恥じ入る事

Ashamed

恥じ入る事

アメリカ合衆国 インディアナ州 ジェファーソンビル

説教番号: 65-0711

日付: 1965年7月11日(65-0711)

PDFダウンロード:

4. そして私は家に戻ってきました。

5. 私は言いました「そこに戻っている間に、会合を開こうと思う。ここで学校の行動を使って、28日から1日まで、学校の行動で会合を開こう。7つの最後の災害についての話を説教したいと思っている。そして先に電話をして、少しがっかりしました。彼等はこれらの学校をもう使わせてくれないというのです。それは会衆の数が多すぎるから。我々は他のどこでも集まる事が出来ません。そして、ここに戻ってきている間に、代わりに、、、私は決めたのです。

6. そして8月1日に日曜の朝と、日曜の夜、(6回の礼拝となります)そしてそうすれば、それほど滅茶苦茶込み合う事にはならないと。そして考えたのです、、、全員が集まって、すごく混んでいてた方が良いのでしょうか?それとm、ただ、2回の礼拝でそれをしてしまうしかしある意味皆が引っ張り合う形になる。5日間連続はそれはかなりきつくなります。
さて、ここのトラスティーと長老達にも私がここにいる間に会いたいです。

9. 私の小さい息子のジョセフが言いました「何でパパなの?:」
オー私は言いました。「説明は出来ないよ、ジョセフ。君に言えないんだ」と
そしてそこに座っているリジペリーとペリー不振を見ました。まるで彼等が小さな黒髪のご夫婦で僕らの隣に住んでいたのは昨日のようです、我々が夜の間に持っていたワフー舟で河を下って釣りをしていた時のことがです。^二人とも白髪になっていますね。ご存知の様に、一つの事が言えるのです、「小さなブザーが鳴りました」「あなたにはもうあまり時間がない!」と言う事です。
さて、私の人生の毎日が神に数えられるものでありたいのです。私が残したもの、ある時間、私はそれを使ってどこかで何かを成し遂げたい。それは通りの角に立って、神の栄光と栄誉を語る事以上の何事でもないのです。そしてその目的の為にここにいるのです。

10. その妻、彼女は来たいのです、戻りたいのと訪問したいのですそしてリベカとサラとそして彼等の友人と一緒に、そして我々は3週間たったら主のご意志によって帰ってくる予定です。

11. 公的にその最後の怒りをぶちまけるわけにはいかないのと分かっていますというのは、それはとてもとても重要なメッセージがそこに入っているからです。しかし病人の為に祈ったりそういった事は出来たのです、主が彼等に私に与えたメッセージを教会のために持っていました。その州を通して、荒野からここに出て来て、どこかで学んで日曜の朝に戻ってきて日曜の朝の礼拝とゆるの礼拝をする事になります。
我々の最も尊い牧師であるネビル兄弟、彼にもしそれで満足かどうかを尋ねました。そして彼の礼拝をとってもいいかと、しかし彼は非常に喜んでそれを投げ出してくれました。
私は、だから、

12. 私はやってきて、誰かが説教しているのを聞きました、そして言いました「それは、、、「私はカップス兄弟がツーソンに来たと思う、そして凄く速く約摂氏43℃くらいになっていました。彼はその事に会いたくなかったので、離れて出かけて行きました、彼とヒュームス兄弟そしてフェニックスに行きました(もちろんそこは45℃くらいの気温でした)
それがまだ酷くて、彼はその後テキサスに行ったと思います。彼は場所を見つけようとしています。しかし誰もアリゾナにこの時期行きたくはないですよね。
それは先日(先週の金曜日)50℉以上になっていました。パーカーででした。それはここの教会に住んでいるクレイグ教会の出身地です。そして卵を割ると土につく前に卵が焼けるという状態です。あなたが唾を吐いたり水をしてもすぐに消えてしまいます。それはただ。本当に湿度が全くないのです。本当にこの時期オーブンの中にいるような感じです。しかし11月くらいから12月、1月は素晴らしいです、然し3月4月になったら、もし窒息死したくないなら、離れたほうが賢いです。
そして又、カップス兄弟と彼等がその時期に来るので、彼等を逃がしたのだと思います。多分主がその目的を持っておられたのです。このことを信じています。主は義人の行き先を整えられます。
時々それは厳しく見えます。

13. さて、彼等を捨てる事はしたくなかったのです、反対派を作る事もしたくなかった。私はおたがいに良い気分になって欲しいのです。さて、私はただ言ったのです「さて、(彼等に手紙を書きました)私は言いました「覚えていてください。。。」
私はアフリカに数年間再び行こうとしていました。私のアフリカでの御仕事は終わってないと感じていました。私は、、、なぜアフリカにい兼ねればならないのか、アメリカに6,7百もの年がある時に?カナダ、メキシコあるいはこれらの場所を離れても。なぜそこに私は行きたいのだろう?しかしそれは、私の心の中にアフリカへ引っ張られる様に感じたのです。それらの人々を私が愛する理由があるのです、黒人の人達の所だけに行きたいのです、何かがあるのです、彼等の内の多くは、多くの指導者が、彼等は私がすべきであるようには感じないのです。私は黒人の友人の所に行きたいのです。主が呼ばれた場所だからです。そして彼等は必要がある人達です。これあrの人の多くはです。白人の人達は医者もいるし全ての物を持っていますが、貧しい現地に住む人たちは、腐った状態になっているのですが、彼等は受け入れている様に感じたのです。彼等が神の子供達である事。何かがあるのです。

14. そして、私が彼等に手紙を書いて告げたのです、、、私は「覚えていますね、裁きの日には、骨の様な手が煙草に手を伸ばしたならば、それがあなたを有罪にします。彼等の血はあなたにしかし私には来ませんと言うのは10年前にそのことを話し試したからです。
そして私がその手紙を郵送して、戻ってきて、何かが私に告げたのです「見てごらん、シドニージャクソンは狩猟の旅に出ている」同じと城井主がシドニージャクソンに語られたのです「黄色い雄のライオン ブラナム兄弟がダーバンでキャンピング、大きな会合」
彼はここにきていました、彼はあなたがと話しました。ところで、我々は洗礼をしました。彼はイエスキリストの名での洗礼をかなり強く拒みましたそして彼の妻は彼よりもひどくて、ただ去っていきました。私が話しているのは、私は誰よりも献身的な人々を見たという事です。彼等は150人位のミニスターを連れて来てイエスキリストの名で洗礼をしていました、そして彼等は国全体を霊的に燃やしていたのです。そのメッセージはアフリカ全体に拡がり、沢山の飛行家や偉大な人バイトが来てイエスキリストの名で洗礼を受けたのでした。

15. さて、それが状況でしたが、「悪魔が何をしようと気にしない、私はジャクソン兄弟が言った黄色い雄のライオンがなどなど、など、私は餌にはならない。しかし神がシドニージャクソンに会って狩りに行く事を言われた」そして私は言った「行きます」とそして時々、素晴らしい旅行の内の一度に、問題が起こる事が分かる。
さて、私は10月について考えた、御心において、私は戻って、会合や全て完全な協力など全てそれ以外、アフリカにあったもの。そしてそのどこに何があるか何がその目的なのかを理解した。
ここに書いているにあたり、これを言ったり、そして何かを得て何かを言う、これは、、最善の事は、自分自身が出かける事そして問題はどこにありそしてその理由が何かを見る事でした。多くの人々が集まるのでその政府が私にさせなかったのです。

16. もし、一つの宗派教団から25人いて他のは25人まだ彼らは受け入れない。この組織のトップとクリスチャンビジネスマンは分派していない組織で全ての教会を代表しています。-サイモン博士、彼等はそこのトップで、とても素敵な人です。彼と会えて、彼と話しましたーそして彼等はミーティングをそして全ての残りの教会が一緒になります、そして我々はアフリカでは最高のミーティングを持つことになると信じています。

17. 私は妻に言いました、そしてウッド兄弟にもここに着いたときに、そして昨日私があったナンニンかの友人にも、ここで5年位の間何をするのかあまり分かっていませんでした。精神的に苦しかったです、分かりますか、リバイバル自体が教会の数々の中ではそれが死んでしまっています、皆さんそのことをご存知です。あなた方はこのタバナクルでそれを感じています、どこでもかしこでもです。「落ち込み」があるのですー死んだような感覚です。何かが正しくないのです;それはリバイバルの情熱が人々からなくなってしまっているからです。教会に行ってください、そこに座っていて、牧師もメッセージに悩み、あるメッセージから次へ、そして初めの事は、パーティか何か彼らたしようとしている音に対してもう熱がないのです。だから死んだ「落ち込み」状態がどこにでもかしこにでもみえるのです。
ビリーグラハムも気が付いています。オーラルロバーツも、アレン氏も問題がありますご存知の様に。オーラルロバーツは5億5千万ドルのビルをえましたなどなど、彼は学校も持っています。そして今宣教の畑には誰もいません。

18. 主は、ある日ウッド兄弟と一緒に彼がそこを出た時に、同じ場所に石を投げに言ったのです:それは落ちてきました。
主は「一日と一晩のうちに、あなたは、何か(その言葉が何だったかは忘れました)あなたは神の栄光を見ることになる」そしてその次の日に空につむじ風が来て、我々は皆その後何が起こったかは知っています。それが上がって行った時、彼等はそれが何かと尋ねました。私は言いました「それは3つの言葉で語られた、3つの大きな神風」その人々はただ陣風を聞いただけでした。私はそれが何を言っていたかを悟っていました「裁きが西海岸に及ぶ」その二日後アラスカの一部が沈んだのです。その周りに嵐が吹き荒れ、地震など全ての事が起こりました。彼等を見てみてください。毎日地震があの辺りの至る所で揺れています。

19. しかしクリスチャンは女性の性格を探すのです、と言うのは、彼はその女性との将来の家庭を計画するからです。彼は家を整える女性と一緒になるのです。そして私は「そしてキリストも、彼の御言葉によると、我々の将来の家とはどうなるかを告げておられるのです。彼がどのような妻を選ぶかによって?宗派教団の遊女?いいえ違います!彼は神尾御言葉によって性格をあらわされている女性を選ばれるのです、それが花嫁となるのです。

20. それは立ってきたが」そしてそれは私の中では意識がなかった時に語られました。
そして私がキリストを宣べ伝え、引き上げている時、そして教会に「女性達にどれ程これらの事を敵対して私説教しても、そして男性達あなた方説教師が全ての時間でだましているとしたら、ただ同じことをしていたとしたら、あなたは神の御言葉何でもないかのように、歩き回っている」と言ったのです。

23. そしてこの人―科学者はこのチーフの科学者にインタビューをして彼に言っていました。「と言う事は全部が沈む可能性もあるという事ですか?」
彼は「可能性?そうなるしかない」
として「はい、もちろん、それは何年も何年も先です」
彼は「これから5分後である可能性もあるし、5年後かもしれない」5年としか
しかし私が立っていて霊感の下で、裁きが西海岸に下り、その後ロサンジェルスが沈む事。その通りです。それは起こります。いつですか?それは分かりません。
しかしオーもう起こったのか?今我々は6大陸しかありませ、いぜんは7たいりくあったのです。それはアフリカとアメリカの間で歴史的に沈んだことが分かっています。ご存知ですよね。
さて、それが起こったのであれば、その時を注意してみていてほしいです。

24. ですし、もし大きな燃えた攪拌があったら、、地球はその様に何百マイル平方で飲み込まれて、何百も何百平方マイルが地球に飲み込まれて沈む訳です、アリゾナ迄津波の様にして飲み込まれるのです。間違いなくそうなりました。

25. 国々は破れていく
イスラエルは目を覚ます
預言者が先に告げていた印が起こり
異邦人の日々は数えられ
恐れの時が迫り
世界中に散らばった者たちは戻りなさい。
(間違いなくそうしなさい)
贖いの日は近い
人の心は怖れによって砕かれている
神の御霊によって満たされなさい
あなたのランプに火を点けられるようにし
クリアにしなさい
上をみて、あなたの贖いは近い(その通りです)
偽預言者は嘘をつく
神の真理を彼等は否定する
イエスキリストが我々の神である事を、、、

26. 覚えていますか?私が7つの教会時代について説教していた時、私はイエスがそこに立って彼の頭の上が白いのか理解できませんでした。彼は若い人でした。それを聖書に持っていきました。そしてそれは「彼は古代の時代に来た、人の神は羊毛の様に白かった」イエス様が十字架にかけられた時 33歳半でした。
ジャックモア兄弟 神学者を呼びました。彼は言いました「ブラナム兄弟、イエス様は栄光化されていました。
「彼の死後、埋葬して蘇り、彼はそのようになれました。」神学者にとっては全てが良いようでしたが、それは上手くは行きませんでした、何かにあたる事はありませんでした。
私はそこに上がって行き、初代協会の時代が始まったのです、そこに聖霊が顕れたのでした。(あなたの教会時代を得たのです。まもなく本が出版されるはずです。そのすべての詳細に関して)そしてそれはイエス様が裁判官であることをあらわしています。
白い鬘を彼等は以前被っていました、かつらを裁判官として被っていたのです。イギリスでは今もそうしています。あなたが最高裁の主権を得た時、 そして、この絵の脇に戻るので彼はそこにいますー彼は黒い髪をしていました(彼のひげの側で分かるでしょう)そして白い鬘。彼は主権の最後、彼は最高裁の主権なのです。神ご自身に言われていました。彼は私の愛する子、、、彼に聞け

28. 私は夢を見ました。私はいつも、公共サービスの会社に何とか戻りたいと夢見ていたのです。そして私はある意味その仕事に乗り切っていました。そうだったと思います。彼等はただ私のやり方をやらせてくれていました。そして出かけたり、そのラインを歩く或いはその料金を集めたり、やるべきことをやっていました、私がただ言ったのは「さて、私自身が自分のボスである」ただ及びに行ったり、そしてそこに行って服を脱いで水泳の服装に着替えました。自分一人だったので、「これがダメだというなら、その会社が」これは日中だから、会社がこの時間は支払いをしている」と考えて、「それはおかしい」そしてその後、「その時点で私が集めたお金」、、「ガソリン代もそしてそのルートでのお金も一緒にしていて、」「私が集めたお金で、何かをやっている、ここを回って、チケットは全部なくなって集めたお金と自分のお金が一緒になってしまった。さて、誰がその料金を払ったかが分かるのだろう?と思ってただ注意をしていなかったから、それは良くない自分がしなければいけない事は上司の元に戻って彼に言う事(それはドンウィルス)
私は「ドンさん、チケットを無くしてしまいました、ここに私が得た全てのお金があります、そしてこれが彼等のお金です、ここにキャッシャーの所においておきます、そして人々が来た時、彼等はそれに対しての領収書を得ることになります。

29. 15セント与えてただ座ってしばらく話して彼等の料金を集めていました。そのランクに行って沢山の料金を集める事が出来ませんでした。さて、それ以外にやる方法はないと思っていました、そして目が覚めたのでした。

30. 彼女は「あんまり」と
そして私が「とんでもない夢を見た。又公共サービスの会社に戻っていた」「私は何をしたのだろう?」

31. そして私は「私はそれほど食べていません」
彼は「他の人達は15セント入れた、だから君もそうすべきだ」
私は「でもそれだけ使っていません」
「とにかく戻すんだ」(それが私の上司でした)
さて、思ったのは、「どうしたらいいの?10セントしか食べていないのに、15セント補充するのか?」通りに出て行って、朝食をまだ食べていない子供達の為に40セント分の朝食をえました。
そして思ったのです「さて、出来るのは、多分、彼が私に敵対するだろうから」

32. そして、子供達が遊んでいた大きな樹の下で、そこにはパトロールが居て、、、さて彼等はヘリコプターでパトロールをしていました。そして彼は来て言ったのです。「ビリーこの機を着るのはどうだい?」
私は「切らないでください、我々が刈込をします」私は「ウッド兄弟と私が刈込をします」と言いました
彼は「誰かに行かせて刈り込ませる」
そして私は「切らないでください」
彼は「切りませんよ」と言いました。
旅から戻ってみたらその木は切られていました。そして裁判をと考えて、
「さて主よ、これではっきりします」そして大丈夫、そのままに任せよう。
さて、まだ夢を見ていました。

34. さて、私は「ここから出る必要がある、そして私自身から離れる櫃があるーこの砂漠に来ることによって」そして思ったのです「主はなぜ砂漠に私を連れてこられたのか、サソリやギラモンスターしかいない場所に?」と思っていたのです。

35. それが今の教会の周りで乾いてしまった時に起こる事なのです。皆がお互いにくっつくわけですね。そして柔らかくなるために柔らかい雨の水で旅人や寄留者の為に場所を作る必要があるのです。

36. さて聴いて下さい、これを言わせてください、もちろん彼等は今はいません、これもないのです、このミーティングをテープに残しています。その理由を私が尋ねているのはーさて言わせてください、それは良くないですが、言います「主よ、夢見人が夢を見る時、いぜんは、彼等はウリムとトンミムのも音に連れていかれて話されていたのです、そしてウリムとトンミムが光を戻されるならば(超自然的な光)その夢は事実です」と私は「でも祭司としてウリムとトンミムがしたことがあります。あなたの聖書が今ウリムとトンミムなのです。主よ、これを再びすることがないようにしてください。そして私はあなたに尋ね祈りました、この夢を見ている理由を語ってくださるあるいは幻を下さる様に。何を私がしたのでしたか?もし誰を傷つけているのか、世の中で誰かを傷つけているならば教えて下さい。正しくしたいのです。もし公共サービスの会社に負債があるならば、私が間違った事を誰かにそこの誰かにしたならば、教えて下さい。正しくしたいのです。今正しくさせて下さい、先延ばしにはしたくないのです、遅くなりすぎない前に今させてください。

37. 間違いなくそれは、それが私で、私のメッセージの残りに常に正しくして、早嫁を引き出す事。神は言われました。「これらから花嫁を引き出すことはないと誓うが、私自身の人々の所に行きなさい」
彼は言われました。「女性がもし私についてこなかったら?」
彼は言いました。「この誓願から自由となる」彼は言われました「そして天の神が彼の御使いを直接あなたの前に送られるであろう」彼はそこからまっすぐ行って、祈り始めました、そして彼は美しいリベカにイサクの花嫁になる人に出会ったのです。
御言葉に戻るための完璧になメッセージです「花嫁を得に出掛けなさい」それが仕事なのです;そのために私はここにいるのです。それが私がしようとしている事です、花嫁を読みだすことです。

38. 私は「神様、家に戻って、再びあなたへの誓願を新たにして新しく始めます」と言いました。だからそれが私達がすることにしている事です、そのために私はここにいるのです。

39. さて、私の為にしてほしい事があります。28日の会合に行く予定で知らせた方は、再びお知らせください、出来ませんか?他の人に手紙でもなんでも、人々が来て会堂に来られなくてがっかりするようなことがない異様にしたいのです。分かりますね、そこを使う事が出来ません。そして前回の会合で沢山いていろいろな事があったので、それがどれ程公共になっていたかをご存知です、そして彼等は、、、さて、終わりの時に生きているわけですそれだけの事なのです。そして彼等は人々が来ると学校の邪魔になると言っています、そして彼等はあまりに速く来るから、彼等はこれをしたあれをして、、、などなど、場所が混みあっていて、消防士がこれをしたりあれをしたり、、、分かりますよね。だからこれらの警告やラッパを鳴らしセットアップしなければなりません。私はそれらを置きたいのです、私はすると言いました。彼等は他の事の理由でそこに来ますので、ラッパの音の上での災害が降るでしょう、しかし我々はそのすべてのコースをまっすぐに通して、それをしっかりと結びつけて持っていきたいのです。

40. さて、今、これからの15分か20分ここで聖句を取り上げていきます。そしてここで小さな本を得て、それはバイル兄弟だったか後は誰か別でしたか?ロイボーダーさんでした。バイル兄弟がその本を買ってくれました。小さなテキストを作りたいと思います。

41. さて、私が出て、何かを考えている時、自動車に乗っている時、時々、車が上に上がったり下がったりして、この下やうえで除っとして小さな印を見て橋を渡ったり全ての事に関して。星が降る事について説教したいとして、ピラミッドを置いてここにそれを書いて、五芒星ダビデの星を書き、そこから降りてくるのです、そして私はその様にして聖句に入っていく場所が分かります。そしてモーゼは間違いなく彼がした事です、、、小さなトルコのトラックの様なものを作ったのです。私はここにそれらの幾つかを持っていました、今朝戻ってきてこの問題についてここで数分話したいのです。ノート上において(多分20分くらいかかるかもしれません)

42. 彼等は言いました。「ルイズビルに行く事も出来た、ニューアルバニーにも行けた」しかしその会合はジェファーソンビルであるべきである。別の時にルイスビルとニューアルバニーに行く事にしようしかしこれはここジェファーソンビルで行われることになっているのです。

43. 主なるイエス様、我々は間違いなく我々が考える以上に理解する以上に恵まれた人々です、我々の中に、他の国々からの人々やある意味外交官やら、そのような人々が我々の周りにいるのは素晴らしい事です。しかし今日、我々は天の神が我々の周りにいるだけでなく、我々の中に居て一緒に寸われていて、私達の中を通して彼の命が生きているのです、このことのゆえにすよ本当に感謝しています。我々の理解を勿論超えています。
しかし、今礼拝について話しています、アフリカに行く事としてこれらの数日ここインディアナ州でアレンジしようとしていることなどです。そして何とかあるいは他の様に、主よ、あなたは我々を幕屋に連れて行かれます、そのビジョンを与えて成就されるのです。だからあなたの御心がなされるのです、この様にして我あれはそれをあなたの御手に委ねます、我々の最善の理解の内にです。さて、我々は主よ祈ります、あなたの御心に反する事か何でもあるならば、知らせて下さい、我々があなたの完全な御心を知る事が出来るからです。
さて、この数分の間に祝福してください。あなたの御言葉を通して我々に語り下さい、あなたの御言葉は真理だからです。イエスキリストの御名によっておたずねします。アーメン。
それではマルコ書の8章を開きましょう。

44. それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。
自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。
人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。
また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。
邪悪で罪深いこの時代にあって、わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使たちと共に来るときに、その者を恥じるであろう」。

45. 「恥じ入る事」と呼ぶとして、ご存知の様に「誰でも私の言葉のゆえに私を恥じるならば、彼の事を恥じるであろう」
さて、恥じ入るという言葉は、「辱しめる」と言う意味でも訳されることが出来ます。あなた方の何かであることをご存知です。何かについて辱しめられることに面するというのはー恥じ入る事なのです。
他の事で恥じ入るという事については、それについて話したかは分かりませんが。もしあなたが話している事が正しいと分かっていて、誰にでもそれを話すことが出来る事であれば。あなたは恥じ入る事はありません。しかしもし突然位置に置かれはっきりしない場所に置かれたらどうでしょう。

46. さて、神と御言葉は同じなのです:初めに言葉があった、言葉は神と共にあった、言葉は神であった。。。そして言葉が肉体を取って、我々と共に住まわれた。。昨日も今日もいつまでも変わることの無い方なのです。
さて「誰でも私と私の言葉を恥じる物は、(そして彼と彼の言葉は同じ一つの物で彼の言葉を恥じ入るこの罪深い現在の時代)私は彼を恥じ入るであろう。

48. 祭司が御前に出されたとき、彼等は祭司の前に出されて、彼等は恥じ入らせられたのですと言うのは、彼等は直接「主が仰せられると」と言うメッセージを持っていたのです。もし気が付いているならば、旧約聖書での完成としてその預言者は、彼が「主がこう仰せになられる「と言った時、良く見て下さい、彼は神の位置を取ってそのフレーズを正しく持って行っていたのです、彼は神のみ前に置かれて「主がこう仰せになられる」と彼は神の中に入ってk、神としてその行動をして、神のメッセージを与え、神は彼を通して「主がこう仰せになると:語っていたのです。

49. そして何度も、我々はそれを見てきました、こんにちはそれほど多くはないでしょう。そして あなたは「私はクリスチャンです」と言いましたね「聖霊を信じた時から受け入れていますか?」
「オー アーlハ!」
ほらね、彼等はそれを恥じていたのです。
誰かが、「あなたはその叫んだり神の癒しとかを信じているグループに属しているのですか?」と言うと多くの時クリスチャン達は、下がります。彼等は彼等が宗派を持っていることを通知したいのです。「私はバプテストです」「私は長老派です」「ルターはです」彼等はそれを恥じ入らないのです。

50. 「私はどの宗派にも所属していません」分かりますね。彼等はそういうのを恥じているのです。彼等は世の物と同じようになりたいのです、ある組織を代表したいのです。
さて、それはただ近日そうなってきました。ルターの時代に、ルターに従いルター派と言う事を言う問いのは、カトリック教会から殺されることにほど近かったのです。ウェズリーの時代に、アングリカンの教会に敵対する事に掘ってメソジストであるという事は死を意味しました。ペンテコステ派の時代にはペンテコステであるという事は恥を意味しましたと言うのは、ホーリーロラーあるいは異言を語るものと数えられたからです。さて、彼等は組織化されて他のグループと一緒になりました。

51. マルコ8章38節 ルカ9章26節で「 邪悪で罪深いこの時代にあって、わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使たちと共に来るときに、その者を恥じるであろう」とイエス様は言われました。
さてもし私が「この小さな子は私の息子である」と言って
彼がひっくり返って、「誰?僕があなたの息子?私を誰だと思っているの?」と言ったら
それは私を恥じ入らせます、それはあなたの息子ですから。そしてそれが今日のキリスト教と呼ばれるものがしている事です。もし宗派の名前によって名乗ったとして、彼等が宗派が父であることを受け取るのでしょう。しかし神の御言葉が父である事、キリストに関しては違うのです。彼等はそれを恥じ入るのです、彼等は「はい、私は異言を語ります」はい、幻を見ました、はい聖い神の癒しを信じています。主を賛美します。全ての組織から自由で、どこにも属していません。私はキリストの僕です」と言う事を恥じるのです。そうさせることは彼等を滅茶苦茶な気分にさせてしまうのです。

53. 「さて、私はそれは信じない」と言いました
「我々は本当に酔っぱらっている様に行動しようぜ」と言ったのです
その家に行って、出来ることをすべてやって、彼等は卵を料理して、彼はそれらを床に投げつけて言いました、「私の卵をもっと上手にこうすれば出来るってわかっているだろう」-その家に続けて行って。そして彼等は他の部屋に入って行って、椅子に腰かけて、彼等は誰かが泣いているのを聞きました、言葉は何も言っていませんでしたが、彼女が自分にこの歌を歌っていました。
ーイエス様は十字架を一人で追わなければならなかった
そして全世界が自由時なるために?
すべての人に十字架がある。
そして私にも十字架がある。
これが私が負わなければならない決められた十字架、
死によって私が自由時なるまで
そして家に入って冠を受けるまで
その年寄の酔っ払いは言いました「私はあなたに何を言った?」彼女はクリスチャンだと分かりますね?彼等は彼女を試していただけでした。そして時々世は、あなた方を試そうとすることに気が付かされています。

54. 何という悪魔の罠でしょう!

56. その素晴らしい時代が終に来るとき、物事が起こる時そのことを我々は思っていなかったことになるでしょう。

57. しかし聖霊に満たされた人が、神の力に満たされた人が、彼の心の中に神の愛を持っている人が、数分、その愛を人々に告げないでいる事が出来るのでしょうか?何かが起こる時あなた他には止める事は出来ないのです。これこそがイエス様が言われた悪しき日に違いないでしょう。人々が神の御霊と神の言葉が彼等の内で動かれていることを恥じているのですから。しかし真理が人々に単純にされるとき、神はご自身を御言葉を通して顕かにされるのです。

59. 神が聖霊のバプテスマの約束をしたとき、そしてそれをあなたが受け取った時、あなたの中でその場所をとる他の物は何もないのです。人が神に会った時、感情的な動きは無くても、情熱的でなくてもあるいは宗教的な教義や教理問答(カテキズム)あるいは信条やドグマを彼自身の為に受け入れたことは慰めにはなりませんが、モーゼが砂漠の裏側に居たように、彼が本当にその場に来た時には、全能の神と顔と顔を合わせてみたのです、そして御言葉とその時代の約束を声として語られるのが分かります。それこそが何かあなたに起こる事なのです。あなたはそれを恥じてはいません。それはあなたに何かを起こすのです。
さて、次の15分間で見てみる事にしましょう。

60. 何か途轍もなく完璧で純粋で真実なものがあるのです。

61. しかし神が下りてくるのを見る時、彼がなさる特定の事に関して声明文を起こされそして次から次へ戻って来られて、そしてあなたは純粋な神の御霊を得るのです。どのようにして霊が人の上に置かれるのでしょうか?ー聖霊が聖書を書いたのです。そしてそれを否定するのでしょうか?それは正しくないですね。そういう事が起こったのでしたか?神は言われました「その約束はあなたにそしてあなたの子供とそれ以降も主なる我が神が呼ばれる限りそうである」(それが使徒行伝2章38の約束なのです)神の者からそれ以外の霊を受け入れる事が出来るでしょうか?へブル人への手紙13章8では、イエスキリストは昨日も今日もいつまでも変わる事がない。と書かれています。

62. 私は先日ジョージスミスと言う少年私の娘リベカと一緒に話していました。よい青年で、彼はここタバナクルで歌っていました、バプテスト派の子でした。「私の名前をそれから取ってください、それとはもう何もしたくない」そして若い情勢が居ました。彼等はある丘の上に有るバプテスト教会でコンフェレンスを行っていて、彼等は強く私に敵対していました、そこにいた彼ら全員がでした。そして彼等は私に敵対するものは何もありません、この御言葉に敵対していたのです。私を人として、彼等は何も私に敵対しては言えませんでした、何も彼等を傷つけた事は無かったのですが、彼等が怖れていたのは御言葉だったのです。分かりますね。
さて今我々は、、、

63. 「私の妻はガンで死にかけている:私は盲目だ(あるいはそのような事)。彼は我々の一人の為にそして他の人の為に祈りました、彼は会衆から人を呼び出して、我々の言語を知らないにもかかわらず、神の力によって語りました。そして行ったのです。「あなたは癒された」と
さて、彼等は彼を黙らせようとしましたが、出来ませんでした。分かりますね、彼等自身のコンフェレンスで起こったのです。そして彼等は全ての事を否定していました。そしてその人々の何人か、この少年の姉。。。彼等はそのグランドに居て何もいう事が出来ませんでした。彼等は、もし彼女がある意味彼等とつながっているかを知りたかったのです。
一人の女性が言いました。「私はそれを信じます」

64. そして彼女は「私はそうなのかそうでないのか分かりません」さて、彼女は知恵遅れではなく、悪魔の霊を持っていたのですが、彼等は認識していませんでした。そしてそれは、知るか知らないかによるのです。それは暴力さえも克服します。それを彼等は知りません。
女性はここから歩いて出て、この短パンの様なものを履いていました、彼等は認識していません。彼等は証明するか誓うかもしれません、彼等は何も彼等の夫に敵対して何も悪い事はしていないと、でも彼等のここrでは認識していないのです、然し悪魔の霊が彼等に乗り移っていたのです。彼等はそれに乗り移られていたのです。女性が男性の前で服を脱ぎたいと思うのはどういう事でしょうか?聖書の中でそれをしたのは一人だけで、その人は狂っていたのです。他の人は自分を隠そうとしました。彼等は認識していませんでした、それが詐欺であり、欺きであることにでした。あなた方はしっかり見て御言葉と共に自分自身を図る必要がありますどこに自分が立っているかをです。

65. 私は「あなたはイエスキリストを信じていないのですか?」
そして彼女は「私は信じているのかいないのか分かりません」と言いました。「呪術だのまじないだのとかいう物は信じません」と言いました。
私は「もちろん、あなたはそんなまじないなんて信じていませんね」私は「彼が神の御子だとは信じていますね?」
「オー」と言い「彼はそうだった可能性がある」と
私は「彼は昨日も今日も変わる事がなく、神があなた救うと信じますか?」
彼女は「その奇跡とかそういった事があるのですか?そうい事は一切信じません」と言いました。

66. 彼女は「それは信じます、星座みたいな感じですね」
私は「あなたは私が思ったよりもひどい状態にありますね。もし狂っていたならその方がよかった、そうすれば責任がないから。しかし私は言いました「あなたは悪い例に取りつかれているだけです」私は言いました「イエスが井戸のそばで彼女の夫たちついて女性に話した時、彼は人々の中の彼等の思いが分かりました、それがあなたが呼ぶところの星座でしょうか?分かりますね、ルター派と呼ばれる宗派に巻き込まれて、全ての事が間違っているのです。さて、神様は人々に神の言葉によって包まれてほしいのです。それと反対の事は間違っているのです。
イエス様は言われました。「すべて人の言葉は嘘となり私の物だけが真理となる」

67. それはある意味他の人々には馬鹿馬鹿しく見えたかもしれませんが、彼にはそうではありませんでした、彼は神に会っていたからです。どれ程科学はそれに反対していようが、それが起こるわけがないと言おうが、それが起こりうるわけがないと言おうが彼は神に会っていたのでした!それだけが真実なのです、あなたが彼に話している時。
誰かが、世の中に少ない人々しか真理だという事を信じていない時、それは馬鹿馬鹿しい事だとあなたは考えるかもしれません。ここに立って、主がこう仰せになられる、私はアリゾナに行きます。7人の御使いにそこkで会うのです」そこに立っているグループの人々がそれを見たのです。そしてそれは起こります。
先日の夜、「ロサンゼルスが海に落ちる」と言っていました。しかしあなたが神に会う時、神は失敗されません、彼が言われた事は必ず起こるのです。彼はいつもされるのです、そのことをあなたは恥としません。後ろに下がってそれを恥じ入る必要はないのです。それを世界中に告げるのです。人が神に会う時、彼と話すのですそして神が彼と彼の心になるのですそうすると彼はそれを恥じる事は無くなるのです。

68. モーゼがファラオの前に居た時、彼はパロにこれらの特定の事が起こったことを告げるのを恥じていませんでした、と言うのは彼は神にあったからです。神は彼に燃える藪の中で語られたのです。「私は「私は、、どもっていました。彼はそのような人で、言葉はしっかりしていませんでした。
彼は言いました。「アーロンが来た、彼にとってあなたは神である、彼はそうなる。
彼は預言者になる。彼は良く話せるのを知っているしかし私はあなたの口になる。誰が人を語らせるのか?アーメン。私もその様です。それは神なのです。誰が人をに耳しいやおしにするのでしょうあるいは誰が人に話させるのでしょうか?神がされるのです。
彼は「主よ私にあなたの栄光を見せて下さい!」と言いました
「あなたの手の内にあるそれは何か?」と神は言われました。
彼は「杖です」と言いました。
それを地に投げなさい。それが蛇に変わったのです。そして彼は「もう一度取りなさい」それは杖に戻りました。アーメン!彼は神なのです。「ああなたの手をあなたの無絵に置きなさい」彼はそれを出して、手がライ病になっていたのです」彼は「それをもう一度戻して、もう一度引っ張りなさい」そしてそれはもう一つの手の様になったのです。「私は神である」
そして彼はパロの前に歩み出て、言いました。「この様になるだろう」と、砂を拾い上げて、空中に投げなさい「主がこう仰せになる、地上が蚤でいっぱいになる」そして蚤がやってきました。水を取って、川に入り込みました。そして「主がこう仰せになる」そしてすべ手の川全体とすべての物が地になったのでした。
天から雹が降る様に呼ばれました。

69. 神と正しい関係を得ましょう。教会の皆! それが私達全員がしなければならない事です、神に立ち返るのです!

71. 悪魔に謝る必要は一切ありません、彼とすることは何もないのです、神の言葉を恥じない事、その命令を恥じない事、そして我々が誰であるかを恥じない事。唯一恥じる事は私の地上での生まれであるブラナムであるという事。私の失敗を恥じてはいますが、神の僕として恥じる事はありません。神の御言葉を恥じてもいません、宗派に対しても王に対しても、主権者や何に対したとしても、神がそこに呼ばれたならただ答えを与える準備が出来ているのです。

72. 「いいえ、全員が行きます。一つの輪っかすらも残しては行きません。我々の牛も全て連れて行くのです」彼は恥じていませんでした。どうして?彼は解放の光の中に入っていたからです。
それが理由で、男性でも女性でも一度神のご臨在の中に入って、神が癒されたと知ると、解放の光の中に入ったことになるのです。あなたはもう何にも妥協しないのです。彼の心が神に出会ったので解放されて神が言われたことを聞いたのです。「私はアブラハムの神、アブラハムに約束を与えたものである、贖いの時、解放の時は近い。私はあなたを送って彼等を解放してほしい」それを謝る理由はどこにもありませんね?

73. パロは「いやお前は彼等を連れてはいけない」と言いました。
モーゼは「分かりました、それではあなたの所の土地にぶよを撒くでしょう。その様になります。
パロは「モーゼよ、彼等を連れて行きなさい」
彼は言いました「分かりました、あなたは悔い改めましたか?」
行った「あなた方は数日間荒野に行く事が出来る」
彼は「ぶよが来ることになります」アーメン!「暗闇がやってきます」それは暗くて他の物を見る事が出来なかった。
そして終に市がやってきた。パロから僕にその家族の年長の子供の死であった。誰にも謝る必要はなかった。彼はアブラハムの子供であった、神の御霊の内に生まれ神から命令を受けていた、神のメッセージを携えて降りていき神の人々を連れ出す事であった。
さて、神は同じことがこの時代に教会から花嫁を連れ出すことが出来ないのですか?
さて、ダニエルは、、、

75. シャデラク、ミシャク。アベネデゴもその高熱の火を恐れていませんでした。「我々の神は我々はを解放する事が出来る、神は解放でいるが、もしそうされなくても、あなたの像を拝むことはしない」と言ったのです。彼等はそれを恥じていなかったのです。何もでしたはい!彼等は間違いなく、それを恥じていませんでした、何故なら彼等は知っていたからです。
サムソンはぺレステ人の前で恥じてはいませんでした。千人が彼の前に走ってきましたが、ろばのあご骨をもって山また山を築き、ろばのあご骨をもって一千人を打ち殺したのです。そしてヘルメットは6センチほどの銅の暑さでした。彼はろばの顎骨でもって1千人を打倒したわけです。彼は恥じていませんでした。彼はそれを彼の手で拾い、それに働かせたのです。彼は神の御霊が彼の上に有る事を知っていたのです。彼はナザレ人として生まれたことを知っていたのです。彼は何物も彼を邪魔する事が出来ない事、神の僕として知っていたのです。彼が神の御心の内にいるならば、彼の道を立ちふさげるものはないのです、どれ程沢山の王様であろうがぺレステ人であろうが何でもです。その通りです。

76. ステファン、彼は神の言葉を恥じていませんでした。

77. 見よ、わたしの父が約束されたものを、あなたがたに贈る。だから、上から力を授けられるまでは、あなたがたは都(エルサレム)にとどまっていなさい」
その神の言葉が彼等に約束されていて、「見よ、わたしの父が約束されたものをあなた方に送る、然しそこで待っていなさい(神学や教育やその他の物をうけるな)あなたがその力を受けるまで待っていなさい」そしてその力が天から来るとき、まるで強い風の様に来る、彼等は福音を恥とはしなくなる。ペテロは立ち上がり、言いました。「全ての者よ、悔い改めよ。あなた方の悪い手で平和の君を十字架にかけた、そしてその方は死から蘇られた、そして我々はその商人である、これはヨエル書にかかれている様に終わりの時に来ることになっている「私は私の霊を全ての肉に注ごう」彼は福音を恥じていませんでした。

78. 彼等はユダヤ人の最高法院(サンヘドリン集会)の前に彼を連れ出したのです。それが何だか分かりますか?それはまるでエキュメニカル会議の様なものです。全ての宗教がエキュメニカル会議に頭をそろえています。その時彼等は皆、サンヘドリン会議(ユダヤ人の最高法院)に頭をそろえていました。パリサイ人も、サドカイ人も、ヘロデ達も、彼等が何であれ、彼等はその会議に来る必要があったのです。そして彼等は彼を捕まえて、一つの組織だけでなく、大きな会議が彼を連れてきたのです。「我々が彼を怖がらせてやろうではないか」
彼が朝、そこに上がって来た時、聖書では、彼の顔はまるで天使の様であったと書かれています。彼は言いました。「人々よ、兄弟達よ、話をさせて下さい。我々の父たちは、カランに彼等が来る前にメソポタミアに住んでいました」祖そして、、彼は行って聖句を与えました。そして彼が傷を負った時、霊が彼に下ってきたのです。彼は言いました。「心の頑なな、心と耳に割礼を受けていない者たちは、いつも聖霊を受け入れない、まるであなた方の父親がそうだったようにあなた方もそうである」彼は福音を恥とはしていませんでした。御言葉を恥じていなかったのです。サンヒドリン集会(最高法院)の前でさえも恥じてはいませんでした。全く恥じていなかったのです。

79. そして彼は言ったのです。「私はイエスである」と
アグリッパの前に立ち、その話を繰り返しました。彼は言ったのです。「私はイエスキリストの福音を恥とはしない、信じる者全てに園かにの力である救いを下さるのであるから」間違いないです。

80. 「私の名のゆえにあなた方が王や主権者の前にあなたがたを連れて行って引きわたすとき、何を言おうかと、前もって心配するな。その場合、自分に示されることを語るがよい。語る者はあなたがた自身ではなくて、あなた方の内にいる父が語られるのである。誰でも私と私の名をこの時代に恥じる者を、私は彼を父と聖なる天使たちの前で恥じるであろう」神hが我々を恥じる事が無いように助けて下さり、生きる証となる様に助けて下さいますように。

81. 私はジェファーソンビルで警察隊に居た時にある場所に来ました、通りを全権者達と歩いていました、私はその町を恥じていませんでした、私はその町の一部だからです。私は警察になり、町の状態や仕切りを保つことをしていました。もし人が赤信号で走ったら、彼が間違った事をしていると言いチケットを渡す事を恥ずかしくは思いませんでした、それが私の仕事であり、その事によって市が私に給料を払ってくれるのですから、私は市によって生活を建てているわけです、その市の主権を得ているわけです。たとえ彼が酒を飲んで酔っ払っていようがどうあれ、彼等は私を助けてくれるわけです。しっかりと立っているのです、と言うのは私は警察官としてそれをする様に指示されここに置かれ主権を与えられてこれをしているわけです。だからあなた方は法律と権利を知って正しい事をする事を理解する必要があります。

82. それが神の教会なのです:我々はイエス木リスtの復活の主権と彼の約束された御言葉によって主権を持っているのです。ハレルヤ!「私のすることをあなた方はするであろう、それ以上にするであろうなぜならば私は父の所に行くからである」

84. 親愛なる神様、私たちは、主が壁に手書きされた者理解しました、我々は終わりの時にあります。我々は、大きな事が先にある事が分かっていますがまだどこかここでこの滅茶苦茶になっている地上にも正直な定められている命があるのです。一人や二人の人ですることは不可能ですが、神様ならば、我々を全て一緒にして、福音の良い知らせを世界の隅々にイエス様が再び来られることを、拡げさせてください、小さなパンと小さな言葉を共に。どこでも鷲が居るのです、彼等はその食べ物を追って来るでしょう。テープであれ何であれ、言葉か証殻何であれ、わしはその本部にやって来るのです。それは書かれている通りです。「死体(食べ物)があるところには鷲が集まるのである」
親愛なるイエス様、我々は、我々が食べるべき食べ物を示されたのです。それが御言葉です、その御言葉は新鮮で、我々の中にいるのです。祈ります、神様、我々が御言葉を撒くと、本物のわしはそれを見つけるでしょう。人々の、悪い人であれ、異なる人であれ、宗教な人でも何であっても、人々の前に立つとき、恥じることの無いようにしてください。パウロがテモテに言った様に、御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、
そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。
神様、我々はその時代に生きています。あなたは、それが起こるのを見るまで私を生きさせてください、このタバナクルのかしら石にそれを書きました、33年前の事でした。

85. また、もしこの預言の書の言葉をとり除く者があれば、神はその人の受くべき分を、受け又、命の書から取り除かれる」彼等がその本に彼の名前を載せようと努力をしてもそれは上手く行かない。誠実で謙虚にさせて下さい。彼等はあなたの手の内にあります、主よ。そしてもし彼等があなたの者であるならば、その様にしてください。イエスキリスト、神の御子の聖名によって祈ります。

86. 、、、私は彼と共に行く、彼と最後まで、
私の救い主が呼ぶ声が聞こえる。
(私と私の御言葉を恥じるのか?)
私の救い主が呼ぶ声が聞こえる。
(今自分が死の床にあると想像してみてください。)
私の救い主の声が聞こえる。
(そして遅すぎるかもしれませんが、今はそうではありません)
「あなたの十字架を取って、(今犠牲を払う必要があるのかもしれません)
従ってきなさい」
今、あなたの心の中でこれに答えなさい。
私は園を彼と共に通る、
私は園を彼と共に通る、
私は園を彼と共に通る、
彼と共に最後まで行く
さて、頭を垂れて、手を挙げてこう言いましょう。
彼と共に裁きを通りに行きます
(今それが起こっている事です、神が我々を裁かれているのです。)
私は共に行く(主よ、私の罪を見つけられますか?そうならばお許しください。)
裁きの間に、
(今朝、私をさばかれるのですか主よ?)
彼と共に裁きを通ります。(私を試してください、主よ、
何か私の中にきたないものがあるかを)
彼と共に、彼と共に最後まで。

87. さて、父よ、もしあなたの御心ならば、3週間連続の日曜日に今日から、ミーティングをします。私達の心をそのために準備してください、主よ。私を整えて下さい。神様、わたしこそが深くあなたを必要とする者として立っているのです。これらの日々に私が言うべきことを言えるように導いて下さい。私達の尊いネビル兄弟を導いて下さい、素晴らしいあなたの僕です、そして又マン兄弟も、そしてその教会の執事たちも、トラスティ―そしてここに集まる会衆の全ての人々を導いてください。

88. さて、父よ、これを私達にすることは出来ません。彼等をそこに送ることは出来ませんが、あなたが、聖霊を人々の上に動かし、教会のメンバーの上に。そして小さな経験として、先日の朝、私があなたと持ったように、「私の息子に花嫁を得るために行きなさい。人々の中から、各協会の中から、花嫁を引き出してきなさい」祈りの内において下さい主よ。リベカをあなたは送られました、私はエリエゼルになる様にします。どうか忠実な僕となれるように助けて下さい、そして天の神が私の前に天使を送られますように、我々の前に、我々が正しい事を行い、あなたが選ばれた花嫁を選ぶためにです。イエスの名でお願いします。アーメン。

89. 「どこに行くときもただその名を持っていきなさい」
尊い名、何と素晴らしい。
地の希望(誰かと握手をしましょう)
尊い名 何と素晴らしい。
地上の希望、天の喜び。
今今晩の礼拝を覚えておいてください、7時半です、今晩7時半、さて、この説を歌いましょう。
イエスの名を持っていきましょう。
すべての罠を守る盾、
誘惑が来るとき(あなたはそうしたらどうするのですか?)
深く息し祈りの内にその聖なる名を思う。
尊い名、何と素晴らしい
地の希望、天の喜び。
尊い名、 何と素晴らしい!
地の希望、天の喜び。

90. さて、頭を垂れて今祈りましょう。