1. 今夜ここに立ち、祈りの列の最初の夜を迎え、困っている方々、苦しみや患っている方々のために祈ることができるのは、大きな光栄です。
この一週間が、神によって大きな祝福となることを、私は信じています。
ここにおられる多くの方々が、何かしらの必要を抱えておられるでしょう。
私は、祈りという点において、皆さんのために自分にできる限りのことをしようとして、ここに立っています。
癒すことのできるお方は、神おひとりだけです。神だけが助けることがおできになります。
私たちにできることは、ただ祈ることだけです。
そして、神が私に与えてくださったこの奉仕を通して、主はそれを祝福してくださいました。
私は常にへりくだろうと努め、自分の持っている最善の理解の範囲で、人々に仕えようとしてきました。
2. どうか皆さん、私が人々のために祈っている間、私のためにも祈ってください。
そして、私が皆さんにお話しすることが真実であると信じ、信仰をもって受け取ってください。
ここにおられる皆さんのほとんどは、もうご存じだと思いますし、マネージャーからも説明があったと思いますが──
この働きがどのように私に与えられたか、それは、ある晩、ひとりの御使いが部屋に入って来て、私に仕えるようになったことから始まりました。
それは、私がまだ幼い少年だった頃から始まったのです。
その存在は、人生を通して、私に語りかけてきました。
私が七歳くらいの時のことです。
それは、茂みの中から現れました。
その茂みの中で、つむじ風が渦巻いており、そしてこう言ったのです。
「決して酒を飲んではならない。たばこを吸ってはならない。自分の体を汚してはならない。あなたには、なすべきことがある。」
当時、私の家族はもともとカトリックで、このようなことについて、ほとんど理解がありませんでした。
それで、その出来事は、そのまま心の奥にしまわれていたのです。
それから四日ほど後、その存在は再び現れました。
いつもと同じように、不思議な感覚が私の上に臨み、私は幻を見ました。
それは、ジェファーソンビルにある市の橋でした。
私が立っていた荒野の丘の上から、その橋が現れ、川を渡って架けられるのを見たのです。
そして、十六人の人がそこから落ちるのを見ました。
その時は、それも記録されました。
そして、それから二十二年後、まったく同じ場所にその市の橋が架けられ、実際に十六人の命がそこで失われたのです。
このようなことが、何度も起こりました。
これは、私自身にできることではありません。
ただ、主が示されることを語るだけなのです。
真に神に属する人が語ることのできるのは、神がその口に置かれることだけです。
それ以外のことを語るなら、それは完全な失敗に終わるでしょう。
そして、その存在は、何度も私に会い、多くのことを告げました。
それらのことは、後ほど、集会の中で、皆さんにお話しする機会が与えられるかもしれません。
3. 私はいつも働いていました。
ジェファーソンビルにある小さなバプテスト教会の牧師にもなりましたが、その教会は今も残っています。
私は献金を集めることを決してしませんでした。
人生で一度も、献金を取ったことはありません。
なぜなら、私は働くことができたからです。
働けるのに、どうして働かない理由があるでしょうか。
その頃、私はインディアナ州の州立ゲーム・ウォーデン(自然保護官)でもありました。
ある日、巡回の任務から戻り、自分の家に入りました。
その夜、私は午前一時頃、だいたい一時から三時の間に祈っていました。
すると、部屋の中で、光が床の上に広がり始めるのに気づいたのです。
私は、「この光はどこから来るのだろう」と思いました。
見上げてみると、それは、集会の中で現れるのと同じあの光でした。
……
皆さんは、もうその写真をご覧になっているかもしれませんね。
今では、集会の最中に、その光がカメラで撮影されています。
(咳)
失礼しました。
4. それは、いつも右側から来るのです。
だから私は、祈りの列をいつも右側から始めます。
それは、いつも右から来るからです。
正直に言いますと──今も、ここにおられます。
ちょうど今そう言ったその時、私は、それが近づいて来たことを感じました。
すると……ひとりの人が歩いて来るのが見えました。
裸足でした。
白い衣をまとっておられ、それは長いローブのようでした。
肩まで届く黒髪で、暗い色の目をしておられました。
ひげはなく、肌はやや浅黒く、
両腕をこのように組んで、私の前に立たれました。
その方は、私を見下ろしました。
私は指を噛み、非常に緊張していました。
すると、その方はこう言われました。
「恐れるな。」
「恐れるな」と言われたその瞬間、私は分かりました。
それは、いつも私に語りかけてきた、あの同じ声だったのです。
ただ、その時が初めて、私はそのお方を目で見たのでした。
それが、私が幼い頃からずっと語りかけられてきた、その存在であることが分かりました。
そして、その方は言われました。
「私は、神の御前から遣わされた者である。
あなたが、諸国の民に『神の癒し』の賜物を携えて行くためである。」
私は言いました。
「ご主人、人々は私を信じないでしょう。
私は教育も受けていません。私には行けません。」
すると、その方は言われました。
「わたしが、あなたと共にいる。」
私はなおも言いました。
「それでも、人々は私を信じないでしょう。」
すると、その方は言われました。
「モーセという預言者に与えられたように、あなたにも二つのしるしが与えられる。
それによって、人々はあなたを信じるようになる。」
そして、こう言われました。
「第一に、あなたは人の手に触れることによって、その病を見分けることができるようになる。
もし、あなたが敬虔で誠実であるなら、その人の心の中で行ったこと、隠された罪、病、そしてすべてのことが明らかにされる。」
「これによって、人々は、あなたに語られたこと、そしてあなたの働きが真実であることを知るようになる。」
5. いや、二年ほどだったでしょうか。
そして、その賜物のもう一つの部分が現れ始めたのは、だいたい十か月前、あるいは十一、二か月前だったと思います。
そこで私は、その方に言いました。
「分かりました。私は行きます。」
すると、その方は言われました。
「わたしが、あなたと共にいる。」
そして、その方は部屋から姿を消されました。
それから私は出て行きました。
そして、これらのことが実際に起こり始めたのです。
もちろん、新聞などはしばしば私のことを「神の癒しを行う者(ディヴァイン・ヒーラー)」などと書きます。
しかし、それは違います、皆さん。
新聞や人々が何と言おうと、それを止めることはできません。
人があなたについて何を言うかを、誰も止めることはできないのです。
ただし、それが事実でない限り、です。
しかし、私は自分自身を「神の癒しを行う者」と呼んだことは一度もありません。
私はただ、病人のために祈るだけです。
癒し主は、イエス・キリスト、神の御子です。
癒されるのは、このお方なのです。
私はただ祈るだけであり、しるしと不思議な御業が行われるのです。
それを行っているのは、私ではありません。
それをなさるのは、あなたの救い主です。
この集会の間、私がすべての男性、女性、少年、少女に信じていただきたいのは、
これらのしるしと不思議な御業は、人間によって行われているのではない、ということです。
それらは、イエス・キリストご自身が、ここにおられるご自分の臨在を証明するために行っておられるのです。
主は、皆さん一人ひとりを助けるために、ここにおられます。
人々が、神への信仰をどこかで失いかけている時代にあって、
主は、このようなことを行い、ご自身を人々に現されるのです。
6. これは興奮するような事柄ではありません。
厳粛なことなのです。
私たちは、真実で誠実な心をもって、できる限り敬虔に神の御前に近づかなければなりません。
ですから、私が「頭を下げてください」とお願いした時には、必ずそうしてください。
それは、私が祈っている間のことです。
私は、どこに行っても、そのことを大切にしています。
そして、もし主が何かの奇跡を行われるなら、皆さんはそれを見ることができるでしょう。
その時には、私が「顔を上げてください」と言います。
ですから、私のお願いに従い、言われたとおりにしてくださるなら、
神が皆さんを祝福してくださることを、私は確信しています。
私は、皆さんにとっては見知らぬ者です。
皆さんも、私のことをご存じではありません。
そして、私も、ここにいる誰一人として知りません。
私が知っているのは、私のマネージャーと、今ここ壇上に共にいる人たちだけです。
それ以外には、誰一人知りません。
しかし、私は他の人の証言に対して責任を負うことはできません。
私が責任を負えるのは、自分が真実だと知っていることだけです。
ですから、この集会が終わる来週の日曜日──
もし主が、私たちがここにとどまることを許されるなら──
もし、私が語ったこれらのことが実際に起こるなら、その時は神を信じてください。
しかし、もし起こらないなら、私は偽預言者ということになります。
これは、どの会衆に対しても、公正なことではありませんか。
ですから、どうか神に委ねてください。
偏見を持ったり、決めつけたりせず、
ただ敬虔に座り、クリスチャンとしてあるべき姿勢で、このことを見てください。
そのうえで、ご自分の判断をなさってください。
私は、神が私たちを祝福し、
ご自身の臨在を与えてくださるように、祈ります。
7. ですから今夜も、神の御言葉の一部をお読みしたいと思います。
私の言葉は失敗します。
それは、すべての人間の言葉と同じように、やがて過ぎ去るものです。
しかし、神の御言葉は決して過ぎ去ることがありません。
それは真実なのです。
それでは皆さん、ご一緒に
出エジプト記 第二十三章 をお開きください。
二十節から、神の御言葉をお読みします。
皆さんが聖書を開いておられるのを見るのは、本当にうれしいことです。
それこそが神の御言葉だからです。
そして、御言葉から読むなら、神はご自分の御言葉を祝福されます。
それは、空しく神のもとに帰ることはなく、
必ず、神が定められた目的を成し遂げるのです。
では、ご一緒に読みましょう。
「見よ、わたしは一人の御使いをあなたの前に遣わす。
彼は道であなたを守り、
わたしが備えた場所へあなたを導く。
彼に気をつけ、その声に聞き従い、
彼を怒らせてはならない。
彼はあなたがたの背きを赦さないであろう。
わたしの名が彼のうちにあるからである。
しかし、もしあなたが確かに彼の声に聞き従い、
わたしが語るすべてのことを行うなら、
わたしはあなたの敵の敵となり、
あなたの仇の仇となろう。
わたしの御使いは、あなたの前を行き…」
8. 天の父なる神よ。
今夜、この地上に生かされ、なおここに残されている者たちの一人として生きているという特権を、あなたに感謝いたします。
私たちは、あなたのために、あなたの御子のために、すべての瞬間が価値あるものとなることを願っています。
主よ、今夜、私たちがここに集まったこの時、どうか助けてください。
私たちは、好奇心から来たのではありません。
ただ、困っている者たちのために憐れみを見いだそうとして、
へりくだって、神の御座に近づいているのです。
父よ、今夜あなたが語られる時、
多くの不信者たち、罪人たち、そして後戻りしてしまった者たちが、
あなたの栄光を見て、心を打たれ、
静かに、柔らかな心で祭壇のもとに進み出て、こう言いますように。
「今、私の心の中ですべてが終わりました。
私は今、このお方を私の救い主として受け入れます。
このお方が今も生きておられ、
ご自分の教会の中で、またその民の間で治めておられることを、私は知っています。」
これらのことを、あなたの聖なる御子、
イエスの御名によってお願いいたします。
アーメン。
9. モーセは、実に特別で、普通ではない誕生をしました。
それはちょうど、神の預言の歯車が動き出す時だったのです。
神がアブラハムに約束されたこと――ご自分の民を導き出すという約束――を成就させる時が来ていました。
そして神は、その約束を果たされたのです。
神は、いつも「ちょうどその時」に働かれます。
皆さん、それを信じますか。
さて、私たちは今の時代にいます。
終わりの日にいます。
どれほど終わりに近いのかは、私には分かりません。
誰にも分かりません。
御使いたちも、神の御子でさえも知らず、父なる神おひとりだけがご存じです。
しかし、私たちが終わりの日に生きていることは確かです。
そして神は、この終わりの日に、しるしと不思議な御業が行われると約束されました。
神は、モーセという一人の人を起こし、
その特別な目的のために、この世に誕生させました。
自分たちではどうすることもできず、束縛の中にあった民を救い出すためでした。
しかし、民を導き出したのはモーセ自身ではありません。
モーセは一つの奇跡も行っていません。
先立って行かれたのは、神の御使いでした。
夜には火の柱、昼には雲の柱として導かれました。
やがて皆さんにお見せする写真を見れば――
もしまだお見せしていなければですが――
今日、人々を導いておられるのも、
同じ火の柱、すなわち神の御使いであると、皆さんは感じられると思います。
私たちは知っています。
モーセを導いた御使いは、契約の御使い、すなわちキリスト、神の御子でした。
神から出て来られたロゴス、それが御子でした。
当時、イスラエルの子らは束縛の中にあり、自分たちではどうすることもできませんでした。
そして神は、彼らを救い出されました。
今日、神の民は、霊的な意味では罪の束縛の中にはいません。
聖霊の力によって解放されているからです。
もはや誰一人、罪の束縛の中にとどまる必要はありません。
聖霊が、人を罪の束縛から解き放ってくださるのです。
しかし、神の子どもたちは、今も病み、必要の中にあります。
中には、がん、結核、心臓病など、
この地上の愛する医師たちが、もはや手の施しようのない病に苦しんでいる人々もいます。
そして病は、ますます増え続けています。
重なり、積み重なり、広がっています。
医師たちにも制御できない病があり、
人々は何年も何年も、心から祈り続けてきました。
「神よ、どうか教会に、再び賜物と、しるしと、不思議な御業を回復してください。」
今夜ここにおられる中にも、その祈りをささげてきた方が、何百人もおられることでしょう。
イスラエルの子らがエジプトで叫び声を上げた時、
神は彼らのために救い主を遣わし、
しるしと不思議な御業によって、その救い主を証明されました。
神は今夜も、同じことをなさることができるとは思いませんか。
今夜の神も、同じ父なる神ではありませんか。
もしあなたが病んでいて、良くならず、医者にも助けてもらえないなら、
あなたの父が、今ここにおられるとは思いませんか。
神は、ご自分の賜物を遣わすことがおできになるのです。
神は当時そうされました。
そして私は、今日も全く同じお方であると信じています。
神は、いつも備えられた道を持っておられるお方なのです。
10. モーセは、実に特別で、普通ではない誕生をしました。
それは、神の預言の歯車が動き始める時だったのです。
神がアブラハムに約束されたこと――ご自分の民を導き出すという約束――が成就する時が来ていたのです。
そして、神はそれを実際になさいました。
神は、いつも「ちょうどその時」に働かれます。
皆さん、そう信じますか。
さて、私たちは今、終わりの日にいます。
どれほど終わりに近いのか、それは私には分かりません。
誰にも分かりません。
御使いたちも、神の御子でさえも知らず、父なる神おひとりだけがご存じです。
しかし、私たちが終わりの日に生きていることは確かです。
そして神は、終わりの日に、これらのしるしと不思議な御業が行われると約束されました。
神は、イスラエルの民が自分たちではどうすることもできず、束縛の中にあった時、
その民を救い出すために、モーセという一人の人を起こされました。
その目的のために、この世に生まれさせたのです。
しかし、民を導き出したのはモーセ自身ではありませんでした。
モーセは一つの奇跡も行っていません。
先立って行かれたのは、神の御使いでした。
夜には火の柱、昼には雲の柱として導かれたのです。
やがて皆さんにお見せする写真――もしまだお見せしていなければですが――
それをご覧になると、今日、人々を導いておられるのも、
同じ火の柱、同じ神の御使いであると、感じられると思います。
私たちは、モーセを導いた御使いが、契約の御使い、すなわちキリスト、神の御子であったことを知っています。
神から出て来られたロゴス、それが神の御子でした。
当時、イスラエルの子らは束縛の中にあり、自分たちではどうすることもできませんでした。
そして神は、彼らを救い出されました。
今日、神の民は、霊的な意味では罪の束縛の中にはいません。
なぜなら、聖霊の力によって解放されているからです。
もはや誰一人、罪の束縛の中にとどまる必要はありません。
聖霊が、人を罪の束縛から解き放ってくださるのです。
しかし、神の子どもたちは、今も病み、必要の中にあります。
中には、がん、結核、心臓病など、
この地上の愛する医師たちが、もはや手の施しようのない病に苦しんでいる人々もいます。
そして、それらはますます増え続けています。
病は、ますます積み重なってきています。
医師たちにも制御できない病があり、
人々は何年も何年も、心から叫び続けてきました。
「神よ、どうか教会に、再び賜物と、しるしと、不思議な御業を回復してください」と。
今夜ここにおられる中にも、その祈りをささげてきた方が、何百人もおられることでしょう。
イスラエルの子らがエジプトで叫び声を上げた時、
神は彼らのために救い主を遣わし、
しるしと不思議な御業によって、その救い主を証明されました。
神は、今夜も同じことをなさることができると思いませんか。
今夜の神も、同じ父なる神ではありませんか。
もしあなたが病んでいて、良くならず、医者にも助けてもらえないなら、
あなたの父が、今ここにおられるとは思いませんか。
神は、ご自分の賜物を遣わすことがおできになるのです。
神は、当時そうされました。
そして私は、今日も全く同じお方だと信じています。
神は、いつも道を備えられるお方です。
さて、多くの人が、私がこの賜物について証しするので、こう言います。
しかし、よく覚えておいてください。
私は賜物ではありません。
今夜、皆さんが見、そして今は目には見えなくてもここにおられるそのお方、
そのお方こそが賜物なのです。
神が遣わされたのは、そのお方です。
私は、そのお方が私を通して語られる時に語るだけです。
そのお方が先に語られない限り、私は何も言うことができません。
しかし、そのお方は私に約束されました。
人々の信仰のために、
神が私を病人のために祈る者として遣わされたことを、人々が信じるようになるために、
これらのことができるようになると。
私は病人を癒すために遣わされたのではありません。
病人のために祈るために遣わされたのです。
「信仰の祈りは病む人を救う」と、聖書は言っています。
賜物は、主ご自身なのです。
少し前に、ある人が私にこう言いました。
「ブラナム兄弟、旧約聖書では御使いたちは仕える霊でしたが、
聖霊が来られた今、もはや仕える御使いはいないのではないですか。」
愛する友よ、誤解しないでください。
これは御使い礼拝ではありません。
私たちは、御使いを拝むことを信じてはいません。
礼拝されるべきお方は、おひとりだけです。
それは神であり、その御子、そして聖霊です。
どんな人も、どんな御使いも、礼拝される存在ではありません。
そして、真の神の御使いであれば、
礼拝されることを受け入れて立ち続けることなど、決してありません。
では、聖霊が来られた後も、
なお御使いたちが教会に仕えていることを、
あなたがたが知るためには、どうでしょうか……
11. 救い主の処女降誕について、御使いガブリエルが下って来て、彼女に語ったではありませんか。
また、神殿にいたザカリヤのこともそうです。
では、聖霊が下られた後のことはどうでしょうか。
皆さん、ピリポが聖霊を受けていたことを信じますか。
私たちは皆、それを信じていますね。
さて、彼がサマリヤで福音を宣べ伝え、大きなリバイバルが起こっていた時、
彼に語りかけたのは、聖霊だったでしょうか。
それとも、「荒野のガザへ行け」と言って彼に触れたのは、主の御使いだったでしょうか。
主の御使いが彼のもとに来たのです。
そうではありませんか。
ピリポに語ったのは、主の御使いでした。
また、偉大な使徒ペテロのことも、誰もが認めるでしょう。
彼は天の御国の鍵を託され、確かに聖霊を持っていました。
そうですね。
しかし、ある夜、彼が牢獄に入れられていた時のことを思い出してください。
その時、ヨハネ・マルコの家では、人々が祈りの集会をしていました。
その時、彼のもとに来て触れ、彼を導き出したのは、誰だったでしょうか。
聖霊ではありませんでした。
主の御使いが来て、彼を導き出したのです。
12. 皆さんも、そう信じますね。
さて、そのパウロが、十四日十四夜、月も星も見えない暗闇の中、海の上に漂っていた時のことを考えてみてください。
彼は船倉に降りて行って祈りました。
そして戻って来て、人々にこう言いました。
「勇気を出しなさい。
昨夜、私の仕えている神の御使いが私のもとに来て、
『恐れるな、パウロ』と言われたからです。」
その通りではありませんか。
来たのは聖霊ではありませんでした。
神の御使いです。
神から遣わされた御使いだったのです。
次に、黙示録を書いたヨハネのことを考えてみましょう。
黙示録全体は、イエスが
「わたしはわたしの御使いを遣わした」
と言われたことから始まっています。
そしてヨハネは、その御使いを拝もうとしてひれ伏しました。
すると、その御使いは言いました。
「やめなさい。神を礼拝しなさい。」
ご覧なさい。
真の神の御使いは、決して礼拝を受けようとはしません。
その御使いは、自分は預言者たちの仲間であり、
これらのことを示すために遣わされた者だ、と言いました。
ですから、御使いたちという存在は、
神によって任命された仕える者であり、
地上に来て、神の証しをするための者なのです。
彼らは、ダニエルの時代から、
そして歴史を通して、
人間を通して働いてきました。
そして私は、これを心から信じています。
13. しかし、神の賜物とは、御使いの姿を取って下って来られる神の御霊なのです。
そのお方には翼はありませんでした。
人のような姿をしておられました。
歩かれる時の音も、私ははっきり聞きました。
(※ブラナム兄弟が足音を示す)
まさに、今ここを歩く人と同じように、床の上を歩き、
まったく普通の人のように歩き、
まったく普通の人のように語られます。
私が断食し、祈っている時、
そのお方は何度も、部屋の中や、さまざまな場所に来られました。
おそらく明日の夜、このくらいの時間か、少し前には、私は断食を終えるでしょう。
今は祈りの時です。
普段の私は、特別なことは何もありません。
もしその臨在が離れれば、私は外へ出て行きます。
釣りも好きですし、狩りも好きですし、人と話すのも好きです。
皆さんと同じ、普通の人間です。
しかし、そのお方が来られる時は――
それは全く違います。
そして今夜、そのお方は、皆さんに仕えるためにここにおられます。
私は、ただの代弁者にすぎません。
そのことを、皆さんは確かに知っていてください。
そして、神を礼拝し、神に栄光を帰し、へりくだっていてください。
さて、今夜は集会の最初の夜です。
そのため、主の臨在が近くに臨み、人々に仕える段階に入るまで、
少し時間がかかるかもしれませんが――
14. どうか、心から私を信じてください。
覚えておいてください。
それが、私が皆さんを助けることのできる、ただ一つの道なのです。
神を信じておられる方は、どれくらいいますか。
手を挙げてみてください。
神の御子を信じている方は?
聖霊を信じている方は?
それは結構です。
それで良いのです。
しかし、友よ、
それはクリスチャンとして当然信じなければならないことです。
父なる神、御子、聖霊を信じなければ、クリスチャンではあり得ません。
ですが、それを信じているだけでは、
この賜物においては、まだ十分ではありません。
あなたが信じなければならないのは、
私を彼らと同じように信じることではありません。
私が語っていることが真実であり、
神がこの目的のために私を遣わされた、
そのことが真実だと信じることなのです。
どれほど立派なクリスチャンであっても、
私が語ったことを真実だと信じないなら、
そこから何一つ益を受けることはできません。
こう言わなければならないのは心苦しいですが、
それが真理なのです。
15. 彼を殺した人々も、父なる神を信じていました。
そして、熱心に神を礼拝していた人々でした。
そうではありませんか。
しかし、イエスは彼らを助けることができませんでした。
なぜなら、彼らはイエスご自身を信じなかったからです。
それは事実ですね。
イエスはご自身の口で、こう言われました。
「あなたがたは神を信じているのなら、わたしも信じなさい。」
その通りです。
ですから、もしあなたが
父なる神、御子、そして聖霊を信じているなら、
どうか、神が私をここに遣わし、
あなたのために祈らせておられることを信じてください。
そして、神ご自身が、それが真実かどうかを証しされます。
もし神が証しをなさるなら、
その時、あなたはそれを信じればよいのです。
それが、この集会がこのような性質を持っている理由です。
人々が信じるなら――
一つの心、一つの思いで信じるなら――
神の栄光が、ご自分の民の間に現されるのを見るでしょう。
私は、あなたがたに真理を証ししてきました。
さて、今は
父なる神が語られ、
父なる神が働かれる時です。
それでは、祈りの列を整える前に、
もう一度、共に神に語りかけましょう。
16. あなたの御言葉が、今、この講壇の上に置かれています。
それが神からの真理の御言葉であり、
一語一語すべてが真実であることを、私は知っています。
私はそれを信じています。
昔の時代に遣わされたすべての預言者たちも、
人々をエホバなる神の認識へと導こうとする時を持っていました。
血をもって道を切り開いてくださった使徒たちも、
私たちより先に進んで行かれました。
彼らは町々で信じられず、追い出されました。
あなたの愛する御子ご自身も、地上におられた時、
多くの町で信じられませんでした。
そしてこう記されています。
「彼らの不信仰のゆえに、多くの力ある御業をなさることができなかった。」
しかし父よ、私たちは知っています。
主は今夜、ここにおられます。
ご自分の臨在が教会と共にあることを証明するために、
御霊を遣わしてくださっています。
父よ、今夜私たちを助けてください。
そして、ここに立ってこれらの言葉を語っている
貧しく、へりくだった、価値なきあなたのしもべを助けてください。
私は祈ります。
生涯を通して私を導き、守り、養い、
ここまで連れて来てくださった神の御使いが、
今夜ここに臨んでくださいますように。
そして、その臨在の前を、
一つの病、一つの患いも、
完全に解放されることなく通り過ぎることがありませんように。
父よ、今この時、会衆の中の多くの人々が、
静かに座り、心の中でこう言いますように。
「主よ、私はあなたを思います。
あなたの御霊がここにおられることを思います。
あなたのご性質を知りたいのです。
それによって、どのようにあなたを愛し、
どのようにあなたに仕えるべきかを知りたいのです。」
今夜ここにいるすべての者を祝福してください。
すべての病人、苦しんでいる者が癒され、
救われていない者が救われますように。
これらのことを、
あなたの聖なる御子、イエスの御名によってお願いいたします。
アーメン。
―――
兄弟、彼はどこにいますか。
何枚カードを配りましたか。
どこから始めましたか。
Aの1番からですね。
祈りのカードの配り方についてですが、
私たちはほとんど、あらゆる方法を試してきました……。
17. カードを牧師に預けて、それぞれが自分の会衆に配るようにしていたのです。
するとどうなったかと言うと、
最初の牧師のグループだけが、ほとんど祈られることになりました。
他の牧師たちは、それをよく思わなかったのです。
それで今度は、集会の場で、私のマネージャーたちにカードを渡しました。
彼らも牧師でした。
すると今度は、彼らの牧師仲間がこう言うのです。
「誰々のためにカードを一枚もらえないだろうか?」
それも問題になりました。
ですから、それもやめなければなりませんでした。
そして、今までで一番うまくいった方法がこれです。
私の兄弟を連れて来て、彼にカードを配らせることにしました。
彼は牧師ではなく、誰のことも知りません。
ただ、順番にカードを配るだけです。
そして彼があまりに知られるようになったら、
また別の人に配らせます。
そうして、特定の人に偏らないようにしているのです。
つまり、えこひいきはありません。
誰であっても、来た人はカードを受け取ることができるのです。
18. しかし、一晩でそれほど多くの人に仕えることはできません。
ですから、だいたい五十枚ほどにしています。
ところが、五十枚配ると、今度は「誰が最初になるのか」という問題が起こります。
それで私たちは、カードをいったん全部混ぜ合わせてから配るようにしました。
そして壇上に上がってから、どの番号から始めるかを決めるのです。
たとえば、1番のカードを持っている人がいても、15番から始めるかもしれません。
あるいは50番から始めて、後ろへ戻ることもあります。
時には、子どもに番号を数えさせたり、
誰かに番号を言ってもらったりします。
あるいは、私自身が適当に番号を取ります。
ときには、この列に何人いるか、この列に何人いるかを数えて、
それを割って、そこから始めたりします。
寝台に横になっている人が何人いるかを数えて、
車椅子の人の数と割って、そこから番号を決めることもあります。
とにかく、誰に対しても公平であるように工夫しているのです。
少なくとも、私自身が「これは公平だ」と分かる方法を取っています。
そうすることで、誰にでも機会が与えられるのです。
さて、祈りのカードそのものが、あなたを癒すのではありません。
そこに座っておられる皆さんが、
ただこちらを見て、心から信じるなら、
聖霊があなたを呼び出し、
あなたの問題を告げ、
その場で癒してくださるでしょう。
これは真実です、友よ。
あなたはそれを見るでしょう。
神があなたを祝福されますように。
19. 1番から50番までですね。
今夜は最初の夜ですから、
A-1から始めましょう。
A-1から……あまり一度に多く立たないようにしましょう。
A-1からA-15までの方、前にお並びください。
その間、残りの皆さんで
「ただ信じなさい(Only Believe)」を歌いましょう。
私は少しの間、祈ります。
会衆の皆さんも、私と共に祈ってくださいますか。
神が皆さんを祝福されますように。
――(ブラナム兄弟、少し脇に下がって個人的に祈る)――
(兄弟が言う)
「祈りのカードA-1からA-15までの方、番号順に、
壇上のこちら側にお並びください。
他の皆さんは、そのままお座りください。」
――(会衆、「ただ信じなさい」を数回歌う)――
――(兄弟が人々に信じるよう励まし、会衆がさらに歌う)――
――(兄弟が進行を続ける間、ブラナム兄弟は祈る)――
もう一度、オルガンでゆっくりとお願いします。
そう、それで結構です。
友よ、もう一度祈りましょう。
どうか、頭を下げてください。
20. あなたの大いなる臨在を、この会衆全体が感じることができますように。
私はこの集会において、大きな声明をいたしました。
あなたがおられなければ、私はまったくの失敗者です。
主よ、私自身では何一つできません。
あなたが必要なのです。
どうか今、そのお方を遣わしてください。
そのお方こそ、この憐れむべき人々を助けることがおできになります。
今夜、彼らを顧みてください。
憐れんでください。
あなたの御心を知り、信じるための大いなる信仰をお与えください。
今、私たちを助けてください。
今夜、すべての悪霊の力が、あなたの御霊に服しますように。
この戦いにおいて、この敵に立ち向かうための、
支配的な信仰をお与えください。
主よ、私はこれらの人々に何があるのか知りません。
しかし、あなたはご存じです。
どうか私にそれを知らせてください。
それが彼らの信仰を築き、
あなたを愛し、あなたをもっと知る助けとなりますように。
今、敵に挑むために前へ進みます。
主よ、私と共に行き、助けてくださいますか。
あなたの御子イエスの御名によってお願いいたします。
アーメン。
皆さん、できる限り敬虔でいてください。
皆さん、祈ってください。
では、ハワード、
一人ずつこちらに連れて来てください。
そうです、一人ずつ。
これから人々がこちらに来るとき、
その表情に注目してください。
油注ぎが少し強くなると、
ここに近づくにつれて、
多くの場合、泣き始めたり、
表情が変わったりします。
今、主の臨在は、
この壇上にあります。
確かに、今ここにあります。
21. この町の方ですか。
(兄弟:「いいえ、ザイオンから来ました。」)
ザイオンからですか。
大きな町ですね。
あなたは私にとっては見知らぬ方です。
私はあなたを知りません。
もしかすると、どこかでお見かけしたことはあるかもしれませんが、
面識はありませんね。
ザイオンから来られた。
見たことはあっても、知らなかったのでしょう。
さて、あなたはどこかに病を抱えておられます。
もしここで手を握らせていただければ、
おそらく申し上げられると思います。
……はい、兄弟。
あなたは病んでおられます。
いくつも問題を抱えています。
その一つは心臓の病です。
しばらく前からあなたを悩ませています。
また、胃の病もありますね。
そうでしょう。
医者にも相談されましたね。
しかし、あまり希望を与えられなかった。
しかし――
心から信じますか。
私が話している間、私を見てください。
あなたの問題の根本は、
あなたの気質にあります。
あなたは深く考え込むタイプです。
もともと神経質で、
内に抱え込むような神経の性質があります。
そのために、あなたは苦しんでいるのです。
実際のところ、あなたの心臓の問題は、
神経から来る心臓の不調です。
医者にもそう言われたはずです。
そして胃の問題は――
胃にできた消化性潰瘍です。
それがあなたにこの苦しみを与えています。
緊張が原因です。
横になった時、
潰瘍よりも心臓の方が、かえって強く痛むことがあるでしょう。
その場合、動悸が起こり、
心臓がばたつくように感じるのです。
22. あなたは癒されることができます。
私があなたに告げたことは真実でしたか。
では、私がそれを知る何らかの方法がある、ということになりますね、兄弟。
それが神の御霊によるものだと信じますか。
あなたは今、特別な感覚を覚えているはずです。
何か超自然的な存在の近くに立っている、という感覚です。
今、信じてください。
畏れのような、厳かな感じがするでしょう。
それは主の臨在のゆえです。
神の臨在です。
今、あなたはイエス・キリストのもとに来ました。
あなたの信仰は、ここで主と出会いました。
頭を下げてください。
会衆の皆さんも、頭を下げてください。
天の父なる神よ。
この人は、あなたの憐れみを求めてここに来ました。
今、彼はこの壇上に立っています。
父よ、彼のために信仰を与えてください。
この人を縛り、苦しめている悪霊よ、
神の御子の御名によって命じる。
この人から出て行け。
少しの間、そのまま頭を下げていてください。
まだ私の手に反応があります。
ご覧なさい、兄弟。
この色が私の手に出ているのが分かりますか……。
23. あなたは病んでいます。
そして、あなたはクリスチャンです。
しかし、これまでにも祈ってもらったことがありますね。
どこかの祈りの列に並び、祈ってもらったことがある。
けれども、その時は――
どこかで「もしかしたら」というような、
半ば推測のような気持ちがあった。
今、必要なのは、
本当に純粋な、真実の信仰です。
私はあなたに、軽々しく「あなたは癒された」とは言いたくありません。
もしそれを言うなら、
私が何を語っているのか確信していなければなりません。
私は、あなたが本当に健やかになることを宣言したいのです。
しかし、それは神が下って来られ、
あなたを癒される時にしかできません。
ですから今、
この問題をきっぱりと決着させましょう。
今この瞬間、決めるのです。
今、信じますか。
神が与えてくださったとおり、
私が真実を語ったと信じますか。
……
父よ、どうかこの兄弟を憐れんでください。
彼は再び食べたいのです。
気分良くなりたいのです。
あの不快な感覚なしに歩きたいのです。
主よ、助けることができるのはあなただけです。
もし必要なのが私の信仰であるなら、
どうか私を赦し、助けてください。
もし彼の信仰が必要なら、
今、この瞬間に信じるところまで彼を引き上げてください。
どうやら、彼の信仰がまだ十分に前へ出ていないように見えます。
彼は信じています。
ですから、私に信仰を与えてください。
この人を縛っている敵に立ち向かうための信仰を。
悪霊よ、
神の御子イエス・キリストの御名によって命じる。
この人から出て行け。
24. この方は癒されました。
あなたは感じましたね。
それが去った瞬間を。
ああ、なんと素晴らしい。
家に帰って、
好きなものを食べなさい。
25. 「皆さん、ご理解ください。
ブラナム兄弟は、この病や苦しみを、完全に神の御霊によって見分けました。
カードは一度も見ていません。
そして、そのカードには『心臓と胃の病』と書かれていました。」
私たちの兄弟は、それを感じたのです。
それは、ただ……離れて行きました。
今、この方は家に帰り、
何でも好きなものを食べることができます。
もはや苦しみはありません。
彼はそれを証しするでしょう。
彼は良くなったのです。
そして、良くなるでしょう。
26. 皆さん、できる限り敬虔でいてください。
先ほどの方が癒されてから、
人々が信じ始めたので、
今、何か鼓動のようなものが入って来るのを感じます。
外側から分かるのです。
何かが動いています。
こんばんは、兄弟。
私をまっすぐ見てください。
これはあなたの心を読んでいるのではありません。
あなたは人間で、霊を持っています。
そして今の油注ぎは、別の御霊によってあなたに触れているのです。
少しの間、手をお貸しください。
……あまり大きな病ではありません。
少し待ってください。
これは細菌による病ではありません。
視なければなりません。
私を見てください。
私が話すことに答えてください。
幻によって視なければならないのです。
あなたの問題は細菌ではありません。
前立腺の軽い症状があります。
それが神経を刺激しています。
しかし、それだけでは祈りのカードを取るほどのものではありません。
こちらを見てください。
誠実に。
心から信じてください。
あなたはいつからクリスチャンですか。
約五年ですね。
主を愛していますか。
心から仕えていますね。
主は素晴らしいお方ですね。
あなたは少し緊張しています。
あなたが落ち着けるように、私も落ち着こうとしています。
緊張しないでください。
ただこちらを見て、信じてください。
その臨在の前に立っているために、
不思議な感覚があるでしょう。
……はい、分かりました。
あなたの問題が見えました。
あなたにはてんかんがあります。
そうでしょう。
発作が起こるのが見えます。
何かが今、それを言わせていますね。
神の御子を信じますか。
私が主に願えば、それが去り、
もう二度と戻らないと信じますか。
頭を下げましょう。
その小さな子どもを抱いている方、
どうかしっかり抱いていてください。
時には、こうしたものが移ることがあります。
母親の近くに置いてください。
近くにいてください。
こちらへ来てください、兄弟。
27. この兄弟が、苦しみの中に立っています。
私は心からお願い申し上げます。
どうか憐れんでください。
あなたのほかに、彼を助けることのできるお方はいません。
これほど立派で、力強そうな男性が、
医者にもどうすることもできない力に縛られているのです。
しかし主よ、ある朝、一人の父親が少年をあなたのもとに連れて来ました。
その子は、あなたの弟子たちのもとへも連れて行かれましたが、
彼らには何もできませんでした。
その少年はてんかんの発作を起こしていたのです。
悪霊があなたを見ると、その少年は地面に倒れ、
口から泡を吹きました。
しかしあなたは言われました。
「その子を起こしなさい。もう大丈夫だ。」
そしてそれが、おそらく彼の最後の発作となりました。
あなたがその悪霊を追い出されたからです。
その父は言いました。
「私の子を助けていただけますか。」
あなたは答えられました。
「信じるならできる。
信じる者には、すべてのことが可能である。」
28. もし今夜、あなたが肉体をもってこの壇上に立っておられたなら、
あなたは手を差し伸べられ、
この人はあなたを見上げ、
あなたがここにおられることを知り、
あなたを信じたことでしょう。
しかし今、あなたは別の形でここにおられます。
ご自分の教会の中で働いておられます。
あなたは言われました。
「しばらくすれば世はわたしを見なくなる。
しかし、わたしはあなたがたと共に、
いや、あなたがたの内にいて、
世の終わりまで共にいる。」
今、それはあなたの血の代表です。
私は信仰の挑戦をもって来ました。
ですから助けてください、神よ。
この人から悪しき力を追い出すことができますように。
てんかんと呼ばれる悪霊よ、黙れ。
しかしカルバリで死に、
その血を惜しみなく流された
神の御子イエス・キリストの御名によって、
あなたに命じる。
この人から出て行け。
彼を離れよ。
……それはあなたから出て行きました。
冷たい感覚があなたを包んだでしょう。
よろしい、顔を上げてください。
ここに立っている兄弟は、
今、冷たい感覚が自分を包んだと言いました。
すべてが彼から去りました。
もうありません。
平安のうちに行きなさい。
(兄弟が言う)
「この兄弟のカードには『てんかん』と書かれています。」
よろしい。
次の方を連れて来てください。
29. そうすれば神は祝福し、あなたを癒してくださいます。
主を愛している方は「アーメン」と言ってください。
(会衆:「アーメン」)
主は素晴らしいお方です。
さあ……少し手を見せてください。
ああ……今、何かが当たるように感じました。
何かが起こっています。
今、心から信じていますか。
私が主にお願いし、主が応えてくださると信じますか。
私がお願いすれば、主が聞いてくださると信じますか。
一生主に仕え、主に栄光を帰しますか。
神がこの働きのために私を遣わされたと信じますか。
あなたには他にも問題がありますね。
肉体的な問題があります。
弱く感じることがある。
背中、肩甲骨の間あたりですね。
神を信じますか。
私が癒しを願うとき、信じますか。
それでは、皆さん、頭を下げましょう。
30. この愛する女性が、ここに立っています。
耳をふさぐ霊が彼女に取りつき、
彼女はこの補聴器の助けによってしか聞くことができません。
しかし主よ、あなたこそが彼女の助けです。
彼女を造られたお方であるあなたは、
彼女を完全にすることがおできになります。
どうか憐れんでください。
今、この場で癒しをお与えください。
また、背中のこの苦しみ、
リウマチの痛みも癒してください。
愛する天の父よ、そこも癒してください。
彼女の目も弱ってきています。
神経も弱っています。
どうか彼女を新しい人にしてください。
これからの生涯、あなたに仕え、
証しをし、
他の人々をこの栄光のキリストの福音へ導く者となりますように。
彼女の証しが、
神の栄光のために大いに用いられますように。
残された日々が、
あなたをあがめるために用いられますように。
私たちは教えられています。
あなたを愛する者のためには、
すべてのことが益のために働くと。
もしかすると、このことが彼女に臨んだのも、
証しを与えるためだったのかもしれません。
あなたは彼女を癒し、
証しをさせ、
多くの人をあなたのもとに導くことがおできになります。
今、彼女を助けてください。
耳をふさぐ悪霊よ、
彼女の体を縛っている病の霊よ、
神の御子イエス・キリストの御名によって命じる。
彼女を解放せよ。
彼女から出て行け。
31. まだ完全には離れていません。
どうか、私の声を聞くまで頭を上げないでください。
ときどき、人は「信じている」と思って、
すぐに顔を上げてしまい、
それがまた彼女の上に戻ってしまうことがあります。
ですから、そうしないでください。
皆さん、神の子どもとして、
心から信じてください。
父よ、今、憐れんでください。
この姉妹を癒し、
神の癒しの証し人とならせてください。
耳をふさぐ霊よ、
この女性を離れよ。
イエス・キリストの御名によって命じる。
彼女から出て行け。
そのまま、頭を下げていてください。
今、彼女から離れました。
少し待ってください……。
32. 私の声が聞こえますか。
アーメン、と言ってみてください。
(姉妹:「アーメン」)
そうです。
今、聞こえますね。
(指を鳴らす)
よろしい、顔を上げてください。
もう離れました。
(もう一度指を鳴らす)
今の音が聞こえましたか。
(再び指を鳴らし、何度か手を打つ)
聞こえますか。
今は補聴器をつけていませんね。
この収縮は、
一時間ほど、あるいは二時間ほどで、
はっきり聞こえるようになるでしょう。
そして、明後日ごろ、
いったん完全に聞こえなくなります。
その二日後ほどに、
耳から何かが流れ出るでしょう。
それから戻ってきて、
正常に、完全に聞こえるようになります。
鼓膜にできていた増殖が原因でした。
それが取り除かれたのです。
神があなたを祝福されますように、姉妹。
他の不調もなくなっています。
神が祝福されますように。
さあ、皆で言いましょう。
「主をほめよ。」
(会衆:「主をほめよ。」)
心から信じましょう。
神はそれを成してくださいます。
よろしい、次の方をどうぞ。
33. 彼女の鼓膜には増殖がありました。
皆さん、何かが死ぬと、すぐに縮むことをご存じですね。
そうでしょう。
ここに鹿狩りをする人はどれくらいいますか。
手を挙げてください。
そうですね。
今夜鹿を仕留めて、
その重さを仲間に伝えたとしましょう。
しかし翌朝には、
重さはずいぶん違っているでしょう。
そうですね。
道路で小さな動物が轢かれると、
すぐに縮みます。
葬儀屋もそれを知っています。
亡くなった方の入れ歯を外すのは、
縮んだ後に押し出されてしまうからです。
しかし、しばらく縮んだ後、
今度は膨らみ始めます。
そして腐敗が進みます。
小さな犬の体のように変化していくのです。
それで私は彼女に言ったのです。
約七十二時間ほどで、
いったん完全に聞こえなくなるでしょう。
その頃には完全に縮んでいるからです。
その後、耳から何かが流れ出るでしょう。
今はもう聞こえています。
最初はまったく聞こえませんでした。
しかし今は、ほとんど正常に聞こえています。
命が抜けた瞬間、
それは縮んだからです。
もし彼女が信仰を持つ人々の中にいれば、
そして腐敗が進む段階になれば、
耳から流れ出ると言いました。
四、五日後の彼女の証しを聞いてください。
何が起こるか見てください。
今はただ信じてください。
34. 神に、私に語ってくださるよう求めていましたね。
そうでしょう。
こちらを見てください。
先ほど、あなたの上に幻が動くのを見ました。
あなたはこの町の人ではありませんね。
ここでは見知らぬ人です。
もっと平らな土地から来ています。
風がよく吹くところです。
テキサス、カンザス、ダコタのような――
あのあたりの平地の国です。
あなたはそのような場所から来ました。
……あなたは苦しんでいます。
少し見させてください。
見てください。
ここをよく見てください。
ああ、あなたの問題は口の中にあります。
口にがんがありますね。
そうでしょう。
そのとおりです。
イエス・キリスト、神の御子が、
あなたを完全にします。
行きなさい。主なる神があなたと共に……。
主に栄光を帰しましょう。
ああ、主はここにおられます。
信じませんか。
今、主がここにおられるこの時、
信じる方はどれくらいいますか。
立ち上がって、主をほめたたえましょう。
――(テープ欠落部分)――
聖霊よ、
彼らの上に臨み、祝福してください。
イエス・キリストの御名によって祈ります。