5. わたしが赤ちゃんの頃からずっと福音を宣教している先輩と語れるとは、何という特権でしょう。そして栄光ある、いにしえの福音は、道の終わりが近づくにつれてますます輝きを増しています。
7. わたしたちは、地上での生命が終わったら、別のいのちが待っていることを知っています。それはすばらしく輝かしいことでしょう。この世の苦労、この試練の地で経験する人生の暗がりなど数時間で過ぎ去り、今はただ軌道に乗るため、カウントダウンを待っていることを知っています。間もなく神のときが満ちるからです。長いあいだ引きとめられていた大きな腕が、やっと解き放たれることでしょう。そして神の教会は地上から離れて宇宙の彼方の地に移されることでしょう。そこには病氣も悲しみも老いも死も存在しません。主よ、だから今日わたしたちは集まってこれらについて思いを語るのです。
9. あなたを理解しない人々のために祈ります。あなたを理解するための心をお与えください。罪人に改心を、病人に神の癒しの知識をお与えください。おお神よ、聖徒らを祝福し、彼らの心をひとつに繋げてください。このテープが世界中の町や教会に届けられ、どうか、かつて誤解をしていた奉仕者の兄弟たちが、今度は理解しますように。そしてあなたの教会が準備を整えることができますように。
10. 父よ、この一週間、わたしたちが祈って調べて書き上げた聖句や本文や言葉を認めてください。どこであれ、それを聞くことのできる良い土壌に届きますように。それを聞いて、守って、育成することのできる良い土壌に。すべての賛美があなたに捧げられますように。イエスの御名によってお願いします。アーメン。
11. さて、これは•••テープの録音は始まってますか?
15. もし人が、どれほど反対を受けたとしてもそのように感じないのなら、その人の内にはキリストが欠如しているのです。わたしはそう信じます。もし人が、口先だけでなくて、心から、人間に対してそう思わないのなら•••
16. わたしは、「もし好意をもってくれるのなら、兄弟と呼んでください。」と言いました。彼は敬意を表してわたしをそう呼んでくれました。それから彼の肩書きを教えてくれましたが、なんとまあ、彼の肩書きや教会名、その教会の役職などがズラズラとあり、紙に書いたら数行を要するところでした。
17. それでわたしは、「それなら、握手しましょう」と言いました。人類のすべての人のために、あらゆる信条あらゆる人種のために、キリストは死んでくださったのですから、わたしの関心はそこにあるのです。そしていつも関心を寄せるように心がけてきました。関心、そうです。
18. 夕方ジョージア州ティフトンに、明日の集会に備えて出発しなければなりません。説教の集会ですが、高校の講堂でおこないます。それが終わったら、わかりませんが、神が導かれる場所に出かけます。いろいろな場所です。アーガンブライト兄弟たちが海外から依頼を受けたので、西部を横切ってカナダに入って、世界を回って。しかしわたしは・・・
そのうちわかるでしょうが•••・わたしがやり終えた後、もし神が助けてくださって、神から受けたとおりにあなたたちに伝えることができるなら、集会が終わった時にはもっと理解してもらえると信じます。そう願います。
21. 神のことばは永遠です。神は無限のお方なので、ひとこと言ってから、それを改良することはできないのです。なぜなら神が決められたことは、すべて完全だからです。いったん神が仰せになったら、そのことばは永遠に生き続けます。決して死にません。なぜなら神だからです。神が死なないのと同様、神が仰せになったことばも死なないのです。それで聖ヨハネの1章を読みます。「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。ことばは人となって私たちの間に住まわれた。」初めに神が永遠の目的を持って仰せになったことばが、その同じことばがやって来られて人となり、わたしたちの間に住まわれたのです。それは神のことばです。
32. 信仰の拠り所となる場所がなければなりません。あなたがどう考えるかわかりませんが、わたしにとっては、聖書が絶対に正しい神のことばです。そして神は、みことばから点の一つでも抜け落ちないように、見張っておられると信じます。
33. 「とんでもない。矛盾なんかしていないよ。」
「でも、岩の構造や石灰岩の沈殿物なんかの研究で、何百万年もかかってできたと証明されているのと、神が天地を24時間で造ったと言われているのと、くいちがっていない?聖書の誤りを立証しているのではないの?」
わたしは言いました、「いいや、ちがうよ。神はモーゼに聖書を教えたとき、こう言われた、『初めに神は天と地を造られた。(まる)』どのくらい長くかかったかはわたしたちの知るところではないんだ。それから進んで、地上に種を蒔くときがやってきたんだけれど、とにかく、初めにと言っているあいだに何百億年も何兆億年も、永久の年月が経っていたかもしれない。しかし『神が天と地を創造された。(まる)』なのだよ。それで決着。それが最初なのさ。神には間違いがないのだよ。」偉大な説教者パウロは、テモテに、「聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。」と、言づけしました。心を開いて聖書を調べること、それがわたしの努めです。
34. ですから霊感を受けた書き手が•••もしそれが間違いなら、他のところはどれほど間違っていることでしょう。すべて正しいか、すべて間違っているかのどちらかです。中間はありません。教会について、「でも教会では•••」と言うかもしれません。いいえ、教会を拠り所にするなら、どの教会が正しいのでしょう。わかりますか、信仰の拠り所となるところに戻らなければいけません。わたしにとっては、神のことばがそれです。聖書は、人のために立てた神のご計画であると信じています。ずっとそうでした。
37. 旅行に出て、自分の目で見聞きすることには効果があります。
「だから、これは見てわかると思います。」
そうです。
「わたしはこのように変わったので、信じます。」
わたしもそうです。しかし異教徒も同じなのです。なんとアフリカ人の品行は•••アフリカの部族の中には、アメリカ人がクリスチャンと呼ぶのを恥じ入らせるほど、道徳と清潔を守って偶像礼拝をしている異教徒もいるのです。ですからそれが神なのかもしれません。わたしが言おうとしていることがわかりますか? 顔をじっと見つめると、覆わなければならない大きな丸があります。だから、戻ってどこかに信頼を置かなければなりません。
40. だから、マタイ28:19の「あなた方は行って、あらゆる国の人々を弟子にしなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授けなさい。」という聖句と、使徒の働き2:38の「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を許していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。」という聖句が矛盾していると言う人がいますが、それは矛盾していません。
43. どんな言葉でも聖書に加えたら、それが誰であれ、罪を犯したことになります。その人は命の書から抹殺されます。黙示録22に、「誰でもこれにつけ加える者、この書のことばを取り除く者•••・」とあります。わたしは信条や教義などは信じません。でも聖書に書いてある神のことばは、神のご計画であると信じます。それ以外のことは罪であり、永久に廃棄されなければなりません。どんな人でもどんな信条でもどんな教団でも、みことばに点一つでも加えたり、取り去ったりしたら、永遠に滅ぼされます。神は過去のお方ではないので、書物を書いて人の手に渡し、それが混乱の元になるに任せ、最後に世界を、その書に則って裁くなどということはされません。その書を書かれた神は生きておられ、その書のことばの中に生きておられ、書かれたことばを実証されます。(テープを聞いて学ぶ人たち、この点をじっくり学んでください。この所見に注意してください。わかりましたか。)
44. 黙示録の1章は何を指していますか。みことばです。さて、みことばは永遠です。勝手に書き変えることはできません。足しても引いてもいけません。わかりましたか。手を加えてはいけないのです。神が目を光らせておられます。神のことばに何も足したり引いたりしてはいけないのです。神のことばは永遠だからです。さて、このことを念頭に置いて、わたしが言おうとしていることは、創世記から黙示録のあいだにあります。それは何とも混ざることがありません。
50. 教義とはなんですか。あなたたちが聞いている信条ってなんですか。聖書に書いてありません。すべての教団に弁解の余地はありません。
52. さて、ここにはいろいろな立場の人たちがいますが、わたしが用意している話は、実に、歯に絹を着せぬものです。だから姉妹たちには、ご理解を願います。
53. ロバと馬をかけあわせることはできますが、長続きしません。死に絶えます。原種だけにいのちがあって、生殖できるのです。理解していただけるといいのですが。最初の種には、いのちがあります。カルトや教団組織が滅ぶのは、そういうことだと思います。あらゆるカルトや教団が滅んだことを歴史が証明しています。そして蘇生しなかったし、これからもしないでしょう。彼らには再生する力がないのです。繁殖能力を持っていません。それでイヴの子どもたちは死にます。
59. もろこしの交配種は、大きくて、実入りが良く、見た目も良いですが、命の種子を持っていないので、植えても芽が出ません。1代限りでおしまいです。イヴも同じで、交配種を生みました。こんにちのありさまを見れば、イブがもたらした交配種がよくわかります。これは神の目的ではありませんでした。ちょっと待っていてください。今考えています。
60. さて、教会の状態が見えてきましたか、話を教会のことに持って行こうとしているのです。交配種は、種類にしたがって生じることができないので、絶えます。なぜ? 交雑したからです。それはしてはならない行為です。死をもたらします。おしまいです。世代ごとにリバイバルが起きました。それはみことばを知る機会でした。おお、最高権威の神が裁判の席に着きます。ジョン・ウエスレーのグループが立ち上がります。するとコチコチに凝り固まったこんにちのメソジストたちが答弁するでしょう。ルターが立ち上がり、カトリック信者が立ち上がります。そしてエイレナイオスやマルティンやポリカルプたちの後ろの方に立って、神のことばを教義と配合した件で裁きを受けることになります。ルターのリバイバルの後に組織されたルターのグループも同じように答弁しなければならないでしょう。ジョン・スミスのリバイバルの後に組織されたバプテストのグループも同様です。アレキサンダー・キャンプベルも同様。そしてペンテコステも同様です。神は、聖霊が降った最初のリバイバルで、人々を召集され、みことばに結びつけようとされましたが、彼らは組織化し、そこにとどまってしまいました。そして教団を創り、いのちを失いました。
「でも彼らの働きをみてください。」
と言うなら、後でそのことに触れましょう。今は種を蒔いて問題提起をしているのです。それから後で、何が起こったかをお話ししましょう。
65. 「イエスは答えて言われた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。』
ニコデモは言った。『人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。』
イエスは答えられた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。』」
66. ピシャリと言ってしまいましたが、神が言っておられることなのです。「すべての人が偽り者としても、神は真実な方である」とあるとおりです。このことばに反することを言ったり、他の人種のせいにしたり、他の世代のせいにしたり、何をしたとしても、人が偽り者だというのは事実なのです。だから生まれ変わらなければなりません。そうすれば、すべてのことばがわかるようになります。生まれ変わる唯一の方法は、いのちを生みだす神のいのちが、人の内に宿ることなのです。
68. 回心した人は、初めはキリストをまっすぐ見て信じます。そのうち教団が彼を縛り上げ、霊の水分を枯らしてしまいます。すると、彼は教団の人となり、死んでしまいます。バプテストだけではありません。ペンテコステも同じです。教団の言い分を信じないでください。多くの人はそうはしないとわかっています。でもちょっと待って。そのことを聖書でどう言っているか調べましょう。
69. わかりますか。わたしは誰にも打撃を加えようとしているわけではありません。ただ思うに、クリスチャンビジネスマンやその他のペンテコステ組織の人たち、何百万ドルも費やして、立派な建物を建てたりしている人たち、この世の富は、神の栄光と霊を押しふさいでしまいました。窒息して死にかけています。この世の関心ごとの方が大きくなって窒息してしまいました。
70. 後ろの席に座っているキッド兄弟が、今朝話してくれたところでは、彼らはもう、キッド兄弟を必要としていないそうです。理由は彼が年老いているのと、神のことばを臆せず語るからです。いったいどうなっているのでしょう。彼らには水分が欠乏しているのです。
ああ、なんというたとえ話でしょう。この聖句からたった今、説教を始めたいくらいです。8章8節のところですが、
(叫ばれたとありますが、こんな感じだったのかもしれません。「百倍もの実を結んだ!聞く耳のある者は!聞きなさい!!」言い換えれば、もしあなたが神に耳を傾けることができるなら、聞きなさいということです。わかりますか。)
(奥義•••イエスは何を言っておられるのでしょう。注意してみてください。神の国の奥義とはなんですか。ちょっと考えてみてください。)
(わかりますか。しかし神のことばは、裁きのとき、彼らを裁くために裁判席に着きます。なぜなら、彼らが見るには見たからです。みことばはそこにおられたのです。)
71. 神のことばが神の種で、御霊は水です。さて、ヨハネ3:14に戻りましょう。わかりますか。霊は•••?•••水です。さて、ヨハネ3:14です。これを読めばそれが何を意味するのかわかります。
「モーゼが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。」
わかりますか。モーゼが青銅の蛇を上げたのと同じ理由で、キリストは上げられたのです。どういうことでしょう。モーゼが青銅の蛇を上げたのは、滅びようとしている人たちが、それによっていのちの水を得られるかもしれないからでした。そしてイエスは•••(ああ、神よ、)イエスは神のことばです。それについて証明するために午後はガンガンといくつもりです。
72. もし神の霊が最初の種に水を注ぐなら、もしそれが最初の種なら、霊の水は注がれます。そして最初の種のいのちを生みます。はっきりわかりますか? 最初の種のいのちを生むのです。
73. (さて、午後のために、ここで言葉をはさむのを差し控えなければなりません。わかりますか。辛いことです。)
イエスは、本来イヴが生むはずの最初の種でした。いいですか。イブが生むはずの種は、イエスだったのです。しかし彼女は神のことばに疑いをかけて交雑種を生みました。いのちが、いのちを生むための唯一の種、それはイエスだったのにです。いのちは、その種から出なければいけませんでした。そしてその種はいのちを与えるために死ななければなりませんでした。わかりませんか? だから、その種に水やりするために、水が与えられたのです。
74. これはとても意味深い、光彩を放つことです。飲み込めるように少し時間をとりましょう。
イエスがその種です。彼が神のことばによって生まれた最初の種なのです。「おことばのとおり、この身になりますように。」それが最初の種です。みことばを受け入れるのです。
75. 彼らは奇跡を生み出します。神の力を生み出します。決して否定しません。なぜなら、最初の種と同じだからです。
「ひっつき虫(草)さん、一緒に暮らしましょう。」なんて言いません。とてもとても、決してそんなことできません。異種と混ざることはできないのです。死といのちが混合することはありません。あなたは死んでいるのと同時に生きていることができないのです。
78. さて、話を進めていきながら、もの事がみことばとどのように完全に一致しているか、明らかにしましょう。
80. だから二重性は偽善です。雑種です。神に仕えていると言いながら、みことばを否定したら、偽善者です。騾馬が自分を馬だと言ったとしても馬ではありません。自分をロバだと言ったとしてもそれも違います。偽善です。雑種の生まれです。酷な言い方をしていますが、事実なのです。騾馬は自分から騾馬になったのではなく、人の知恵のなせる技の結果です。人の知恵によってもたらされた雑種の生まれです。
81. 神のことばは預言者にやってくると、イエスは言われませんでしたか? 誰に神のことばが臨みますか? 預言者です。イエスは彼らを神々と言われませんでしたか? それはなぜ?神が預言者のうちに現れたからです。神が仰せになったことばが現れたのです。わかりますか。そうです。イエスは言われました、「どうして否定するのか•••少しでも知恵があるなら、わかるはずだ。」「神ご自身が彼らを神々と呼ばれたのだ。」「どうして彼らを信じると言いながら、わたしが神の子と言ったからといって、わたしを否定するのか。」どうして彼らにはこれがわからなかったのでしょう。
82. 「わたしが、来ることになっている最初の種です(女の子孫)。」 「あなたに種を与えよう。」 蛇は女を汚してしまっています。「しかしあなたに与えるあなたの子孫(種)は、彼の頭を踏み砕く。」 再び取り戻されることになります。皆さんにすべてが理解できるといいのですが。「わたしは、勝利するために、そしてイブがしてしまったことを正しく直すためにやって来た。」 その唯一の方法は、女が失敗したことを、別の女が成功させることによって、つまり、ひとりの女が疑ったみことばを、別の女が信じることによってです。「わたしは勝利を得る者です。わたしは、自身の死によって、女がしてしまった罰を負い、代わりにいのちを与えるために来ました。わたしのいのちをとおして、あふれるほどいのちを与え、あなたたちを神の子にします。」 (わかりますか。)あなたたちの内にその種があるかぎり。
あなたたちはそれを混合したので、教団の混血児を得るだけです。ただそれだけです。みことばを否定するものは•••・姉妹たち、どうか許してください。言われたとおりに言わなければならないのです。それしか方法がないのです。
83. もしイヴがその子を生んでいたとしたら•••彼女はそれをやり遂げることができたでしょう。神は言われませんでしたか、「生めよ。ふえよ。地を満たせ。」しかし彼女は、不貞をはたらきました。
86. だから、神を信じると言いながら神のことばを信じない者は、教団の信条を受け入れて、みことばとかけ合わせてしまうのです。そういう人は神に属していません。死んでいます。死んでいながら、同時に生きていることはできません。神のことばは、そのような環境では育ちません。偽善者となってしまいます。そんなことは司教や司祭や枢機卿なんかに任せておきなさい。そうです。みことばをとるか死ぬかです。私生児のうちに神のことばは育ちません。同じ畑で育っていても、羊の囲いの中に入っていないので、育ちません。
87. 彼らは、「わたしたちはアブラハムの息子なので、誰からも教えを受ける必要はない。」と言いました。
「もしアブラハムの息子なら、わたしを知っているはずだ。」わかりますか。 「誰がわたしに罪(不信仰)があると責めたてることができるか。神がわたしに約束されたことで、成就しなかったことが一つでもあるか。父が約束されたことで、わたしが成就しなかったことが一つでもあるか。(不信仰は罪です)それならあなたにそれができるだろうか。」彼らのプライドはくじかれました。確かに。 「誰がわたしを罪(不信仰)に定めることができるか。」わかりますか。「もしわたしが信じていないなら、なぜ父はわたしをとおして御業をなさることができるのか。父は約束なさったすべてのみことばを成就しておられる。さて、あなたはどこでそれを手に入れたのだろうか。」
88. まったく同じことを、こんにち大きな教団がしています。彼らの父である悪魔の業をしているのです。信条とみことばをかけ合わせています。それは最初に、彼らの父である悪魔がしたことです。
兄弟たちに神の祝福がありますように。そこから抜け出しなさい!イエスがそう言われました。あなたの内におられるほんの少しの神の存在でも、見て確かめるべきです。交配、なんということか。
89. あなたたちは、「ブラナム兄弟、私は本当の信者です。」と言いますが、よろしい、それではイエスがあなたたちを何と呼ぶか、調べてみましょう。
「まことに、まことに、(キッパリと断言して)あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。」
90. もしキュウリがほしいのなら、キュウリの種から始めます。もし教会がほしいのなら、神のことばから始めます。もし神のいのちがほしいのなら、神のことばから始めます。神のことばをとことん全部受け入れるのです。もし神が完全な姿であなたの内におられるなら、雨が降れば、あなたの内なる庭に蒔かれたそのとおりのものが収穫できます。それでは、後の雨はどこにやって来るのでしょう。それはどこを追跡するのでしょう。エリヤが(訳注:エリシャのこと)野生のウリを持って、預言者の仲間と行ったときのことです。彼らは預言者の教団をもっていました。彼らはその野生のウリを豆だと思っていたのです。おやまあ。
92. 聖霊は、水やりをしてその種を芽吹かせます。その種には聖霊の水が必要です。その種が蒔かれると、次に聖霊の水の出番です。もし聖霊の水があなたに降りかかって、あなたが、「神を祝福します、ひとこと言わせてください説教師よ、わたしはこれこれという者で、あの事は信じません。」と言うなら、あなたは教団人間です。初めから老いぼれ偽善者でしかないのです。そういう種類の種が蒔かれていただけです。
93. 「まあ、ブラナム兄弟、今は別の時代です。」でもみことばは変わりません。2年ほど前ですが、ヨセフの時代の小麦を、穀物庫から取り出して植えてみたそうです。(雑誌でこの記事を見ませんでしたか?)すると小麦が実ったそうです。何年経っても小麦は小麦なのです。あとは水をやるだけです。
94. 「教会のレターを変えたいと思っている人はどれだけいますか?」 始めたときより2倍、地獄の子に近づきます。「メソジストの中にどれだけバプテストになりたい人がいますか?バプテストで、ペンテコステになりたい人は?ただ教会員証を変えるだけのことです。」 ああ、なんたることか、たわごとです。くだらない考えです。悪魔のがらくたです。そこにはいのちのかけらもありません。交雑種です。偽善的です。死んでいます。2度死んでいます。根っこから引き抜かれています。イエスはこう言われなかったでしょうか、「天の父が植えられなかったものはすべて根っこから引き抜かれる。」 教団でも何でも、それらは引き抜かれるのです。神のことばだけが変わらないで存在します。そうです。だからイエスが、「すべての人の言葉が嘘でも、わたしのことばは真理である。」と言われたとおりです。
95. 箱舟はゴフェルの木やシッティムの木から造られました。その木は空洞なのです。中ががらんどうになっているのです。そのような性質を持った木なで、バルサムの木よりも軽く、最も軽い木なのです。なぜそうなのか?それはタールを染み込ませるためです。「樫の木だっていいじゃないか。」と誰かが言っても、それではだめなのです。樫では弾いてしまって染み込ませることができません。樫は撥水性で、ゴフェルは吸水性です。そして本物の神の種は、霊を吸収します。すべての教団主義は取り除かれ、あらゆる不信仰も取り除かれます。苗床に横たわるいのちの胚芽に、聖霊が訪れると、新たに種をもうけます。新たな神の子の誕生です。(アーメン)新たな幼い神、神の子です。
96. 神と神のことばが結合すると(ハレルヤ)、神の霊が神の種、神のことばに水やりをします。そして神が生まれます。それは一個人ではなく、神です。なぜならあなたは死んだのです。死んだので、もはや、あなたではないのです。自分が死んで、中ががらんどうになったとして、胚芽ができるのを待っているのです。もはや、あなたではないのなら、何でしょう? それは人ではなく、人の内におられる神です。それは、神が初めに仰せになったことばのように胚芽です。神のことばが人に現れたのなら、その人自体は、死んだものとなるのです。同時に私生児と嫡子になることはできません。死の子かいのちの子かどちらかにしかなれません。もし死の子なら、悪魔に手渡して、殺させなさい。そしてちょっとの間神にお渡しして、神が、その人の内にいる悪魔を殺して空っぽにされるようお任せするのです。それから、神があなたの内にご自身のいのちを植えつけてくださるよう、お任せするのです。するとあなたではなく、神のいのちを生きる者に変えられます。聖霊によって水やりされた神のことばは、同じものを生み出すからです。わかりますか。これについてお話ししたいと、どんなに願うことか。しかし3、40ページの資料のうちまだ3ページしか進んでいないのです。
97. みことばは、変わらずにここにとどまっておられるのに、何が起きたのでしょう。神のことばは、「生めよ、増えよ、地に満ちよ。」と仰せられたとおり、ここにとどまっておられます。このみことばは、落ち着く場所を探していましたが、とうとう、ひとりの処女の胎に場所を見つけました。(二つの胎について、午後にもっとお話ししたいと思います。)そしてどうなりましたか。このお方から、いのちの胚芽が生まれました。聖霊の水が与えられると種の核ができ、繁殖できる状態になります。聖霊はこのお方から来て、上って行かれました。
100. すると何でしょう。ひとり子の働きを継続するために、神が現れてくださっているのです。というのは、わたしたち交雑種の命のために死んでくださったお方によって、神と和解し神の子としてくださり、教会をとおしてみことばによって同じいのちが流れるようにしてくださり、キリストの内にあったみことばを引き続き現して行くことができるようにしてくださったのです。キリストは神のことばの現れです。このお方は、死んでいのちを与えてくださいました。キリストの体は上げられ、霊が降ってきました。もし信じるなら、「わたしを信じる者はわたしの行う業を行う•••」 もし信じるなら、この神のことばの上に聖霊が降りてこられて•••
101. 聖書はあなたの中にあるはずです。みことばは種です。ここにある限り変化しませんが、みことばが心の中に届くと、聖霊によって神の働きを現すのです。すると幻が訪れ、力を得、謙遜になって「なんでも知っている」的態度が消えます。あなたは空っぽになり、キリストが勢いを増します。あなたは死んで、キリストが生きるのです。キリストが死なれて、わたしが生きる者とされました。わたしが死ぬとキリストが生き、わたしが死ぬとき、キリストはいのちを約束された。だからキリストのいのちをいただくために、わたしは自分に死ぬのです。どのようにするのですか。種である神のみことばを信じて受け取るのです。そうすれば、聖書に書かれていることが実現します。
102. キリストがなさったのと同じ働きを教会もするはずなのです。聖ヨハネ14:12に、「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、また、それよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとにいくからです。」とあります。キリストは、種である神のことばが人となるよう、前もって定められたいたので•••ここで止めておきましょう。あなたたちは大丈夫でしょうが、テープを聞く人の中には理解できない人もいるかもしれません。
105. これに関してすべての人が理解しているわけでありません。終わった後で手をあげてください。
106. さて、神は予見によって、息子や娘たちの世界を定められました。彼らがそこに存在することはあらかじめ定められていたのです。彼らは、神のことばに疑いをかけて交雑種になってしまいましたが、その後神は、彼らを最初のあるべき状態に戻してくださいます。最初のことばに戻って、神の子となることができるのです。創造の初めのときのように。
108. そう来ると思いました。聖句は、「神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。」(ローマ8:30)
「それなら、説教して何の徳になるのか、ブラナム兄弟。』
作物が育っているのです。わたしにできることといえば、網を仕掛けることです。ただできるだけ遠くまで網を投げることだけです。この世の垢にまみれている人々はそれをはじきますし、教団もそれを振り捨てます。仕方のないことです。しかし、それを受け入れる人もいます。その人は間違いなく神の子に戻ります。(アーメン)すでに定まっているからです。
110. イエスも証しをするために来られました。死と埋葬と復活を経験し、人は死んでもキリストによって復活することを証しされました。イエスは来るべき種だったからです。アーメン。わかってほしいです。
111. 「確かに、ブラナム兄弟、わたしはすべてのみことばを信じます。」 それなら伝統の道に後戻りしないでください。しっかりみことばにとどまって、何が起こるか注意していなさい。「主よ、みことばを信じます。聖霊を送ってください。」と言って、よく観察していなさい。もし神が証しされたら、あなたはそれを受けたとわかります。感覚によってではありません。悪魔もそうします。奇跡によってでもありません。悪魔も奇跡を起こします。神のことばを絶えず信じて、決して否定しない、そういう生き方によってわかります。そうです。それが、みことばが現れたこと、霊の水やりが行われたことの証しです。
112. 「つまりアブラハムのように逗留者になるということですか?』
そこがこんにち、勘違いされているところです。神の人はこうしなければならない、それに従おうとか思っている人がいます。ああなんという勘違い。キリストは、どのようにしてアブラハムの子孫だったのでしょう。彼の体から出た者ということではありません。なぜなら、イサクの子孫はしまいには堕落して死んでしまいました。背教して交雑種となってしまいました。率直に言います。アブラハムの信仰の種、つまりどんな状況でも神のことばを信じる信仰を継承している者が、アブラハムの子孫なのです。そうです。叫びだしたくなりました。アブラハムの信仰の種•••それはアブラハムの肉から出た者ではなく、アブラハムの信仰を継承する者です。彼は何を信じましたか? 神のことばです。何が起ころうと、みことばに相反するものは無きものとみなしました。なんとまあ、教団など、バラバラに引き裂かれてしまうことでしょう。確かに。
114. 「何を信じるのですか、ブラナム兄弟、あなたをですか?』
いいえ、わたしをではありません。みことばのことを言っているのです。何も新しいことを言っていません。ただ、聖書が、みことばを信じるよう伝えていることを話しているだけです。わたしは、みことばを、書いてあるとおりに信じるよう努めています。何もつけ足さず、削りもしません。書いてあるとおりに読み、信じる、それだけです。全能の神の恵みと助けにより、神はそれを証明してくださいます。誰か、それが間違いだと立証できますか。さて、テープを聞いているあなたにも尋ねます。一度でも間違ったことを話したことがありますか?•••神が証明してくださらなかったことが。今まで一度でも、言われたとおりにしたのに、神が証明してくださらなかったことがありましたか?
115. 花嫁に定められていますか? 神は、シミもシワもない花嫁を迎えると言われませんでしたか? それなら、定められているのではないでしょうか。わかりますか。キリストはアブラハムの高貴な胤に定められていましたが、彼の上に霊が下ると、神のことばを証ししました。霊である水が、みことばの種に注がれると、アブラハムの信仰の高貴な胤は同じ作物を生産するのです。
「そんなこと信じられない。」 いいでしょう。わたしたちがアブラハムの子孫かどうか、調べてみましょう。創世記17章です。「そんなこと信じられない」と批判する人の、何人かにでもわかってもらいたいのです。17:7です。6節から始めましょう。
117. さて、聞いてください。パウロは誰に宛てて書いているのでしょう。みなさん、用意はいいですか? もうあとちょっとで、・・だいたい45分くらいでお昼休みにしますから。注意して聞いてください。
使徒パウロ(使徒とは何ですか? 遣わされた者です。)•••イエスから遣わされたパウロが、(正しいですか? 「サンヘドリンの意志により」あ、間違えて読んじゃいました。「ルターの意志により、あるいは•••」まあとにかく)
「神のみこころにより、キリスト・イエスに遣わされたパウロから、聖徒たちへ・・(誰へ? すべての人へ? いいえすべての人が受け入れることはできません。)キリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ。」
118. わたしたちが神を選んだのですか? 「おおブラナム兄弟、失礼ですが、私が選びました。」 そうではありません。みことばによれば、あなたではありません。イエスは、「あなたが選んだのではない。私が選んだのだ。」と言っておられます。
神はいつ、 イエスはいつ教会を選んだと言われましたか? 世界の基が置かれる前です。
「世界の基の置かれる前から彼にあって選び•••(先のリバイバルで誰々博士にあって選ばれた? いいえ、あなたはそれを信条のテキストで読んだかもしれませんが、ここでいう「彼にあって」は違います。)
(いつ、わたしたちは選ばれたのですか? 先のリバイバルで? 救われた晩に? いいえ、世界がまだ存在せず、星もなく、原子も分子もなかったとき、わたしたちは選ばれたのです。アーメン。おお、どうかわたしに説教を始めさせないでください。今は説明をする時間ですから。)
120. 先日ある人がやって来て、誰かがわたしに関して何か悪いことを言って、わたしを非難していると告げました。わたしは「ああ、放っておきましょう。」と言いました。
「どうしてそんな風に受け流せるのですか、あなたの家族に関わることなのに。そんなに•••』
「おやまあ、それは世界の基が置かれる前から定められた、わたしの試練なのです。だから、まあまあ、構わないのです。」
「どうすれば、受け流せるのです?」
それで言いました、「下を見ていたら、わたしはしょっちゅう落ち込んでいなければなりません。」
122. いったい自分を何者だと思っているのでしょう。地獄の鉢の上で毎日暮らしながら、地獄など存在しないと言っている人もいます。地面の1万3千キロ下にはマグマが湧いているのに、上を向いて神と神のことばを無視しています。みことばを受け入れないということは、神を拒むということです。なんということ。主よ、なんとあなたは偉大なのでしょう。どれほどありがたいことでしょう。
123. すると、初期の時代、使徒たちがしたような働きをするようになり、聖書が再現されます。聖書があなたの内で息を吹き返します。
125. 突然、天から音がして、水がどどっと落ちてきて、彼らのいる家を満たしました。すると種は成長し始め成熟して神のことばになりました。
126. いつからリバイバルの火が弱まってしまったのでしょうか? さて、個人の名前を挙げなければなりません。本当はしたくないのですが、神から示されたので、名前を挙げます。言いたくないことを言わなければなりませんが、はっきりさせるために•••わたしが貫いていることの理由を話していますが、どこにたどり着こうとしているか、だんだん見えてきましたか? わたしは、これがみことばであると信じます。キリストは教会を持っておられて、教会は畑で(後でもっと詳しく話します)、霊が来られる前にあなたは畑にある種を持っていなければいけないのです。わかりますか。
127. さて、これから本当に難しい教えをします。もしこのテープが、ビリー・グラハムやオーラル・ロバーツの手に渡ったとしても、兄弟であるあなたたちを決して軽視してはいないということをわかってもらいたいのです。福音を宣べ伝える同志として、わたしも含まれていることを理解してください。その後、わたしが貫いていることの理由をもっとよくわかってもらえると思います。神の前とあなたたちの前で、正直にその理由を話すことで、理解を得ることができればと願います。
128. 「ブラナム兄弟、あなたのミニストリーは最も衰退していますよ。」 それは本当です。そうです。ビリー・グラハムのは、わたしのよりずっと話題にのぼります。ビリーのことはオーラルのよりもよく聞きます。一日にオーラルのことが話題にのぼる量は、わたしのことを聞く六ヶ月分に相当します。トミー・オズボーン、トミー・ヒックス、これら神の人たちの方が、わたしよりずっと話題にのぼります。こうしていくと、わたしのミニストリーが、最も遠のいてしまっています。何が起こったのでしょう。「ブラナム兄弟、あなたはみことばやすべてを本当に信じていると言っているのに、いったいどうしたことですか。何が起こったのですか。」 それはわたしたちも知りたいことです。
129. わたしは、収穫期が近いと信じています。そうではありませんか? 皆さんもそう思っていますね。わたしたちは、間もなく収穫期を迎えることになります。さて、種は蒔かれました。そのことが大切なのです。種は蒔かれました。その時、わたしの前を何が過ぎていったか、あなたたちにも見えたらいいのに。種は蒔かれました。蒔く時があり、収穫する時があるのを覚えておいてください。彼らは知っていると言いました。
131. さて、もとに戻ってもう一度始めましょう。実際に何が起こったのかまったくわかりません。
132. 種が蒔かれると、成長するために水やりが必要です。
「どうしてです? ブラナム兄弟、そこには・・」
そうです。そのとおり。あなたの考えていることがわかりました。隠すことはできません。だから頭の中で考えていることに気をつけなさい。
133. でもちょっと待ってください。種まきのときに降ってきたのはなんでしょう。初めの雨です。「ああ、ブラナム兄弟、それは馬鹿げている。」
ちょっと待ってください。ヨエル書2章にある「初めの」という単語の原語を調べてみてください。書き留めたい人は書き留めてください。moureh モレーです。モレーは、ヘブライ語で教えという意味です。アーメン。教えの雨が先行したのです。教団の教えの雨が降りました。「44年に百万人増」運動です。バプテスト、某氏、誰それ氏を教会員に。オーラル・ロバーツをはじめとする兄弟たちも、ペンテコステ運動を展開し、経済的•••・大ペンテコステ運動によって会員が何百万人にも膨れ上がりました。わかりますか。そうです。そしてみことばの種まきも行われ、ほんの少数の群れができました。
134. ビリー・グラハムは世界に衝撃を与えました。ペンテコステ運動も世界に衝撃を与えました。みことばも世界に衝撃を与えました。さて、今はどうなっているのでしょう。今は後の雨が降るのを待っているのです。そのときこそ、種が成長して実を結ぶのです。理解してください。
140. そのお方は何をしたのでしょう。八百年後にイエス・キリストのお姿でなさったのと同じ働きです。アブラハムの天幕の入り口で、天幕を背にして、このお方はアブラハムの名前を呼びました。アブラムではなくてアブラハムと呼びました。数日前に彼は神と会い、アブラハムに名前を変えられていたのです。そして知らないそぶりで、「あなたの妻のサラ(サライでなく)はどこにいますか?」と聞きました。
「あなたの後ろの天幕の中です。」
彼は、「私(一人称単数形です)は来年の今頃、必ずここにまた来ますが、その頃には、あなたの妻のサラに待望の男の子が生まれているでしょう。後の雨が降ろうとしています。あなたは信じて、すでにじゅう分長い間種を寝かせていました。約束の子はやって来ます。」アーメン。これが今の真の教会、選ばれた子孫へのことばでもあります。
「あなたは彼が来るのをずっと待っていました。わたしは彼をあなたのもとに送ります。」アーメン。誰がそういったのですか? みことばです。
141. このお方は教団教派とは関係を持たれないのです。選ばれた者のところにまっすぐ来て、伝道し、しるしを行われました。そしてイエスは•••さて、ちょっと待ちましょう。
142. わかりますか。あなたの心を思い起こしなさい。午後に胎の思いについて話します。
143. 「いや、確かにあなたは笑った。」 神の憐れみに他ならない。神はその場で彼女を殺すところでしたが、できませんでした。ああ、わたしたちの愚かさがわかりますか? 神はわたしたち皆を殺したいところですが、それができません。もしサラを殺したら、アブラハムを取り去らなければならなくなります。サラはアブラハムの一部ですから。彼らは一体なのです。教会を取り除いて破壊することはできません。教会はキリストの一部ですから。みことばは人となられました。「驚くような神の恵み、なんと甘美なことか。」神にはできないのです。わかりましたか? 神には彼女の命を取り去ることができませんでした。アブラハムの一部、彼の肉の肉、骨の骨でしたから。
145. イエスは、「両方とも育つままにしておいて、刈り入れの時、毒麦を集めて焼くために束にし、麦は倉に入れなさい。」と言われました。わかりますか。後の雨はもうそこまで来ています。あまり長く待ちたくありません。本当に素晴らしいことが起こることがわかっているからです。
147. ここでまた別の話を持ってきたいと思います。無礼な態度をとりたくないのですが、また名前をいくつか挙げなければなりません。手加減したくないと神に言いました。ここで、知っていることをありのまま伝えたいのです。ところが、いくつかの事柄は言わずにとっておかなければなりません。わかっているのですが、•••主が許可してくださる範囲で、すべてお話ししたいと思います。もっとたくさんのメッセージを受け取った後、聖霊が、「それを言ってはならない」と言われたのです。ウッド夫人が知っています。「ウッド夫人、あなたに電話して、聖霊からダメだと言われたことをお話ししましたよね?」それで戻ってから祈ったのです。その夜、まぼろしで主が現れて、「行ってこれをしなさい。これをとってそこに置きなさい。彼らはこのことを理解しませんから。まだこのことを明らかにするときが来ていないのです。これをここに置きなさい。」それでわたしはそうしました。そうです。わかりますか。「従順は犠牲より優れているのです。」
従うこと•••
151. さあ、みことばのテストをして、何が起こるかみてみましょう。イエスはこのことを警告しておられました。マタイ24:35です。
152. さて、二つの霊がとても似かよってきて•••、そのような状態になるはずなのです。ペンテコステ派の教団は本物に似た働きをするようになり、イエスが言われたように、選ばれた者たちまで危うく騙されそうになるのです。わたしを殺してしまうほどです。でも教団に属する兄弟たち、わたしがしてきたことが、わかりませんか? この霊は、できるなら選ばれた者たちも騙すほど似ているのです。しかし永遠のいのちを受けると決まっている選ばれた人たちは•••。あなたたちはこれを攻撃しようとしています。わたしたちはあとでそれを取り上げて、パンチをくらわせます。選ばれた者だけに、理解できることなのです。
153. 使徒19章では、彼らは、善良なクリスチャンから洗礼を授けていました。洗礼者ヨハネからです。
パウロは、「それは今では効果ありません。」と言いました。ヨハネは悔い改めのための洗礼を授けましたが、まだ犠牲が捧げられる前のことなので、罪を赦すためのものではありませんでした。これを聞いたとき、彼らはイエス・キリストの御名によって改めて洗礼を受けました。
154. 「今朝、しっかりと履物を結びつけてしまったので、もっと敬意を払うために、代わりに帽子を脱ぎましょう。」と言ったらどうか。無効です。神は履物と言われたのです。帽子ではありません。これはイヴ母さんを騙したときと同じ、悪魔の手法です。神が聖書に書き残したみことばすべてが、そのまま真理なのです。私はそのように信じています。
さて、あなたたちは勝手に、「わたしたちは真理を手にしている。」と言っていなさい。それほど目が見えていないのなら、そのまま進みなさい。暗闇でよろけることでしょう。兄弟よ、あなたを裁くのは教義ではなく、みことばなのですよ。そうです。
156. もちろん信じます。でも、みことばによる試験が必要です。ヤンネとヤンブレも奇跡を働きました。そうですね。モーゼがエジプトに下って行って、おこなったしるしを、ヤンネとヤンブレの二人の魔女、悪魔も真似しました。モーゼが、
「ノミ」と言うと、彼らも
「ノミ」と言い、モーゼが、
「地面の杖」と言うと、彼らも
「地面の杖」
「蛇」
「蛇」
そうです。彼らは奇跡を真似できました。聖書には、終わりの日に、悪魔が立ち上がって奇跡を行い、人々を惑わすとあります。兄弟よ、本当に厳しいことです。でも真理を知らなければなりません。
157. 「わたしから離れ去れ。不法を働く者どもよ。」 不法を働くとはどういうことですか。それが悪いこととわかっていながら、やってしまうことです。神のことばは正しいとわかっていながら、どうして偽善を働くのですか?それはあなたの教団が、ここから少し、あちらから少し教えを採用して、あとは無視するなんてことを行っているからです。イエスは、「不法を働く者どもよ、わたしから離れ去れ。あなたのことは全然知らない。」と言われました。あなたは、この世の地獄を歩くか、後に来る地獄を歩くかです。わかりますか。
166. ところで、初めに神はご自分のかたちに人を創造されました。今でもその事実に変わりはありませんが、神学校や学校や人工孵化器によって、雑種が生まれています。しかし、神が人を召されると、人は神ご自身のかたちとなり、みことばが彼のうちに宿るのです。それこそが神の人、神のかたちの現れ、神の似姿です。そのような人のことをイエスは、「彼はわたしがしている働きと同じことをする」と言われました。だから神は、ご自分に属するものとして、ご自分のかたちに人を創造されたのです。
168. さて、ルーテル派はルーテル派の、メソジスト派はメソジスト派の、カトリックはカトリックの、ペンテコステ派はペンテコステ派の、ワンネスはワンネスの、トリニティ派はトリニティ派の種類の作物を収穫します。しかし、もしあなたが神に属する種なら、話は違います。あなたはみことばの姿の現れとなり、みことばを実現させる者となるのです。そうならなければなりません。雨が降るなら、そうなるのです。
170. あるとき神は人に言われました。
「あなたはわたしの心にかなっている。」
神の望みにかなった人、それはダビデでした。ダビデのうちに神の霊が宿っておられる、覚えていますか? ダビデは見捨てられた王でした。油注ぎを受けた者は常に拒絶されます。自分の民から拒絶された王ダビデは丘に登りました。これについて3分ほど話します。自分のものであるはずの民と自分の息子が、王座から彼を追放しました。油注がれた王ダビデに対して、捻じ曲がった教義を頭にすり込んだ老いぼれ小男が唾を吐きました。(聖書は、彼が足萎えであったと言っています。訳注:唾を吐いたシムイにはその言及はない。)彼は王に唾を吐きながら並行して歩いて行きました。キリストも同じでした。唾を吐かれて•••。側に立って彼に仕える使者が、つるぎを抜いて、「あの犬の首をつけたままにしておいていいのでしょうか。王に唾をかけたのに。」「彼を打ち殺しましょう。」と言いました。
171. 「構わないでおきなさい。」やがて時がやってきます。
しかしダビデが戻ってきたとき、事態は逆転しました。彼は勝利者として帰還したのです。あの男は走ってきて憐れみを乞いました。そうです。放っておきなさい。彼はやがて力を帯びて帰還されます。すると、笑うのは反対の側です。そうです。だから放っておきなさい。
172. 神は素晴らしいではありませんか。なんともありがたい。
我が主イエスは素晴らしいではありませんか。
目が見たこと、耳が聞いたこと、
神のことばに記録されたこと
我が主言えるは素晴らしいではありませんか。
そうじゃないですか?どれだけの人が彼を愛していますか? 主は素晴らしい。
173. さて、お昼前のちょっとした分析はこうです:つまり、神のことばが、わたしの人生の主題であり、目的であるということを理解してもらいたいのです。わたしは、神を喜ばせることを生きる目的としています。すべてのことに耳を傾けていたら、神のことばを信じることはできませんし、神を喜ばせることもできません。わたしが意図していることは、みことばを知ってそれに従って神に仕えることにより、神を喜ばせることです。わたしは何にでも反対しているわけではありません•••。さて、神の霊によって生れ変り、選ばれた人の衆に加わっている人は、かつてはメソジストやバプテストや長老派やペンテコステ派や何かだったかもしれません。もしあなたが彼らのところに行こうと思ったら、そうした方がいいでしょう。求めている誰かがいるかもしれません。もし種を蒔くなら、いつか収穫することになるでしょう。「彼は単なる騙し屋だ」なんて言って通り過ぎていく人もいるでしょう。でも主も、人からそう言われませんでしたか。「彼からは何の得るところもない。」などど。それならわたしと調べてみませんか? 「彼は単なる騙し屋だ。」などど言うのなら、みことばで検証することにしましょう。もし聖書と矛盾しているのなら、騙していることになります。でももしあなたたちの神学がみことばと食い違っていたら、それは正しくありません。
174. 自分から欲するわけではありませんが、必要なら自らの血を流すこともやむを得ません。信仰を守って血を流してきた人たち、ライオンの洞窟で殺された人たち、十字架にかけられた人たち、のこぎりで轢かれた人たち、教団から破門を受け、羊の皮やヤギの皮を被って放浪し、極貧を経験した人たちのように、わたしもその恩恵にあずかることができるなら幸いです。キリストの名のために受けたとがめに耐えることができた喜びを、キリストの弟子として分かち合うことができるなら。キリストのために、彼らは苦しみを耐えることができました。わたしは苦しみを受けたくはありません。誰だってそうです。すべての教団と手をとりあって、「さあ、兄弟、一緒に行きましょう。」と言いたいです。でも、もしそうしたら、神の御手から離れることになってしまいます。そんなことは決してあってはならないことです。ただ一人だけになっても、わたしは神と神のことばを守ります。
177. わたしたちと、食事に出かける人たちを祝福してください。どうか彼らに昼食を与え、それを祝福して、彼らを力づけてください。そして午後早めに戻って来て、始まる前に皆席に着いていることができますように。そして主よ、わたしはこれから祈りに行き戻ってきますが、どうか助けてください。午後に新たな油注ぎを与えてくださるよう祈ります。主よ、あなたからのことばであると確信することを人々に伝えることができますように、どうか聞き入れてください、父よ。
179. 父なる神よ、憐れんでください。安全な箱舟の中に入って、後の雨を待つことができますように。イエスの御名によってお願いします。アーメン。
180. おお、どれほどイエスを愛していることでしょう。
おお、•••・
(編注:ブラナム兄弟がハンカチの上に祈っている。)主イエスよ、これらのハンカチを祝福してください。。あなたの霊をこれらのハンカチの上に注いでください。イエス・キリストの御名を信じます。•••?
おお、どれほどイエスを愛していることでしょう。
あなたが先に愛してくださったからです。
181. ええ、いいでしょう。彼が癒しの証しをしたいそうです。(編注:兄弟が証しをしている)
そのとおり、エド兄弟、そのとおりですよ。素晴らしいではないですか。私はいにしえの証し•••?・・聞くのが好きです。車のラジオも始まりましたね。
皆さん、調子はいかがですか? さあ今から真夜中まで、ぶっ続けていきましょう。主が助けて祝福してくださったので本当に嬉しいです。
さて、始める前に、話題の中心であるお方に祈りを捧げましょう。
182. 父よ、あなたのことばから、午後の話を引き出してくださるよう祈ります。わたしたちが聞きたいのはあなたのことばなのです。それから霊の水やりをしてください。イエスの御名によって、この祈りをあなたに託します。アーメン。
190. さて、愚かなおとめでさえも油を求めて叫んでいます。覚えていますか、彼女は処女です。処女ということは教会を示しています。黙示録17章に出ています。教会はおとめなのです。パウロは、こう言っています、「わたしはあなたがたを純潔な処女としてキリストと婚約させた。」(コリント11:2) 黙示録17章に出てくる大淫婦は教会のことです。ヨハネがひどく驚いたのは、その美しさでした。彼女は美しいが、その内部には、殉教したキリストの聖人たちの血が残されていました。そうです。
191. イエスは、彼らがあなたがたを殺し、自分たちは神に仕えていると思っているときが来ると言われませんでしたか。彼らは忠実に行動していて偽善者ではありませんでした。彼らはそう教え込まれていたのです。そういうみことばが蒔かれたので、作物を実らせなければなりませんでした。わたしたちは神の種にとどまってることを忘れないでください。最初の種は神の仰せのことばというのが、今日の主題であり、わたしたちの種です。わかりますか。みことばにとどまっていなければなりません。みことばは、語られたとおりの実を結びます。
193. ところで、3という数字は完全を表すと覚えておいてください。すべてのことは3つをもって完成します。神の役割は、父と子と聖霊です。父なる神は、火の柱として現れた神です。イスラエルをご自分のもとに引き寄せようとされましたが、彼らは来ませんでした。父なる神は子の内に宿られ、ご自分を神の御子とされましたが、同じ神であり、神の種の現れです。このお方が、人々をご自分のもとに引き寄せましたが、彼らは神を十字架につけてしまいました。聖霊は同じ神であり、初めに神の御子とともにおられ、今のこの終わりの時代には、もう一つの神の役割として、教会に住まわれ、みことば(父と子と同様、みことばを語っておられます)を人々に伝えますが、彼らは拒否しています。いつも同じことが繰り返されます。3つの姿で現れたひとりの神です。こんにち神が、人をとおして働きをされているのは、神が働かれているということです。わかりますか。神が人々の内におられるのです。
196. 聖書で大淫婦と呼ばれているのは教会のことです。淫らな女と呼ばれているのも教会、花嫁と呼ばれているのも教会のことです。3つの教会があることになります。これらが誰の花嫁なのか、どのように拒絶されたか、すべてを、主が望まれるなら、調べていきましょう。
197. 共産主義が起こったのは、カトリック教会が非合法にロシアに進出したからです。彼らはお金と土地とあらゆるものをロシアの民から巻きあげました。それが理由で共産主義が起こったのです。
198. 共産主義が世界を支配するとは聖書に書いてありません。しかし聖書は、あらゆる箇所で、ローマ主義が世界を支配すると教えています。だからそちらの方を注意していてください。
199. 今は愚かなおとめが栄えるときです。それがわかります。今まで起こったことがないようなこと、今まで誰も口にしなかったようなことが起こっています。それをわたしたちは目撃しています。
201. さて、主がそうさせてくださるなら、創世記からこれらの教会を明らかにし、黙示録の携挙のところまでいきます。
208. キリストもそれを経験しました。彼女は待つことができませんでした。こんにちの人々の問題もそこにあります。本物の聖霊が教会を導いてくれるのを待てなくて、別のものを作り上げます。復活された本物のキリストが、人々をとおして現れてくださるよう、主を待ち望み続ける代わりに、異言を語ることが聖霊のバプテスマの証拠だと言ったり、あらゆるたわごとを言って、教会に人を呼び込んでいます。待ちきれないのです。
210. さて、兄弟よ、ここにいる人もテープを聞く人も、どうしてわたしが、みことば一つ一つのために戦っているかわかってもらえますか? 先にも言ったとおり、みことばは神の真実だと信じているからです。神は聖書を固守されます。神はこの世を、みことばであるイエス・キリストによって裁かれます。このみことばは人となり、イエス・キリストとなられました。時間をかけてゆっくり理解できるように話しています。忘れないでください。みことばです。
そして今キリストは、花嫁がめちゃくちゃになっているのを知っています。彼はそんな状態のものと結婚すると思いますか? とんでもない。彼は聖なるお方です。彼女は待ちきれずに違法行為を行いました。それはアダムが見たものと同じです。
211. 主がよしとされるなら、ふたつの型を取り上げながらお話しします。他には考えられません。
212. それは偽物以外の何でもありません。そうです。もしそうでないなら、この世は神の力で炎となって燃えているはずです。教会は炎となり、死者は蘇り、あらゆることが起こっているはずです。ですが、キリストが迎えに来て、みことばの種を蒔く前に、彼女は何の種を植えたのでしょう。雑草の種です。世俗的、教派的種です。だから今、彼女は収穫期を迎えているのです。誰の気分も害することがないことを願いますが、神から与えられたことを正しく伝え、正しく受け止められるよう願います。
213. 彼女は無知です。自分が間違っているとは思っていません。イヴもそうでした。彼女は自分が正しいと思っていました。イブが原型なら、教会は対型であって、同じように行動するのです。2 x 2 = 4です。
214. 同じことがキリストの花嫁である教会にも起こりました。ちょっと、最初の花嫁の方に戻って話します。彼女の最初の子が生まれたとき、その子は私生児で、死をもたらす子でした。それからあとは、みんな死ぬ運命にある子が生まれました。このことに性交が関わっていると気がつきませんか? もし性交が原因でないなら、どうして死ななければならないのでしょう。神からの任命を受けたのに、どうして滅びなければならないのでしょうか。神のことばは永遠です。神が、「生めよ、増えよ、地に満ちよ。」と言われたとき、それは神の永遠の目的でした。その任命に従っていれば、死ぬはずがないのです。神のことばですから、あなたは生きなければならないのです。その子が正しく生まれていたなら、この世に死は存在しなかったはずです。でも彼女は待ちきれなかったのです。
215. イエスがまさにその子であり、神の仰せによって生まれた永遠の子でした。死ぬ必要はなかったのですが、わたしたちの負債を支払うために死なれました。負債を払うにはそれが唯一の方法だったのです。イエス以外は皆、悪魔のせいで性交によって生まれた子なので、その資格がありませんでした。やっとわかってきましたか?
216. 神は、「わたしはこの女を病の床に投げ込もう。その子どもたちも死病によって殺す。」と言われました。黙示録にそう書いてあります。どれだけの人が、それが正しいと知っていますか? 彼女を虚ろな床に投げ入れ、その子どもたちも炎で殺す。麦とともに蒔かれた毒麦はどうなりますか? 焼かれるのです。みことばを偽ることはできません。それは真理です。良心のとがめを感じながらも、みことばに逆らってしまうこともあるかもしれません。でも、みことばをまっすぐに走らせ続けるなら、それはイチニ、イチニ、イチニ、イチニ、イチニ、とずっと走り続けます。彼女を虚ろな床に投げ入れよう•••。彼女がもたらすものは死の子に他なりません。
217. さて、女から生まれるすべての人が、死ぬ運命にあるのと同じで、その子どもたちは死んだ胎から生まれたので、死ぬ運命にあります。彼女が交配したからです。彼らは違法行為から生まれた子なので、私生児です。そうです。どうか、スルーしないでください。
221. 聖書のどこに使徒信条などと書かれているのか。「聖徒の交わりを信じます。」とは何事か? 聖人との交わりを信じる者は霊媒者ではないか。死者と交わるのは霊媒である。神と人との仲介者は、ただ一人キリストだけである。キリストは、死から復活して永遠に生きておられる。プロテスタントまでもが、そんなことを信じて、丸首の襟までつけている。他のことはどうか知らないが、カテキズムまで鵜呑みにしている。彼らも好きなのだ。この世に同化するのが好きなのだ。
223. 「いいえ、ありませんでした。あなたは常に正しいことしか言いませんでした。」
「では、なぜ彼らの真似をしたがるのか?」
「サムエルよ、あなたは正しい。でも我々は、どうしてもそうしたいのです。」
226. それで彼らは、何かを作り出さなければなりませんでした。聖霊が教会に臨むまで、待ちきれなかったからです。彼らは自分たちの教団をもっと大きくしなければなりませんでした。もし彼らが、五十年前に聖霊が降りて、みことばが宣べ伝えられたとき(訳注:アズサリバイバル)の状態を守っていたらどうなったことでしょう。多分、教会員は50人にも満たなかったことでしょう。そうです。でも彼らは正真正銘のクリスチャンで、神の力をおび、彼らの語る一言一言が、みことばのおびただしい影響を及ぼし、世界は彼らの言動に震え上がっていたことでしょう。それなのに、こんにちのありさまときたら、騒がしいドラやシンバルの音ばかり。たわごと、もの笑いの種、この世の恥、神の恥となっています。
227. 「あれは彼女のお母さんではないかな。あの長い束ね髪だもの。」と言い、
「そうに違いない。ここはアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教会の近くで、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団本部があるから、彼女たちはそこから来ているのだろう。」と言いました。
そこに髪を短くした女学生たちが座っていました。すれっからしのようなのに、みんな聖書を抱えていました。
228. 年配の女性が出て行って、女学生たちも出て行った後、コリンズ姉妹に似た女性が来て、「お望みのものはすべて揃っていますか?」と聞いたので、
「ちょっとお聞きしたいのですが。」わたしは言いました。
「ええ、どうぞ。」
「あそこにあるのは聖書学校でしょうか?」わたしは知らないふりをして聞きました。
「ええ、そうです。」
「あそこはお得意さんのようですね。」
「ええ、そうです。」
「あなたもあの学校に通っているのですか?」
「いいえ、ごめんなさい、わたしは違います。」
「なぜそう思ったのかというと、あなたが長い美しい髪をしているからです。あそこにいたのはあなたのお母さんですか?」
「いいえ、彼女はここで働いているのです。わたしは長い髪が好きで、わたしの娘も髪を長くしています。わたしの夫が長い髪を好むのです。」
そこでわたしは言いました、「あなたのご主人に神の祝福がありますように。」
229. 「そうですね。」
彼女が立ち去るとき、わたしは「ありがとう。」と言い、それから、「あの通り向かいの建物に通う交雑種の若造たちを叱責するために、神があの女性をここに送られたのだ。」と言いました。
そのとおり。世間の真似をしたがる庶子たち。どれだけ多くの女性たちが、あの国の王妃イザベルの真似をして、それで天国に行けたと思いますか? わかりますか。もしあなたがこの世を愛し、この世のことに関わるなら、あなたのうちに神の愛はありません。国家最大のペンテコステが生み出す、粒よりの未来作物が、そのありさまです。それが花嫁だとは、わたしには理解できません。
231. そう、彼らは顔に塗りものをして、耳に木のブロックの様なものを入れて耳たぶを垂れ下がるようにしています。—時には唇を割いてひっくり返して、それが美しいと思っています。そしてシマウマのような模様を体に描いて、叫び、憑霊状態になって踊り、異言を語り、悪魔を礼拝しています。それが聖霊の証し?
233. 彼女は、私生児を生んで死をもたらしました。わたしたちは皆その子どもです。でも神が、別の生まれ方をして人となってくださり、わたしたちをもとの神の子に戻してくださいました。わかりますか。イヴのいのちの種は発芽しませんでした。一度も発芽しませんでした。それは彼女が交配したからです。ときが満ちてアダムが花嫁のところに入るまで待てなかったのです。キリストも同じです。彼は約束どおり教会に来るはずでしたが•••。神は繁殖を約束されましたが、教会は神のときが来るまで、待たなければなりませんでした。
234. なぜわたしが、こんなにも組織に対立するかわかってもらえましたか? みことばが、わたしの内におられる限り、わたしは全身全霊で組織に異を唱えます。神は、常に組織を憎んでおられるからです。神がそう言われました。
235. これが残酷な状況でないというなら、想像してみてください。ある若者が娘のもとに来てみると、別の男の種を宿していたのを。なんてことでしょう。それを神は経験されました。アダムもキリストもです。ああ、神よ。
236. 彼女は、みことばによる霊の子を生むことができません。彼女自身が、教団教派と交わって、雑種となっているからです。教会協議会とか何とかいう団体に属して、他と変わらなくなってしまいました。もう彼女に稔性はありません。
238. マリアのように•••聞き逃さないように注意してくださいよ。用意はいいですか? アーメン?(編注:会衆「アーメン!」)キリストが花嫁のもとに来るとき、花嫁はマリアのように処女の状態でいます。神が娼婦の胎をとおしてキリストを生まれさせることはありえませんでしたし、キリストの花嫁の場合も同じです。神のことばをもてあそぶ娼婦のところに、神のことばが送られるはずはありません。ひどい言葉を使っていますが、聖書がそう言っているのです。わたしが言っているのは、聖書に書いてあることだということを理解してください。
240. 花嫁は、みことばの純潔な胎から生まれました。イエスも、処女の胎から生まれました。わかりますか。
243. これが、わたしが貫いていることの理由です。教団を非難してきたのもそのためです。「なんだ、彼はただ教会を壊そうとしているだけじゃないか。」 彼らは主に対しても、同じことを言いました。いつの時代にも、そう言われるのです。
250. ところが彼女は、みことばであるイエスを捨てて、教皇と教義を夫にしてしまいました。今や、カトリック教会には教皇がいますが、イエスはおられません。プロテスタント教会も、教団教派はありますが、イエスはおられません。同じことです。どちらも獣の刻印です。
252. メソジストの信徒たちよ、永遠のいのちに定められている者よ、くだらない教えから離れなさい。ジョン・ウェスレーは、墓の中でひっくり返っていることだろう。ジョン・ウェスレーは、教会など創設しなかった。彼が亡くなった後、不良の連中がそんなものを創設したのだ。ジョン・ウェスレーは関与していない•••。昔のペンテコステたちは、このようなものを創り出さなかった。聖霊の働きが止んだ後に創設されたのだ。そのとおり、イエス・キリストは、わたしたちが今ペンテコステと呼んでいるような代物は創設されないし、聖霊も然りである。あなたたちは、聖霊の代わりになるものを創設したが、聖霊を殺すことはできない。やがて、本物の花嫁が現れるだろう。彼女は既に定められており、神がそう約束されたから。
254. 彼女は罪を赦す力があると主張しますが、それができるのは、神のことばだけです。そうです。神だけが、罪を赦すことができます。ファリサイ人たちもそう言っています。ところがこの盲目偽善者の連中はどうしてしまったのでしょう。彼らには、目の前にいるのが、みことばであるということがわからなかったのです。イエスはみことばです。神に栄光!ですからイエスには、罪を赦すことができたのです。彼は、神であり、みことばが人となって現れたお方でしたから。
255. 「どうして彼女らがふしだらなのです? どうしてそのようになってしまったというのです? 皆よい人たちではありませんか。」 わたしは、人についてどうのこうの言った覚えはありません。カトリック信者が悪い人だなどと言っていません。彼らはわたしたちと同じ人間です。でも、母体の教会となると、間違っていると言わざるをえません。プロテスタントも同じです。メソジストもバプテストもペンテコステもどの教派も、みんな同じです。
261. 「わたしは、いつか、いのちを地上に蒔き、・・地を満たす」というみことばが、わたしたちに植えられています。イヴは失敗しましたが、マリアは成就しました。彼女はみことばを受け入れ、イヴはサタンの嘘を受け入れました。マリアは神のことばを受け入れたのです。そしてマリアの種から大地は再び実り、キリストの花嫁、つまりみことばによって、至福の千年紀がもたらされます。神のことばを受け入れた者からみことばが発せられ、そのことばが、選ばれた者たちの心に植えられ、そこに聖霊が来て水を与え、彼らは死なない者となります。「終わりの日に、わたしは彼をよみがえらせよう。」 おお、兄弟姉妹の皆さん、これは本当のことです。
264. 「まあ、わたしが?」
「ねえ、見て美しいだろう? 試してみるべきだよ。」
「でも、主なる神が、だめ、だめ、だめ、まだダメっておっしゃったわ。だからいけないんです。」
「でもわかるだろう?」
「まあ、そんなことしたら・・」
「ねえ、死ぬなんてことはないよ。」 悪魔には、ひずめも先割れの尻尾もありませんが、なんと滑らかな舌を持っていることでしょう。彼は、説教台の裏で画策するぺてん師です。あるいは、髪をオールバックにして、若い娘をたぶらかす不良です。かわいい娘の周りをうろついて•••まあ、やめておきましょう。
265. 「どうしてそのようなことがありえましょう。」
「聖霊があなたに臨むのです。それは神のことばです。」
「おことばのとおり、この身になりますように。」 こうして、いのちが生まれました。
サタンがこう言ったのを知っていますか? 「みんなの笑い者になるよ。」
ばら色の頬の少女は、その声を無視しました。体に何の変化もおきていませんでしたが、神がそう語られたので、ユダヤの地に行き、「ねえ、赤ちゃんが生まれるのよ。」と言いました。それがすべてです。もう一度祈りの列に並び直す必要はありませんでした。彼女は信じたのです。それだけです。妊娠の兆候はありませんし、何も感じませんでしたが、「ねえ、赤ちゃんが生まれるの。」と言ってまわりました。神がそう言われたからです。これが、アブラハムの(信仰の)血を引く種です。
266. 「神がそう言われたのだ。」
「あなたは25年前も、同じことを言っていたよ。」
「わかってる。でも神がそう言われたのだ。」 これです。これが共通点です。
こんにちなら、なんと言うでしょう。「でも、教団から追い出されてしまうよ。」
「でも神がそう言われたのだ。神のことばだから。」
「でもそんなやり方で洗礼を受けたら•••・」
「でも神がそう言われたのだから、そうするんだ。」
これが純潔なおとめです。洗礼のことだけではありません。みことばすべてに従うのです。
268. イヴが犯した間違いの結果は? 身体と霊の死でした。みことば以外の言葉を受け入れて、はしゃいでいる今の人たちの行き着く先は? 身体と霊の死です。体も霊も消滅して、何も残りません。確かにそうなります。
269. ああ、早くこの話をおしまいにしたいです。みなさん、理解できていますか? 初めに心に入るのです。文字通り彼女の胎に入る前に、まず心の中に聖霊を受け入れ、お任せしなければなりませんでした。霊の子が生まれる前に、みことばは、あなたの心の中に定着していなければなりません。つまり、信じるということです。
「わたしのことばを聞いて、わたしが神から遣わされたことを信じる者は、永遠のいのちを得、裁きの座に立たされることはなく、(あるいは艱難の試練に会うことはなく)死からいのちへと移される。」そのとおり。
270. 確かに、悪魔もマリアに同じことを言ったかもしれません。「お前は何者だ? 町で一番の貧乏人じゃないか。たかだか16かそこいらの水汲み娘。父親はなく、母親は盲目の年寄りじゃないか。(彼女の母の名はアンだと聞いています)いったい何のためにそんなたわけたことを言ってまわるのか。」
「聞きなさい。わたしの母は 目が見えませんが、神を畏れる人です。小さいときから、わたしに言い聞かせてくれたので、わたしの心にみことばが植えつけられています。神はイザヤ9:6(訳注:イザヤ7:14)で、おとめが子を身ごもると言っておられます。」
271. 「どうやってそんなことがわかるのか。」
「そんなこと言って•••」
「これからどんなことを言われるかわかりますか?あなたは•••と呼ばれるようになって・・」
「わたしが何と呼ばれようと構いません。主のおことばのとおりにこの身になりますように。」
ああ、みんなそう言えますか? もし心の底からみんなが、「主よ、あなたのおことばの通りにこの身になりますように。」と言えたらどうなるかわかりますか? 選ばれた人が本気でそう言うなら、その瞬間、空に閃光が走ります。(そのとおり)来たるべきものを迎えるため、本当にそのことがわかるなら、そのことばの上に霊の水が注がれ始めるでしょう。
272. マリアは純潔な心と純潔な胎を持っていました。天使が来て「あなたは赤ちゃんを生むでしょう。」と言い、それから悪魔が来て「そんなことは黙っていた方がいい。」と言いました。天使が「それは神のなせる業です。」と言ったので、彼女は疑うことなく、イザヤの9:6を思い浮かべ、言いました、「見よ、主のはしため。」 結果は? 聖書に書いてあるとおり、処女が身ごもり、永遠のみことばが彼女のうちに宿り、永遠のいのちが生まれました。
273. そうです。さて、注意して聞いてください。あと1時間くらいしかないので、少しとばして読み始めます。できるだけ早く読みます。わたしに我慢して、一緒に祈っていてくれるなら、あと1時間で終わることができるでしょう。
275. 雑多な民衆を引き連れてエジプトを脱出した、大切なイェホヴァの花嫁であるイスラエルは、約束の地に足を踏み入れる前に、モアブと姦淫をおかしました。そうですよね。ではどのように? 神のみことばに反する偽の預言者にそそのかされたのです。彼は、あらゆるしるしや儀式的なことに長けており、モーゼに負けないほど霊的な人物でした。
277. さあ、モアブのことですが、バラムは疑う余地なく、大祭司であり偉大な人物でした。彼は七つの祭壇を建て、七匹の子羊を捧げ、来るべきメシアを信じていることを告げていました。兄弟の皆さん、もし基本だけを取り上げるなら、神はモアブも、イスラエルと同様に認めなければなりません。
カインが主のために築いた祭壇は(サタンの息子が主に祭壇を築いたのです)、アベルと同じものでした。二人とも主に礼拝し、教会に行き、什一献金をしました。二人とも義務を果たし、同じ神に礼拝しましたが、一人は受け入れられ、一人は失われました。なぜでしょう。
279. イエスはそうは言いませんでした。ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です。」と言った時、イエスが言われたのは、「ヨナの子シモン、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは人間ではなく、わたしの天の父なのだ。」
ペトロは、神学校でそれを学んだのではありません。「教団はそれを教えないが、あなたにこれを明らかにされたのは、天の父である。わたしはこの岩(神の真理のことばの霊的啓示)の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに抵抗できない。」
282. あなたたち庶子集団よ、恥を知りなさい。神は外に立っておられるのですよ。(先のキリストの先駆者)ヨハネが何と言いましたか? 「言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。『私はこれこれに属する』などと思ってもみるな。」
283. あなたのペンテコステの情熱は、どこに行ってしまったのですか。今ではバプテスト教会より形式的になっています。確かにそうです。今は悪い夢を見ているような気になりませんか? でも、ヨエル2:28で何と言っていますか? 「だが、わたしは回復する、と主は言われる。」
(編注:テープの空白)
284. それがどうしたというのです? いったいわたしは何を言おうとしているのです? テープでこの話を聞くみなさん、車の中で聞いている皆さん、会堂で聞いているみなさん、なぜわたしがこのようにこだわり、公然と非難しているかわかってもらえますか? わたしは誰をも非難していません。人を非難しているのではないのです。でも彼らと同じ立場に立っては、やっていけないのです。無理です。それが間違いだとわかっていますから。
285. イエスは言われました、「人は、パンだけで生きるのではなく、神の口から発せられることばのひとつひとつによって生きると書いてある。」
289. 3日間部屋で、主を待ち望んで断食していました。神が、これから起こることを示されたとき、思いました。「神よ、これはどういうことでしょう。ここにわたしが映っています。これらをみな、教会に知らせたら、わたしはどうなるのでしょう。どうすればいいのでしょう。あらゆる教会の原型と影や、あらゆるものを見せられた末に教会が消滅するのを見せられました。あなたは何をされるおつもりですか?」 それからみことばが、心に来ました、
「わたしは回復すると、主は言われる。(そうです!)回復する。」松の老木は山火事で焼かれるとき、枝を振るって種を落とします。その種が新しい芽を出します。古木は教団組織やら何やらと一緒に焼かれますが、みことばの種は残ります。神のことばは、また芽を出して成長します。みことばの種は失われることはありません。
291. どういうことですか? 彼らは神に回心したのではなく、教団に改宗したのです。それだけのことです。教団の種を蒔けば、収穫できるのはそれだけです。「さあ、兄弟よ、教会に来て、台帳に記名しなさい。」その程度のことしか彼らは知らないのです。
292. 間違った洗礼をして、いろいろなイベントをして、それだけでいいのです。
でもキリストが来られるのは、純潔なおとめのところです。一点のシミもなく、教団や教義のシワもない教会のところに来られます。教会は、純粋にみことばだけになります。
293. もしこれからそうなると言うのなら、もうすでに期限切れだと言わざるを得ません。ノアの時代、彼が辛抱したように、神は花嫁の準備をされています。ペンテコステよ、50年前に雨が降ったあと、どうして花婿であるキリストは花嫁を迎えに来なかったのですか? 考えてみてください。どうして?なぜなら、あなたたちはキリストのためでなく、自分たちのために教団を創ってしまったからです。キリストは、ふしだらな女と結婚しません。彼はおとめと結婚するのです。厳しい言い方ですが真実です。回りくどい言い方をせず、率直に、真理を語ります。あなたたちに理解してもらうためです。
297. その日、彼らは踊っていましたが、踊るというより跳ね回っていました。そして霊に促されて歌っていました。「なんて素晴らしいんだ」と思いました。ひとりの人が異言で語ると、もうひとりが解釈していました。彼らは会衆の中から人々を呼び出していました。「なんと素晴らしい。」わたしは夢中になりました。
298. そしてひとりが異言で語ると、もうひとりが解釈しました。「千年紀がもうすぐそこまで来ているに違いない。これが証拠だ。」と、わたしは思いました。そして、「神の働きをしているあの人たちと握手することができたらいいのに。」
と思い、外を歩いているときにそ、のうちのひとりに近づきました。わたしはよそ者ですから、彼らはわたしを知りません。教会の周りを歩き回っているうちに休憩になり、そこでその人に会ったのです。彼と握手をして言いました、「初めまして、兄弟。」
299. と言いました。彼も、「初めまして。」と言い、少し会話するうちに、彼が本物のクリスチャンであることがわかりました。それで思いました、「神よ、あなたを褒め称えます!」
それからしばらくして、もうひとりの人に会い、挨拶しました、「初めまして、兄弟。」 そして話をしているうちに、彼が、これぞ偽善者と太鼓判を押せるような人物であることがわかりました。彼は黒髪で、ブロンドの女性との間に一人、ブロンドの女性との間に二人の子どもがいました。それをまぼろしで見たのです。
301. 「あなたたちが受けているものを、わたしも受けたか、わかりません。」
「神に栄光!異言を語ったことはあるかい?」
「いいえ、」
「それなら、まだ聖霊を受けていないのだ。」
それでわたしは言いました、「それなら受けていないのでしょう。これは何か新しいことで、今まで聞いたことも見たこともないからです。」
「それなら、あそこに行って受けて来なさい。確かにあなたはそれを受けますよ。」
わたしは「ありがとうございます。」と言ってから思いました、「兄弟よ、あなたが受けたものを、受けたくはありませんよ。」 それからしばらくそこにいてから出て行き、夜森の中で祈りました。「神よ、どうかお慈悲を与えてください。わたしはもう帰ります。」 それで家に帰りました。それについては、良いとも悪いとも言えませんでした。
303. 「一度光を受けて天からの賜物の味を知り、聖霊にあずかる者となり、
神のすばらしいみことばと、後にやがて来る世の力を味わったうえで、
しかも堕落してしまうならば、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。
土地は、その上にしばしば降る雨を吸い込んで、これを耕す人たちのために有用な作物を生じるなら、神の祝福に預かります。
しかし、いばらやあざみなどを生えさせるなら、無用なものであって、やがてのろいを受け、ついには焼かれてしまいます。」
そして思いました、「いったい何のことだ? 今祈っていることと脈絡がないじゃないか。」 わたしは別のことで祈るためにそこに来ていたのです。そこで聖書を置いて、「さあ、もう一度聖書を開いて、読んでみよう。」と思いました。すると風が吹いて、開いていた旧約聖書からページがパラパラまくれて、ヘブル書6章が開きました。目をやると同じ箇所です。それで、もう一度同じ箇所を読みました。そして思いました、「ビル、なんだか迷信的になった来たぞ」って。
305. 人々は教会でいつも言います、「ブラナム兄弟、わたしはそれを信じます。」しかし、それに向かって行動しようとはしません。彼らは、境界を乗り越えることができないのです。集会にやって来た女性に、ショートヘアについて話します。すると翌年には、彼女らがショートヘアにしているのを見る羽目になります。男性も同じことです。そういうボーダーライン信者がいることはわかっています。」
306. そう言ってからしばらくじっと座っていました。それから思いました、「神よ、もしこれが、わたしに何かをわからせようとしている大切なことなら、まぼろしを与えて教えてください。父よ。」それから木のうつろの向こう側を見上げ(わたしはチャールスタウンの上の方にいました)丘の向こうのニューマーケットの方を見やり、そして見ていると、虹のようなものが谷の上にかかっていました。その虹を通して、何かが現れるのが見えました。目を凝らしていると、それは世界でした。白い衣の人が見えました。
307. わたしが見た白い衣の人は、そんなふうにして種を蒔いていました。大地の畝に沿って、ていねいに蒔いていました。わたしは、「これは何を意味しているのだろう。」と不思議に思いました。それから見ていると、その人が背中を向けた後に,いんちき師が、こんなふうにしてやってきました。ぱんぱんの袋を持って、彼の後から種を蒔いています。こそこそしながら地上に種を撒き散らして歩いていました。
308. それで、思いました、「どういうことなんだろう。麦が喜んで叫ぶのはわかるが、毒麦の方はどういう意味があるんだろう。」すると、神が言われました、「ヘブル書6章を読みなさい。」
309. 同じ霊によって、本物の信者が、異言の賜物を受けて、みことばの水やりを受けて、クリスチャンとなります。その同じ霊が、イヴの交配がもたらしたように、別の代物をももたらし、両者を喜ばせ叫ばせます。何が真理なのでしょう? 初めから種が違っていたということです。
313. わたしには霊の内にとどまる場所があります。何が起こっているのか、聖書に照らし合わせながら教会に知らせるなければならないのですが、ふと迷いました、「主よ、人々をここにずっと立たせています。そこにも立たせることになるでしょう。何を話せばいいのでしょう。わたしには未来を予測できません。何をどうしろとか指図できません。わたしは何をしたらいいのでしょう。彼らを困難な立場に立たせてしまうでしょう。」それから手を上げて言いました、「神よ、わたしがしていることは、あなたの御意思です。今までこんなことをしたことはありません。」なぜなら、種が蒔かれていなかったからです。「でも今が、それを話すべき時だと信じます。でも、どのように話せばいいのでしょう。」
315. これに関する聖句が必要なら、後で調べることができます。本来なら読むべきですが、時間がないので、箇所だけお伝えします。1ペトロ2:1-6 エフェソ5:23です。後でその箇所を読んで確かめてください。
320. 神はそこから群れを取り出して、みことばと適合するまで砥石で磨き、みことばと同じ働きをさせようとされています。それが花嫁です。
321. さて、キリストの体も同じ働きをします。頭と体は一体だからです。そうですね? もしキリストが頭なら、頭はみことばです。キリストの体も同じですから、みことばの教会です。キリストの体は、処女のみことばから生まれた教会です。教団に属する教会ではありません。
322. ああ、兄弟の皆さん、これについてしばらくお話ししたいくらいです。体が動くのは、頭から指令が送られるからです。
そして頭はみことばです。頭はみことばです。
323. 神の人がやってきて、妥協することなく神のことばを聖書に忠実に説きますと、教団の人がやって来て、「えへん、駄目です。追い出しなさい。」となります。これでは体は動けません。
324. なぜわたしが熱心にこのような種を、キリストの体のために蒔いているかわかりましたか?本当の雨が、まもなく降ります。雨の前に、その種が蒔かれていなければならないのです。生きているうちに、そのことが起こることを望みます。その種は初めのときのように、神の仰せのことば、生きたことばになって、神の力を持つのです。なぜなら、それはキリストの内に、キリストの体の内にあって、キリストの働きをするものだからです。神が、この体に与えられた約束に目をとめましょう。
325. ヨハネ3:16は正しいと信じますか? 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」 このことばを信じる人は、アーメンといってください。(編注:会衆がアーメンと答える。)わたしは体について話しています。
327. このことばを信じるよう提唱します。もしこれがみことばでないなら、ヨハネ3:16も、みことばではないことになります。ある聖句は信じて、別の聖句は無視するなんてことが可能でしょうか。神のことばは全て正しい。しかし、それは、他ならぬ神の種が植えられた処女の胎に入らなければなりません。信じますか?
328. 教団の種は、教団の赦しを与えます。神は、「みことばは、みことばのとおりになるように。」と言われました。だからそのとおりになっているのです。兄弟よ、聖書は正しい。信じますか?
329. 「悔い改めて、イエス・キリストの名によって洗礼を受けなさい。」「はい、そのとおりにします。アーメン。」 あらゆるみことばに対して、「アーメン。」 それです。みことばのとおりにすることです。神が、罪を赦す権限を与えると言われたのは、聖霊に満たされた、みことばの体に対してです。みことばは神です。ですからみことばだけが、罪を赦すことができるのです。
331. 今の時代も同じです。キリストのことばを知っていると主張していますが、神がキリストのうちにおられたことを知らない人たちがいます。絵に描いた火で、誰が暖まれるでしょう。神学校での学びとはなんのことですか? 彼らはモーゼのことは勉強しましたが、モーゼの神を知りません。
332. イエスには弟子たちに、こう言われたはずです、「わたしをお遣わしになった父はわたしの内におられる。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたたちを遣わす。」「わたしをお遣わしになった父はわたしの内におられる。もし、父が約束されたみことばの業をわたしがしなかったら、わたしを信じなくてもよい。聖書はわたしについて証しするものだからである。」 ハレルヤ。教会よ、あなたはどの立場に立っているのですか? 教会は言います、「神がこれこれのことをされたことは知っています。でも、今ではそんなことは起こりません。」『神がモーゼとともにおられたことは知っています。」
イエスは言われます、「しかしわたしをお遣わしになった神はわたしの内におられる。もしそれが信じられないのなら、わたしについて聖書になんと書いてあるか調べなさい。わたしが何をするか聖書に書いてある。もしわたしがそれをしなかったら、わたしを信じなくてもよい。」
333. 神に証明していただきましょう。もしわたしが説いていることが、神から真実と証明されなかったら、それは真実ではありません。でも、みことばがこれを語り、それが実際に行われているのなら、あなたはどうしますか?
336. 「ブラナム兄弟、あなたが言っているのは、キリストの教会のことですね?」 そうです。それがキリストの体です。わたしの妻はわたしの体の一部ではないですか? あなたの妻はあなたの体の一部ではないですか? 聖なる結びつきにより、肉の肉、骨の骨になったのではありませんか? だからクリスチャンは娼婦と結婚してはいけないのです。それは正しいことではありません。神のことを台無しにするからです。
337. 主権はどこに?(編注:会衆が「肩」と答える。)肩はキリストの体の一部ですね? 彼の肩は彼の体の一部です。地上での主権はどこにありますか? キリストの体にあります。聖徒が地を裁くのです。そうですね?
パウロは言いました、「あなたがたの間で、仲間の争いが起きた時、聖なる者たちに訴え出ないで、正しくない人々に訴え出るようなことを、なぜするのです。あなたがたは知らないのですか。聖なる者たちが世を裁くのです。」 そうです。聖なる者たちが世を裁くのです。主権はどこに置かれるのですか? キリストの肩です。主権はキリストの肩に置かれます。
それは体の一部で、キリストの地上での力です。神の地上での力は、神のことばに委ねた人からなるキリストの体です。
338. 1サムエル8:7では、神のメッセージが拒絶されました。神には、サムエルという預言者がいましたが、人々は彼とメッセージを捨て、この世を選びました。言っていいのか悪いのかわかりませんが、これは神の掟です。神の掟とは、神の証明を受けた使者を受け入れることです。聖書で確かめてみましょう。ヨハネ13:20を読みます。
神に認証された使者を受け入れることです。兄弟よ、これを素材に何千もの説話ができるでしょう。これは神の掟です。受け入れなさい。
339. 「いいえ。」
「大きな建物を建てるために献金を募ったり、自分の名誉のために大規模なことをしたことがあるか?」
「いいえ。」
「わたしが語ったことばに、神は答えてくださったか?」
「そうです。」
「それなら、なぜわたしの言うことを聞かないのか?」
340. 「誰がわたしに罪があると非難できるのか。あなたたちに神のことばを明らかにして、あなたたちが信じるか確かめてみよう。神が、あなたたちのうちにある神のことばを証明されるか確かめてみよう。もしわたしが、自分について語るなら、わたしは嘘つきである。しかし、もしわたしが神のことばを語るなら、神がわたしをとおして神のことばを語られるなら、わたしの語ることは正しい。すると誰が神のことばを信じていることになるか、わたしか、あなたたちか?」
イエスは、「わたしが遣わす者を受け入れる者は、わたしを受け入れるのだ。」と言われ、イエスを受け入れた者に対しては、「わたしを受け入れる者は、わたしを遣わされた神を受け入れるのだ。」と言われました。これについて話す時間がもっとあればいいのですが。
341. それを信じますか? 聖句を読んでみましょう。1コリント11:1で、パウロは、「わたしがキリストを見ならっているように、あなたがたもわたしを見倣ってください。」と言い、ルカ10:16で、イエスは、
「あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾ける者であり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒む者です。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒む者です。」と言われました。
これで、神が使者を遣わして、メッセージを伝えさせられることが確かめられました。神は常にそのようにされます。
342. キリストは体にみことばの種を植えられました。そのキリストはわたしたちの内におられてみことばの種となられたのです。神は余すところなく全てをキリストに注がれ、キリストは余すところなく全てを教会に注がれました。だから、教会にはその権力があるのです。
343. さて、わたしの種はどこからできますか? わたしの体からです。りんごの種は? 母体の木からです。種は体から生じます。そして聖書の教会はキリストの体です。新生はキリストご自身を体に宿らせることです。キリストの教会はキリストのことばです。だからヘブル13:8の、「イエス・キリストは過去も現在も未来も変わらないお方です。」ということばを実感できます。信じますか? これは教団の交配種に当てはまることばではなく、軌道に乗るためにロケットの中でカウントダウンを待っている人々のためのことばです。神に栄光!教団の交配種のためのことばでは決してありません。それは種に与えられているのです。
345. 結婚した妻の子より妾の子の方が、何倍も多いのです。でもどれだけ多くの数がいようと、彼らには本当の父がいないのです。
教団の庶子たちはユダ8-13に書かれている世俗教会のことです。「水のない雲、自分の恥のあわを湧き立たせる海の荒波。」 教団に属するペンテコステ教会のことは2テモテ3:1-8に書いてあります。「見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者。」彼らから生じる実が、彼らの正体です。
347. 天使はピリポに指示を与えましたが、実際にいのちの胚芽を宿しているのは体であり、それはピリポでした。さて、兄弟よ、ここからが大切です。いのちの胚芽はどこからきますか? 天使からではありません。天使はただ彼に道を示したのです。天使はメッセンジャーで、ピリポは子です。ピリポが胚芽、メッセージ、みことばを宿していたのです。こうして子が生まれます。ピリポが宦官の上に手を置き、ピリポがイエス・キリストの名によって洗礼を授け、それから確かに神の霊が降ったのでした。
さて、胚芽は体から芽を出します。なんの体ですか? キリストの体です。そしてピリポはキリストの体の一部でした。
349. 「サウル兄弟、あなたが道の途中で出会ったのは主です。」 どうしてわかったのでしょう? アナニアにはみことばが宿っていたからです。主のことばは、預言者のところに来ます。だから預言して言いました、「主が、わたしをここに遣わされました。わたしが手を置くと、あなたは癒されて、聖霊を受けるでしょう。そして視力が回復します。」 すると、パウロの目から鱗のようなものが落ち、彼は立ち上がってイエス・キリストの名によって洗礼を受け、もっと深くキリストを知るために出て行きました。天使が指示を与えました。そうです。パウロにも種の胚芽が宿っていました。
その種に永遠のいのちを与えるのは神の霊です。ひゅう。
351. さて、兄弟の皆さん、(テープを聞く皆さん)、もし、わたしの意見に異を唱えるなら、わたしはあなたのために祈ります。もしわたしが間違っていたら、あなたはわたしのために祈ってください。今から読みますので、どうぞしっかり聞いてください。聖霊が「ペンを取りなさい」と言って、話してくれたことです。いくつかの部分は読まずにとどめておきますが、それ以外は皆さんに、明らかにします。
353. 第二の子は神が仰せになったことばの種でした。アダムのように花嫁が与えられましたが、婚姻の前に彼女も間違いを犯しました。アダムの妻と同様、彼女にも自由意志が与えられており、神のことばを信じていのちを得るか、疑って死を招くか選択する自由がありましたが、後者を選んでしまいました。
355. 何も、死でさえも、彼女を害することができません。なぜなら、この種は蒔かれると、水を吸収して必ず再生するからです。アーメン。(とんでもなく大きく『ハレルヤ』と叫びたくなりました。)これが秘訣です。みことばが花嫁に宿ります。キリストがなさろうとしている思いを、花嫁はみことばによって知ります。それからイエス・キリストの名によって、彼女はキリストの思いを実行します。花嫁には権威のことば、「主はこう言われる」が与えられます。
それからそれが発芽し、聖霊による水やりがなされて、成長し、目的を果たします。花嫁はキリストの思いだけを行います(アーメン。そう信じます。)誰も別の考えを押しつけることはできません。花嫁は「主はこう言われる」を行い、キリストから示されなければ黙っています。このようにして、神の働きが行われるのです。花嫁の内におられるキリストご自身が、神のことばを、引き続き成就されるのです。キリストは地上におられたとき、すべてのことばを成就されたわけではありません。まだ時が満ちていなくて残されていたことがありました。それを花嫁を介して成就されます。
357. (このたとえの意味がわかりますか? さて、聞いてください)そして定められたときが来ると、神は、みことばを守って神に付き従ったヨシュアに、約束の土地を与えられました。神は彼を信頼し、彼以外は信頼しませんでした。同じことが繰り返されます。
359. 神はエリヤを荒野に潜伏させました。王でさえ、彼を呼び出すことはできませんでした。神のご意思に逆らって彼を連れ出そうと説得に来た者たちは、殺されました。(ああ、神よ)しかし、神が忠実な預言者にまぼろしで語られると、彼は荒野から出て行き、「主がこう言われる。」を実行しました。彼が何をしたかというと、まっすぐみことばに戻ったのです。12個の石をぐるっと巻きました。
360. 皆さん、霊の心で聞いていますか? これ以上どんな例を挙げることができるでしょう。少し飛ばします。
361. 人々はコラの偽りに惹かれました。神はイスラエルに、神のことばを語る者が神に認証された預言者であると、はっきり語られました。コラは聖書的預言者ではありませんでしたが、人々に人気がありました。現在もコラと同じです。手に血をつけ、演台で火の玉を出し、指に油を浸し、そして女性説教師も同様、ショートヘア、ボブヘア、化粧・・あなたはそんなことに関心を寄せないと思っているでしょうが、イスラエルがコラに関心を寄せたように、今の時代も、人々はそちらに引き寄せられるのです。真理のみことばから逸れて、教団の教えに入っていくのです。それらの人たちに何の種類の種が蒔かれているか、はっきりわかります。
364. (しっかり聞いてください。)その時までに、すべて聖書に書いてあることは成就しなければなりません。聖書は終了します。この油注がれた使者が到来すると、教会時代は終わり、同時に異邦人の時代も終了します。この使者は、蛇のことから、初めの雨の使者のことまで、聖書全体に書かれている神のことばの種を蒔きます。それからこの使者は教団の人々から排斥されますが、先人ヨハネやエリヤも同じことをされました。エリアがアハブ時代に排斥され多様に、アメリカで同じことが起きるでしょう。この国の原型はイスラエルです。
369. 先にわたしは、「血や油を使った斬新な見世物を壇上で行う者たちを、それが神のことばかどうか、聖書的かどうかおかまいなしに人々は支持している」と言いました。イエスは、終わりのときにこのようなことが起こると警告されました。先に話したようにマタイ24章で、にせの霊が聖霊に似通って、できれば選ばれた人たちをも惑わそうとすると書いてあります。どのようにして、にせの霊を見分けますか? みことばによって試すのです。みことばを語って、相手がどのような反応を示すか見るのです。もしみことばを信じないなら、彼らのうちにその種の胚芽はありません。彼らは悪魔からのものであって、あなたを騙そうとしているのです。初めの花嫁が騙され、2番目の花嫁も騙されたように、彼らは3番目の花嫁を、みことばを人の教えと交配させることによって騙そうとしているのです。
370. エリヤは女に、「まずパンを焼いてください。」と言いました。奇跡が起こったのは、女がエリヤのことばに従った後です。まずみことばがあり、それから奇跡が起こります。聖霊はみことばの種を活性化させます。神から遣わされた使者が、聖書のある箇所は信じて、ほかの箇所は信じないなどということがあり得るでしょうか?
374. 間もなく教団同士が結びついて教会連盟を強固なものにしていくことでしょう。恐ろしいことです。ここのような教会は追いやられて活動できなくなります。ちょうどそのようなときに、イエスが現れて、誰が花嫁で誰がそうでないかをはっきりとされます。
376. イェホヴァの花嫁も死にました。神は、彼女に三行半を手渡され、代わりに異邦人の中から、神の名を受ける者を選ばれました。神の名、女性は男性の名を名のりますね、つまり花嫁です。しかしこの花嫁も前の花嫁同様のことをしました。教団組織を創り、自らを汚したのです。それでも神は、各時代にリバイバルを起こし、神の預言者を送られました。(預言者は宣教者です。真の宣教者は神のことばを宣べ伝え、神のことばにとどまります。)彼らはリバイバルを起こし、選ばれた者を集め、選ばれた者は種となっていきます。神は同じものを使われません。神学者や歴史家に聞いてみなさい。組織化した教会からリバイバルが起こったことがあるか。一度もないはずです。教団と化した教会はいのちを失い、横たわるのみです。
381. 聖霊が降ると、人々の間で活発な動きがあり、確かに教団同士は一緒に動くようになります。そして神の教会は排斥されます。教団は互いに同盟を結び、同盟部外者には売り買いできないように共謀するでしょう。ほんの少しの間、ローマが世界を牛耳ります。共産主義でなく、ローマ主義が世界を思いのままにし、神に捨てられた教団組織の教会で構成されるプロテスタント主義が、それに協賛します。このことが起こるのは、神のことばを知っているのと同じくらい近いです。
384. 愛します、おお神よ、愛します(みことばを愛しますか? それなら神を愛しています。)
あなたが先に愛してくださったから
そしてわたしを贖ってくださった
カルヴァリの木の上で
主は素晴らしいと思いませんか。頭を下げましょう。
385. 今この人たちを、ここにいる人も、あとでテープを聞く人も、あなたのもとに引き寄せます。神ご自身が彼らに解釈を与えてくださいますように。わたしは確信しています。わたしが語ったみことばが、定められた者たちの上に落ちることを。あなたのみことばは真理です。
父よ、ごめんなさい。数々の間違いを犯してしまったわたしを許してください。そしてここにいる人もテープを聞く人も、すべての人の罪を赦してください。主なる神よ、わたしたちは、終わりが近づいていることに気づいています。あらゆるしるしが現れていますから。主よ、霊的な心を持つ者は、わたしが語ってきたことを把握すると確信します。主よ、すべての人が、今がどのような時なのか理解しますように。何かが迫ってきています。破壊するものの音が聞こえます。近づいてきています。
386. (みんなで歌いましょう、手を上げて。)
さて、これまで6時間みことばを説いてきました。最初にお薦めするのは、悔い改めて、主に向き直ることです。そして、罪の赦しのために、イエス・キリストの名によって洗礼を受けることです。(洗礼の準備がすぐ整います)すると神が約束どおり聖霊を与えてくださいます。この約束は、あなたとあなたの子どもたちと子孫に与えられています。メソジストもバプテストもカトリックも長老派も、誰でもこの言葉を受け入れるものは、ためらわずに来なさい。信じますか?
これからの進行は牧師にお任せします。洗礼の準備が整うまで、ネヴィル兄弟、さて、ちょっと座ってください。わたしたちの牧師ネヴィル兄弟から集会の案内があります。再会するまで、皆さんに神の祝福がありますように。