第6の封印

The Sixth Seal

第6の封印

アメリカ合衆国ジェファーソンビル インディアナ州

説教番号: 63-0323

日付: 1963年3月23日(63-0323)

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1. 子羊だけが唯一、この封印を解くことができるというこの特別な聖句箇所を検分してきましたが、今晩、この大いなる第六の封印について考えるにあたり、子羊が第六の封印を開いて明らかにしてくださるように、天の父に祈ります。わたしたちはそれを理解するためにここにいます。そして天にも地にも、それを明らかにする能力のあるものはいないのです。ただ子羊だけがそうするにふさわしいものとされたのです。
その唯一ふさわしいお方が、わたしたちのところに来てこの封印を解き、時の帳を超えて垣間見せてくださいますように。そうすることが、父よ、非常に暗く罪深い現代を生きているわたしたちの助けとなり励ましとなることを信じます。わたしたちは、あなたから恵みを受けていることを信じます。みことばとともに、あなたにわたしたち自身を捧げます。イエス・キリストの御名によって、アーメン。

2. そういうわけで、神は・・・我々が喜んで自分の罪を告白し、正しいことを行い、神を呼び求めて哀れみを願うなら、神は喜んで願いを聞いてくださるのです。それを神は待っておられるのです。
今夜ここは暑いですね。でもヒーターは消されているはずですよね。封印の解き明かしのために調べものをして、神に祈り求めながら、明かりなしで(ただ電灯だけで)過ごす日々が、昨日か今日だったかが7日目であることに気づきました。

4. それで察するところ・・・病気のことを話せば病気がやってきます。そちらに座っている女性は、助けがなければ、あと少ししかここにとどまることはできないでしょう。ですから神に祈って・・・それがあなたがここに来た理由ですね。遠いところからここまでやって来ました。ね、聖霊はすべてのことをご存知だということがわかったでしょう。でもわたしはこの時間を封印のために限定して来たのです。そのために準備して来たのですから。でも、もし・・・

5. そうすることで、アリゾナ集会に備えるために一緒に帰る人たちに支障がなければいいのですが。ノーマン兄弟はいますか? ノーマン兄弟、あなたの予定に支障がおきませんか?フレッド兄弟や他の人たちも、それで大丈夫ですか? オーケー。それでは、主が望まれるなら、月曜日の夜に、癒しの祈りをしましょう。一晩だけ、病人の祈りのためだけの集会をします。その時は、封印の話はしません。主が封印を開いてくださるなら、月曜日の夜は、癒しの祈りをします。

7. わたしは先日の夜エリヤについて話していたとき、エリヤが、携挙に行ったのがあるいは救われたのは自分一人だけだと思っていたというところで、7000人と言う代わりに700人が救われたと言ってしまいました。そうですね? みなさん、本当にごめんなさい。そう言ったつもりはなかったのです。ただの言い間違いです。自分では7000人と言ったつもりだったのですが、間違ってしまいました。ごめんなさい。ご理解を感謝します。

8. それでわたしはこう思いました、「もちろんです。わたしは700人とは言いませんでしたよ。」でもビリーが・・・それから次のメモにも、「ブラナム兄弟、あなたは700人と言ったと思いますが。」と書いてありました。
ある人は、「ブラナム兄弟、あれはそうなるという型を示した霊的まぼろしですか?あなたは700という数字で型を示していたのですか?」と書いてよこしました。人にこんなことを考えさせてしまうようでは、神経がまいります。もうたくさんです。わたしも神経がまいってしまいます。
今日、この封印が明らかになったとき、何かが起きました。それで庭に出て歩き回らなければなりませんでした。しばらくの間、ただ庭を歩いていました。そうです。息が止まりそうになったからです。そのくらい緊張するのです。本当にもう。それからもう一つ、わたしが言うことに、誰かが何かを補足したとしても、神は、わたしが言うことだけに責任を負われます。だからわたしは、これらのことについて正確さの上に正確を重ねて、まさしく正確でなければならないのです。わたしたちが生きている今という時は、とてつもない時なのです。

9. 今の会堂には、日曜学校の部屋があります。全てがきちんと整っています。ジェファーソンビルのあたりに住んでいる人で、教会を探している人は、ここに来れば素敵な場所が見つかります。日曜学校の部屋と素晴らしい教師達がいます。ネヴィル兄弟は大人のクラスを教えています。彼は本物の牧師です。彼へのはなむけの言葉としていうのではありません。彼が亡くなった時に花輪を送るのではなく、わたしは今彼に賞賛のバラを送りたいのです。ネヴィル兄弟のことは、子供の頃から知っています。彼はずっと変わりません。彼は前からずっとオーマン・ネヴィルであり続けています。

10. わたしはここの教会に戻ってきてからこう言ったのでした、「あれは、こよなく素晴らしい男の一人です。いつの日かイエス・キリストの御名によって彼に洗礼を授けるつもりです。」そのとおりになりました。そして彼は今ここにいます。今、彼はわたしの親友であり、わたしを支えてくれる尊敬すべき立派な人物です。彼はいつでもわたしをしっかり支えてくれます。わたしが何を言おうと、わたしの側に立ってくれ、とどまってくれます。彼が初めてやって来た時でさえ・・・。彼はメッセージを理解していませんでしたが、それでも信じ、とどまってくれました。尊敬すべきことです。立派なことです。このような兄弟に、ふさわしい言葉を言いつくすことはできません。主が彼を祝福してくださいます。

11. さて、馬に乗っている騎士が反キリストであることがわかりましたね。そして彼が、うまく取り入ってこれまでの三つの力を一つに結集し、青白い馬に乗り、死という名前をもち、出処である底なしの淵、地獄に向かって行きましたね。それから・・・敵が洪水のように押し寄せると、神の霊は、対抗する力をパワーアップさせたことを聖書から学びました。
それから、昨晩、聖書が完璧に証明していることを確認しましたが、四つの生き物が、現れ出た四つの馬に乗る騎手達にそれぞれ対応するのを見ました。この騎手は毎回異なる馬に乗って登場しました。最初は白い馬、次が赤い馬、それから黒い馬、そして青白い(まだらの)馬です。そしてその色の正体と、それが何をしたかを見ました。それから、それらのことと教会時代と照らし合わせて、実際に何が起こったのかを見ました。まさに完璧に一致しました。
ですから、神のことばとことばが合致したなら、その事がらは正しいことを意味します。神のことばと合致することは、常に「アーメン」であると、わたしは確信します。

12. さて、ここにもモルモン教の兄弟姉妹がいるかもしれません、あるいはテープを聞くかもしれません。さてわたしは悪く受けとられるようなことを言いたくないのですが・・・彼らはよい人たちです。会いたいと思う人はモルモン教の信者の中に多くいます。とてもよい人たちです。彼らの預言者ジョセフ・スミスは、旅の途中、イリノイ州でメソジスト派の人たちから殺されました。あのよい人が・・・。それから彼の見たまぼろしですが、彼がまぼろしを見たことをわたしは少しも疑いません。彼は誠実な人でしたから。でもそのまぼろしは聖書と異なっていました。だからモルモン教の聖書を作らなければならなかったのです。わたしにとっては、これこそが聖書です。これこそがみことばです。それだけなのです。

13. 「あなたが自由な時間に、ちょっとわたしの部屋で、お話をしてもいいですか?」
「もちろんいいですとも、ブラナム兄弟。」
そこでわたしは彼をわたしの部屋に連れて行き、言いました、「失礼ですが、あなたは、この国のことには不慣れなのですよね。」「あなたと一緒にいる女性は、評判が芳しくないのですよ。」「あなたはこれこれの場所から、これこれの場所に来られたのですよね?」
「はい、そうです。」
わたしは言いました、「あなたは、なんていうか・・・恐れないのですか?あなたを疑うわけではありませんが、あなたのミニスターとしての評判に傷がつくのではないかと考えたりしないのですか? もっと人の模範となるような行動をとるべきと思いませんか?」
「ええ、あの女性は聖人です。」
「ええ、そうでしょうとも。でも兄弟、考えてもみてください。あなた以外の誰もが、彼女のことを聖人とはみなしていませんよ。彼らは、あなたたちがしていることを見ています。あなたは行動に気をつけるべきだと思います。兄弟としてお話ししているんですよ。あの女性は4、5回結婚したことがあるのです。」
彼は言いました、「ええ、知っていますよ。」
「そういうことをあなたの国の教会では教えないでしょうね、兄弟。」
「ええ、でもそのことについて、わたしはまぼろしを見たのですよ。ブラナム兄弟。」
「ああ、そうですか、それは良かった。」
彼は言いました、「聞いていただいてもいいでしょうか? そのことに関するあなたの教えを少し正すことができると思うのです。」
「いいでしょう。喜んで聞かせていただきます。」
彼は言いました、「ええっと、そのまぼろしでは、わたしは眠っていました。」
「そうですか。」(それがまぼろしではなく、夢を見たのだということがわかりました。)

14. わたしは言いました、「あなたのまぼろしは、とても甘美ですね。でも、常道から外れていますよ。」「それは間違いです。そんなことをしてはいけません。」

15. わたしたちは、馬に乗る者が、それぞれの馬に乗りこなしているのを見ました。そして彼を追いかけて、彼が何をしたかすべてを見ました。それから教会時代と照らし合わせて、彼が実際に行なったことを確かめました。

16. 一連のことは、異なる二つの事にもとづいていることを思い出してください。反キリストとキリストです。今日でも、同じです。半分だけクリスチャンというのは存在しません。酔っ払いのしらふというのも存在しませんし、白黒の鳥もいません。いいえ!罪深い聖人なんてとんでもない。罪人であるか、聖人であるかどちらかしかありません。中間はないのです。
生まれ変わったか、生まれ変わっていないか、どちらかしかありません。聖霊に満たされているか、聖霊に満たされていないか、どちらかしかありません。どんなに感覚的な体験をしたとしても、聖霊に満たされていないのであれば、聖霊に満たされたことにはならないのです。もし聖霊に満たされているのなら、その人の生き方にそれが現れます。はっきりとわかりますから、誰かから教えられる必要はありません。ただわかるのですそれが封印だからなのです。

17. それから次の時代が始まり、敵が宗教の名、キリストの名、教会の名を用いて反キリストを送ってきたのが分かりました。そうです。教会の名のもとに、反キリストを送ったのです。「これが本当の教会です。」敵は言いました。反キリストはロシアではありません。反キリストはそれではなく、非常にキリスト教に似かよっているので、前もって定められた者以外はすべて騙されてしまうと聖書が教えています。

18. 子羊が屠られたときに、その書に名前が記されました。今夜、子羊は、仲介者として聖なる場所に栄光に包まれて立ち、その書に名前が記された者、一人ひとりのためにとりなしをしてくださっています。彼以外誰も、どんな名前が記されているのか知りません。その書は彼の手中にあるのです。最後の一人が救われたら、彼のとりなしの日々は終了します。すると彼は、ご自分がとりなした者を受け取るために顕現されます。今は、近親者の贖いの役割をしておられますが、ご自分のものを受け取るために顕現されます。

21. そのとき花嫁は連れ去られます。彼女には罪のかけらも見られないのです。神の恵みが彼女を覆っているからです。神の漂白剤が彼女のあらゆる罪を消し去ったので、しみの痕跡も見当たらなくなるのです。純白になり、神のご臨在の前に、完全な姿となります。ああ、そこまで神がしてくださるとは!花嫁は膝を折って神に叫びたくなるはずです。

23. 西部では今でもそうしています。

24. そしてケンタッキーでは、レンフロ・バレーなどに引込んで、東部の過ぎ去りし日々の暮らしをしようとします。古き時代に戻りたがっているのです。古き時代には、何か惹かれるものがあるのですね。でも、初めの福音に戻るということになると、話は違います。そうはしたくないのです。現代的な方を好みます。それはどうしてかというと・・・。

26. その農園にいとこの少女がいました。彼女は孤児でした。他の少女たちが美しい爪を汚したがらないので、彼女がすべての労働をしていました。少女たちは手荒れが嫌で、皿洗いなどしたくありませんでしたから、彼女が辛い労働を一手に引き受けていたのです。
そしてとうとう青年がやってきました。皆が4輪荷馬車で出かけて行って、古い西部スタイルで彼を迎えました。彼らは拳銃を打ち鳴らし、うかれて一騒ぎしました。
その晩は盛大なダンスパーティが開かれ、牧場主たちが集まってきて、懐かしいダンスが繰り広げられました。そしてこの祝祭は2〜3日続きました。

27. 彼女は裸足でした。彼女は立ち止まってうつむきました。彼が誰だかわかっていたのです。彼女はとても内気でした。彼女は・・・この偉大な人物を知っていました。でも彼女は、他の少女たちの従姉妹でしかありません。彼女たちの父は、アーマー会社の支部長でした。彼女はずっとうつむいていました。自分が裸足であることが恥ずかしかったのです。
彼は訪ねました、「君の名前は?」彼女が答えると、彼は、「どうして君は他の娘たちと一緒にいないの?」と聞きましたので、彼女は言い訳をしました。

28. 彼女は「いいえ、知りません。」と答えました。
彼は言いました。「僕がここに来た目的は、妻を得るためなんだ。君には他の娘たちにない性質があるのがわかった。」(ここで教会のことを念頭に置いています)「僕と結婚してくれませんか?」
「わたしが?このわたしがですか? とてもそんなこと、思いもよらないことです。こんなわたしが?」彼は本社の親方の息子なのです。彼は国中あちこちに会社や農場を持っているのです。彼に無いものはないのです。
「そう。シカゴには妻にふさわしい娘がいなかった。僕は本物の妻を求めているんだ。心もちの良い妻をね。わたしが求めているものを君のうちに発見したんだ。」「僕と結婚してくれませんか?」
「それは・・・・」彼女はびっくりして戸惑いましたが、「はい」と答えました。
彼は言いました、「それでは・・・」(彼はまた戻ってくると伝えました)「君は支度を整えていてください。今日から一年後に、君を迎えるために僕は戻って来ます。僕は君をここから連れ出します。君は、もう二度とこんな仕事をしなくていいようになる。僕は君をシカゴに連れて行きます。そして君が見たこともないような家を、君のために建てます。」
彼女は言いました、「わたしには、家なんてありませんでした。孤児ですから。」
「僕が、君のためにほんものの家庭となる家を建てます。」「また戻って来ます。」

29. 彼女は、ウエディングドレスを買うために、一生懸命に働いて、毎日一ドルづつ、あるいは稼いだ分を貯めました。これは教会の姿の完全な型です。彼女はふさわしい装いを整えました。
言わずと知れて、彼女がウエディングドレスを披露したとき、いとこたちは言いました、「まあ、なんてかわいそうな愚かな娘なんでしょう。あのような方が、あなたなんかに本気で心を寄せたと思っているの?」
彼女は答えました、「でもわたしに約束してくれたんですもの。」「彼の約束をわたしは信じています。」
「でも、そんなのはほんの戯れのつもりだったんでしょうよ。本当に花嫁を見つけるつもりなら、わたしたちの誰かに求婚したはずよ。」
彼女は言いました、「でも、わたしに約束してくれたんです。だから、彼を待っているのです。」(わたしもです。)
それから時が過ぎて行き、とうとう約束の日になりました。彼女はウエディングドレスを来て、彼が来る時刻を待ちました。彼からの便りは、ずっとありませんでしたが、それでも、彼女は彼の到来を信じていました。だからウエディングドレスを来て準備を整えたのです。それで従兄弟たちは笑いました。だって、彼の父であるボスが彼女たちの父のところに来ていましたが、彼女たちは何の音沙汰もなかったからです。だから彼女たちにとっては、まったく謎に包まれたことだったのです。

30. 少女は、ただ立ち尽くしていました。でも、少しも恥ずかしさを感じていませんでした。彼女は花束を持ち、ウエディングドレスはきちんと整っていました。彼女は苦労していたのです。(彼の花嫁は、自身で準備を整えます。)彼女は花束を握って待ち続けました。いとこたちが言いました、「ほら、言ったとおりでしょう。彼はやって来っこないわ。」
少女は答えました、「でもまだあと5分あるわ。彼は必ずやって来ます。」
どれほどいとこたちが笑ったことでしょう。しかしその最後の5分が過ぎる時刻を古時計が知らせる前に、馬が駆け、砂利が車輪に砕ける音がして来ました。そして4輪馬車が家の前で止まりました。
少女はいとこたちの間から飛び出し、彼は馬車から飛び降り、彼女は彼の腕の中に飛び込みました。彼は言いました、「愛しい人、もうすべてが解決したよ。」ポカンとしているいとこたち(教団)を残して、彼らはシカゴの新居に去って行きました。

31. 7人目の御使いがメッセージを伝えた後、あの天使が立って、「もはや時がない」と言うのが聞こえて来るようです。イエスが父の家に迎えてくださるときが来たら、忠実な花嫁は、飛び去ってイエスの腕の中に飛び込むのです。これからは、このことに思いを馳せましょう。

32. そして昨晩の集会では、第5の封印が解かれて、大きな謎とされてきたことが明らかになりました。こうではないかと、前にわたしが推測していたこととは、真反対の事実がわかりました。

33. 彼らはユダヤ人でした。・・・144,000人が呼ばれたと有り、そのことは今夜か明日お話ししますが、第六と第七の
封印の間に144,000人が呼ばれるのです。祭壇の下の魂は殉教者でしたが、まだ白い衣を身につけていませんでした。でも彼らの名前は、子羊の命の書に書き記されていました。それから、彼ら一人ひとりに、白い衣が与えられました。

34. 聖書は、彼らが神の証のために・・神のことばと彼らの証のために殺されたと記しています。花嫁は、神のことばとイエス・キリストの証を持っていますが、彼らはイエス・キリストの証を持っていません。そして聖書は、前もって定められていた、すべてのイスラエルが救われる(ローマ11)と記しています。知っていますね。それで彼らの魂は・・・

35. ですから、彼らは患難時代の前の患難期にアイヒマンから迫害を受けた殉教者たちでした。彼らは、第六と第七の封印のところで登場する144,000人の殉教者の型です。ところで、第七の封印というのはたった一つのことです。「天に半時間ばかり静けさがあった。」それだけです。ですから、神にしか、このことを解き明かしできません。象徴の形式でもどこにも記されていません。明日の晩の課題です。わたしのために祈ってください。

36. 又、小羊が第6の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、
天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。
天は巻物が巻かれるように消えていき、すべての山と島とはその場所から移されてしまった。
地の王たち、高官、千卒長、富める者、勇者、奴隷、自由人らはみな、ほら穴や山の岩かげに、身をかくした。

37. そして、山と岩とにむかって言った、「さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、かくまってくれ。
御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができようか」。

39. でも、ユダヤ人を取り扱う場合には、70週の後半部分のことですが、神は彼らを一つの国民とみなされます。異邦人の時代は終了します。その時は、間もなくやってきます。神が、異邦人からきっぱり手を引かれるのは、今晩かもしれません。そうです。神はこう言われました、「異邦人の時代が終わるまで、彼らはエルサレムの城壁を踏みにじるであろう。」時は終了します。そうです。それからは、「汚れた者は汚れたままにしておけ、義なるものは義しいままにしておけ」ということになります。

40. 子羊は、とりなしの働きから離れました。御座におけるとりなしの働きは終了しました。いけにえは、(彼はまさに、贖いの近親者、現れた血だらけの子羊、屠られた子羊、殺害されて、血だらけ、傷だらけのものの典型です。)現れ出て、神の御手から書を受け取りました。時が終了したのです。今や、彼はご自分で贖われた者を受け取るために来られます。アーメン!わたしのうちから、何かが出ていくのを感じました。

41. 何が起こったか見てみましょう。地震が起こり、太陽は黒くなり、月は光を放たず、星はふるい落とされます。第6の封印の開封とともに、何もかもが起きます。これらの殉教者が発表されると、時を隔てずこれらのことが起こります。それまでに、殉教者達は終わっています。

43. さて、わたしと一緒に読んでもらいたいのです。贖いの書の、第6の封印に収められた偉大な神秘、このおそるべき出来事の箇所を比べてみましょう。これらが、隠された神秘であることを覚えていてください。6つの封印はひっくるめて一つの書なのです。6つの書が巻かれて一つの書となっているのです。そして贖いの書全体が解かれるのです。そのようにして地球全体が贖われます。

44. その書の所有権は剥奪されました。しかし、彼女をそそのかして道から外れさせたサタンの汚い手に、それが移ることはあり得ません。それで、難解な権利証書の取り扱いと同様に、元の所有者の手に戻りました。それは元の所有者の手に戻ったのです。その所有者とは、それを造った創造主なる神です。今は神が、それを手にしているのです。

45. それでもそれができる人は誰もいませんでした。人は皆、性交によって生まれました。性欲による産物です。人はサタンとエバの犯した原罪を背負っています。だから、身代金を払うことができないのです。その価値がないのです。神聖なる教皇も、神学博士も、誰であっても、その資格がありません。天使も駄目です。それは近親者でなければならないので、人でなければならないのです。それで神ご自身が、処女から生まれることによって人間の肉体を身につけて近親者となってくださいました。
そして神がご自分の血を流されたのです。

46. めんどりが卵を産むのと同じです。めんどりは卵を産みますが、おんどりがいなければ、卵は孵化しません。そうでないと有精卵にならないのです。女性はただ卵子を持つ孵卵器です。胚は男性から産出されます。この場合は、男性は神ご自身でした!

47. そして血を与えてくださいました。神がわたしたちの近親者となってくださったからです。彼が近親者としてわたしたちに代わって身代金を払ってくださったのです。そして自ら進んで血を流してくださいました。そうする必要はなかったのですが、自ら進んで贖ってくださったのです。そして神が贖いの書を手にしておられる間、彼は神の祭壇に上って、そこで待機しておられます。血にまみれた子羊が犠牲の祭壇に立っておられるのです。とりなしをして罪を贖う子羊がおられます。

48. ああ、神はなんと偉大な父なのでしょう。覚えていてください、わたしは常に、「2人か3人の証言によって、すべての言葉は確証されなければならない」と言ってきました。聖書から一つの聖句を取り出しても、それと整合する他の箇所の裏付けがなければ、成り立たないということです。「ユダは出て行って首をつった。」という聖句を取り上げ、別の箇所から「あなたも行って同じようにしなさい。」という句を取り上げます。でもこの二つが一つの文章として成り立たないことは、聖書の他の文脈から見て明白です。

51. さて、聖マタイの24章と黙示録6章を見て比べましょう。すべての学者、すべてこれに関わる人が、この章は患難期のことを語っているということで一致しています。マタイの第24章から出て・・・

52. 第6の封印は、裁きの封印であることがわかっています。まさしく裁きの封印です。さて、これまでに反キリストの騎手を見、教会が去るのを見ました。教会は完成し、上げられました。それからユダヤ人の殉教者が、祭壇の下にいるのを見ました。さて、ここで人々への裁きが開始され・・・この患難期の裁きによって144,000人の贖われたユダヤ人が現れます。彼らが異邦人ではなくてユダヤ人であることを証明することができます。彼らは花嫁とは全く関係のない人たちです。花嫁は・・・。花嫁はすでに地上を去りました。彼らを地上に置くことはできません。彼らは使徒行伝(黙示録のこと?)第19章まで戻ってきません。

53. イエスが宮から出て行こうとしておられると、弟子たちは近寄ってきて、宮の建物にイエスの注意を促した。
そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたは、これらすべてのものを見ないか。よく言っておく。その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう」。
またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。

54. 彼らは神殿のところに来たとき、イエスにこれらのことを尋ねました。「これはどうなっているのですか?これはどうなっているのですか?この壮大な神殿をご覧ください。素晴らしいじゃありませんか。」
イエスは言われました、「その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう。」
それから山に登って座り、彼が話し始めました・・・これが午後の出来事です。それから彼らが、「わたしたちには知りたいことがあります。」と言って、彼に質問しました。

55. これらが三つの質問です。多くの人たちがここで間違うのです。彼らはこれらの出来事をある時代のことと考えているのです。でも、よく読んでみれば、イエスは三つの質問に答えているのです。見事な回答に注目しましょう。
第3節です。第3節の最後の句です。「いつ、そんなことが起るのでしょうか・・・」まず彼らはイエスを個人的にオリーブ山に呼びました。「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。」これが第一の質問です。「あなたがまたおいでになる時は、どんな前兆がありますか。」これが第二の質問です。「世の終りには、どんな前兆がありますか」。 これが第三の質問です。このように、三つの個別の質問がなされたのです。

56. 注意して聞いてください。この書の第一の封印と初めの質問とを比べてみましょう。そして各質問をそれぞれ比較して、他の箇所が教会時代の記述とはっきり一致したのをみてきたように、連携していないか調べましょう。その時、封印は完全に開封されたのです。

57. 小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。
そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。
乗っている者とは誰のことでしたか? 反キリストです。今度はマタイ24:4と5です。
そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。
多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。」

58. さて、第2の封印です。マタイ24:6と黙示録6:3と4です。注意してください。まずマタイ24:6です。
また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。
それでは次は第2の封印です。黙示録6:3と4を読みます。
小羊が第2の封印を解いた時、二つ目の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。
すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人々が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。

59. さあ、第3の封印に注目しましょう。これは飢饉のことです。マタイ24:7と8を読みましょう。
民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。
しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。
さあ、ここまでやってきました。次に黙示録6です。さて今第3の封印を開けます。それは黙示録6:5と6に記されています。
また、第3の封印を解いた時、第3の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、黒い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、はかりを手に持っていた。
すると、わたしは四つの生き物の間から出て来ると思われる声が、こう言うのを聞いた、「小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな」。
飢饉です。まさしくイエスが言われたことと同一の封印です。
それでは、第4の封印、これは疫病と死です。マタイ24の8節を読みます。7節と8節が、第4の封印に当たると思います。あれ、どこを読みましたっけ?違うところを読みましたか?印をつけておいたのですが。ああ、大丈夫です。続けましょう。

60. 民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。
しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。
さて第4の封印です。第4の封印は黙示録7節と8節に記されています。
小羊が第4の封印を解いた時、第4の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。
そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。・・・

61. それでは、疫病と死のことは・・・ああ、やっとわかりました。7節と8節は第4の封印です。さあ、第4の封印のところから調べましょう。「小羊が第4の封印を解いた時、・・・」そうです。死という名の青白い馬に乗る者が出てきたのです。
そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。
さあ、これが死です。

62. そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。
そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。
また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。
また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。
しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
さて、これが昨晩話した第2の封印のところです。彼らは苦しみにあったり、互いに裏切りあったりするのです。

63. 小羊が第5の封印を解いた時、神の言のゆえに、また、そのあかしを立てたために、殺された人々の霊魂が、祭壇の下にいるのを、わたしは見た。
彼らは大声で叫んで言った、「聖なる、まことなる主よ。いつまであなたは、さばくことをなさらず、また地に住む者に対して、わたしたちの血の報復をなさらないのですか」。
すると、彼らのひとりびとりに白い衣が与えられ、それから、「彼らと同じく殺されようとする僕仲間や兄弟たちの数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と言い渡された。

64. さて、第6の封印が今から始まります。マタイ24:29と30・・・。さあ、24:29と30です。それから黙示録の6:12から17までです。その箇所をまさに読もうとしています。
さあ、聞いてください。マタイ24:29と30でイエスが語られたことです。
しかし、その時に起る患難の後(ここでいう患難とは、彼らが経験することになった前駆患難のことです)、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。
そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。

65. 小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、 天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。
天は巻物が巻かれるように消えていき、すべての山と島とはその場所から移されてしまった。
地の王たち、高官、千卒長、富める者、勇者、奴隷、自由人らはみな、ほら穴や山の岩かげに、身をかくした。
そして、山と岩とにむかって言った、「さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、かくまってくれ。
御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができようか」。

66. しかし、その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。(さあ、注目して!)
そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。

67. 弟子たちはまず、いつ神殿が取り去られるのか尋ねました。イエスがそれに答えられました。次に彼らが尋ねたのは、殉教の時代がいつ来るのかということです。彼らはいつこのことが起き、いつ反キリストが現れて、いつ反キリストが神殿を取り去るのかを尋ねました。

68. イエスは、ここでそのことを語り、強調して下線を引きました。「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、・・・」それはどういうことですか? 彼らが神殿を焼き払ったとき、オマールのモスクが神殿の場所に建っていたのです。「そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。 屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。 その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。 」わかりましたか?これからどんどん事が進んでいき、裏付けられ、この第6の封印が開示されると、これらのことがすべて起こるのです。

69. 12節に戻って考えてみましょう。第6の封印が開かれた事が記されている12節ですが、獣に似た生き物はここにも登場しません。第5の封印のときと同じです。なぜでしょう? これが起こったのが福音の時代の別側であり、それが患難期の出来事だからです。

70. 覚えていてください。イスラエルは国家です。神の僕である国家です。イスラエルに取り組むとき、それは国家単位の出来事となるのです。御国の時代にイスラエルでは、ダビデが・・・ダビデの子が御座につかれるのです。

71. 「あなたはいつ戻って来られるのですか?」
「これらのことは、わたしがが戻ってくる前に起きる。」そしてこうなりました。
そして患難のときが始まったのです。覚えていてください。地上に御国が立てられると・・・。これはちょっとショッキングかも知れません。もし質問があればしてください。質問状を出したければまだ受け付けています。もしまだ知らないのであれば。千年期には、イスラエルは一つの国家となります。12部族が国家を構成します。でも花嫁は宮殿にいます。そのとき彼女は王妃になっています。彼女は嫁いだのです。そして地上のすべての国がエルサレムという都に栄光を携えてやってきます。都の門が夜に閉じられることはありません。夜が存在しなくなるからです。都の門は常に開け放たれています。地上の王たちは(黙示録22)栄光を携えてこの都にやってきます。でも花嫁は子羊のかたわらにいます。

72. さて、これらのメッセンジャー達ですが・・・黙示録12に記されたメッセンジャーである二人の預言者は、「御国が間近に来る」と、天の御国の到来を説教します。その時は、神の民であるユダヤ人に約束されたダニエルの70週の、最後の3年半です。
覚えていてください。これはダニエルの70週の最後の部分の時なのです。(明日これについて質問に答えます。)さて、70週が約束されていました。それは7年のことです。そして7週の真ん中で、メシアがいけにえとして生命を奪われます。それでイスラエルには、まだ3年半の時が定められているのです。

73. ラッパの音は、戦いを意味します。御使いであるメッセンジャーは、それはその時代のメッセンジャーのことですが、地上にやってきます。メッセンジャーとは、ルターなど、これまでお話しした人たちのことです。彼は何をしますか?彼はやってきます。そして一つの封印が開かれます。一つのラッパの音が響いて戦いが告知されます。そして彼らは戦いに赴きます。それから、メッセンジャーが亡くなり、神はそのメッセージを受け入れた人たちを封じられます。彼らが確保されたあと、メッセージを拒否したものたちを疫病が襲います。それが続きます。それから彼らは組織化して新たな組織を作ります。(こういうことを、わたしたちは経験してきたのです。)

74. 彼らは並行して同時に働くのです。カインとアベル、箱舟のカラスと鳩、ユダとキリストなどなど・・続くわけです。その様に

75. 彼らは原理主義者でした。大きな教団でした。イスラエルには教団がありませんでした。どこに行くにもテントで寝泊まりしていたのです。でもモアブには王をはじめとする高官がおり、偽預言者のバラムがいました。彼らにはなんでも揃っていました。そこに、約束を受けて約束の土地に向かっていた弟が通りかかったので、彼らは呪いをかけようとしたのです。
イスラエルは彼らに頼みました。「あなたの土地を横切らせてもらえないでしょうか? もしわたしの牛が水を飲んだら、その分を支払います。草を食んだら、その分を支払います。」
モアブは言いました、「だめだ。あのようなリバイバルをここら一帯で開くことは許さない。」そうです。「あんなことは一切、ここでやってはいけない。」

76. そして彼は、わたしたちが向かっている約束の土地への途上で、同じことを同じ年代にしました。彼がしたのはなんですか? 偽預言者がやってきて婚姻関係を結びました。そしてプロテスタント教会を招いて教団を作らせました。まさに同じことをさせたのです。
でも、イスラエルの小さな群れは同じく進んでいきました。しばらくの間荒野を進み、そこで老兵士は死に絶えました。それでも約束の土地に向かって、イスラエルは進んで行きました。彼らがヨルダン川を渡る前、皆武装していた様子をご覧なさい。いいですね。さて、これからそういう時代に入ろうとしています。

77. そのことは、まさしく起こりました。それから神は異邦人を、御名のために人々を連れ出すときまで、手がけられます。異邦人の教会がつれ去らせると・・・神は教会を連れ出して、それが済むと、今度は愚かな処女たち、教会それ自体を・・・。花嫁は上げられ、教会それ自体は外の暗闇に入れられます。そこで人々は泣き、嘆き悲しみ、歯噛みをするのです。

78. わかりますか、ここでは神は、イスラエルを取り扱われないのです。先ごろある兄弟が、「行くべきでしょうか・・・」とわたしに尋ねました。この教会の大切な兄弟です。彼はこう言ったのです。「わたしはイスラエルに行きたいです。そこで覚醒が起きると信じます。」
誰かがわたしに言いました、「ブラナム兄弟、直ちに今、あなたはイスラエルに行くべきです。彼らにはわかります。」でもそれは無理なのです。わたしはそこでよく考えました・・・。
ユダヤ人はこう言います、「もしイエスがメシアなら、預言者としてのしるしを見せてもらおう。我々は同胞の預言者なら信じる。(何故なら、それが彼らのなすべきことですから。)
わたしは思いました、「こんなに準備が整っているなら行こう。」近くまで行った時、つまり、わたしはカイロにいたのです。そしてイスラエル行きの飛行機の切符を手にしていました。「彼らが頼むなら、行ってみよう。彼らが預言者のしるしをわかって、キリストを受け入れるか、みてみよう。」

79. アレンビー大佐の時イギリスがそこにやってきた後、・・・(『世界大戦の衰退』という本の第2巻に載っていたと思うのですが)トルコが降参しました。彼らがイスラエルを手放したので、イスラエルは国家として成長していきました。そして今イスラエルは完全な国家です。独自の通貨、独自の旗、軍隊、それになんでも揃っています。

80. 今やイスラエルが建国し、イチジクの木が命をふきかえし、アーメン、元のダビデの星の旗がはためいています。「異邦人のときが終わりを迎え、恐怖で足がすくみ・・・」

81. ああ、完璧です。今、封印のどこがとり出されて開かれているかわかりますか? これは彼らにとって最後の3年半です。気づいていただければ、これは神が144,000人を呼び出す最後の3年半でもあるのです。神はまだ彼らに手がけておられないのです。彼らにはまだ預言者が与えられていません。彼らは預言者以外を信じないのです。彼らを騙すことはできません。彼らは預言者の言葉に耳を傾けるようになります。そうです。初めに神が、彼らに、預言者のもとにとどまるように命じられたのです。

82. だから、アイヒマンやら虐殺のグループは、彼らに手をかけることができたのです。彼らの父なる神が、彼らの目を見えなくされたので、わたしたちが神の者とされることができるようになったのです。聖書の中で最も痛ましいと言えるほどの出来事です。ちょっと考えてみてください・・・ユダヤ人は、彼らの父なる神の血を求めて、十字架にかけ、血を流させたのです・・・。

83. なぜでしょう。世界でもっとも偉大な宗教、唯一真理を説く宗教を奉ずる人々が、登場を聖書に記された、まさにその神を十字架につけたのです。なぜわからなかったのでしょう? 聖書は、神が彼らを盲目にしたので、見えなくなったと記しています。
「あなたがたの誰が、わたしに罪があると責めることができるか?」イエスは言われました。言い換えれば、「もしわたしが、前もって言われていたとおりのわざをしなかったというなら、それを指摘しなさい。」ということです。罪とは信じないことです。イエスは神に命じられたことをそのとおりになさいました。しかし彼らにはそれがわかりませんでした。

85. ユダヤ人たちが立ち止まって言いました、「神に栄光。(聖ヨハネの6章ですが、)我々の先祖は荒れ野でマナを食べました。」
また、イエスは言われました、「彼らは皆死んでしまった。」

86. メシアご自身が、彼らの心の中の言葉を言い当て、ご自分がメシアであることを示されたのです。メシアはそういうことをすることになっていましたから。しかし彼らはふんぞり返って立っていました。「まさか。そんなことはありえない。彼は正しい筋の出ではない。ベトレヘム出身ではないか。それに婚外子ではないか。悪魔のせいであんなことをしているのだ。狂っている。気狂いだ。悪魔に取り憑かれている。」
実際、彼らの目は見えなくなっていたのです。
でも、彼らは預言者を待ち望んでいます。そして受け入れるでしょう。彼らは二人の預言者を受け入れることになります。そうです。

87. さて、注意してください。このユダヤ人たちは・・・ああ、ここで時間を使ってしまいそうです。でもこのようなことを飛ばしてしまうのは、わたしの神経に良くないです。
注意して聞いてください。神がわからせてくださるでしょう。そう信じます。いいですか? ヤコブには長子の権がありました。そうですね?でもそれを得るのにいかさまをしました。彼は父を騙し、兄を騙しました。なんでもしました。でも法的に長子の権は彼のものです。エサウが彼に売り渡したのですから。
しかし彼が彼の義父のところで働いていた時、牛を孕ませるためにポプラの枝を水に入れたりして斑点のついた子牛を産ませました。彼はそのようなことを他にもして、お金を儲けました。

88. 改革派のような人たちにこのことばの意味がわからなかったのは、彼らに送られたのが人の霊だったからです。今は鷲の時代なので、みことばと啓示を理解し明らかにすることができます。悟る事ができた人は手をあげてください。・・・それは、良かった。素晴らしい。

89. ヨハネやパウロ達には、獅子の霊がついていました。みことばそのものです。パウロはみことばに従って言いました、「あなたがたのうちから、偽の兄弟が現れることが、わたしにはわかっています。彼らは現れて(教団や何やらを)作ります。彼らがすることがわたしにはわかります。彼らは終わりの日まで活動を続け、そのときはひどい時になるでしょう。」彼は預言者でしたから、みことばが彼のうちにとどまっていたのです。どのような終末になるか、「あなたがたのうちから偽の兄弟が現れ、弟子である兄弟を(真理から)引き離すために論じます。それはまさに反キリストです。まさしくそうなりました。

90. その後、改革者達が現れました。人の上に立つ人、賢い知者の時代です。マルチン・ルターやジョン・ウェスレー、カルビン、フィニー、ノックスらが登場しました。彼らは改革者でした。彼らが現れて、改革をし、人々を解放しました。それから元来たところに戻っていってしまいました。教団組織に舞い戻ってしまったのです。まさにそのとおりです。聖書がそう語ります。彼女は淫婦であり、彼女にはふしだらな娘たちがいるのです。そのとおりです。

91. しかし、いのちの書に名前が記された者はみな、神から呼びかけられ、その声を聞きます。イエスは言われました、「わたしの羊はわたしの声を聞く。」わたしたちがしなければならない唯一のことは、羊の鳴き声です。「わたしの羊はわたしの声に聞き従う。」ヤギはそれを知りません。

92. 神はモーゼに言われました、「もし、彼らが第一のしるしの声を聞かないのであれば、第2のしるしの声を聞くであろう。わたしの羊はわたしの声に聴き従う。」
終わりの日に起こることになっている、これらのことが起こったなら、神の羊はそれを認識します。彼らにはわかります。「わたしの羊はわたしを知っており、彼らは他の人には付いていかない。」彼らは知らない者には従いません。その時代にふさわしい、神に認証されたしるしが伴わなければなりません。それを彼らは認知するのです。

93. それで彼が故郷に戻り始めたとき、彼は心に望郷の念を抱きました。でも、故郷を目指す途中で、彼は神に出会いました。そのとき、彼の名前が変わったのです。でもこの時、彼の心には不安がつのっていました。エサウが彼をつけて来ないか心配だったからです。そしてお金に、お金で相談したことに注意しましょう。ユダヤ人がお金の相談でローマと契約を結ぶようになるのと同じことです。

94. 上から降りてきた人がいました。ヤコブは彼に腕を巻きつけたので、彼はそこに止まりました。そしてその人が言いました、「わたしはもう行かなければならない。夜が開けようとしている。」ああ、夜が開けるのです!「日の出が始まろうとしているのです。」
でもヤコブは言いました、「あなたを行かせるわけにはいかない。だめだ。あなたと一緒にとどまるつもりだ。ここで事態が変わらなければどうしようもないから。」それがあの144,00人、金策に走ったりいろいろする人たちです。彼らは目が開けて、正真正銘の実体を得るのです。モーゼとエリアが現れるからです。アーメン!彼らは、イスラエル部族の144,00人が呼び出されるまで、神と取っ組み合いをすることになります。
それが患難期のちょっと前です。ああ、なんと素晴らしい!それがヤコブの困難の時でもあるのです。この時に144,00人が呼び出されます。二人の預言者が、洗礼者ヨハネがしたように説教します。「天の王国が近づいた。イスラエルよ、悔い改めよ!」何を悔い改めるのですか? 「罪を改悛するのです。信じないことをやめて、神にたち返りなさい。」

95. さあ、みてください。144,00人が呼び出されると言いました。それがこの時です。それが患難が起こる時です。この患難の時に何が起こるかを教えているのです。

96. 主はまたモーセに言われた、「天にむかってあなたの手をさし伸べ、エジプトの国に、くらやみをこさせなさい。そのくらやみは、さわれるほどである」。
モーセが天にむかって手をさし伸べたので、濃い暗闇が、エジプト全国に臨み三日に及んだ。
三日の間、人々は互に見ることもできず、まただれもその所から立つ者もなかった。しかし、イスラエルの人々には、みな、その住む所に光があった。

97. 同じことが起こりました。疫病です。疫病がはびこる時、疫病は異邦人を襲います。もし時間があったならば、異邦人の教会に何が起こるかをお話しできるのですが。聖書は、サタンである龍が女(ユダヤ人、イスラエル)に対して怒りを発し、口から水(濃厚さと大衆)を川のように吐き出した。そして女の子孫(黙示録13)と戦うために出て行った。さて、わかりましたか? ローマが軍隊を、女の子孫に向けて派遣してくるのです。

98. ダニエル書の12章、時間がないので読みませんが、ダニエルは12章で、書に記されている者は救われると語っています。
ダニエルは、これらのことが起こることになっているイスラエルが救われる時、70週の最後の時のことを語っているのです。その時イスラエルは救われることになっているのです。ダニエル書12を開きましょう。
その時あなたの民を守っている大いなる君ミカエルが立ちあがります。また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。しかし、その時あなたの民は救われます。すなわちあの書に名をしるされた者は皆救われます。
さて、これをイエスがマタイ24章で語られたことと比べてみましょう。その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。 第6の封印を見てください。同じことが書かれているでしょう。患難の時です。
また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。しかし、その時あなたの民は救われます(第7番目の年の最後の部分のことです)。すなわちあの書に名をしるされた者は皆救われます。
前もって定められてるのです。子羊の書に名前が記された者はその時に救われるのです。
また地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。そのうち永遠の生命にいたる者もあり、また恥と、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう。
賢い者は、大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう。

99. さて、ダニエル12で、その書に名が記された者は皆救われると記されています。神は第二子であるイスラエルを患難の後に救われます。イスラエルは2回目に・・・イスラエルは神の息子です。知っていますね。イスラエルは神の子です。神は、エジプトでなされたのと同じ方法で、患難期に彼を救われます。

100. そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう。
彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木(ゼルバベルたちが神殿を再建することになていたのを思い出してください)、また、二つの燭台である。
もし彼らに害を加えようとする者があれば、彼らの口から(キリストの口から、つるぎが出ていたのを思い出してください。それはみことばのことです)火が出て、その敵を滅ぼすであろう。もし彼らに害を加えようとする者があれば、その者はこのように殺されねばならない。

101. さて、この二人の預言者が預言しているとき、もし誰かが彼らを迫害したり、傷つけたりするなら、彼らの口から火が出るのです。それは聖霊の炎、みことばです。みことばは神です。みことばは火です。みことばは霊です。彼らの口から火が出て、 」

102. 兄弟よ、神はこの場面に登場していますよ。彼らには天を閉じる力が与えられるたので、彼らが預言している間雨が降りません。 エリヤはこの方法を知っています。前にやったことがあるからです。アーメン!モーゼもその方法を知っています。前にやったことがあるからです。そういう理由で、彼らは留め置かれていたのです。アーメン!

103. これです。彼らこそが第六の封印を引き起こす者です。彼らが、封印を開いて明らかにするのです。自然界に介入するのは神の力です。
わかりましたか? それが封印の中身です。誰がするのですか? 携挙の別側で活躍する二人の預言者です。神の力を帯びて、神のみことばによって、彼らは自然を懲らしめます。地震を起こしたり、月を血に変えたり、太陽を沈ませたり、なんでも命令したとおりになります。アーメン!

104. さて、注意して聞いてください。呼吸困難にならないように。何がこの封印を解いたのかに注意してください。それは二人の預言者です。アーメン!そうです。わたしたちは、鷲の時代を生きているのですよ。そしてそれはわたしたちの間にあるのです。彼らが第6の封印を解きました。彼らにはその力があるのです!アーメン!これが、これから開かれようとしている第6の封印です。

105. このことを知った時、椅子から飛び起きて、床を行ったり来たりしました。「主よ、どれだけ感謝しても、し足りないことでしょう、天の父よ。」と思いながら。そうです。そうなんです。彼らが第六の封印を開いたのです。アーメン!
彼らに注目しましょう。もし誰かが、彼らに危害を加えるなら、彼らの口から火がですのです。それはみことばのことです。聖霊が弟子たちに降りましたね。すると彼らの口から火が出たのです。

106. 預言者らは預言している間、天を閉じて雨を降らせない力を帯びています。なんとすごい、自然界への干渉です!さて、エリヤは何日間天を閉じましたか? そうです、まさにそのとおり!ダニエルの70週の最後の期間は? そうです、まさにそのとおり!

107. さて、注目してください。彼らには預言している間、天を閉じて雨を降らさなかったり、水を血に変えたり、思うままに地を打って疫病をはびこらせる力がありました。なんとすごい。疫病をはびこらせることもできるのです。第6の封印が開かれると、あらゆる自然が干渉を受けます。

108. 神はエリヤをアハブのもとに遣わしました。すると7,000人が神のもとに来ました。そうですね? 神は彼らを再度、患難期に遣わして、144,000人を神のもとに呼びます。さて、黙示録の第6章、第6の封印と第7の封印の間に、第7章があります。数字的に整っています。

109. さて、神が独り子を救おうとされた時のことです。(神が唯一もうけられた子のこと。ヤコブは息子ですが、この場合はひとり子のことです)

110. さて、昼の十二時から地上全体が暗くなって、三時に及んだ。
神はここで、前と全く同じことをされたのです。
小羊が第6の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになった。
漆黒、暗黒、エジプト。漆黒、暗黒をもって、神は十字架からイエスを救われました。神がイエスを復活させるちょっと前のことです。まず暗黒がありました。昼の真っ最中に太陽が沈み、星が輝きを失せたのです。それから2日後、神は大いなる勝利を持ってイエスをよみがえらせました。太陽、月、星、そしてエジプトのあらゆる災いの後、すべてのことが起こった後に、神はイスラエルを約束の土地に向かって解放されました。

111. ところで、彼らは神々ではありません。が、一時的には彼らは未熟ながら神々になります。というのは、イエスがこう言われたからです、「神のことばが臨んだ者を、あなたがたは神々と呼んでいる。」
そのような者に、神はみことばを託されるのです。預言者が語ると、そのとおりのことが起きます。それだけです。彼は神から、いつでも好きな時に地を打つようにという任務を受けて、ここにいるのです。なんとまあ、天を止めるのですよ!それを彼は実行します。どうなっているのです? 144,000人を贖うために連れ出そうとしているのです。第6の封印で、贖いの封印に閉じ込められていた贖いの書から連れ出すのです。親愛なる友の皆さん、こういうことだったのです。これが、長い間謎とされてきた第6の封印なのです。

112. ああ、それだけの分でなんとたくさんあることでしょう。このままあちこち移動していくこともできるのですが、あまりとりとめもなくなると皆さんを混乱させてしまいます。・・・うまくまとめなければいけないのですが、なかなかそうできないのです。

113. 覚えていますか? イエスもそれを見ましたね。そうですイエスも見たのです。それから他の人たちも見ました。ヤコブの記述の中にその型を見ました。エジプトの記述の中にもその型を見ました。十字架上にもその型を見ました。
さて、イザヤ書に戻りましょう。もっと他の預言書も書き留めてあるのですが。イザヤのここが好きです。イザヤ書に戻りましょう。イザヤ書13章です。

114. イザヤ書の13章、6節から読みましょう。
あなたがたは泣き叫べ。主の日が近づき、滅びが全能者から来るからだ。

115. それゆえ、すべての手は弱り、すべての人の心は溶け去る。
イエスはなんと言いましたか?「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える・・・人の心は恐怖のため弱まるだろう。」海がとどろき、人の心は衰弱するのです。
彼らは恐れおののき、苦しみと悩みに捕えられ、子を産まんとする女のようにもだえ苦しみ、互に驚き、顔を見あわせ、その顔は恥で覆われる。
ここに注目してください。彼らの顔は恥で覆われるのです。もう少ししたら、そのことをお話ししましょう。ちょっと待っていてください。

116. 天の星とその星座とはその光を放たず、太陽は出ても暗く、月はその光を輝かさない。
わたしはその悪のために世を罰し、その不義のために悪い者を罰し、高ぶる者の誇をとどめ、あらぶる者の高慢を低くする。
まさしく同じです。イザヤは、イエスが語られたのと同じことを見たのです。それは第七の(第6の)封印が開封された時の様子です。それは神がその地を患難をもって浄化される時です。それが患難期であり、第6の封印です。そうです。彼は預言者でした。神のことばが彼に臨んでそれをわからせたのです。それは2,700年前のことでした。

117. わたしたちの町を例にとって見ましょう。他の町と同様、ビヤホールや売春や汚れやゴミだらけで・・・。神は、この町の1,000年前の様子を見る方が、幸福だったと思います。オハイオ川がとうとうと流れ、その頃は逆流や洪水はなかったでしょう。谷に罪は存在しませんでした。バッファローが群れをなし、チェロキーインディアンが狩りをして慎ましく生活をしていました。問題が起きることはありませんでした。でもそこに人がやってきたのです。それとともに罪もやってきました。人が地上に増え始めると、罪と暴力もはびこりました。そうです。いつも問題は人なのです。恥ずかしいことだと思います。

118. インディアンは保守的でした。彼らは大地の保護主義者でした。狩に行ってバッファローを仕留め、部族全体で全部食べました。皮は衣やテントなどに使いました。しかし白人がやってきて、バッファローを射撃の的にしました。破廉恥なひどいことです。

119. どこかの原野で狩をしていたときのこと、白人のハンターがやってきて鹿を撃ち、後部を切り取るのを見ました。ある時は8頭か10頭の雌鹿を撃って、そのまま放置していきました。子鹿が母親を探して走り回っていました。こんなことがスポーツマンシップと言えますか?わたしの書によれば、 それは残忍な殺害行為です!

120. アラスカでガイドと一緒にいた時、彼が言いました、「わたしが行った時、大きなエルク(いえ、エルクではなくてヘラジカでした)が、群れごとが横たわっているのを見ました。50カリバーのマシンガンの弾が彼らの角を貫いていたのです。アメリカ人のパイロットがアラスカに来て、飛行機の上からマシンガンで彼らを撃ったのです。」ヘラジカの群れをですよ。こんなのは殺害行為です!

122. 妻は答えました、「ひどいって、どういうこと?」
わたしは言いました、「罪悪のことだよ。どれだけの不貞、飲酒、呪いの言葉、そして主の名を虚しく唱えることがこの盆地にはびこっていることだろう。そこには140,000人、いや、150,000人、あるいは200,000人が暮らしているのだ。」「500年前、あるいは1000年前にはそこにあるのはサボテンやメスキートの灌木くらいのもので、コヨーテが、打ち寄せるサンドリバーを行ったり来たりしていたんだ。」「神はそのように造られたのに、人間が入ってきて、どうなったかとう言うと、大地に汚物を浸みこませたんだ。町はくだらないもので溢れている。下水や川は、汚物で汚染されている。」もはや・・・その水は飲まないほうがいい。中に何かが入っているから。

123. わたしたちが陣痛状態に入っているのにはわけがあります。それはキリストです。キリストの花嫁を生み出すためです。あらゆるものが産みの苦しみをして呻いています。何かが起ころうとしているのです。この第六の災いが彼女を出て行かせるのです。

124. いいですか、ある朝、イエスと花嫁が地球に戻ってくると、そこは神の楽園になっていて・・・ああ!戦いを戦いぬいた兵士たちは、友や愛する人たちとともにその地を歩くのです。そして天使の群れと一緒に捧げる賛美が、天空を満たします。「よくやった。忠実な良い僕よ。さあ、あなたのために準備されていた主の喜びの中に入りなさい。それは、イヴが始めた連綿たる罪が起こる前に、あなたが受けるはずであった状態である。」アーメン!ひゅう。
そうです。第六の封印は何かを起こします。そうです。間違いなく世界全体が呻いて、至福千年に向けての痛みを感じています。

125. 前にここで説教したように、確か、この会堂で『世界の崩壊』(The World Falling Apart)という説教をしました。そうです。世界で何が崩壊しているのですか? 何もかもが崩壊しています。そうです。それは崩壊しなければならないのです。そうです。御覧なさい、・・・そうしなければならない理由を教えましょう。この世界の枠組みが、鉄や鉛や地中上の材料でなっており、その枠組みを戦争や業界が引き出してその準備をするところまで
さて、この国のこの部分では、先日まで地震など起きたことがありませんでした。ところが先日、セントルイスやその周辺でありました。地球はやせ細ってきています。人間が地球から何もかも搾取するからです。政治は堕落して、その中に誠実な人はほとんどいません。システムがそうさせているのです。政治家のモラルは低いというか、ないに等しい。そんな具合です。確かなことです。宗教は癌に侵されています。そうです。

127. 彼らはみことばを嘲ったのです。そしてみことばが人となってここに現れました。それなのに彼らは馬鹿にし、嘲ったのです。そこへみことばが人となられた方が、ぽんと現れたのです。どうして彼らは悔い改めなかったのでしょう? できなかったのです。その時には、あまりにもかけ離れていました。彼らは知っていました。懲らしめが・・・。彼らは聞いていたのです。彼らはこのような集会に出て、聞いてはいたのです。そしてこれらの預言者が予言していたことが自分たちの目前に迫っているのを知りました。

128. それで彼らですが、彼らにはどこにも逃げる場所がありませんでした。逃れ場がなかったのです。聖書が語ります、「そして、山と岩とにむかって言った、『さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、匿ってくれ。』」彼らは悔い改めを試みましたが、子羊はすでに、ご自分に属するものを手に入れた後でした。それで彼らは岩や山に向かって叫び、祈りましたが、その祈りはすでに時遅しでした。

130. もっと話を進めるなら、災いのことに話を持っていかなければならなくなります。でもそれは明日の集会の内容なので、今は話すことができません。ここに印をして、ばってん、ここでおしまいと記します。だから明日まで待たなければなりません。

131. あなたは今夜、エデンの園でのアダムとイブと同じ立場に立っています。あなたには自由意志が与えられています。命の木のところに行くか、裁きの座に行くかのどちらか選ぶことができます。でも、あなたが賢明で、まじめで、立って受け入れるだけの体力があるなら、もしまだ受け入れていないのなら、今そうしませんか?
ここにまだ受け入れていない人はいますか? もしいたら、手を上げて、「ブラナム兄弟、わたしのために祈ってください。受け入れたいです。裁きの座に行きたくありません。」と言いませんか?

132. もし主がお望みなら、明日の晩まで待ってください。この集会でずっと話してきた、ある神秘を明かしたいと思います。何が起こったのか、それを皆さんが知っているかいないか、とても疑わしく思います。それは何か、あなたたちの前にずっとあったものなのですが、わたしは毎晩それが昇るのを見ていました、それは誰かが、それを見て「わたしにはそれが見える」というためです。
どうかお願いします。退けないでください。もしあなたがクリスチャンでないなら、もしあなたが血のもとにいないのなら、もしあなたが生まれ変わっていないのなら、聖霊に満たされていないのなら、もしあなたがイエス・キリストをおおやけに告白し、その名によって洗礼を受け、彼の死と埋葬と復活の証人となっていないのなら、水の用意はできています。ローブは用意されてますし、すべて整っています。キリストは両手を広げてあなたを受け入れる体制でおられます。

133. 普通だったら、祭壇に人々を呼び寄せる段取りが取られるでしょう。わたしたちもそうしています。それは勿論素晴らしいことです。でも今回はあまりにも混雑しているので、祭壇の周りに集まることができません。でもこれは言っておきたいのですが、使徒たちの時代には、「信じた人々は皆洗礼を受けた。」とあります。もし本当に心から・・・。

135. 世界には多くの女性がいます。素晴らしい女性達です。でもわたしは、一人の女性に会いたくてひどく寂しい。彼女達の中にはわたしの妻がいるのです。彼女はわたしと一緒に家に帰ります。彼女は最初からわたしの妻であったわけではありません。どうなってわたしの妻になったかというと、わたしの名を名乗るようになったからです。
キリストは来られます。世界には多くの女性(教会)がいます。でもキリストはご自分の妻のところに来られます。彼女はキリストの名で呼ばれます。キリストのうちにある者を、神がキリストとともに連れて行かれます。どのようにして?「ひとつの霊によって、わたしたちはみな、ひとつの体になるように洗礼を受けます。」

136. すべてのことが・・・。昨晩もお話ししたことですが、だから助けてください、主はわたしが真実を話していることをご存知です。パウロが言ったように、「わたしは嘘を言いません。」あのまぼろし、あるいはそれがなんであれ、わたしはしっかりそれを見て、行ってしまったあれらの人々に手を触れたのです。ここに立っているのと同じくらい現実味がありました。
かわいそうな兄弟姉妹、この機会を逃さないでください。どうかお願いです。あなたは説教を聞きました。これを聞いたし、話を聞きました。でもただわたしから聞いたのです。これは・・・真実であることを知っています。これ以上はっきりと話すことはできません。だから機会を逃さないで!すべてあなたのものです。さて、祈りましょう。

138. 父よ、あなたの恵みによって、私たちはここにいます。ここにいる人々が特別だからではなく、ライオンの時代、牛の時代、人の時代のように今が鷲の時だからです。今が油注ぎの時だからです。それが、わたしたちが生きているこの時です。聖霊がこの特別な時に働いておられるのです。それは、イエスが生きておられること、夕べの光が消える直前にイエスがなさると語られたわざを証しするためです。

139. 科学的調査によって、そして、イスラエルの子らを導き、途上でパウロに出会った偉大なる火の柱が写真に写ることに寄って、その存在を確認しました。荒野でモーゼを導いたのも同じ火の柱であったことを知っています・・その同じ火の柱によって、モーゼは聖書を記しました。彼がみことばで油注がれていたからです。
この火の柱は、ダマスカスに向かう途中のパウロに出会いました。パウロは、神のことばと呼ばれる聖書の多くの書を書きました。そして今、主よ、みことばの証明と科学的調査によって、同じ火の柱が、主のことばを明らかにしてくださっているのをここで見ています。

140. 父よ、今回、心にあなたを心に受け入れる人みなが、この時、永遠に罪と決別する決意をしますように。彼らが立ち上がって、罪を赦されるためにイエス・キリストの名によって洗礼を受ける準備をしますように。それは彼らが、神から許されたと信じたことを示すためです。そして彼らが、イエス・キリストの名を引き継ぎますように。

141. 子羊は、いつ聖所、というか、いけにえの御座を後にしてもおかしくありません。いけにえが捧げられている神の御座から現れ出て来られるのです。すると終了します。世界には、もはや希望は無くなります。世は終わります。それから地震の激しい発作が起き、ひどく揺れます。あの復活時にあったのと同じです。
キリストが墓からよみがえられた時、聖人がよみがえった時、同じことが起きました。主よ、そのようなことが数分のうちに起こるかもしれません。わたしたちはその嬉しい日が訪れることを注目しています。父よ、あなたの子らをあなたの腕の中にかくまってください。小さな羊たちをあなたの胸に引き寄せてください。どうぞ祈りを聞き入れてください。彼らが力を得てあなたに奉仕できるようになるまで、みことばで養ってください。

142. どうぞわたしの祈りに答えてください。ここにいて、わたしの声を聞いている、あるいはテープを聞く、神に呼ばれたあらゆる神の子が、その時・・・。これが解き明かされたみことばであるという認識をもとに、神の御国のために、彼らを要求します。父よ、夕べの光が輝きますように。イエスの御名によって、彼らをあなたに託します。アーメン。

143. 第6の封印を堪能しましたか? 今どこで開封されたかわかりましたか? 信じましたか? 聖書はこう言っています、「誰が我々の知らせを信じたか? 主の御腕は誰に向かって明らかにされたか?」もしあなたがこの知らせを信じるなら、主の御腕が明らかになります。御腕とは、神のみことばです。

144. それは「主が仰せられる」ことでなければなりません。わたしが言っているだけではないからです。わたしは自分のことがわかっています。主のことばは、「主が仰せられる」ことでなければならないのです。ここで語ったみことばは、主がわたしに与えてくださり、それをまとめて知らせているのです。みなさんが自分自身でこれが「主が仰せられる」ことであるとわかるためです。

145. さて、覚えていてください。祭壇に呼ぶことができませんでしたが、(何人かが手を挙げていますね)お分かりになるように、これはあなたがたの個人的な関係で起こる事なのです。なんでもしたいことをすることができますが、時間は押し迫っています。自分からいっしょうけんめい求めるべきです。強要されるのではなくて。入るためにしつこく求めなさい。「主よ、わたしを追い出さないでください。主よ、わたしをおいて行かないでください。扉が閉まろうとしています。もし入ることができたら・・・」

146. 愚かな乙女は言いました、「ねえ、今、油が少し欲しいのだけれど。」
花嫁が言いました、「自分の分だけしか持ち合わせていないの。わたしにじゅうぶんなだけ。欲しいなら、祈り求めなさい。」
愚かな処女がわかりませんか? 監督教会員や長老派やルター派やらをご覧なさい。みんな試みて・・・。問題は、聖霊を受けようとする代わりに、異言を求めていることです。彼らの多くが、異言を話しますが、この教会に来て祈りを求めることを恥とします。彼らはわたしを家に呼んで、祈りを求めます。そういうことが聖霊の現れと言えますか? それは聖霊なしの異言というものです。

147. ところで、最後になって・・・。彼らはやって来て、言いました、「さて私は信じている、やっと受けたようだ。そうだ、受けた。受けているんだ。」

148. 携挙は終わり、彼女はそれを知りませんでした。真夜中に泥棒が忍び込むのと同じです。それで彼女は扉を叩き始めました。そしてどうなりましたか? 何が起こりましたか? 彼女は患難期に投げ込まれたのです。
聖書は、彼らがすすり泣いたり、泣き叫んだり、歯噛みしたりすると語っています。そうですね?

149. わたしは思いました、「神よ、わたしには言えません。とてもわたしにはそれを言うことができません。」それから部屋を出て、外に行き、行ったり来たりしました。「ああ、わたしに何ができるのでしょう。」と思いながら。釣りに行かなければならないし、あれもこれもしなければならないし・・主よ、わたしにはとても話せません。

150. 心の中で聖霊が叫んでいるのを感じます。主がエルサレムとご自分の民を眺めておられた時と同じです。「エルサレム、エルサレム、めんどりがひなを集めるように、何度おまえを集めようとしたことか。しかしおまえは応じようとしなかった。」

151. その次の説に注目してください。30節と31節です。それから32節と33節です。「彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに到るまで、四方からその選民をよび集めるであろう。」そうですね?「いちじくの木から・・・」

152. イエスが次に口にしたのは、「たとえ話から学びなさい。」という言葉でした。そしてたとえ話を始めたのです。「これらのことは・・こうなる。」イエスは、「これらのしるしはどうなりますか? あなたが来られる時のしるしは何ですか? この世が終わる時のしるしは何ですか?」という、弟子たちの質問に答えました。第六の封印はこの世の終わりのことです。そして第七の御使いが、手を上げて、永遠におられるお方に誓って「時がもうない」と声を発しました。

153. わたしは自分を見て立っていました。「ああ、神よ、・・・彼らがこの機会を逃すなんてことは・・・彼らを強いてでも招くべきです。会衆の中に入っていって彼らをとらえ、強いてでも・・・。」でもそれはできないのです。わたしの父が引き寄せてくださらなければ、誰もわたしのところに来ることはできないとあるとおりです。
でも慰めがあります。「父が与えてくださった者は、すべてわたしのもとに来る」のです。でも、その他の人たち、あのように組織に属することで安心する者たちには・・・。敵は、地上に生きて暮らしている者で、世が始まる前に屠られた子羊の命の書に名前が記されていない者をすべて騙します。

154. このことを言っておきます。今、テープは録音されていない状態ですね。多くの人がこう言います、「ブラナム兄弟、このようなミニストリーをして・・・」(わたしは慎重にならなければいけません。というのは、テープから部分部分を取り上げて引き合いに出す人がいるからです。)「ブラナム兄弟、わたしたちもミニストリーができたらいいのに・・」という人たちがいますが、わかっていないのです。正直言って、兄弟姉妹よ、これをすることで受けなければならない代償がわかっていないのです。ああ、そして、語った内容に人々が依存するという、その責任の重さ・・・。

155. だからいい子にしていましょう。心からイエスを愛しましょう。あれこれ自分で考えようとせず、神の御前で素直でいなさい。何かを理解しようとすると、かえって神から遠ざかるからです。ただ素直に神を信じなさい。
「いつキリストが来られるのだろう?」今日キリストが来られるなら、いいでしょう。20年後に来られるとしても、それでもいいでしょう。主に従いながら、いつもと変わらず生活するだけです。主よ、どこかでわたしをお用いになるのでしたら、お使いください。わたしはここにいます。もし今日から100年後だとしても、もしわたしの孫の孫の孫の孫がまだ生きていて来臨を見ることになるとしても、・・・主よ、わたしにはその時がいつかわかりませんが、どうか今日をあなたと共に正しく生きることができますように。・・・その日が来たら、あたかも昼寝から寝覚めたように、わたしは起き上がるでしょう。

157. さてこれは個人的なことです。明日はとてつもない日になりそうなので、今のうちに言っておいたほうがいいと思います。これはここだけの話です。ご存知のようにわたしには愛すべき妻がいます。メーダです。最初の妻への愛があるために、わたしは彼女と結婚することはなかったはずでした。それでもとても彼女のことを思っていたので。神がそうするように言われなかったら、わたしは彼女と結婚しなかったでしょう。
みなさんその話は知っていますね。彼女が祈ったこと、わたしがどのようにしたかということをです。神がどのようにすべきかはっきり指示してくださり、わたしは彼女と結婚しました。彼女は愛すべき女性で、今夜、わたしのために祈ってくれています。そして今、家の方では8時ですから、祈ってくれていると思います。

158. 「いいよ、メーダ。どんなこと?」
「あなたを愛しているのは知っているわね。」
「そうだね。」ここでのことが起こる前のことでした。
「ホープもあなたのことを愛しているわね。」
「そうだね。」
彼女は言いました、「それで、わたしは嫉妬しないと思うけれど、ホープは、」「わたしたちが天国に行くとき・・・あなたは天国で彼女を見たと言ったわね。」
「彼女は天国にいたよ。この目で見たんだ。2度も。彼女はそこでわたしが行くのを待ってくれている。シャロンもね。君を見ているのと同じくらいはっきりと見たんだ。彼女が天国にいるのを。」
「それで、わたしたちが天国に行ったとき、どちらがあなたの妻になるの?」
「両方ともさ。他の誰でもない、君たち二人ともさ。」
「理解できないわ。」
「ねえ、ここに座って説明させてくれないか。君が僕を愛してくれているのはわかっている。そして僕も尊敬と敬意をもって君を愛している。でも例えば、僕がおしゃれしてダウンタウンに行き、綺麗な商売女性に会い、彼女が僕に腕を回して『まあ、ブラナム兄弟、もちろん愛しているわ。」なんて言って、腕を回して抱きついたら、どんな気持ちになるかな?」
「いい気持ちがするわけないわ。」
「もう一つ聞きたいことがある。もし、どちらを最も愛しているか決着つけなければならないとしたら、僕と主イエスとどちらを選ぶ?」(これは家庭内の話です。)
「主イエスを選ぶわ。」「そうよ、ビル、あなたのことをとても愛しているけれど、イエスを諦めるよりは、あなたを諦めるわ。」
「ありがとう、メーダ。そう言ってくれて嬉しいよ。」「さて、さっきの同じ女性が、イエスのところに行って両手を回してイエスに、『イエスさま、愛しています。』と言ったら、どう思う?」
「それは嬉しいと思うわ。」
そういうことなのです。フィレオの愛からアガペの愛に変わるのです。それは至高の愛です。そこでは、夫と妻が子供を育てるようなことはないのです・・・すべて過ぎ去るのです。

159. だから、妻は単に愛すべき存在のひとつになります。そして妻は・・・お互いに似た者同士となりますが、夫と妻のような関係はもはや存在しません。
フィレオの愛の部分はまったく存在しなくなります。だから嫉妬のようなものは有りえなくなります。嫉妬する対象物が存在しないからです。そのようなものは天国には存在しないのです。そんなものはまったく知らないものとなります。そこにいるのは、生きている愛すべき若々しい男女・・・
そのあと、彼女が言いました、「わかったわ、ビル。」
「よかった。」

160. 1カ月ほど前に夢を見ました。ある日わたしは立ったまま偉大な時を見ていました。裁きではありません。教会は花嫁は裁きに会うことはないと信じています。王冠が受け渡されるとき、そこに居合わせたのです。
とてつもなく大きな王座が設けられました。イエスと記録係の天使たちがそこに立っていました。そこにはこのように降りてくる白い象牙の階段がありました。円を描いて降りてきて、このようにパノラマ的に展開していました。そこにいるおびただしい軍勢がみな、何が起こっているのか見ることができました。

161. わたしは後ろの方で様子を見ていました。そこには新しい世界と喜びがありました。「主の喜びの中に入りなさい。それはこの世が創られる前から・・・。」

162. すると別の名前が呼ばれました。「ああ、彼を知っているぞ。彼を知っている。彼がやって来るぞ。」こう思いながら、彼を見ていました。
「主の喜びの中に入りなさい。わたしの良い・・・」
「ああ、主をほめたたえます!主をほめたたえます!」わたしは言いました。
彼らが「オーマン・ネヴィル」と言うようなものです。それからわたしは言いました、「ああ、ネヴィル兄弟、彼が来るぞ。」
彼は群衆の中から出てきて、上って行きました。
わたしはキリストが、「主の喜びの中に入りなさい。そこは世の基礎が置かれる前からおまえのために用意されていた場所である。さあ、入りなさい。」と言うのを聞きました。
ネヴィル兄弟は変容して、叫び、雄叫びの声をあげました。なんと、わたしも、「神に栄光!」と叫びながら、嬉しい時を過ごし、兄弟が入っていくのを、一人で立って見つめていました。
それから記録係の天使が立って言いました、「ウィリアム・ブラナム」
わたしが歩いていかなければならないとは、思いもよりませんでした。するとなんだか怖くなりました。「ああ、わたしもそうしなければならないのかな?」と思いました。それで歩いていくと、みながわたしの肩を叩いてくれ、「やあ、ブラナム兄弟」「主の祝福を、ブラナム兄弟」と声をかけてくれました。人の大群衆が、わたしが通っていく中、わたしを叩いて励ましてくれ、みんなが手を伸ばして、こんなふうに叩いてくれ、「主の祝福を、ブラナム兄弟」「主の祝福を、ブラナム兄弟」と声をかけてくれました。

163. 登ろうとしてはじめの一歩を踏み出しました。そこで立ち止まって、こう思いました・・・。彼の顔を見てこう思いました、「このようにしてよく彼の顔が見えるようにしたい。」そして立ち止まりました。両手をこのようにしていたのですが、何かがわたしの腕にすり込んでくるのを感じました。それは誰かの腕でした。わたしが振り返ると、そこにホープが、黒い大きな目をして黒髪を垂らして立っていました。彼女は白い衣を着、わたしを見上げていました。

164. ああ、そして目が覚めたのです。目覚めて起き上がり、椅子に座って泣きました。「ああ、神よ、このようになりますように。」二人ともわたしの人生の連れ合いであり、子供を産んでくれたりしたのです。そしてわたしたちは新しい世に入って行きます。そこは完全な世界であり、あらゆるものが満ちており、欠けたところがなくて・・・。
素晴らしいことが待っているのです。それを逃してはいけません!逃してはいけません!神の恵みにたよって、自分にできることを一生懸命し、あとは神にお任せしなさい。それから、
愛します。愛します。
初めに彼がわたしを愛してくれたから
わたしの救いを買い取ってくださった
カルバリの木の上で

165. 初めに彼がわたしを愛してくれたから
わたしの救いを買い取ってくださった
カルバリの木の上で
愛します。愛します。
初めに彼がわたしを愛してくれたから
わたしの救いを買い取ってくださった
カルバリの木の上で
(ブラナム兄弟が壇上を降りて会衆の中に入って行き、車椅子の女性のために祈る)

166. 愛します。愛します。
初めに彼がわたしを愛してくれたから
わたしの救いを買い取ってくださった
カルバリの木の上で

167. (ブラナム兄弟がハミングで“I love Him”を歌う。)
アーメン!ね、この方がいいでしょう?アーメン!よくなるって、そのことだけを思うのです。神の恵みがあなたに現れましたから。ああ、神に栄光!