界大戦ー12人のベテランたち。その後小さな白い十字架知らない兵士、、それが浮いていたのです。そこにセーラーが立っていて、マリーンと兵士がそこに立っていたのです。小さなパーテーションが浮かんでいたのです。反対側には、年寄の白髪交じりの母親が居て金色の星形のピンを髪の毛につけていました;素敵な優しい奥さんが泣いていましたー彼女の夫が死んだのです;小さな疲れ切った少年が彼の頭が反対側に回していましたー彼の父親は殺されたのです。そして、それはもっともっと新しい軍隊に来たのです。
そこに立っていてその景色を見ていたのです、しかしどれ程悲しかったのです。

133. 復活の日に来るのです、初めの日が終わるのです、そして彼等は最後の者が初めになるのです。
その年寄の預言者が初めにそれを開くのですそして、彼等は空中で彼等はその持つ者が行進して行ったのです。そして「我々生きている者達は寝ている者達が髪のラップの音によって起きるのを邪魔しない、キリストに在って死んだ物が初めに生き返り、我々がその後に続く」ハレルヤ。ルター、ウェズリー、メソジスト、長老派など全ての時代を通して、、サイゴン時代迄、その時代の御言葉を受け取るものとして。
神の祝福がありますように。全てを準備してくださいそしてその日が落ちるのです。

135. そこにいる皆さん、どこかにいる牧師の方、あなたの頭を上げて。あなたの為に祈りたいのです。これらの事はコーナーや友人の中ではなかったのです。覚えて下さい。「13 狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。14 命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。」群衆と共に行かないで後ろに下がって動くのです、友よ、ラオデキア航海時代です。跳び上がったり下りたり、音楽に合わせて踊ったりするけど生温なのです。それは氷のように冷たいとは言っていませんでした。それは生温かったと言っているのです。それはペンテコステ派なのです。そして実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者であることに気がついていない。何に対して目が見えなにのですか?その御言葉です、御言葉に対する現われ何故ならそれは彼等の組織には来ないからです。彼等はそれを受け取る事は出来ません。

136. 神は砂漠からこれらの日のある日連れてくるでしょう。このメッセージは生きなければならないのです。最善を尽くして皆さんの手に入れようとしてきました。あなたがされた理由を知っています。あなたはなぜあなたがそれをしたその理由を聞いたのですか?あなたの宗派はあなたを追い出しました。
そしてご存知のように、あなた方の内の多くは、ファーレストランではなしていました、それが真理だと知っています。恥ずかしがっています。そこから出てきたのです。そこから出たのです、兄弟。もしあなたの命があるならば、小さなわしに様に私が話しているーあなたは神の御言葉を聞くのです。
覚えていてください、これらの日のある日終わりの時の為にこれを聞くことになるでしょう。我々は本当に近くなりました。今晩来ますか?

137. アブラハムはこの日を待っていました、彼は神の創られた街を待っていたのです。それは今晩私達の真上にあるのです。ヨハネは天から神の御霊が降りてくるのを見て、その記録をしてそれが神の御子であることを知っていました。そして考えて下さい。彼は花嫁を選んでいたのです。
親愛なる神様、国全体のあるゆる場所の彼等の心に話しかけて下さい。あなたが唯一彼等の心を変える事が出来る方です。もしそこに初めから種がなければ、それを見る事は無いのです。主よ。彼等はめくらが目蔵を導いているのです、そして彼等は溝に落ちるのです、そのような事が起こるのです、あなたの御言葉がそうなると言っているからです。

138. 主なる神様、私は今晩花嫁に尋ねます、引かれて待っていると感じているのです、彼等は世の全てから彼等自身と離れる様にしてください。彼等は神の御子の陽光の暖かさの中にあるのです。彼の御言葉と愛の内に疲らせて下さい。認めて下さい、愛する神様。

139. 彼等を祝福してください。彼等はあなたの者です。私はそれが慣習的だと分かります、今、父よ、我々はその人々はその祭壇に来るように尋ねます。
そして祈ります、親愛なる神様、それは全ての任務において、すべての場所を通してそして世界を通して、そして彼等は祭壇に来るのです、黒、白、黄色、茶色、どこでも彼等のいる場所で。豊かでも貧しくても、異なる人も、乞食も何であれ、宗派的に:誰が自分自身のスタイルとスタイルセンターなのです。
オー神様、裸でみじめで、目蔵でそれを知らないのです。あなたがその様に言われましたそして、それがその道なのです。だから祈ります、父よ、あなたは今晩全ての種を呼んでおられます。そしてすべての場所で世界中で、これが落ちるのです、小さなわしが神の主の声として知ることになるのです。受け入れて下さい。神様。私は彼等をあなたの御手に委ねます、イエスの聖名によって、アーメン。

140. ここに来て祭壇に立ちませんか?もし来るならばいっしょに祈ります。どんな罪びと、男性でも女性でも、少年でも少女でも、教会員であれなくても。教会員になったらそれがクリスチャンとなるわけではないのです。今、祭壇は開いています。来ますか?どんな罪びとでも来たければ主イエスキリストを受け入れて下さい、本当に、辞めたいですか、あなた方宗派に属する人たちの何人かは鶏のエサを食べ続けるのを辞めたいのです、これに属していると言っています、そしてそれは良い事です、本当に聖霊の本当のバプテスマが何なのかを知りたいですか?来て見つけて下さい。

141. オー神様、本当に感謝しています、私の全人生は何かが居るという事を主よ知っていました。試したけれども何も満足させてくれるものはありませんでした。来年、そうする、来週、次の会、、、いつか、、、伸ばし伸ばし伸ばしにしていました。しかし主よ、それは何か間違っていると知っています。何か違うものがあると常に信じていました。そして今、今晩、神の子によって準備をさせて下さっていることを感謝していますー私の罪ー実際、私の不信仰ーが私から洗われる事。
今晩来て、膝まづき、偉大なる感謝祭の祝福をキリストイエスが私の為にしてくださった事、カルバリーで私の為に死んでくださった事を受け入れます。

142. ライルパルマ―兄弟の事を考え下さい、私達の尊い兄弟。彼はその庭で座っていましたそして分かっているのは、彼の小さな娘がクリケットをして遊んでいたか何あを見ていました、そして椅子から立ち上がってそして彼が動く前に死んでしまったのです。
ここをいつ去ることになるかをあなたは知らないのです。いつ行くのか知らないのです。今晩かもしれません。そしてなぜ来られなかったのかそして今そこに落ち着かなかったのでしょうか?皆さん来てください。あなた自身に何かが語っていると感じませんか?ここにいる多くの人達がここの祭壇にいるべきだと知っています。この6,7人だけではないのです。
さて、もし信じるならば、プラットフォームでここを見ていてそして物事が起こっているのです、今私を信じています。ある日私の声は静かになるのですそしてもうい越えなくなります。来ていたらと望むかもしれません。あなたは「しかしブラナム兄弟、私はずっと教会員でありました」それは何も違いを齎しません。今まで何であったかに関して。つまりニコデモも教会員でした。ヨハネ、ペテロ、ヤコブ、パウロ、すべての他の全員が教会員でした。

143. あなたも来ませんか?オー彼は訓練を受けていて、知性があり、彼は彼が訓練されていたことを知っていました。ガマリエルという最高の訓練学校の一つがあったからです。その地の最高の先生の一人でしたが、彼は何かが必要なのを知っていました。
着ませんか?もう一度尋ねます、ここであれ国中であれ、どこに居てもこの感謝祭の時間に。覚えておいてください、これをここで録音しています。(ここだけでなく又天国でも)
あなたはそれが科学的に証明され全ての動きが録音されているのを知っています。彼等はそれを証明しました。覚えておいてください、テレビがそれを証明しました。テレビは写真を創るわけではないのです、あなたが写真なのです。それがそれを映し出すのです、あなたがしていることをチャンネルに。何とかしてそこにいるのです。分かりますね、指を動かす時、世界中に行くのです。毎回、どれを着るのです、世界中に見えるようになるのです。それは記録されています。
全ての思いあなたの頭の中に在るものが記録されていて、その記録が再生するのをいつか止めるのです。アルバムに収められるようになるのです。

144. 覚えておいてください。テレビ、科学さえ、それは真実だという事を知っています。
あなたは今立っています、ここにいるべきだと知りながらです。覚えておいてください、これが記録されている時、裁きの日に同じ考えを再びもどってくるまで。それは記録されているのです、全正解がそれを再生する時見るのです。世はあなたを今見ています、裁きの日に、私はあなたを恥に思う、私の言葉はアブあら注がれていてあなたに送られたがあなたは信じなかった。あなたはご自身を何かに隠しているのです」
「オー」あなたは、「私は良い人です、これをしたし、御霊の内に踊り、異言も語りました」というのです。
それは異教徒でもします。「私は叫びました」異教徒もそれをします。その時ど尿に御言葉に背を向けられたのですか?
どうしてですか?今彼の元に来ないのですか?
何故そうしないのですか?なぜ今神のもとに来ないのですか?
何故待つのですか、愛する兄弟、
オーなぜそんなにも
イエス様はあなたに与えるのを待っているのです。
彼の聖い家に場所があるのです。
(しかしあなたは、彼の体のメンバーの一人です)
何故しないのですか(オー小さなわし来てください)
どうして来ないのですか、、、

145. 見て下さい、あなたは「さてそれは奥義で、後で来るものです」と言います。いいえ、それは既に書かれているのです。何も取り出すことも加える事もできません。分かりますね。それは既にその中に在るのです。終わりの日にただそれは顕かにされるのです。

146. 彼の聖い御座に、
どうして市内の?(何で来ないのですか?)何で?
どうして彼は今来ないの?
覚えておいてください、この事を記録しているのです。このテープだけではありませんが、神の大きな記録があります。あなた方全てが一人一人、すべての動きがです。あなた方が頭を下げている時、心も下げてあなたの心に来るものを。。。
覚えて下さい。今栄光の内に記録されていますそしてその記録は裁きの日に再生されるのです。あなたの決定は?オーその日にどれ程変わっていたらと思うことでしょう!

148. なぜ来ないのですか?なぜ来ないのですか?
(終わりましたか?間違いなくあなたは今神の御霊を悲しませていませんか?)
頭を垂れて祈り続けましょう。間違いなく彼の御霊を悲しませていませんか?彼がしなさいと言った事を間違いなくしましたか?そのことを今肯定的に言えますか?覚えておいてください、もう二度と機会がないかもしれません。その記録は今晩終わるかもしえません。これは全てになるかもです。これは最後のテープになるかもしれません。今準備されていますか?もしそうならば、私はあなたの手の中にそれを置きます、主イエスの名によって。

149. 私が尋ねる前に、誰かがこれらの人々と大に祭壇の周りに来ました、彼等の為に私自身が祈りたいのです。頭を垂れましょう。

150. ここに彼等はいます。父よ世の物から彼等を自由にさせて下さい、すべての罪、彼等の心にある問題から。ただ、分別を持ち、厳粛に彼等の心で、あなたの言葉に今自由にしてください。そして言ってください。「主イエス様、私の心に降りて来て下さい、私はいつも信じていました、そこには何か私の為にあるのだという事、私をまだそれを受け入れていません。しかし私は試しました、今晩そのことが表現されたように、雌鶏に従っていましたしかし何かおかしく感じていました。どうもそれは正しくない様に思っていました。そして今晩、生きる御言葉のみ腕の中に近く来たと感じています。ここに来て静かに厳粛私の正しい考え家で、ここで落ち着きこの祭壇に来ました。救いが欲しいです、凄く主よ。私は飢えています。あなたが欲しいのです。主よ。私を今晩あなたのみ腕の中に抱いて下さい。いかなる感情ではなく、愛の御霊を通してです。あなたの御腕で私を抱いて下さい、親愛なる神様。私はあなたの子供です。私は彼等が話していた鷲だと感じています。捕まえて下さい、主よ。私は富んでいます。席から立ち上がりここに来てひざまづいています。捕まえて下さい、主よ。私は跳んでいます。あなたの羽の上に私を連れて行ってください、主よ、これらの世の物から話してください。この世の汚れから私を飛ばせてください、私の悪い習慣から、すべての私の宗派的な伝統から。あなたにのみ来ることが出来ますように、主なる神様、聖霊が全ての私の疑いを忘れられますように。あなたの子供となり今晩、新しく生まれ、新しく創られたものに今晩してください。捕まえて下さい、雌鶏に鳴き声を越えて。鷲の巣に連れて行ってください、そこで神の御言葉によって力づけられる場所に、飛ぶことが出来るまで。
受け入れて下さい。親愛なる神様。彼等を連れて下さい。彼等はあなたの者です。これは私の誠実の祈りです、死にかけている人々の為に祈ります。受け入れて下さい父よ。この祈りを彼等の為に祈ります。栄光の神に。尋ねています。さて、頭を垂れて祈ります。

151. もしそうならば、神にあなたはそうさせたいはずです、手を挙げて下さい。この祭壇の周りにいる方々。神が祝福されます。手を挙げた一人一人の方々。

152. 去らないで、ただここに来て立ってください。あなた方の内で本当にこれが真理で我々は新しい時代に入っていると信じる方、我々は携挙の時代に入っているのです。ご存知のように、その教会はその状態では入る事は出来ません。そして良くなることもないのです、どんどん悪く成ることになっています。そのことを知っている方は皆「アーメン」と言ってください。どんどん悪く成り、この様にはならなくなるのです。分かりますね。友よ何かにならなければならずそれは今動いているのです。それは動いていて花嫁の為に動いているのです。それが真理なのです。それは「主が仰せになられる」ことです。今動いて上がっています、生別されたクリスチャンは、これらの誠実で祈りを兄弟姉妹として提供できる方に上がってきて記録してほしいのです、祭壇の周りに上がってきてください。祈る間ここにただ立っていてください。
他にも来たい方はいらっしゃいますか?ここに立っていてください。彼等の側でひざまづいてどこでもこれらの人々の周りにいる男性達、女性達、彼等に謙虚に優しく祈りを求めて下さい。
親愛なる神様、これらの事を助けて下さい。

153. すべてを捧げます(手放します)、私の幸いなる救い主、
我すべてを捧げ手放します、 
我すべてを捨て捧げます
(自分自身の考えを捧げますか?神の御言葉に自分の
考えを捧げ捨てられますか?)
輪が幸いなる救い主、すべてを捧げます
我すべてを捨て捧げます。

154. 我捧ぐ、
皆手放しましたね、今歌えますか?
我、、
幸いなる救い主に
全てを手放します。
祭壇の周りにいる皆さん、もし本当に手放したならば、手を彼に向ってあげて下さい、そして我捧ぐ皆捧ぐ、を歌いましょう。宗派を手放します、宗派組織を手放します。教会を手放し捧げます。私自身を捧げます。自分の考えを手ばなし捧げます。全てをあなたに、私の幸いなる救い主、我すべてを捧げます。
あなたに 私の救い主、
我すべてを手放し捧げます。
我すべてを手放し捧げます。
全てあなたに私の幸いなる救い主、
我すべてを手放し捧げます。
本気ですか?
我すべてを手放し捧げます。
(テープの空白スペース)

155. さて、唯一あなたが救われる方法があります。それは信仰により恵みによりあなた方は救われたのです。神の恵みがあなた方に語りあなた方を祭壇に連れてきたのです。あなたは神の祝福を求めています、彼の御言葉を探っています、聖霊を求めています、神のひいきを求めているのです。もしそうならば、心から完全に手放し捧げる事が出来ます。感情を求めないで真理を求めて下さい、それが信仰により心から来るのです。「主よ、あなたの御言葉が私に命令するいかなることも喜んでする準備があります。私の中に在る全てを捨て去ります」心からそれを信じるならば、あなたに足まで上げて、この教会の会衆の方を向いて手を挙げて、彼等と一緒に歌います。「全て私の中に在るものを捨て去り捧げます、神様。私の知る限りにおいて、すべてを捨て去り捧げます」
この演壇迄上がってきてください、今祭壇にいる方達。この演壇に上がってきてください兄弟。
ここです、兄弟姉妹の皆さんここに来て下さい。教会の皆さんここを見て下さい。
(ある姉妹が話す)

156. 我捧ぐ皆捧ぐ
我捧ぐ皆捧ぐ
御前に主よ我皆捧ぐ(幸いなる救い主よ)
我捧ぐ皆捧ぐ

157. 皆さん一緒に:
我捧ぐ、皆捧ぐ、
御前に主よ我皆捧ぐ
我捧ぐ皆捧ぐ、
御前に主よ我皆捧ぐ