20世紀の預言者

The Twentieth-Century Prophet

20世紀の預言者

ジェファソンビル インディアナ州 アメリカ合衆国

説教番号: 53-0800

日付: 53-0800

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1. お許しください。では、私の妻を紹介させていただきます。
「ハニー、こちらはロサンゼルス(カリフォルニア州)から来てくださった、リロイ兄弟とポール・コップ兄弟です。」
〔ブラナム姉妹:〕「コップ兄弟、私たちの家においでくださってうれしく思います。」
〔コップ兄弟:〕「ブラナム兄弟、ロサンゼルスのカルバリー・テンプルで行われた二度の大規模な集会で、主イエス・キリストがあなたと共にお働きになり、特別な賜物を通して顕されたのを見ました。人々の心の霊を見分ける賜物、また身体の病を見抜く賜物、そして癒しと奇跡のしるし——それらが現されるのを目の当たりにしました。まことに驚くべきことでした。」
〔コップ兄弟:〕「神があなたにお与えになったこの特別なご奉仕について、さらに詳しくお聞きしたいと思っております、ブラナム兄弟。」
2. 「ええ、よろしいですよ、コップ兄弟。それでは最初に戻りましょう。
私はケンタッキー州の東部、バークスヴィルの近くの小さな丸太小屋で生まれました。私の誕生の朝、両親の話によると、ひとつの光が部屋の中に入ってきて、私の上にとどまったそうです。
私の家族は敬虔な家庭ではなく、どこの教会にも通っておりませんでした。
ですから、その出来事は家の者たちに大きな驚きを与えました。
けれどもその光は、私の生涯を通してずっと私に伴ってきました。
最近になって、その光が科学の世界で写真に撮られたのです。ここに示されている通りです。
おそらくあなたもこの写真をご存じでしょう。
科学的に証明されたのは、歴史上ただ一度——それが超自然的な存在であることを、科学が証したのです。
私の考えでは、それはイスラエルの子らがエジプトを出てパレスチナへ向かうとき導いた、あの神の御使いと同じお方です。
あなたも聖書の学者としてご存じのように、それは契約の天使、すなわち私たちの主イエス・キリストご自身なのです。
そして主がこの地上で肉体をもって現れたとき、ご自身を偉大な人物だとは主張されませんでした。
主はこう言われました——
『子は、自分では何事もなすことができない。ただ父が示される
3. 「ヨハネによる福音書の第5章——あなたもよくご存じの箇所でしょう——にこう書かれています。
イエスは、あの有名なベテスダの池を通られました。そこには多くの病人たち、目の見えない者、足のなえた者、歩けない者たちが、水の動くのを待ちながら横たわっていました。
不思議なことに、主はその中のひとりだけに御働きをなさいました。
けれども、よく見ると、主はその人がどこにいるかをご存じだったのです。
父が主にお示しになったからです。
そしてイエスは、そのひとりを癒されました。
彼は重い障がいを持っていたわけではなく、ただ床の上に横たわっていた者でしたが、主は彼を癒されたのです。
さらにその章の後の方、十九節あたりで、主はユダヤ人たちから問いただされます。
おそらく現代においても、神がなぜあのように多くの病人の中を通られながら、すべての人を癒されなかったのか、疑問に思う人がいるでしょう。
しかし、ここで私は主の御言葉を引用いたします。主はこう言われました——
『まことに、まことに、あなたがたに言う。子は、自分からは何事もできない。ただ父がなさることを見て、そのとおりに行うのである。父がなさることは、子もまたそのとおりに行うのだ。』」
――
4. 「ですから、主ご自身の御言葉によれば、主のご奉仕は父なる神からの“幻(ビジョン)”の上に成り立っていたのです。
そうであるならば、主が弟子たちに約束されたように、その同じ働きが後の時代にも受け継がれてゆくのは、不思議なことではありません。
主はこう言われました——
『わたしのなす業を、あなたがたも行う。これよりもさらに大いなる業を行うであろう。わたしは父のもとへ行くからである。』
また、こうも言われました——
『しばらくすると、世はもうわたしを見なくなる。しかし、あなたがたはわたしを見る。わたしはあなたがたと共におり、あなたがたのうちにおる。世の終わりまで。』
そして、『イエス・キリストは昨日も今日も、また永遠に変わることのないお方である』とも。」
私は信じます。これらのしるしは、終わりの時代におけるイエス・キリストの復活の現れの確認であり、主がご自身の民のただ中に生きておられ、地上におられたときと同じしるしと不思議を行っておられる証拠なのです。
――
私が七歳のとき、私たちはケンタッキーからインディアナへと移り住みました。今住んでいる場所からそう遠くない所です。
当時はまだ水道などなく、古い田舎家の裏の方にある井戸から、いくつか街区ほども離れた場所まで、水を汲みに行っておりました。
ある美しい九月の午後、その井戸から水を運んで家へ戻る途中のことです。井戸と家のちょうど中ほどに、一本の立派なポプラの木がありました――」
5. 「そこを通り過ぎようとしたとき、木の中に風が巻き起こりました。
こちらの言葉で言えば、“つむじ風”のようなものでした。
その季節、この地方では特に珍しいことではありません。
けれども、その風は木の中にとどまり、去らなかったのです。
私は立ち止まり、それが何なのかを見つめました。
すると、その中から声が聞こえたのです——
『決して煙草を吸ってはならない。酒を飲んではならない。
いかなる形でも、自分の体を汚してはならない。
お前が成長したとき、為すべき働きがあるからである。』
……怖かった、という言葉では到底言い表せません。
私は家まで走って帰り、母に向かってこう言いました。
『お母さん、木の中から人が僕に話しかけたんだ!』
母は、私が神経質になっているのだと思ったようで、
「少し休みなさい」と言って、私を寝かせました。
しかし、それからというもの——“幻”が見えるようになったのです。
この状態が私の上に臨むとき、幻が現れます。
私は人々の中にある問題や病の原因、また彼らが人生で進むべき道、
さらには、彼らの心の奥に隠された罪までも示されるのです。
――
三十七歳のある夜のことでした。
私は自分の部屋で祈っており、祈り終えて顔を上げたとき、
床の上に光が差しているのに気づきました。
その光がどこから来るのか見回すと、上の方からでした。
“火の柱”が、私のすぐ上に漂い、床に光を投げかけていたのです。
そのとき、誰かが歩いてくる音を聞きました。
見ると、一人の方がその光の中に入ってこられました。
人の姿をしており、体格はおよそ二百ポンドほど、
肩まで届く黒い髪、オリーブ色の肌をしておられ、
裸足で歩いておられました。」
6. 「もちろん、私は恐れました。
するとその方は言われたのです——
『恐れることはない。』
その声を聞いた瞬間、私はすぐに悟りました。
——それは、これまで幾度となく私に語りかけてきた、あの同じ声だったのです。
けれども、人の姿をとってお会いするのは、これが初めてでした。
その方は言われました——
『わたしは神の御前から遣わされてきた。
あなたは病める者たちのために祈るために召されている。
あなたの奉仕には大いなるしるしと不思議が伴うであろう。
あなたは王や君主たちのためにも祈ることになる。』
私は言いました——
『私は貧しい人間です。学もありません。
そんな務めは私にはとてもできません。』
するとその方は言われました——
『モーセに彼の使命を確証するための二つのしるしが与えられたように、
あなたにも二つのしるしが与えられる。
ひとつは、病める者のために祈ること、そして癒しと奇跡の働き。
もうひとつは、人々の心の奥にある秘密を知る力である。』」
7. 「私はその方に申し上げました。
『私はこのことについて長い間祈ってまいりました。
けれども、人々の中には、私のこの働きが悪魔のものであると言う者もおります。』
すると、その方は多くの聖書箇所を示してくださいました。
たとえば——ピリポがナタナエルを見つけたときのことです。
ナタナエルがイエスのもとに来たとき、
イエスは彼に『あなたが無花果の木の下にいたのを見た』と言われました。
また、サマリアの井戸の女のことも話されました。
主イエスは彼女の罪を明らかにされ、『あなたには夫が五人いた』と言われました。
彼女は町へ走って行き、人々に叫びました——
『この方こそキリストだ!』と。
そのほかにも、多くの聖書箇所を挙げてくださいました。
私はその方に言いました——
『行きます。主よ、従います。』
するとその方は、いつも共にいてくださるという確かな約束をお与えくださいました。
……そして今、コップ兄弟、あなたも、世界中の人々もご存じのように、
その後、この働きの中で、数々の大いなる御業が現されてきたのです。」
――
8. 「私たちはよく話していたのです——
“このような幻を、果たして長く覚えていられるものだろうか”と。
今から正確に言えば四年ほど前のこと、
私はひとつの幻を見ました。
それは——道路のわきで、ある小さな男の子が車にはねられ、
息絶えている光景でした。
そして、その子が死からよみがえるというものでした。
私はその幻のことを皆に話し、
アメリカとカナダの各地で預言しました。
何千冊もの聖書の見返しに、この出来事が起こると書き記されました。
やがて、私たちは北欧の国々で集会を行っているとき、
フィンランドのクオピオから移動している途中のことでした。
道のわきに、人々が群がっているのが見えました。
皆、何かを囲むようにして集まっています。
私たちは車を降りて近づきました。
そこに——あの男の子がいました。
すべてが、私に示された幻のとおりの光景でした。
私はムーア兄弟に言いました。
『兄弟、あなたの聖書を見てごらんなさい。
これがあの場面ではないか?』と。」
9. 『ああ、そうだ』と彼(ムーア兄弟)は答えました。
私はその場にひざまずき、
主イエスに祈りをささげました。
「主よ、あなたが私に示され、
必ず成し遂げると約束してくださった御言葉を、
どうか今、確証してください」と。すると——
あの小さな男の子は、私たちの主イエスによって命を吹き返したのです。
今も元気に生きております。
コップ兄弟、
これらは主イエスが私にゆだねてくださったこの働きの中で、
なされている数々のことの、ほんの一部にすぎません。
私のへりくだった考えでは、
これらの出来事はすべて、主の御言葉を確証するためのものなのです。
主がこの時代に成就すると約束されたことが、
まさに今、私たちの目の前で起こっているのです。
さて、イスラエルでのキャンペーン集会についてですが、
コップ兄弟、私は主に仕える者として、
イスラエルで奉仕できることを心から喜んでおります。
聖書にもありますように、「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシヤ人は知恵を求める」とあります。ですから、私の奉仕はユダヤの人々にとって、
きわめて効果的であると信じています。
10. 〔コップ兄弟:〕「私たちは信じています。多くのユダヤ人たち、
そして聖地にいる人々が、主イエス・キリストこそメシヤであると
信じるようになると。それは、ひとりのクリスチャンが旧約聖書の
ヨエル書の預言を成就している姿を見るときです。」
「そうですね、コップ兄弟。あなたが言っておられるのは、旧約のヨエル書
の預言、ヨエル書第2章28節のことだと思います。
そこには、こう記されています——
『終わりの日に、わたしはわが霊をすべての肉なる者の上に注ぐ。
あなたがたの息子や娘は預言をし、老人は夢を見、若者は幻を見る。』
まさにその御言葉が、いまこの時代に現されているのです。」
〔コップ兄弟:〕「さて、ブラナム兄弟、そろそろお別れ
の時間のようです。今日は本当に恵みに満ちた、
すばらしいひとときでした。
たいへん励まされました。それでは、私たちはこれで失礼します。
もし主が御心なら、数日後にシカゴでまたお会いしましょう。」
11. 「ええ、皆さん。
今夜は私たちの家にお越しくださって、本当にうれしく思います。
シカゴでの集会の成功のために、共に祈り続けましょう。
そして、もし主の恵みによって許されるなら、数日後、シカゴでお会いできることを願っています。」
〔メダ・ブラナム姉妹:〕
「お帰りになる前に、少しお茶でもいかがですか?」
〔コップ兄弟:〕
「まあ、ありがとうございます、ブラナム姉妹。ぜひいただきます。
本当にご親切にどうも。」
〔リロイ・コップ兄弟と息子ポール・コップ:〕
「ありがとうございます。」
「ありがとう、ハニー。」
12. 〔シカゴでの祈りの列より〕「さて、信じる方々に申し上げます。
神の御使い——私に遣わされ、皆さんがイエス・キリストを信じる
助けとなるためにおられるその御使いは、いま、私の立っている
この場所からほんの二フィートほどのところにおられます。
もし、私を主のしもべとして信じてくださるなら、
どうか私の言葉を受け取ってください。
私にはあなたを信じさせる力はありません。
信じるのは、あなたご自身です。わかりますか?
けれども——主の御使いはいま、この壇上におられるのです。
それでは、主があなたを祝福してくださいますように。
これからこの婦人とお話しします。
皆さん、どうか祈りの心を保ってください。
この方々は病の中にある人たちです。
さて、この婦人が言うには、彼女は私とはまったく
初対面だということです。
私はこれまで彼女を見たことがありません。
彼女を知るよしも、関わりも、まったくありません。
ですから、私は彼女を癒すことはできません。
それは、私が彼女を救うことができないのと同じです。
あなたがたもご存じのとおり、それは人にはできないことです。
けれども——イエス・キリストはすでに、
カルバリー(ゴルゴダ)の十字架の上で、
そのすべてを成し遂げてくださったのです。」
13. 「けれども、主はご自身の教会に“賜物”をお与えになりました。
そうではありませんか? そうなら“アーメン”と言ってください。
〔会衆:「アーメン!」〕その賜物は何のためでしょうか?
そう——教会を建て上げるためです。そうでしょう?
つまりこういうことです——信者と不信者が共に集まるとき、
不信者はこう言うかもしれません。
『まことに……』と。聖書にはこう書かれています——
『もしあなたがたが皆、異言で語るなら、
そこに不信者が入ってきたとき、彼らは“あなたがたは狂っている”と
言うであろう。しかし、もしひとりが預言し、人の心の秘密を
明らかにするなら、その不信者はひれ伏し、“まことに神はあなたがた
のうちにおられる“と言うであろう。』
……そうではありませんか?まったくそのとおりです。
さあ、今こそ信じてください。心から全身全霊で信じてください。
イエス・キリスト——神の御子が、いまこの場所におられ、
ご自身の約束された御業を行っておられるということを。」
14. 「婦人よ、あなたに少しお話ししたいと思います……。
私がこうしているのは、あなたの“霊”に触れるためなのです。
心のすべてをもって信じてくださいますか?
もし神が、あなたの中にある問題を私に示してくださるなら、
あなたは主を“癒し主”として受け入れますか?
そうですね。私たちはたぶん初対面だと思います。そうでしょう?
これまで一度も会ったことがありませんね?
けれども、神はあなたに何が起こっているかをご存じです。
そうでしょう?
あなたの中で最も大きな問題のひとつは——
“貧血症”ですね。そうではありませんか?
信じますか?神があなたを癒してくださることを。
主イエスよ、どうかこの婦人を癒してください。
彼女を完全に健康にしてください、父よ。
今夜ここを立ち去るときには、すっかり癒され、
全き者として歩めるように。主イエス・キリストの御名によって、
これを祈り求めます。アーメン。」
15. 「さあ、喜びながら帰りなさい。祈りなさい。
すべてはあなたの“信仰による”のです、姉妹。わかりますか?
主は私に、あなたに関して多くを語られたわけではありません。
ただ、“あなたの中にある問題”を示してくださったのです。
これからは、主があなたに語られることに耳を傾けてください。
主が示されること、それを行うのです。
あとは、すべてあなた次第です。
信じるのです。あなたは『受け入れます』と言いましたね?
今、主はあなたのその言葉を受け取られました。
ですから、あなたも主の御言葉を受け取りなさい。
そして証ししなさい。
『私は癒されました』と信じて言い表すのです。
そうすれば、あなたは本当に癒されます。アーメン。
さあ、皆で言いましょう——
『神に感謝します!』アーメン。
私は信じています。
いま、この会場におられる皆さん一人ひとりが、
もはや“不信”ではいられないほど、
神の祝福に包まれていると。
これほどに神がご自身を現してくださったのに、
なお信じないこと——それはもはや“罪”なのです。
神は御子をお遣わしになり、
いま、御子が語られたことを実際に行っておられます。
これほどのしるしを見せてくださったのです。
聖書を与え、説教者たちを遣わし、
賜物をも与えてくださったのです。
それでもなお神を信じないなら——
最後には、ただ裁きを受けるしかありません。
そうではありませんか?」
16. 「しかし、この働きの目的はただひとつ——
“神の栄光を現し、イエス・キリストを啓示すること”です。
なぜなら、主がこの地上におられたとき、
まさに同じことをなさったからです。
聖書を読む者なら、皆そのことを信じるはずです。
そう信じる方は、“アーメン”と言ってください。〔会衆:「アーメン!」〕
主はこう言われました——『わたしは去っていくが、やがて再び来る。
しばらくすると、世はもはやわたしを見ない(それは不信者たちのことだ)。
しかし、あなたがた(信じる者たち)はわたしを見る。
わたしはあなたがたと共におり、
あなたがたのうちにおり、世の終わりまで共にいる。』
それは真理ではありませんか?
ですから、“信じないこと”は罪なのです。
主イエスは言われました——
『行って、もはや罪を犯してはならない。
(すなわち、もはや不信じてはならない。)
さもないと、もっと悪いことがあなたの身に起こるであろう。』
そうではありませんか?
ですから、私たちは“信じなければならない”のです。
信じるか——滅びるか。それしかないのです。」
17. 「もし私が神であったなら——人々が“わたしの言葉”を信じない
というなら、それで十分だと思うでしょう。
しかし、人々はいまだに“御言葉”そのものを信じようとしません。
だからこそ、しるしと不思議が“教会”に加えられたのです。
——それは、イエス・キリストご自身が約束されたとおりです。
私の率直な信仰として申し上げます。
私はいま、主が“異邦人(Gentiles)”に対する働きをほぼ終えつつあり、
まもなく“ユダヤ人(Jews)”の方へと向かわれると信じています。
そしてそのとき、異邦人たちは自分たちの“教理”や“儀式”、
“信条”や“形式的で冷たい宗派”の中に取り残されるでしょう。
一方で、“花嫁なる教会”は携挙(ラプチャー)されて天に引き上げられ、
福音はユダヤの民へと渡るのです。
アーメン。“アーメン”とは——『そのとおりに』という意味です。
さあ、そうなります。」
18. 「失礼します、姉妹。ときどき少し心を休める必要があるのです。
さて……私たちは初対面ですね。
あなたはまったくの見知らぬ方です。
ここ(この町)の方ではなく、別の都市から来られましたね。
あなたの心には、たくさんの悩みがあるようです。
まず第一に、あなたは“心臓”に問題を抱えていますね。
そうでしょう?
黒い影が見えます。まるで黒い幕が、あなたのあとをついて回るようです。
ああ、そうか——それは“嘘”です。
誰かがあなたについて“嘘”をついたのです。
しかもその男は、“神の癒し”を語ると称している者でした。
〔姉妹:「はい、そうです。」〕
彼はあなたのことを“魔女だ”と言いましたね?
〔「はい。」〕そうですか……。
それであなたの教会の中が騒がしくなり、
何かしらの混乱が起こったのですね。
そうではありませんか?
あなたの牧師も、いま病気で苦しんでおられます。
“ポリオ”を患っておられますね。
〔「はい、そうです。」〕
姉妹よ、どうかそんな人々の言葉を気にしてはいけません。
彼らは嘘をついているのです。
あなたの“心臓”に本当の病はありません。
それは“神経的な緊張”からくるものです。
その不安が、心臓を苦しめているのです。
さあ、平安のうちにお帰りなさい。
神の祝福がありますように。
あなたは大丈夫です。
神があなたを祝福してくださいますように。
あなたは“魔女”などではありません。」
19. 「あなたは心のすべてをもって信じますか?
神が、あなたのその“癌”を癒してくださると信じますか?
もし私が神にお祈りするなら、主があなたを癒してくださると信じますか?
主イエスよ、
どうかこの婦人を癒してください。
彼女が完全に健康を回復しますように。
この祝福を、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。
さあ、喜びながらお帰りなさい。
「主よ、ありがとうございます」と口にしながら進みなさい。
そうすれば、あなたは癒されます。
さあ、次の方、どうぞ。
全能の神、いのちの創り主よ、
この婦人に完全な健康をお与えください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
神の祝福がありますように。
ちょっとお待ちなさい。
何かが起こりましたね。
あなたにも、それがわかりますね?
そうでしょう?
ああ、今、それはこの会場全体に及んでいます。
ここにいるすべての人が、
もし信じるなら、いまこの瞬間に癒されるのです。
皆さん、そう信じますか?
〔会衆:「アーメン!」〕
神を信じなさい。
あなたは案内係(アッシャー)ですね?はい、よろしい」
20. 「あのそこに座っている婦人——
そう、斑点模様のドレスを着たあなた、心臓の病がありますね。
立ち上がりなさい、姉妹。
主は今、あなたの“心臓の病”を癒されました。
心から信じますか?……よろしい。
――
そして、そちらにいるハンカチを持った婦人——
泣いておられますね。
先日、頭を打たれましたね?
そのせいで激しい頭痛が起こっている。そうでしょう?
さあ、立ち上がって、主イエス・キリストの御名によって癒しを受け取りなさい。アーメン。
――
さて、この中で、
ほかに癒しを受けたい方はどれだけおられますか?
イエス・キリストは今ここにおられ、
あなたを癒そうとしておられます。
そう信じますか?
――
癒しを求める方は、いま立ち上がってください。
この会場にいるすべての人、
癒されたい方は皆、立ち上がってください。
そして、このように両手を神に向かって上げなさい。
――
全能の神、いのちの与え主、
すべての良き賜物をお与えになるお方よ。
いまこの夜、あなたの御霊がここにおられます。
どうかこの建物にいるすべての人を癒してください。
あなたがここにおられます。
聖霊がここにおられます。
そしていま、私はあなたのしもべとして、
ここにいるすべての他のしもべたちと共に、
この場にあるあらゆる病を“呪います”。
どうか神の御子イエス・キリストが、
この中にいるすべての人を癒してくださいますように。
――
サタンよ!
イエス・キリストの御名によって、
これらの人々から離れよ!
――
さあ、手を上げている方々、声を合わせて言いなさい——
『神を賛美します!』
そして喜びなさい。神に栄光を帰しなさい!」
〔会衆:「神を賛美します!」〕
――
「宜しくお願いします、ボーズ兄弟。」