1. [テープ欠落]
どうやら、私が毎晩壇上に上がるときに歌うあの歌が、皆さんにとってはもうお決まりの流れになっているようですね。
でも、ここに立てることは、私にとって本当に大きな特権です。人々の前に立って「いのちの御言葉」を奉仕する者は、誰であっても、それは神が与えてくださった特権なのです。
私はそのことをとても幸せに思っています――この働きのこの部分を。
そして、今夜の集会が素晴らしいものになると信じています。
今この瞬間も、ご本人がまだ気づいていないうちに、多くの人々が癒されています。
[テープ欠落]
……この集会には、何度もここに来て、ただ病人のために祈っている方々がいます。
そして御霊の油注ぎの下で、何かが渦を巻くような感覚――そんなものを感じることがあります。
すると、そこにそれが現れるのです。
私は確かにそれを感じています……それは確かなものです。
2. そして、その引きがふっと緩むと――それで終わるのです。
だから私は、ときどき会衆の中にいる人たちが「もう癒された」ということが分かるのです。
というのも……私はそれを引っ張られるように感じるからです。
引き寄せられ、引っ張られて……まるで誰かが私の――
[テープ欠落]
――何かを引っ張っているような感じがして、
そして、それがすっと離れるのです。
時々、私は振り向きたくなることがあります。
でも、私は別のことに意識を向けていて、
一つ一つの動きを見守っているのです。
だから、そのままにしておきます。
なぜなら、その人は数日後になって
「自分の身に何かが起こった」ことに気づくからです。
分かりますか?
そして、ちょうど今も、ある方が何かについて証しをしていましたが……
[テープ欠落]
3. 彼はこう言ったのです。
「ブラナム兄弟、私はあの集会に座っていただけなんですが、何かが全身に臨んできたんです。」
そして彼は言いました。
「家に帰って、『主イエスよ、これは何なんですか。私に何が起こったんですか』と祈りました。」
彼は三十年間、ヘルニア用の帯(トラス)を着けていたのです。
それから、少し横になって、また眠ったそうです。
すると、夢の中で、また集会にいるのを見ました。
主が歩いて来られて、彼のトラスを指さされたのです。
彼は目を覚まし、そのトラスを外しました……
すると、完全に治っていたのです。
また、ある婦人の証しです。
彼女は集会から家に戻っていました。
長い間、胃の病で苦しんでおり、祈りの列に並ぶことができませんでした。
彼女はこう思ったそうです。
「もしあのことが本当なら、他のこともきっと本当のはずだわ。」
そう言って、ただ神を信じたのです。
集会に行ってから一日ほど経った頃、
彼女は家で皿洗いをしていました。
すると突然、何かが起こり、
ひんやりとした感覚が体を通り抜け、
彼女は泣き出しました。
何が起こったのか分からなかったそうです。
彼女は急いで甘いミルクを取りに行きました。
普段なら、胃が熱を持っていて、
甘いミルクはすぐに吐いてしまっていたのです。
ところが、そのミルクを一杯飲んでも、
とても具合が良かったのです。
彼女は急いで隣人に知らせに行きました。
すると、その隣人は四つん這いになって神に感謝していました。
彼女も、たった今、癒されたところだったのです。
何が起こったのかというと、
神の御使いがその信仰を見て、
その地域を通り過ぎながら、
しるしと不思議をもって御言葉を確証しておられたのです。
そこに、その二人の婦人がいました。
二人とも、本当に喜び、神を賛美していました。
もう一人の婦人は、婦人特有の病を患っていましたが、
彼女も同じ時に癒されたと言いました。
4. 私が、天から下って来られたこのお方――
神から遣わされた賜物について語るとき、
私はただここでそのお方を宣言しているだけなのです。
私は、そのお方の口にすぎません。
ご自分が言われること以外、私は何もしません。
そして、皆さんがそのお方を信じるようになるなら、
そのお方は、あなたがどこにいようとも、
そこへ行って、神の御言葉を確証してくださるのです。
これは真実です。
本当に、その通りなのです。
ところが……
聖霊以外のことを話そうとすると、
何かが少し締めつけられるように感じるのです。
ほんの少しですが、
誤解されてしまうかもしれない、
そんな感覚があるのです。
ですから、もしよければ、
ほんのひととき、
私にお話しさせてください……
5. 私が「御使い(天使)」について語るとき、
それは御使いを礼拝するという意味ではありません。
皆さん、分かりますね?
御使いを礼拝するのではありません。
いいえ、いいえ、決してそうではありません。
礼拝するのは神です(分かりますか)。
御使いではありません。
ただし、御使いたちの務めについては、私は信じています。
私は、神の御使いたちが、
私たち一人一人を見守っていると信じています。
そしてイエスがこう言われたことも信じています。
「彼らの御使いたちは、天におられるわたしの父の御顔を、いつも見ている。」
さて……
以前、私の身近にいた人々――
私の後ろにいた人たちは、カトリックでした。
ですから、ある人は、
「それは少しカトリック的な考え方ではないか」
と思うかもしれません。
しかし、それは違います。
いいえ、そうではありません。
私は信じています…….
6. 「ブラナム兄弟、どうして全部の栄光を聖霊に帰して、
『それは聖霊だ』と言わないのですか?」
私はこう答えました。
「兄弟よ、私は正直でなければなりません。
[テープ欠落]
それが聖霊かどうかに関わらず……」
「それは――それは神から遣わされた賜物なのです。
そのお方は、一度も『わたしは聖霊だ』とは言われませんでした。
また、ご自分が誰であるかも、私に告げられませんでした。
ただ、『わたしは神の御前から遣わされた者だ』と言われたのです。」
そして私はこう言いました。
「それが臨むときの感覚は、聖霊とは違うのです。
聖霊は、私を喜びで満たします。
しかし、それが来るときは、そういう感覚ではありません。
とても聖なる、威厳のある感覚なのです。
違いはありますが、
それもまた、神から遣わされたものなのです。」
すると、その人は言いました。
「ブラナム兄弟、御使いの務めというのは、
ダニエルの時代など、旧約聖書の話でしょう。」
しかし、それは間違いです、皆さん。
それは……それは誤りなのです。
彼はこう言いました。
「聖霊が来られてからは、
教会は聖霊によって導かれているのです。」
それは真実です。
聖霊が教会を導いておられる――
それは、その通りです。
しかし同時に、
神から遣わされた奉仕する霊たちがいるのです。
特別な賜物があるのです、皆さん。
7. そして、皆さんもご存じの通りですが――
バプテスマのヨハネは、クリスチャンでしたよね。
あるいは、いわゆる聖 holiness(聖潔)の人、
聖霊に満たされた人だったと思いませんか?
彼は、母の胎内にいる時から、
すでに聖霊に満たされていました。
しかし――
彼の誕生を告げたのは、御使いでした。
それが、ガブリエルです。
正しいですね?
彼は、ザカリヤの前に現れ、
ヨハネの誕生を告げました。
そして、マリヤのもとにも、
同じくガブリエルが再び来ました。
つまり、
御使いたちは、人々のもとに来るのです。
しかし、ガブリエルが来る時というのは、
それは何か非常に重大なことが起こる時なのです。
分かりますか?
[テープ欠落]
そして、ガブリエルは、
主の再臨を告げ、
神のラッパを吹き鳴らします。
そのとき、キリストにあって死んだ者たちが、よみがえるのです。
8. すると、こう言う人がいます。
「それは聖霊が来られる前の話でしょう。」
では、ペンテコステの日の後、
人々が聖霊を受けた後はどうでしょうか。
ここにいる皆さんの中で、
ピリポが
聖霊を持っていたと信じる人はどれくらいいますか?
手を挙げてください。
……そうですね。
では、そのとき、誰が彼に語りかけたのでしょうか。
荒野のガザへ行くようにと告げたのは、
聖霊だったでしょうか。
それとも、主の御使いが彼に現れたのでしょうか。
――聖霊ではありません。
主の御使いが彼に現れたのです。
そうですよね?
では次に。
ペテロ、
使徒ペテロが聖霊を持っていたと信じる人は?
手を挙げてください。
――もちろんですね。皆さん信じています。
では、彼が牢獄に入れられ、
マルコの家で
祈り会が持たれていたとき、
牢獄に来たのは誰だったでしょうか。
主の御使いでした。
正しいですね?
ペテロは、すでに聖霊を持っていました。
それでも――
牢獄に来たのは、主の御使いだったのです。
9. 聖霊を持っていたと信じる人はどれくらいいますか?
――もちろんですね。
さて、十四日間も、
月も星も光も見えない航海の中で、
パウロは船底で祈っていました。
そして彼は出て来て、こう言いました。
「勇気を出しなさい。
昨夜、私が仕えている主の御使いが、
私のそばに立って、語ってくださったのです。」
正しいですね?
「私が仕えている主の御使いが……」
では次に。
ヨハネ――
いわゆる“黙示録のヨハネ”が
聖霊を持っていたと信じる人は?
――確かに、彼は持っていました。
しかし、ヨハネの黙示録全体は、
御使いによって彼に示されたのです。
そしてヨハネは、その御使いを拝もうとして、
ひれ伏しました。
そうですよね?
すると、その御使いは言いました。
「それをしてはいけない。」
真の御使いは、礼拝を受けません。
その通りです。
彼はこう言いました。
「神を礼拝しなさい。
私は、あなたや、預言者たち、
そしてイエス・キリストの証しを持つ者たちと
同じしもべなのです。」
彼は、神から遣わされた御使いでした。
ヨハネも、
使徒たちも、
誰であっても――
聖霊は教会の中におられるのです。
10. これらのことを皆さんに教えてくれるでしょう。
教会には、九つの霊的賜物があります。
それらは、教会のどこででも働きます。
たとえば、
今夜このテントが、キリストのからだ全体を覆っているとしましょう。
聖霊は、そのキリストのからだを導かれます。
そして、このからだの中に、
九つの霊的賜物があるのです。
癒しの賜物、預言の賜物……
今夜ここに座っている
この婦人、この人、あるいはこの人の上に、
預言の賜物が臨むかもしれません。
そして、その預言は真実でしょう。
しかし、それがその人に
いつも、何度も働くとは限りません。
ある時に臨み、
また、しばらくしてから戻って来るかもしれません。
分かりますか。
それは、その人を預言者にするのではありません。
私たちは、からだの中にいるのです。
一つの御霊によって、からだにバプテスマされ、
これらの賜物に服しているのです。
そして、からだがここに集っているとき――
パウロが言ったことを覚えていますか。
「もし、座っている別の人に何かが示されたなら、
最初の人は黙りなさい……」
というあの言葉です。
それが、使徒的教会です。
そして、それが今もそうあるべき姿なのです。
そして、その中で――
11. 信仰の祈りを持っている人がいるかもしれません。
その人が信仰の祈りをささげ、
誰かが癒されることもあるでしょう。
その癒しの賜物は、
今夜はその人の上にあり、
明日の夜には、こちらの婦人の上に、
次の夜には、あちらの男性の上にあるかもしれません。
また、同じ人のところに戻って来ることもあります。
それはすべて、教会――からだの中にあるのです。
さて、これらが、
今、からだの中にある九つの霊的賜物です。
それらは、からだを通して働きます。
しかし――
それとは別に、
悔いることのない賜物と召命があります。
それは、神によって立証された預言者のことです。
神から遣わされた者です。
それは、人が「受け取る」ものではありません。
それは、神から与えられた賜物であり、
生まれる時から備えられ、
人生を通してその人の上に置かれているものです。
それは、
預言の賜物ではありません。
預言者なのです。
では、誰が
イザヤの預言が正しいかどうかを
裁いたでしょうか。
彼が生きていた時代から、
人々は彼が預言者であることを知っていました。
では、誰が
エレミヤに向かって、
「本当に預言者なのか」と判断したでしょうか。
神は、
「あなたを母の胎内に形造る前から、
あなたを預言者として定めた」
と言われました。
正しく歩んでいた人々は、
彼が預言者であることを知っていたのです。
しかし――
今、教会の中にある“預言の霊”については、
こう言われています。
「もし誰かが預言するなら、
二人か三人がそれを吟味しなさい。」
なぜですか。
それは、
間違った霊が教会に入り込んでいないかを
確かめるためです。
これが、今日の秩序であり、
使徒的な整えなのです。
これらのことは、
教師たちが、後でしっかり教えるでしょう。
私が言いたいのは――
もし、まだそこに至っていないとしても……
12. 今こそ教会には、
神の、古き良き使徒的な教えが必要な時なのです。
それによって、物事が正しく整えられなければなりません。
賜物と召命は、確かに教会の中にあります。
しかし、人々は
自分を制することを知らないのです(分かりますか)。
神にどうやって取りすがるのか、
それを知らないのです。
そこで私は今日、運営の人たちと話をして、
こう頼みました。
「Voice of Healingの広告の中で、
一つ機会を与えてください。
教えを必要としている牧師たちのためにです。」
私は教師ではありません。
しかし、私は神を愛しています。
そして、癒しのキャンペーンとキャンペーンの合間に、
個々の教会に行かせていただき、
そこで御言葉を教え、説教したいのです。
大きな集会ではなく、
一つ一つの教会で、
ただ御言葉を教え、宣べ伝えるためにです。
13. 私たちは終わりの時代に生きていると信じています。
主の来臨の、まさに影の中にいるのです。
そして私は……
自分が多くのことについて、
申し開きをしなければならない日が来ることを知っています。
その日、私はこう言えるようでありたいのです。
「主よ、私はできる限りのことをしました」と。
そして主が、
「よくやった」と言ってくださることを、
私は願っています。
だからこそ、
私は人々を助けるために、
できることは何でもしたいのです。
さて、これは最初の集会です。
私が病人のために祈るとき、
私は部屋にこもり、
よく断食し、
よく祈り、
主を求めます。
そして、それが降りて来ると――
私は人々に仕えるのです。
しかし、実際に仕えるのは主ご自身なのです……
[テープ欠落]
14. それから、祈りの列を始めます。
ただ、その祈りの列を、
どんどん、途切れることなく進めていくのです。
分かりますね?
そして……
今夜は、最初からすぐに祈りの列に入ります。
すぐに始めます。
そうすれば、私は一人一人と直接向き合って
祈ることができます。
[テープ欠落]
その人たちのために祈るのです。
ですから、
どうか静かに、敬虔な心でいてください。
15. まず御言葉を朗読したいと思います。
私は、
御言葉を読むことなしに完結する集会はない
と信じています。
なぜなら、立つのは御言葉だからです。
それが土台です。
御言葉、啓示、そして幻。
しかし、第一に来るのは――
御言葉です。
もし、神の御言葉を読むなら、
たとえ他に何も起こらなかったとしても……
[テープ欠落]
神はご自分の御言葉を祝福されます。
しかし、私の言葉は失敗します。
それは、他のどんな人の言葉も同じです。
けれども、神の御言葉は失敗しません。
それは不可能なのです。
ですから、
これから私が聖書を読む間、
どうかよく耳を傾けてください。
その後、ほんの少しだけお話しして、
それから祈りの列を整え、
病人のために祈り始めます。
前の方、特にここに、
祈りのカードを持っておられる方が
たくさんいるのが見えます。
今夜、神が皆さん全員を癒してくださることを、
私は心から信じています。
一人残らず、です。
16. ここ、この壇上で人々を癒されるとき、
会衆の中にいる皆さんも、
そのまま受け取ってください。
私の言葉の上に、
そのまま受け取ってください。
心から信じなさい。
そうすれば――
主があなたを癒してくださいます。
もしかすると、
祈りの列に並ぶことすら考えないかもしれません。
祈りのカードを持っていても、
実際には列に来る前に、
その場で癒されてしまうかもしれません。
さて、
ルカによる福音書 第2章25節から読みます。
そして主のみこころであれば、
9時30分ちょうどに
祈りの列を始めたいと思います。
少なくとも、
この集会には一時間を充てます。
[テープ欠落]
では、
聖書をお持ちの方は――
どれくらいいらっしゃいますか?
手を挙げてください。
……ああ、それは本当に素晴らしい。
17. 私がまだ小さな少年だった頃……
たぶん今度の日曜日か、その次の日曜日に、
自分の人生の証しをお話ししたいと思っていますが――
人々はよく私に、
「お前は説教者みたいに見えるな」
と言ったものです。
それが嫌で嫌で、
そんなふうに見られるのが本当に嫌でした。
聖書を小脇に抱えて歩くなんて、
私はそれを「弱々しいこと」だと思っていたのです。
私は、
身長が6フィートあって、
体重が190ポンドくらいある、
そんな「本物の男」になりたかった。
でもね、皆さん――
分かりました。
人は体格で判断されるものではありません。
体重が200ポンドもあっても、
男らしさが一オンスもない人を、
私は見てきました。
人は品性で測られるのです。
――その人がどんな心を持っているかで。
そして、
神の御心にかなう人となりなさい。
神の心にかなう人になりなさい。
そうすれば、神はその人を祝福されます。
では、25節を読みましょう。
ルカによる福音書 2章25節
見よ、そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。
この人は正しい、敬虔な人で、
イスラエルの慰めを待ち望んでいた。
そして、聖霊が彼の上におられた。
(これが、彼がどのような人であったかです。)
また彼は、
主のキリストを見るまでは決して死を見ない
ということを、
聖霊によって示されていた。
そして彼は、
御霊に導かれて宮に入った。
すると、
両親が幼子イエスを連れて来て、
律法の慣習に従って行おうとした。
そのとき、
シメオンは幼子を腕に抱き、
神をほめたたえて言った。
「主よ、
今こそあなたは、
みことばのとおり、
このしもべを安らかに去らせてくださいます。
この目が、
あなたの救いを見たからです。」
18. 頭を下げて祈りましょう。
よろしいですか。
では皆さん、心を静めて、祈ってください。
天の父なる神様。
今、私たちはあなたの御座の前に近づいております。
今日一日の思い煩いは過ぎ去り、
太陽は西の地平線の向こうに沈みました。
やがていつの日か、
私たちのこの地上の命も、最後の時を迎えることでしょう。
今日、霊的に私たちが行ったことは、
今、すべてあなたの御前にあります。
どうか、私たちのすべての過ちをお赦しください。
神よ、
今夜、私たちはこの場所、このテントに集まり、
あなたの御子、イエスについて、
また聖霊の導き、
神の御使い、
そして天の万軍について語ろうとしています。
神よ、どうか、
私たちと会ってください。
私たちはこの町に立っています。
不信仰な人々の中におり、
暗い働きもあります。
疑いや、批判が起こることも、
私は承知しています。
それでも私たちは、
御言葉を与えられていることを、心から感謝します。
長い年月を通して……
[テープ欠落]
19. 小さくても忠実な人々の群れです。
ただ一つ――
あなたをもっと深く知りたい、
その目的のために集まって来ました。
父よ、その中には、
とても重い病を負っている人たちもいます。
私は、心を尽くし、
自分にできる限りのことをもって、
あなたがこの取るに足らないしもべに
なすようにと言われたその賜物について、
彼らに語ってきました。
そして父よ、
この数晩の間に、
あなたがそれを確認し、証ししてくださったことを、
私は心から感謝しています。
私が語ったことが真実であると、
あなたご自身が立証してくださいました。
そのすべての誉れと栄光を、
私たちはあなたにお返しします。
それが、ただあなたからのみ来ることを、
私たちは知っているからです。
父よ、今夜、
私たちは力の限り、あなたを信じます。
ああ、サタンは、
私の命さえ奪おうとします。
しかし私は、あなたにより頼んでいます。
これから私は、
悪霊どもと対峙しなければならないことを知っています。
超自然の存在が、
暗い雲のような姿となって、
私の魂そのものに立ち向かって来るでしょう。
父よ、もしあなたが
あなたの血と守りで私を覆ってくださらなければ、
それはすぐに私に襲いかかり、
私は無力に倒れ、
これ以上の集会を続けることはできなくなるでしょう。
どうか、助けてください、主よ。
私が誠実であり続けることができるよう、
助けてください。
私たちは今、
血肉に対して戦っているのではなく、
霊的な力と戦っていることを、
私は知っています。
それは、人の五感では理解できない世界です。
しかし、あなたには、
不可能なことは何一つありません。
とりわけ、それが
あなたの御言葉に書かれていることであるならば。
どうか、私たちをお守りください。
どうか、神の御使いたちが
それぞれの持ち場につき、
通路に立ってください。
そして、
神の御使いが、
その大きな翼を今夜このテント全体に広げ、
神の癒しの露を、
一人一人の魂の上に落としてくださいますように。
この集会が終わるとき、
私たちの中に
弱った者が一人もいませんように。
父よ、
あなたのこのへりくだったしもべの祈りを
どうか聞いてください。
あなたが私を遣わされたこの働きにおいて、
今夜も再び、
あなたの御言葉を確認してください。
そして、多くの信じる者たちが
ここに加えられますように。
私たちは、
あなたの栄光のためにこれを願い、
あなたの愛する御子、
イエス・キリストの御名によって
祈ります。
アーメン。
20. どうか、よく注意して聞いてください。
正直に言いますと、
ここに立っていると、すでに油注ぎがあります。
その状態から、
改めて御言葉を語ろうとするのは……
正直、簡単なことではありません。
[テープ欠落]
さて、期待というものですが――
普通、人はみな、
自分が期待しているものを受け取るのです。
皆さん、テントの奥まで聞こえていますか?
ぐるっと全部、大丈夫ですか?
後ろの方、聞こえていますか?
……それは良かった。
こちら側は? 大丈夫ですね。
そちらも? はい、結構です。
では、続けます。
もし今夜、
批判するつもりで集会に来たのなら、
あるいは、
からかうため、
混乱を起こすために来たのなら……
[テープ欠落]
悪魔は、あなたに批判する材料を必ず与えます。
好奇心を刺激するものも、
必ず与えるでしょう。
人は、
自分が期待しているものを、そのまま受け取るのです。
しかし、もし今夜、
主が御業をなさるのを見たいと期待して来たのなら、
神はご自分を現してくださいます。
そして、
言い表せないほどの平安を与えてくださるでしょう。
もし今夜、
癒されることを期待して来たのなら、
あなたは癒されます。
あなたは、
期待したとおりのものを受け取るのです。
21. 今お話ししているこの人物――
その名は シメオン です。
神学者たちの間では、
彼はおよそ八十歳前後であったと考えられています。
年老いた、しかし信仰に満ちた人でした。
イスラエルの中でも高く尊敬された、
立派な教師であり、
素晴らしい評判を持つ人物でした。
そして彼は、
イエスが来られる直前の時代に生きていました。
彼は、まことに敬虔な人だったのです。
神は、
ご自分の証しを決して絶やされたことがありません。
いつの時代にも、
神がその手を置いて、
「これはわたしのしもべだ」
と言うことのできる人が、
どこかに必ずいました。
時には、
ほとんど一人だけのように見える時代もありました。
それでも――
神は常に、証人を持っておられました。
あなたもそう信じますね?
ノアの時代もそうでした。
また、多くの預言者たちの時代もそうでした。
神は決して、
この地上において、
ご自分が働き、語ることのできる証人を
残さずにおかれたことはありません。
批判のただ中に立ちながらも、
神を宣言する人。
それが、神の証人です。
そして私は、
主の来臨を目前にした今の時代に、
神が何百人、何千人ものしもべを持っておられることを、
心から感謝しています。
22. マネージャーのリンゼー兄弟が、
一通の手紙を私に読んでくれました。
それは、
私をバプテスト教会で按手礼した、
あるバプテスト派の説教者からの手紙でした。
私は彼に、
主が私に与えてくださった幻のことを話しました。
すると彼は、それを笑いものにし、
批判したのです。
そして、
御使いが来たという話をすると、
彼はこう言いました。
「ビリー、今日は夕食に何を食べたんだ?
早く戻って――」と。
私は言いました。
「兄弟、私はそれをありがたいとは思いません。
結構です。
もしあなたが受け取りたくないのなら、
受け取る人が必ずいます。
神が私を遣わされたのですから、
私は行きます。」
すると彼は言いました。
「じゃあ、それを世界中に持って行くんだな、ビリー。
お前はそう言っていたじゃないか。」
しかし――
私は行きました。アーメン。
私は自分でそれを持って行ったのではありません。
主が、それを送られたのです。
そして、それは今も……
[テープ欠落]
実は今、
リンゼー兄弟の事務所には、
その同じバプテスト派の説教者からの
長い謝罪の手紙が置かれています。
彼は、
心から詫びており、
それを新聞に載せてほしいとまで書いています。
その手紙の中で彼は、
「もし自分がもっと霊的であったなら、
神の力について、
また幻やその働きについて、
もっと理解できただろうに」
と告白しているのです。
23. それが来たことについて、
私には何の功績もありません。
私自身の義によるものでは、まったくありません。
私の家族は、
誰一人としてクリスチャンではありませんでした。
何もなかったのです。
それでも――
私は、その時に生まれ、
神がそれを定められたのです。
だからこそ、
私は今夜、ここに立っているのです。
私自身の中には、
誇れるものなど何一つありません。
たとえクリスチャンとしてであっても……
[テープ欠落]
自分で分かるようなものは、何もありません。
私の家族が、
少しずつ……
変えられていったときのことを、私は覚えています。
最初に救われたのは、
私の母でした。
私は自分の手で、
彼女にバプテスマを授けました。
川の中へ一緒に入って――。
その次は、
九十歳を過ぎた、
年老いた祖父でした。
彼は私の首に腕を回しながら……
そのまま、洗礼を受けました。
そして、
それは次々と――
家族の中へと、
広がっていったのです。
24. 神の御言葉を信じ続けた年老いた人でした。
思い出してください。
彼には立派な評判がありました。
今夜ここにいる皆さんの中にも、
立派な評判を持つ牧師や、
確かなクリスチャンの品性を持つ方々が
おられることを、私は知っています。
しかし、
あなたがこれまでに持ち得た
最も素晴らしい評判とは何でしょうか。
それは――
クリスチャンであることです。
さて、シメオンは偉大な人でした。
けれども、
聖霊が彼の上に下り、
一つのことを啓示されたのです。
それは、
彼がどれほど年老いていようとも、
主のキリストを見るまでは、
決して死なない
ということでした。
それは、
聖霊による霊的な啓示でした。
彼は、
キリストを見るまで、
死を見ることはないと示されたのです。
思い出してください。
彼は、もう年老いていました。
それでも――
彼はそれを信じました。
しかし、おそらく周りの人々の中には、
こう言う者もいたでしょう。
「いや、あの人は少しおかしくなっているんじゃないか。
だって私たちは、
四千年もの間、
メシアの到来を待ち続けてきたじゃないか……」
25. 偉大な人々は、
女の子孫が来て、蛇の頭を打ち砕く
その約束を待ち望んできました。
四千年もの間、
人々はキリストの到来を待ってきたのです。
それは事実です。
皆さんも、よくご存じでしょう。
ところが、
ここに一人の年老いた人がいました。
その人はこう言ったのです。
「私は、
キリストを見るまでは、決して死なない。
なぜなら、聖霊がそう語られたからだ。」
これは、
なかなか確かな理由ではありませんか。
彼は、
自分に語られたことを、そのまま信じたのです。
あなたは、信じますか?
聖霊は彼に、
こう啓示されました。
「シメオン、
あなたは主のキリストを見るまでは、
決して死なない。」
そして彼は言いました。
「アーメン。私は信じます。」
その信仰に、
最後までとどまったのです。
さて、
聖霊は二つも三つもありません。
ただ一つだけです。
そして、
そのシメオンに啓示を与えた
同じ聖霊が、
今夜、この建物の中におられます。
私は、御言葉が大好きです。
聖霊は、神の御言葉を糧とされるからです。
クリスチャンは、
いつも聖書を読むべきです。
なぜなら、
聖霊の食べ物は
神の御言葉だからです。
「人はパンだけで生きるのではない。
神の口から出る
一つ一つの御言葉によって生きる。」
――アーメン。まさに、そこです。
それが、
クリスチャンの生きる糧なのです。
聖霊は御言葉を愛されます。
そして今夜、
御言葉を受け取るために、ここにおられるのです。
その御霊は、
あなたの内にもおられます。
御言葉が語られるとき、
聖霊はその御言葉を取り、
あなたにそれを啓示されるのです。
シメオンは、
すでに年老いていました。
それでも――
彼は信じました。
聖霊によって示されたのです。
主のキリストを見るまでは、
死を見ることはないと。
26. 少し前に、
神の癒しについて、
強く反対している人がいました。
その人はこう言ったのです。
「ブラナム兄弟は、
壇上で『あなたはがんだが、良くなる』と呼び出した。
そして、その人に前もって証しをさせ、
まだ癒されていないうちに、
癒されたと証しするように言った。」
「また、会衆の中の人々にも、
神を信じ、先に証しするようにと言っている。
そうやってから、
『この人たちは癒された』と言い回るんだ。」
私は答えました。
「私にできることは、
神の御言葉と、神が語られたことを
そのまま取ることだけです。」
すると彼は言いました。
「それが、神の癒しなんてものが
存在しない理由だ。」
友よ――
その人は、分かっていなかったのです。
この世において、
癒される道は一つしかありません。
それは、
信仰による神の癒しだけです。
[テープ欠落]
27. アブラハムは、神を信じました。
そして、まだ存在していないことについてさえ、
あたかも既にあるかのように証ししたのです。
なぜなら――
彼は神の御言葉を持っていたからです。
それで、アブラハムには十分だったのです。
そして、
二十五年後に、
その約束は実現しました。
今日の私たちも同じです。
私たちは神を信じ、
神の御言葉を告白し、
まだ起こっていないうちに
「それは成った」と言うのです。
なぜなら、
信仰とは、望んでいるものの実体であり、
目に見えないものの証拠だからです。
それは、
見ることも、
味わうことも、
感じることも、
嗅ぐことも、
聞くこともできません。
分かりますか?
――そういうことです。
あなたは期待するのです。
そして、
心でそれを信じたなら、
口でそう言うのです。
症状を見てはいけません。
もし症状を見続けるなら、
あなたは必ず敗北します。
いつの時代でも、
自然なものだけを見た人は、
必ず勝利を失いました。
28. もしヨナが、
自分の症状ばかり見ていたとしたら、どうなっていたでしょう。
まず彼は、
神から背を向けた状態でした。
手足を縛られ、
嵐の海の中へ投げ出され、
大きな魚にのみ込まれたのです。
魚は――
[テープ欠落]
水の底へと沈んでいきます。
(魚が休むとき、ひれを畳んで底に留まるのを見たことがあるでしょう。)
海は、
半島のすぐ沖でも、
何マイルも深い場所があります。
仮に――
5マイルの深さだとしましょう。
そこにヨナがいました。
背信の状態で、
神から逃げ、
手は後ろに下がり、
嵐の海の、
5マイルの深さの底、
魚の腹の中にいたのです。
こちらを見ても、魚の腹。
あちらを見ても、魚の腹。
上を見ても、魚の腹。
どこを見ても、魚の腹。
症状の話をするなら、
彼の周りは症状だらけでした。
しかし、彼は言いました。
「それらは、偽りの虚しいものだ。」
そして、こう言ったのです。
「もう一度、私はあなたの聖なる宮を仰ぎ見ます、主よ。」
彼は知っていました。
ソロモンが神殿を奉献したとき、
祈ってこう言ったことを。
「あなたの民が、
どこであれ、このような苦難の中にあっても、
この聖なる宮の方を仰ぎ見て祈るなら、
天から聞いてください。」
ヨナは、
神がソロモンの祈りを聞かれたことを信じていました。
だから彼は、
症状ではなく、
約束の方を見たのです。
29. 背信の状態にあったヨナでさえ、
クジラの腹の中、
五マイルも深い海の底で、
周囲すべてがクジラの腹であったとしても――
地上の、目に見える神殿の方を仰ぎ見て、
一人の地上の人(ソロモン)が祈った祈りを信じ、
「神はそれを聞かれた」と信じることができたのなら、
まして、
クリスチャンであるあなたや私は、
病に縛られているとしても、
天を仰ぎ見るべきではありませんか。
そこには、
キリストが神の右に座しておられ、
ご自身の血をもって、
今も執り成しておられるのです。
あらゆる必要のためにです。
症状は、偽りの虚しいものです。
それを受け取ってはいけません。
それと関わってはいけません。
もし症状を見つめるなら、
あなたは神から目をそらしていることになります。
私たちは、
見えるものを見るのではなく、
見えないものを見るのです。
見えるものだけを見ていて、
クリスチャンであり続けることはできません。
なぜなら、
私たちは
信仰によって癒されるのであって、
目で見ることや、
感じることによってではないからです。
30. 朝、誰かが速達であなたの家に来て、
ガラガラヘビを一籠いっぱい玄関に置き、
こう言ったとしましょう。
「ほら、あなた宛です。あなたの名前が書いてあります。」
あなたは、それがそこにあることを知っています。
それは、
症状がそこにあると分かっているのと同じです。
しかし――
受け取らなければ、それはあなたのものではありません。
「要りません」と言うことができます。
たとえ相手が
「あなたの名前が書いてある」と言っても、
あなたはこう言えるのです。
「要りません。受け取りません。」
彼がどれだけ議論しようとも、
あなたが受領のサインをしない限り、
それは運送会社のものなのです。
悪魔が持って来るものに、
決してサインしてはいけません。
「そこにあるのは分かる。
しかし、私はそれを受け取らない。」
――それでいいのです。
「持ち帰りなさい。
私は関わりません。」
もし、
「自分はまだ病気だ」と証言し続けるなら、
悪魔はそれをあなたのそばに置き続けます。
だから、
それについて証言するのをやめなさい。
こう言いなさい。
「私はそれを受け取らない。
いいえ、結構です。」
31. そこが、信仰が生まれてくる瞬間なのです。
あなたの信仰に、働く機会を与えなさい。
それを解き放ち、
手綱を外し、
働かせなさい。
あなたは、
伝統や考え方で、
信仰を縛りつけてしまっています。
解き放ちなさい。
切り離しなさい。
神が、あなたの内で
思いのままに働かれるようにしなさい。
どちらかが正しいのです。
あなたが見ているものか、
神が言われたことか。
神の御言葉は真実です。
それを信じなさい。
――それでいいのです。
しかし、
病気だと証言したその瞬間、
あなたは再び
その領域に引き戻されてしまいます。
それは、
受領のサインをしたのと同じです。
だから、
サインしてはいけません。
あなたが信じていることを証言しなさい。
32. かつてひどい胃の病を患っていました。
医者たちでさえ、
「もう望みはない」と言ったほどでした。
――あのメイヨー・クリニックでも、です。
私は、この聖書の御言葉の上に立って、
主を受け入れました。
主は、私の告白の大祭司だからです。
私はこう言いました。
「私は、
神が言われること以外、
もう何も証言しません。
私は、神の御言葉を信じます。」
イエスは、私たちを癒すために死なれました。
あなたがた一人一人は、癒されています。
今この瞬間も、
すでに癒されているのです。
イエスは、
もうすでにあなたを癒されました。
あなたがすることは、
それを告白し、信じることだけです。
その通りです。
「彼の打ち傷によって、あなたがたは癒された」
――過去形です。
それが行われたのは、
カルバリの十字架でした。
あの時、
イエスは
病も、罪も、
すべてに打ち勝たれたのです。
あなたのために。
それは、
食卓がすでに整えられているようなものです。
そこにあるのです。
あなたがすることは、
食べに行くだけです。
心で受け入れ、
信じ、
口で告白することです。
そして主は、
あなたの告白の大祭司なのです。
33. 医者は言いました。「一口でも食べたら消化不良を起こす。
坊や、今すぐ死ぬぞ。」
それでも私は、
豆と、コーンブレッドと、玉ねぎを食べました。
はい、その通りです。
私はそれを手に取り、
祝福を祈り、
口に入れて、噛み、
そして飲み込みました。
すると悪魔が言いました。
「お前は死ぬぞ。」
そして――
それが、そのまま戻って来たのです。
私は手で口を押さえ、
もう一度それを飲み込みました。
そして言いました。
「いいえ。
そんなことはありません。
断固として拒みます。
いいえ、結構です。」
どちらかが正しいのです。
私の体が言っていることか、
神が言われたことか。
私は、神が言われたことの方を見る。
34. 熱いものが口から流れ落ちてくるような状態でも、
私は歌っていました。
「私は信じられる。
私は信じる。
イエスが今、私を癒してくださると信じる。」
すると、誰かが聞いてきました。
「調子はどうだ?」
私は言いました。
「素晴らしい。」
「癒されたのか?」
「もちろんだ。」
「今、どう感じる?」
「いい感じだ。」
「何か悪いところは?」
「何もない。」
……そして、また
[ブラナム兄弟、同じやり取りを繰り返す様子を身振りで示す]
「どうだ?」
「いいよ。」
「癒されたのか?」
「もちろん。」
私は、
日ごと、週ごとに、
その告白にとどまり続けました。
そして、
ある朝――
私は完全に癒されていたのです。
私は主を信じました。
御言葉のとおりに受け取ったのです。
誰も、
その信仰を私から奪うことはできませんでした。
なぜなら、
御言葉がそう言っていたからです。
神の御言葉は、
どこででも、
いつでも、
どんな状況でも、
必ずサタンに勝利します。
その通りです。
それは、神の御言葉だからです。
「天地は滅び去る。
しかし、わたしの言葉は決して滅びることがない。」
――それを、信じなさい。
35. 信仰を刺激するために加えられているのです。
しかし、
信仰は、聞くことから来ます。
聞くことは、御言葉によってです。
これが、
信仰が来る場所です。
救いの御言葉を聞くことによってです。
それは、こんな具合です。
神はこう言われました。
「すべての者よ、地の果ての者よ、
わたしのもとに来て、飲みなさい。」
小さな木を考えてみてください。
たとえば、
これくらいの大きさのリンゴの木の苗が、
地面に植えられたとします。
その時点で、
その木に将来実るすべてのリンゴ、
すべての花、
すべての葉、
すべての枝は、
すでにその中にあるのです。
もし、最初から中にないとしたら、
それはいったい、どこから来るのでしょうか。
木は地面に植えられ、
ただ一つのことをします。
飲むのです。
水を飲み、
また飲み、
飲み続けると、
内側から膨らみ、
枝が出て、
花が咲き、
実が結ばれます。
キリストは、尽きることのないいのちの泉です。
私たちは、
聖霊によって、キリストの中に植えられました。
あとは、
ただ飲むだけなのです。
キリストから、飲むのです。
クリスチャンであるすべての人について言えば――
悪魔は、あなたがキリストのもとに来ること自体は、
気にしていません。
ただし、
飲まない限りはです。
食卓の前に立って、
口の中が渇いていながら、
「まあ、ここには来ているから」
と言っているようなものです。
あなたは、
信仰を解き放つのが怖いのです。
分かりますか?
36. ミネアポリスでの前回の集会で、
ある方が――
私の弱点をよく知っている兄弟ですが、
こう言って銃をくれました。
私は狩りが大好きなんです。
銃や釣りがね。
彼はこう言いました。
「この銃は、
家に置いておいて狩りに行くためのものだ。
でも、使わなければ、
何の役にも立たない。」
まったく、その通りです。
同じように、
あなたが聖霊を受けたとき、
地上の旅に必要なものは、
すべてすでにあなたの中にあるのです。
あとは――
それを解き放ち、
働かせるだけ。
信仰を解き放ちなさい。
そして、神を信じなさい。
37. 聖霊からの約束がありました。
「あなたは、主のキリストを見るまでは死なない。」
そして彼は、
それを証しすることを、少しも恐れませんでした。
ある人たちは言ったでしょう。
「じゃあ、その方を私に見せてみなさい。」
するとシメオンは言ったのです。
「必ず来られる。
聖霊がそう語られたからだ。」
――なんと素晴らしいことでしょう。
皆さんも、そう思いませんか?
彼は人々に向かって、
こう言い続けていました。
「そうだ、私は死なない。
あの方を見るまでは。」
すると、
周りの人は言ったかもしれません。
「シメオン、
そんなことを言うのはやめたほうがいい。
君は人々の間で名の知れた立派な人なんだから。
神学校では、そんな教えは……」
しかし、兄弟よ、
神学校(セミナリー)でも、
墓地(セメタリー)でも、
呼び方は違っても、
似たようなものです。
――まあ、悪く言うつもりはありませんが。
ただ、
神学校出の牧師というのは、
よく孵卵器で育ったヒヨコを思い出させます。
ピヨピヨ鳴くだけで、
母親のもとに行く先を知らない。
しかし、兄弟よ――
新しく生まれたなら話は別です。
神学校の経験があるかどうかは、
もはや問題ではありません。
あなたには父なる神がおられ、
その方があなたを見守ってくださる。
だから、
神を信じることを恐れる必要はないのです。
人が何と言おうと、
問題はそこではありません。
何が真実かを決めるのは、
神が何と言われたかです。
どちらかが正しいのです。
人の教えか、
神の言葉か。
孵卵場からどう出て来たかではありません。
神が、そのことについて
何と言われたか――
それが真理なのです。
38. シメオンは、まったく気にしませんでした。
彼はこう言ったのです。
「聖霊が、私にそう語られたのだ。」
当時のことを考えてみてください。
あの時代には、
今のような新聞も、
ラジオも、
テレビもありませんでした。
知らせを伝える方法は、
手紙を書くか、
口から耳へ伝えるしかなかったのです。
そんなある夜、
ユダヤの丘の向こうで、
御使いたちが下って来て、
羊飼いたちに歌いました。
「ユダヤのベツレヘムへ行きなさい。
そこに、主キリストがお生まれになった。」
また、別の地方から、
博士たち(マギ)――
天文学者たちがやって来ました。
彼らは、
天に現れたしるし、
明けの明星を見て、
キリストが来られたことを知ったのです。
さて、
ある朝のことです。
それは神殿で起こりました。
(よく聞いてください。
このあと、祈りの列に入ります。)
ある朝――
たとえば月曜日の朝だとしましょう。
神殿では、
人々が忙しく立ち働いていました。
そのとき、
シメオンは、
祈りの部屋で祈っていました。
母親たちが、
次々と神殿にやって来ました……。
39. 信じている人々がたくさんいました。
彼らは、
清めの供え物と、
生後八日目の割礼のために、
神殿へとやって来ていたのです。
さあ、想像してみてください。
その朝、
五十人ほどの母親たちが、
順番に並んで立っていました。
それぞれ、
供え物を携えて――。
裕福な家庭の子どもなら、
子羊を持って来ました。
しかし、
貧しい家庭の子どもは、
山ばと、あるいは鳩を供えたのです。
列をずっと見渡していくと……
はるか後ろの方に、
少し恥ずかしそうに立っている若い母親が見えます。
その腕には、
産着に包まれた赤ん坊。
そして彼女の手には、
小さな山ばとが二羽。
――それは、
貧しい家庭の子のしるしでした。
そして、その赤ん坊は……
イエスでした。
ああ、
神が貧しい人々を愛しておられることを、
私は本当にうれしく思います。
私は、その母が――
マリヤが、
赤ん坊を見下ろして、
そっと微笑むのを見るような気がします。
ところが――
その赤ん坊は、
こちらに立っている他の婦人たちの方には、
目も向けていないのです……。
40. ――そして彼は、ただ……聖霊に導かれるままに動き出しました。
信仰が彼を宮へと動かしたのです。
人々の間をまっすぐ進み、その列を通り抜け、
そして、ちょうどあの母親のいる所で立ち止まりました。
彼はその赤子を腕に抱き、こう言いました。
「主よ、今こそ、あなたのおことばのとおり、
このしもべを安らかに去らせてください。
わたしの目が、あなたの救いを見たのですから。」
なぜでしょうか。
彼は聖霊の約束を受けていたからです。
だからこそ、聖霊が彼を導いたのです。
聖霊が約束されたことは、必ず成就します。
そして今、その約束が、まさにここに現れたのです。わかりますか?
もし聖霊が「あなたはその方を見る」と約束されたなら――
その幼子が列を進んで来るとき、
シメオンは知っていました。
必ず現れる、と。
なぜなら彼は、
聖霊に導かれて来ていたからです。
41. 目が見えないと言われていた、女預言者アンナです。
おそらく彼女は、どこか隅のほうで、椅子に座っていたのでしょう。
ところが突然、聖霊が彼女の上に臨んだのです。
すると彼女は、人々の間を縫うようにして――
目が見えないまま、人混みの中を進み、
ついにその方のおられる所へ来て、預言しました。
それは何だったのでしょうか。
約束を受けていた人々を、聖霊が導いておられたということです。
今夜ここにいる皆さんのうち、
神の癒しを信じている方は、どれくらいいますか。
聞いてください、友よ。
不思議だとは思いませんか。
あなたは神の癒しを信じている。
そして、神はあなたを癒すことがおできになる――そう信じている。
それなのに、
ちょうどこの時、この場所で、聖霊が動いておられる。
集会の直前、まさにその瞬間にです。
これは作り事だと思いますか。
いいえ、真実です。
聖霊があなたを、今ここへ導いて来られたのです。
正しい場所へ、正しい時に。
あなたは今、癒されることができます。
あなたは、正しい場所にいます。
正しい時に、ここにいるのです。
シメオンを導いた、あの同じ聖霊が、
今夜、あなたをここへ導いて来られました。
あなたは、聖霊の約束を受けていると信じますか。
自分は癒される、と信じますか。
それを信じますか。
不思議ではありませんか。
あなたが、今夜、ここにいるということが。
シメオンを導いた、
あの同じ聖霊が、
癒しの集会へと、あなたを正確に導いて来られたのです。
(テープ欠落)
42. 確かに――
神の癒しを信じている方は、どれくらいいますか。
あなたが信じる前に――
(テープ欠落)
(二重録音・判別不能)
……たとえば、自転車のゴムの話のようなものです。
(テープ欠落)
医者が調べてみると……
消しゴムのようなゴムが必要だと分かる……
そこには硫黄が必要だ、ということが分かる。
わかりますか。
必要がなければ、求めは起こらないのです。
ここに「求め」があるということは、
それに応えるものが、どこかに必ずあるということです。
もしあなたの心の中に、
神の癒しを求める願いがあるなら、
そのための泉は、必ずどこかにあります。
ハレルヤ!
あなたは私のことを、
「熱狂的すぎる(ホーリーローラー)」と思うかもしれません。
どう思っても構いません。
ハレルヤ!
もしあなたの心の中に、
神を求める叫びがあるなら、
それに応えるものは、必ず存在します。
深みが深みを呼ぶのです。
しかしそれは、どこかで必ず応答します。
なぜなら、
その願いをあなたの心の中に創られたのは、創造主ご自身だからです。
もしここに、
「硫黄を必要とする創造」があるなら、
どこかに必ず硫黄がある。
必要があるからです。
同じように、
神をもっと求める飢え渇きがあるなら、
それは人の鎖――
宗派や制度やしがらみを越えて、
やがて聖霊を求めて叫び出すようになります。
「神だけが必要だ!」と。
神が呼んでおられるのです。
深みが深みを呼んでいる。
何かが起こらなければなりません。
そうでなければ、
石でさえ叫び出すでしょう。
そして今、あなたが
癒しを信じて来ているなら、
神はそれを送り出されます。
深みが深みを呼んでいるのです。
今夜、期待して来たなら、
神はあなたを癒されます。
あなたは必ず受け取ります。
ああ、必ずです。
受け取らずにはいられないのです。
43. そこでは、本当に素晴らしい集会が持たれました。
何千人もの人々が集まっていました。
そこに、多発性硬化症の男性がいました。
彼は十年間、床に縛られるようにして寝たきりで、
背骨も損傷していました。
人々は彼を集会の中へ運ぼうとしました。
(テープ欠落)
最終日の夜、私は通りがかりに、
彼を私のいる所まで連れて来ようとしているのを見ました。
彼は壇上に横たえられ、
人々は彼の上をまたぐようにして通っていました。
ようやく、彼は私のところへ運ばれて来たのです。
私は証しを語り終え、彼のほうを見て言いました。
「あなた、わかりますか?」
ああ、深みが深みを呼んでいました。
私は近づいて行って、こう言いました。
「あなたは、私を信じますか?」
すると彼は言いました。
「先生、どうか私の上に手を置いてください。
それだけで十分です。それ以外は何も求めません。」
私は彼の上に手を置きました。
すると――
(テープ欠落)
その瞬間、命が彼の体に戻って来たのです。
彼の松葉杖は――
(テープ欠落)
そして彼は、そのまま建物の中を歩いて行きました――
(テープ欠落)
この出来事は、
イギリス国王が、私を呼び寄せて祈ってほしいと言うほどのことにまでなりました。
私は今も、その手紙を持っています。
イギリス国王ジョージ――
私たちが先日行って来た、あの国の国王です。
(テープ欠落)
そこで、私は何が起こったのか、
神がどのようなことをなされたのかを伝えました。
「ブラナム兄弟が来て、祈りをささげた。
それによって、こういうことが起こったのだ――」
44. しかしそれは、ほんの内なる生活の一部にすぎません。
私は、こうしたことを
いつも人に話すわけではありません。
けれども、内側で起こっているところでは――
神が多くのことを示してくださるのです。
少し前のことですが、
私はスウェーデンのあちこちに行っていました。
ある時、私たちはテーブルについて座っていました。
その時にも、主は多くのことを示してくださいました。
私は、ここに今立っているバクスター兄弟に言いました。
彼はその時、私と一緒にいました。
私は言いました。
「バクスター兄弟、
ここを立ち上がって外へ出るとき――」
(テープ欠落)
彼は言いました。
「どこへですか?」
私は言いました。
「それは……
あとで思い出すことになるでしょう。
私が言ったことを覚えておきなさい。」
それから私たちは、
そこを出ておよそ三十分ほど歩きました。
(テープ欠落)
そこに、二人の女性がいて――
兄弟たちは通りの下のほうに立っていました。
その時、私は言いました。
「いいですか、
この角を曲がると、
白い帽子をかぶった男の人が一人、
階段のところから出て来ます。
そして彼は、
妻のために祈ってほしいと私に頼むでしょう。」
するとどうでしょう。
二、三ブロック歩いて角を曲がると、
まさにそのとおり、
一人の男が階段を下りて歩いて来たのです。
こうしたことが、示されるのです。
しかしそれは、
ただ内側で起こっていることであって、
世の中は何も知りません。
45. 人々が私たちの泊まっているホテルを突き止めてしまいました。
すると、もう大変なことになりました。
まあ、ロビーというロビーは人でいっぱいで、
とても外へ出られるような状態ではありませんでした。
建物から出ることすらできなかったのです。
そこでベルボーイが、
私たちを朝食に連れて行こうとして、
裏口から案内してくれました。
大きな灰捨て場を越え、
路地を通り、
地下を抜けて行ったのです。
それで、
たしか「トドル・ハウス」とかいう名前の、
小さな食堂だったと思いますが、
そこで食事をしていました。
それから数日後の、ある朝のことです。
私はコートを、こんなふうに立てていました。
――人々に会いたくなかったわけではありません。
でも、霊的な引き出しがあまりにも強くて、
もう本当に、限界に近かったのです。
私は通りを歩いていました。
その時、一緒にいたのは、
以前お話しした看護師のマーギー・モーガン夫人でした。
彼女はいつも多くの集会に同行して、
患者さんたちの誘導や手助けをしてくれていました。
46. するとその時、聖霊が私に語られました。
「左へ曲がりなさい。」
――主です。
私は言いました。
「こちらへ行きましょう。」
すると、
「ここだ。」
という声がありました。
私は言いました。
「でも、こちらへ行きましょう。
主の御使いが、こちらへ行けと言われるのです。」
私たちは、通りを少し進みました。
するとそこに、
「ミラーズ・カフェテリア」という店がありました。
すると、
「ここに入りなさい。」
というものを感じたのです。
神の御霊に導かれる者――
皆さん、私が何を言っているかわかるでしょう。
あの、内なる導きのことです。
それで私は中に入りました。
妻も一緒でしたし、
小さな娘も連れていました。
私はテーブルに座り、
プルーンと、
それからオレンジジュースか何かを取りました。
そして座って、祝福をお願いしました。
顔を上げた、その時です。
誰かが言うのが聞こえました。
「神をほめたたえよ!」
私は横を見ました。
するとマーギー・モーガン夫人が言いました。
「だから言ったでしょう。
あなたがそこへ行くなら、って。」
「人々は、あなたがどこに行くか知らなかったのよ……」
(テープ欠落)
私は言いました。
「マーギー姉妹、
これは主の御霊です。
主は決して、私を誤って送られることはありません。」
すると妻が彼女に言いました。
(テープ欠落)
「……御霊が……」
47. 「ブラナム兄弟ですか?」
私は答えました。
「そうです。」
すると彼女は、泣き出したのです。
私は彼女の手を取り、こう言いました。
「あなたが、私に何かを求めていることは、わかっています。」
彼女は言いました。
「こちらが、私の兄です。
ブラナム兄弟、私たちは財産を売りました。
牛もいましたし、小さな土地もありましたが、
それらをすべて売り払いました。
そして、六つか七つの集会を追いかけて来たのです。」
彼女は続けました。
「兄は、とても深刻な状態です。
心臓が……横隔膜のほうへ出てしまっているのです。」
「それが、どんどん、どんどん悪くなっています。」
彼女は言いました。
「私たちは、持っていたお金をすべて使い果たしました。
たくさんのお金を……」
「集会から集会へと追いかけ、
なんとか列に入ろうとしました。
祈祷カードも取りました。
もう少しで順番が来る、というところまで行ったのに、
そこで外されてしまったのです。」
「兄は、その場所を逃してしまいました。
私たちには、なぜなのかわかりませんでした。」
「それでも彼は、信仰を手放しませんでした。
必死に、握り続けていたのです。」
彼女は言いました。
「お金は、もうすべてなくなりました。
残っているのは、ほんの三ドルほどです。」
「昨夜、私は一晩中祈り続けました。
お金が集会の最後まで持つようにと、
私たちは断食もしていました。」
「ホテル代を、やっと今朝払ったところです。」
そして彼女は言いました。
「今朝の四時ごろ、
主が夢の中で私を起こされて、こう言われました。
『九時に、ミラーズ・カフェテリアへ行き、
そこで立っていなさい。』」
――ああ、神よ。
私は腕時計を見ました。
ちょうど、九時でした。
ああ、なんということでしょう。
主の御霊が、私の上に臨みました。
私はその兄弟の上に手を置きました。
すると、彼の心臓は、すっと元の位置に戻ったのです。
人々は、叫び始めました。
私はその場を静かに離れ、
喜びの声が上がっている間に、
そっと外へ出て行きました。
48. シカゴから来た一人の女性がいました。
身なりのきちんとした、若い女性でした。
彼女は通りで倒れ込み、
こう叫びました。
「ああ、イエス様、ありがとうございます!」
私は言いました。
「立ちなさい、姉妹。」
ところが彼女は崩れるようになり、
私のコートの端をつかみました。
私は彼女の手を取って起こし、言いました。
「どうしましたか?」
彼女は言いました。
「ブラナム兄弟、私は死にかけています。
がんで、
本当に、ひどい状態なんです。」
「もう、これ以上は無理でした。
数日も生きられないと思っています。」
「メイヨー病院にも断られました。
どこへ行ってもだめでした。」
「大きな悪性腫瘍があって、
『もう、どうにもならない』と言われました。」
「服がこんなにもきつくて……
本当に、もう歩くこともできなかったんです。」
そして彼女は言いました。
「私は祈りました。
すると今朝、夢の中で主が私に言われたのです。」
『九時十分に、
ミラーズ・カフェテリアの外にいなさい。』
――そして、
彼女は、そこにいたのです。
ああ、なんということでしょう。
私たちは、そのまま通りを歩き始めました。
歩きながら――
ほんの一瞬のうちに、
彼女の服が、ゆるくなり始めたのです。
聖霊が、彼女を癒されたからです。
49. 私は通りを渡ろうとした、その時――
何かが言いました。
「通りを渡ってはいけない。」
私たちは、赤ん坊のために
ぬり絵帳を買おうとして、
向こう側のドラッグストアへ行くつもりでした。
一日中、部屋にいなければならなかったからです。
私は妻に言いました。
「みんなは先に行って、路地を通って行きなさい。
兄弟たちは、あそこで待っていてもらって。
私は、少ししたら行く。」
そして私は言いました。
「主が、ここで待てと言われるのだ。」
私は、そこで二十分ほど立っていました。
妻が本を買い、用事を済ませて、
そのまま行ってしまうのが見えました。
それでも私は、
もう少しの間、そこに立って待ちました。
すると――
(テープ欠落)
誰かが、こちらを見て立っているのが見えました。
私は、釣り道具などが置いてあるあたりへ戻り、
店の奥のほうに下がりました。
そして言いました。
「天の父よ、
あなたは、このしもべに何をお望みですか。」
私は、そこでしばらく立って待ちました。
これは、
実際に経験しなければ、
とても想像できるものではありません。
それは声なのです。
あなたや私の声と、まったく同じような。
その声が言いました。
「角まで行きなさい。」
私は、角のほうへ行きました……。
50. 通りを渡り、反対側へ行って、
十分ほど、そこで立っていました。
警官が笛を吹き、
車が行き交い、
歩行者たちが次々と通り過ぎて行きました。
それでも私は、そこに立っていました。
しばらくすると――
私は、一人の女性が
人の流れの後ろから歩いて来るのを見ました。
彼女は、小さなチェック柄のワンピースを着て、
カナディアン・タムのような小さな帽子をかぶり、
腕にハンドバッグをかけ、
横目で周りを見ながら歩いていました。
その時、御霊が言いました。
「彼女の近くへ行きなさい。」
私は彼女のそばへ行き、
彼女が通る位置に立ちました。
彼女は、よそを見たまま、
私のすぐ横を通り過ぎて行きました。
私は思いました。
「ああ、神よ。
こんなことは、今まで一度もありません。
私は確かに、あなたの声を聞いたのに……。」
するとその瞬間、
彼女は振り返りました。
二十メートル、三十メートルほど先へ行ったところで、
彼女は言いました。
「こんにちは、ブラナム兄弟。」
そして、走って戻って来たのです。
「ああ……」
そう言って、泣き始めました。
私は言いました。
「どうしましたか、姉妹。」
彼女は言いました。
「ブラナム兄弟、私はカナダから来ました。
カナダ中、あなたの集会を追って来たのです。」
「二晩、ホテルのロビーで眠りました。」
「昨日、誰かが五セントくれました。」
「それで、コーヒーを一杯飲みました。」
「そして今、
ここから二ブロックほど下の所で、
ヒッチハイクしてカナダへ帰ろうとしていました。」
「こちらへ来るとき、
持ち込めるお金には制限があります。」
「もしカナダへ戻ったら、
残るのは、コーヒー一杯分の五セントだけです。」
「私は一人で泣きながら歩いていました。」
「『主よ、私は、これからもずっとこうなのでしょうか』と。」
すると彼女は言いました。
「その時、聖霊が言われたのです。
『右へ曲がりなさい。』」
「それから、
『今、通りを渡りなさい。』」
(テープ欠落)
「自分がどこへ行っているのか、
まったくわかりませんでした。」
私は言いました。
「それが、あなたの問題ですか?」
彼女は言いました。
「私の手です、ブラナム兄弟。」
私は言いました。
「主イエスの御名によって、
あなたの手を伸ばしなさい。」
すると――
その手は、すっと伸びたのです。
51. 「あなたがブラナム兄弟だということは、知っています。」
(テープ欠落)
――そこには、
小さな、昔ながらの祈りの列が、
もうすでに用意されていました。
(テープ欠落)
それは、古い時代の祝福のようなものでした。
神だけが、彼女にそれを見せてくださったのです。
(二重録音・判別不能)
私はただ――
(テープ欠落)
すべての栄光を、神にお返しします。
そして私は言いました。
「それでは、祈りの列を始めましょう。」
(テープ欠落)
今こそ、その時です。
どうか、
もう一、二分だけ、失礼をお許しください。
52. これは、私がいつも皆さんに話すわけではない、
内なる命の話です。
私は本当は、
もう家に帰っているはずでした。
妻もそう思っていました。
それからテキサスへ行く予定で、
すでにテキサスへ行き、
その帰りの途中だったのです。
ところが、嵐のために足止めされました。
それで、私はその晩、そこに泊まることになりました。
翌朝、
「九時に、ハンガーの下、ランプのところへ来るように」
と言われました。
それで外に出たのですが、
送らなければならない郵便物が少しありました。
それで私は思いました。
「郵便局は、どれくらい離れているだろうか……」
町の中で、
ちょうど二ブロックほどでした。
「それなら、出して来よう。」
その朝は、本当に美しい朝でした。
春で、太陽が輝いていました。
私は通りを歩きながら、
賛美を口ずさんでいました。
ペンテコステの人たちがよく歌う、
あの小さな歌です。
何という歌だったでしょうか……。
人々は いたるところに
心を燃やされ
ペンテコステに降った
あの火によって
そして今、私たちは
あまねく告げ知らせている
主の力は
今も同じだと……
――そんな歌でした。
53. その歌を口ずさんでいました。
ああ、本当に、ただ自分ひとりで、
栄光の時を過ごしていたのです。
「エホバなる神よ、
あなたはなんと偉大で、
なんとすばらしいお方でしょう……」
鳥たちも木々の中で歌っていて――
ハレルヤ。
すばらしいですね、
本当に、すばらしいではありませんか。
そんなふうに歩いていると、
私は通りを渡ろうとしました。
するとその時、
神の御使いの声が、
今あなたが私の声を聞いているのと同じくらい、
はっきりと聞こえたのです。
「ここで止まりなさい。」
私は少し待ちました。
しばらくして、
もう一度、通りを渡ろうとしました。
ところが、どうしても渡れないのです。
私は角のほうへ戻り、こう言いました。
「父よ、
あなたは、このしもべに何をお望みなのですか。」
私は焦っていました。
急いでいたのです。
(飛行機に乗らなければならないと思っていましたから。)
私は言いました。
「主よ、
私は何をすればよいのでしょうか。」
しばらく、
そのまま立たされました。
それから、私は静かになりました。
すると、
再び、その声が聞こえました。
「振り向いて、戻りなさい。」
54. それは分かりませんでした。
けれども私は、決して問いただしたりはしません。
ただ振り向いて、戻り始めたのです。
通りを下り、
ホテルの前を通り過ぎ、
さらに、さらに下へと歩いて行きました。
私は歩きながら、
鼻歌を歌っていました。
ただ信じなさい、ただ信じなさい、
すべては可能、ただ信じなさい。
そのまま町の中を進み、
やがてノース・メンフィスのほうへ行きました。
そこには、小さな黒人の小屋が並んでいて、
古い板張りの家々が建っていました。
私は歩きながら、ふと思いました。
「私は、いったい何をしているんだろう。
主は『戻れ』と言われた。
そして、私は今、ここへ来ている……。」
それでも私は、
ただ歩き続けました。
丘のわきを上り、
また下り、
小さな場所を通り過ぎ、
川のほうへ向かって行きました……。
すると私は、
ある家の前を通りかかりました。
そこには、
いかにも昔ながらの“アント・ジェミマ”のような
年配の黒人女性がいました。
彼女は、こんなふうに柵にもたれかかり――
(テープ欠落)
男物のシャツを頭に巻きつけ、
じっと、こちらを見ていたのです。
55. 太陽は高く昇り、
あたりにはバラの香りが漂い、
花々が春のように咲き誇っていました。
彼女は、
こんなふうに柵にもたれて身を乗り出し、
私を見つめていました。
その頬には、涙の筋が流れていました。
彼女は言いました。
「おはようございます、牧師さん。」
――彼らは、牧師のことをそう呼ぶのです。
私は言いました。
「おはようございます、おばさん。
でも、どうして私が牧師だと分かったのですか?」
すると彼女は言いました。
「あなたのために、祈っていたからです。」
私は言いました。
「はい、そうですか。」
彼女は続けました。
「牧師さん、
聖書に出てくる、シュネムの女の話をご存じですか?
年を取って子どもが産めなかったのに、
主が子を与えられた、あの女の人です。」
私は答えました。
「はい、何度も読みました。」
彼女は言いました。
「わたしも、その女と同じなんです。
主は、わたしにも子どもをくださいました。
それで私は、
この子をクリスチャンとして育てます、と
主に約束したのです。」
ところが……
「牧師さん、
あの子は、間違った道へ行ってしまいました。」
そして彼女は言いました。
「今、この家の中に横たわっています。
性病――梅毒で、
死にかけているのです。」
「医者たちは、もう見放しました。
できることは、すべてやった、と……。」
(テープ欠落)
「昨夜、医者が来て、こう言いました。
『朝までは生きられないでしょう。』」
(テープ欠落)
彼女は言いました。
「それで私は、夜明けに起きて、こう言ったのです。
『主よ、あなたのエリヤは、どこにおられるのですか。』」
「そして、祈り始めました。
祈って、祈って……。」
「今朝、祈っているうちに、
眠ってしまいました。」
「すると夢の中で、
次の朝、ここに立っている自分を見たのです。」
「そして、
あなたがあの歌を歌いながら
歩いて来るのが聞こえました。」
「その時、私は言いました。
『主よ、ありがとうございます。』」
――わかりますか。
神の子どもたちは、御霊に導かれるのです。
彼女は、期待していたのです。
56. 「あなたが来られるのを、ずっと待っていました。
あなたが歩いて来るのを見た時、
聖霊が『あの方だ』と教えてくださったのです。」
私は言いました。
「ええ……」
そして私は言いました。
「おばさん、私の名前はブラナムと言います。
私のことを聞いたことはありますか?」
彼女は言いました。
「いいえ、ありません。
ブラナム牧師さん、あなたのことは知りません。」
私は言いました。
「そうですか。
でも、おばさん、
主は私を、病人のために祈る働きに遣わしておられます。
各地で集会を行ってきました。」
そして私は言いました。
「今朝、私は郵便局へ行こうとしていたのですが、
聖霊が、こちらへ来なさいと言われたのです。」
すると彼女は言いました。
「さあ、お入りなさい、牧師さん。」
彼女は門を開けました。
私が中に入って見ると、
そこには立派な体格の若い黒人の青年が横たわっていました。
毛布がかけられ、
「うーん……うーん……」
とうめいていました。
私は思いました。
「ああ……」
すると彼女は言いました。
「ブラナム牧師さん、主をほめたたえます。」
彼女は言いました。
「どうか、心を尽くして、この子のために祈ってください。」
私は言いました。
「主が、今、癒してくださると信じます。」
それで私たちは、ひざまずいて祈り始めました。
私は彼女に言いました。
「あなたが祈ってください。」
――私は、
彼女がどんなふうに祈るのかを見たかったのです。
ああ……
あれほどの祈りは、めったに聞けるものではありません。
あの年老いた聖徒が、
心の底から神に叫ぶ祈りでした。
私は、赤ん坊のように泣いてしまいました。
彼女は言いました。
「主よ……」
私は涙を流しながら立っていました。
彼女はこう祈りました。
「主よ、
あなたは、わたしをお見捨てにならないはずです。
どうか、わたしの声を聞いてください。」
「今朝、
ブラナム牧師さんが、ここに立っておられます。」
「聖霊が、
門のところに立ちなさいと、わたしに言われました。
主よ、ここに、彼は来られました。
わたしの父よ……」
彼女は、
そんなふうに泣きながら祈り続けました。
やがて彼女が顔を上げると、
青年はまだ、
「うーん……」
とうなっていました。
彼女はエプロンで、
涙をぬぐいながら言いました。
「かわいい子、
ママの声が分かるかい……」
――どれほど年を取っていても、
彼は、母にとっては、いつまでも“わが子”なのです。
本当の母は、決して忘れません。
彼女は、
そっと彼の頬をなでました。
すると彼は言いました。
「……うーん。
それ、ママの声?
暗くなってきたよ、ママ。
寒い……とても寒い。
どこへ行くのか分からない、ママ。
ママ、ママ……
祈って。祈って……」
そう言いながら、
彼はまた、意識が遠のいていくようでした。
すると彼女は言いました。
「ブラナム牧師さん、
どうか、祈ってくださいませんか。」
57. 冷たくなった彼の足に手を置いて祈りました。
「ああ、神よ。
すべては、あなたの御手の中にあります。
私は理解できません。
けれども、あなたが私をここへ遣わされたのです。」
そう言い終わらないうちに――
彼は言いました。
「ああ、ママ……。
ここが、明るくなってきた。」
そして、ほんの数分のうちに、
彼はベッドの端に起き上がって座ったのです。
それから一か月ほど後、
私は彼から知らせを受けました。
医者たちは、彼を完全に回復したと宣告しました。
彼は神のもとに立ち返り、
健やかに、生きていたのです。
なぜでしょうか。
あの母親が、
神が現れてくださることを期待していたからです。
彼女は祈り、
そして、信じました。
あの母を導いた、同じ聖霊。
私をそこへ導いた、同じ聖霊。
そして、宮でシメオンを導いた、同じ聖霊が、
今夜、あなたをここへ導いて来られました。
癒されることを期待しなさい。
今こそ、受け取る時です。
神が、
今、あなたを癒してくださるのです。
あるいは、
あなたに必要なものを与えてくださるのです。
それを信じませんか。
イエス・キリストは昨日も今日も、いつまでも変わることのない方です。
58. 天の父よ。
あなたが私たちに与えてくださった
これらの偉大な経験を思うとき、
今夜、私たちの心は切にあなたを慕い求めています。
やがて人生が終わり、
あなたを信頼し、信じ抜いた
愛する信仰の勇士たちと再び会うその日、
どうか、私たちを神の御座のまわりに座らせてください。
そこには、常緑の木々があり、
いのちの川が流れています。
そこで私たちは座り、
永遠が巡り続けるかぎり、
年を重ねながら語り合うことでしょう。
火の炉に投げ込まれた人々、
獅子の穴に投げ込まれた人々、
パウロとシラスがピリピの牢獄にいた時のこと、
そして、時代を通して御霊に導かれてきたすべての人々――
この最後の閉じの時代に至るまで。
今、教会の大きな衣が私たちの上に掛けられていることを思うとき、
ああ父よ、
私たちは心から感謝いたします。
どうか今夜、
ここにいるすべての心に語ってください。
私たちの中に、弱い者が一人もいませんように。
神の約束の上に立つ、
勇敢で、揺るがない信仰を与えてください。
その約束は、決して誤ることがありません。
必ず成就するのです。
あなたはアブラハムに約束され、
彼はそれを信じました。
そして今、あなたは
御霊によって、私たちを導いておられます。
59. 父よ、どうか私たちと共にいて、
ここにいる一人ひとりを祝福してください。
病人のために祈るこの時、
どうか私を助けてください。
外にいる皆さんも、
幻を確かめ、顔を上げ、
今この瞬間に約束を受け取ってください。
心の中で、こう言いなさい。
「父よ、私は今、あなたを信じます。
私は約束を持っています。
私は今、あなたの注ぎの下にいます。」
聖霊が、
火の舌のように降りて来て、
信じる者一人ひとりの心の上にとどまり、
クリスチャンの信仰によって燃やしておられます。
父よ、今、私たちを祝福してください。
あなたがこのしもべを通して遣わされた
御使いが、今夜、私のそばに立ち、
これらの病に立ち向かいますように。
すべての悪霊が叫び声を上げるまで、主よ。
この建物の中にいる、
すべての病んだ者から、
悪霊の力を追い出すために、
あなたの力が優位に働きますように。
ここに座っている、
縛られ、震え、
脳卒中、まひ、
神経の病、
がんに侵されている人々――
どのような状態であっても。
ああ、キリストよ、
あなたのしもべの祈りを聞いてください。
父よ、これを成してください。
大きな患難と
神の御子の来臨の前に、
集められたあなたの子どもたちとして、
今夜、私たちを祝福してください。
私たちは、
イエス・キリストの御名によって、
これをお願い申し上げます。
アーメン。
(兄弟が祈祷列を呼び出す。テープ欠落)
♪ 主よ、導いてください、光の中へ。
尊き主よ、わたしの手を取って、
家へ導いてください。
♪ 道が暗くなる時、
尊き主よ、そばにいてください。
命が尽きようとする時も。
♪ 川のほとりに立つ時、
足を導き、手を取ってください。
尊き主よ、わたしの手を取り、
家へ導いてください。
列に並んでいる間、
担架に乗っている方は、
祈祷カードを持ったままでいてください。
案内係が参ります。
60. 私は、荒野に立っているイスラエルのことを思っています。
嵐に荒れるヨルダン川の向こうに、
約束の地を望み見ながら、
疲れ切って立っている彼らの姿です。
聞いてください、聖徒たちよ。
神は、彼らにその地を相続させると約束されました。
そうではありませんか。
彼らは、
長い道のりを、荒野を通って歩いて来たのです。
しかし、ついに――
61. ――そして、ついに川岸に立ちました。
それは四月のヨルダン川でした。
ユダヤの丘から流れ下り、
増水し、荒れ狂う嵐のような川です。
しかし、その向こうには――
約束の地が横たわっていました。
今夜、病んでいるあなたが立っている場所が、まさにそこです。
ヨシュアは周囲を見渡しました。
目の前には、何百万人ものイスラエルの民。
その時代には、
建築家も、橋を架ける者もいません。
材料もありません。
ヨシュアは、どうしたでしょうか。
彼らの真ん中には、
道を開く“仲介者”がありました。
それが、契約の箱です。
ヨシュアは、
祭司たちに契約の箱を先頭に立たせ、
ヨルダンへ向かわせました。
そして――
彼らが川に足を踏み入れた、その時、
道が開かれたのです。
彼らは、
約束の地へと渡って行きました。
なぜでしょうか。
彼らには、約束があったからです。
62. 私たちは皆、疲れと試練を抱えています。
そして、最後に渡る川は――
ヨルダン川になるのです。
そうではありませんか。
私は思うのです。
あの小さな我が家も、
あまり長くはいられませんでした。
妻は、ほとんど私のことを知らない人のようになりました。
ある時、家に帰ったら、
赤ん坊が私を見て、怖がったことさえありました。
私は変わってしまっていたのです。
髪も抜け、
肩は丸まり、
もう、以前の“父親”ではなかった。
その時、私は思いました。
「ああ、神よ。
それでも私は、戦場にいるのだ。」
けれども、いつか――
そう、ある朝、
私は濁って流れる川辺に立つでしょう。
その時、私は両手を高く上げ、
声の限り叫ぶのです。
「道を開け、ヨルダン。
私は、渡って行くのだ!」
アーメン。
私たちは、渡って行くのです。
なぜなら、約束があるからです。
「わたしの父の家には住まいがたくさんある。
もしそうでなかったなら、あなたがたに告げただろう。
わたしは、あなたがたのために場所を用意しに行く。
そして、再び来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。」
――そう語られた
イエス・キリストの約束です。
ある朝、
私たちは渡るのです。
そうではありませんか。
63. 今こそ、渡りましょう。
神の約束――
あなたの癒しの約束の中へ。
約束はあるでしょうか。
こう書いてあります。
「祈って求めるものは、
何でも、すでに受けたと信じなさい。
そうすれば、そのとおりになる。」
(マルコによる福音書 11章24節)
そうではありませんか。
これは、イエス・キリストご自身の言葉です。
この方の言葉は、決して失敗しません。
ある人が言いました。
「ブラナム兄弟、
いつか間違えるのではないかと、怖くありませんか。」
いいえ、いいえ。
主が約束してくださったのです。
私は、その方を信じています。
私は間違うことがあるかもしれません。
しかし、主は間違われません。
主の言葉は、決して失敗しないのです。
さあ、もう一度、祈りましょう。
姉妹、
よろしければ、
『われと共に住みたまえ(Abide With Me)』を
静かに弾いてください。
ほんの少し、和音だけで結構です。
64. 皆さん、ただ敬虔になりましょう。あなたの精神を解き放ちましょう。さあ、心を込めて信じてください。その効果を感じるでしょう。友人たちよ、私が真実を語っていることは神のみぞ知るです。彼はここにいる。
さて、父よ、今夜私たちを祝福してくださいませんか。彼らはここでこの祈りの列を作っています、主よ。貧しい人々が来る多くの人たち、今夜あなたの臨在によって彼らを祝福してくださいますように。私たちはイエスの御名によってそれを求めます。アーメン。
65. [兄弟がコメントしています。] 彼女は来たい。..?…私の手の上で振動します。たぶん、ただ—ちょっと待つためだけに。..
そして皆さん、ただ敬虔に祈ってください。主とその善良さを思い浮かべてください。皆さん、心からそう信じていますか?
さて、これは人々を癒すものではありませんが、それはわかります。It—それは私の手ではまったく動きません。[兄弟が解説します。] [テープ上の空白部分] ちょっとだけ。..?… さて、妹さん、あなたは心から信じていますか?[テープ上の空白のスポット]…?… あなたは今、この小さな赤ちゃんを持つお母さんです。今夜は元気でいてほしい。[テープ上の空白のスポット]…?…あなたを通してそのように話します。でも、神があなたをそのように癒してくれると。.. [Blank。spot。on。tape; レコードが溝をスキップして理解しにくく、ノイズが多くなります。]…?…
あなたの謙虚な僕、主よ。助けてください、イエス様。主よ、今夜あなたはたくさん来ます、癒してください。..?… 父よ、あなたの謙虚な僕の祈りを聞いてください。..?…あなたの御子イエスの御名によって。[テープ上の空白のスポット]…?…
66. みんな敬虔になってください。祈る。神を信じる。神はそれを認めてくださるでしょう。わかった。..?…君ならそうするよ、兄弟。[兄弟がコメントする。]
67. さて、これらのこと。..?… よし。見てもらいたい。さあ、ここを見てください。聖書には2人か3人の証人の口の中でこう書かれています。..?… さて、あなたは。..?… そのうちのいくつかは。..?…今。..?… さて、それは超自然的な存在の存在です。..?…あなたの人生。..?… はい 奥様。さて、手を当ててみました。..?… さて、ここにあります。..?… わからない。..?… ご覧のとおり、超自然的なことが起こりました。そうか?あなたは超自然的な行為の物理的な結果を受け取りました。そうですか?…?… さて、病気はその人を去り、もう消えてしまいました。見てもらいたいのですが。..?…今。..?… さあ、できるだけじっと手を握ります。あなたは。..?…この聴衆を信じています。さて、私が言ったことは。..?…真実だったでしょう。そうか?もしそうなら、手を挙げてください。..?… すべて。..?…あなたたち全員?…?… そこにいる 彼らは。ほら?
68. さて、私は言いました、“彼らは信じないでしょう。”
彼は言いました。“あなたには二つの兆候が与えられるでしょう。..?…これによってあなたは信じるでしょう。” そうか?さて、これは。..?… まず、発熱が原因です。そうか?あなたと神以外誰も知りません。そして、それらは何かを物語っています。..?… そうか?さて、それが去ったら、そこに。..?… 何か見えますか。..?…今、私の手。あの小さな老人が見えますか。..?…そこにいる?あなたと話している間に、あなたに何かが起こりました。..?… それはただの緊張です。..?… [言葉が理解できません。]…?…
69. そして今、父よ、私は手を置きました。..?… 神様、あなたが癒してくださるよう祈ります。..?…私たちの妹を縛っているこの悪魔を出してください。..?… 女性から出てきてください。
さて、頭を上げる前に。..?… [言葉が理解できません。]
サタン、女を捨てて。..?… さて、ちょっと待ってください。[言葉が理解できません。] 私たちの妹を憐れんでください。彼女は泣いています、主よ。..?… 彼女は自分の苦しみを脇に置きたいと思っています。..?… 父なる神よ。..?…心。..?… [テープ上の空白部分]
さて、頭を上げたり、同じ位置に持ったまま手を見たりする前に、その手は正常になりましたね?さあ、観客の皆さん、頭を上げてください。さて、私が頭を上げたり見たりする前に、姉さん。.. [テープ上の空白部分]
70. 頭を下げましょうか。私たちの天の父よ。.. [テープ上の空白部分]
彼が押し返してもいいですか。..?… この胃のトラブルを知っていると彼は悩み、この悪魔は今私の手に振動しています。なぜなら彼は自分の時が去ろうとしていることを知っているからです。..?…
悪魔よ、彼から出てきてください。イエス・キリストの名において、その男から離れてください。
わかりました、頭を上げてもいいよ、聴衆。
わかった、兄弟、あなたは今心から信じていますか?わかった、家に帰って食べたいものを食べなさい。起きて物事はもう終わりです。ただ家に帰るだけ。..?…
71. 真実。..?… 窒息する霊よ、彼女を神の子イエスの御名に残してください。出てきてください。..?…
わかりました、見てください、友達。甲状腺腫が彼女の喉から消えた。彼女は自分の命をキリストに捧げ、残りの日々をキリストの僕として過ごすつもりです。..?… 神のご加護がありますように、お嬢様。
72. 全能の神よ、ここに立っている私たちの兄弟を憐れんでください。それを知って。..?…彼を抱きしめています。..?… [テープ上の空白部分] 主よ、あなたの前には何も隠されていません。あなたはすべてを知っています。神様、慈悲深くあれ。..?… あらゆる不法行為を許し、喫煙の欲求を彼から奪い、今夜彼を癒してください。あなたの謙虚な僕の祈りを聞いてください。彼の神経が静まりますように。彼が今夜、神への大きな信仰を持って、強い気持ちで、明日反対勢力に会って、こう言って去ってくださいますように。“ああ、主よ、私を癒してくださって本当にありがとうございます。” May he walk all the days of his life packing this Bible, preaching the Word, talking to others, telling them how You heal; may he lead others to Christ。彼が彼の人生のすべての日を歩き、この聖書を詰め、言葉を説教し、他の人に話し、どのように癒すかを伝えます。あなたのしもべの祈りを聞いてください。
サタンよ、この男の告白により、カルバリが近づいたとき、あなたの力は弱くなります。なぜなら、あなたはいつも知っているように、イエスが十字架で死んだとき、あなたの勝利を失ったからです。そして私は今夜彼の代理人として立っています。私は神の御名において言います、イエス・キリストよ、少年から出てきて、彼を放っておいてください。
ほら、先生、私を見てください。よし。あなたのタバコの習慣は消え去りました;あなたの罪は血の下にあります;そしてあなたの緊張は終わりました。まっすぐにして言いなさい。“主を賛美しなさい。” プラットフォームから離れて家に帰ります。
73. 私の、ここの信仰銀行を引っ張っているのですが、これが何が問題なのかほとんど理解できません。..?…私を引っ張っている、それは。.. それだけです;ただ信じ続けてください。ただ心から信じ続けてください。
[迷惑なコメント。] はい 奥様。あなたの主な問題は。..?…手術です。いろいろトラブルを抱えていますか?あなたは深い考えの持ち主で、いつも他人の悩みも受け入れています。..?…それは飛ばしてください。はい、そうだと思います。..?… 私は今彼女の心を読んでいるのではなく、真実が何であるかを話しているだけです。そして彼女はそれが真実であることを知っています。さて、あなたが今しなければならないことは、イエス・キリストに目を向け、心から彼を信じることです。あなたがここに立っている間、私が神に尋ねたら、その緊張があなたを離れると信じていますか?信じますか?私があの天使について語った話が真実だと信じますか?頼んだものは手に入れるでしょう、お姉さん。
74. 私たちの妹を縛り付けている抑圧の悪魔よ、神の子イエス・キリストの名において、女性から離れてください。彼女から出てこい。
そこです。(よし、友よ、頭を上げろ。) さて、私はあなたにホー—叫んでいるわけではありませんが、時には悪魔を産むことができないこともあります、そしてあなたは。.. よし、妹、終わったよ。気分はいい?言ってください、“アーメン。” それでいい。プラットフォームから離れて、ただ喜びながら。..?…
よし。“主に賛美あれ” としましょう
75. 神様、それを許してください。そして、この盲目の霊よ、私はイエス・キリストによってあなたに誓います、少年から離れてください。
[テープ上の空白部分] [言葉が理解できません。]…?… I—彼は正しい方向に進んでいると信じています。..?… そうじゃないですか。..?…兄弟?そして、手が関節炎になる前に、そこに座って。..?…関節炎で死にます。..?… そうか?これは本当ですか?信仰を持ち、信じなさい。
77. よし。それだけでなく、あなたも心臓に問題を抱えていますよね?はい、あなたはたくさんの心臓疾患を患っています。..?… ええ、あなたも血の塊を持っていますね、脳にはありませんか?そうか?立ち上がれ。不自由になる必要はありません。イエス・キリストはそこであなたを癒してくださいます。そうだね。
みんな信じますか?さあ、今、心から信じてください。前に出てください、それは。..?…癒されますように。みんなで一緒に、聖霊が動いている間に祈りましょう。そこにいるよ、お嬢さん。はい、あなたは癌でそこで育ちました、イエス・キリストも今あなたを癒してくださいました。あそこにいる女性の悩みを抱えたあの女性、ちょうどそのとき神があなたを癒してくれました、お姉さん。のために。..
どこでも頭を下げましょう。どこでも敬虔になってください。神を信じる。誰もがほんの一瞬だけ敬虔です。話そうとしているのですが。..?… ああ、なんてことだ、素晴らしい。祈りましょう、皆さん。さあ、頭を下げてください。
お父さんは。..知っています。.. あなたの前に。..?…保管してください。足の不自由な人は歩くことができ、目の見えない人は見ることができ、耳の聞こえない人は聞くことができ、愚かな人は話すことができます。あなたはここにいます。サタンの力に縛られている者たちを解き放つことができます。全能の神よ、今、人々に祝福を送ってください。聖霊が力となって来て、すべての人に息を吹きかけているからです。..?… 信仰を持つ。今すぐに治りますよ。主イエスの御名によってそこから立ち上がってください。あなた。..?…