深い淵から深い淵に呼び出される

Deep Calleth Unto The Deep

深い淵から深い淵に呼び出される

シカゴ イリノイ州 アメリカ合衆国

説教番号: 52-0809

日付: 1952年8月9日(52-0809)


1. シメオンという老人がいました。
彼は「イスラエルに与えられる慰め」、すなわち約束されたメシヤを心から待ち望んでいた敬虔な人でした。
白い髭をたくわえ、長い年月を神殿で過ごしてきた人で、その佇まいには深い信仰と落ち着きがありました。
彼には、誰にも軽々しく語れないほどの強い確信がありました。
それは――「自分は、主が遣わすキリストを見るまでは死なない。」
この確信は、単なる思い込みでも夢でもありません。
聖霊が静かに、しかし確かに彼の心に示されたものでした。
尊敬される年長の賢者であるシメオンが、
こんな大胆な宣言をしたのですから、
彼の信仰がどれほど純粋で深かったかがわかります。
人の中には、何か霊的な体験をしたと聞くとすぐに「自分もこんなことを感じた」と言う人がいます。
しかしシメオンが受けたのは、そうした曖昧で不確かなものではありませんでした。
聖霊による導きは、心の深いところで揺るがない確信として宿るものです。
それは、人の感情や想像とはまったく異なるものです。
2. 四千年もの間、人々はキリストを待ち望んでいました。
ダビデ王も、ヨブも、父祖たちも、アブラハムも──
皆がそのお方を求めてきました。
さらに時代をさかのぼれば、
最初の人アダムでさえ、
「女の胤(たね)が蛇の頭を打ち砕く」
という約束を握りしめて、
メシヤの到来を待っていたのです。
こうして、代々を通して四千年、
人々はずっとメシヤを見つめ続けてきました。
「今こそ来られるのではないか」と思われた時代もありましたが、
その時代には来られませんでした。
次の時代にも来られませんでした。
幾つもの時代が通り過ぎても、
彼らはなお、メシヤを待ち望み続けたのです。
その中で──
シメオンは年老いていましたが、
信仰だけが、彼の支えでした。
そして聖霊は彼に語られました。
「あなたは、主のキリストを見るまでは決して死なない。」
シメオンはその啓示を心から信じました。
彼にとって、それがすべてだったのです。
3. 神が何かをあなたに示されたとしても、
あなたがそれを信じなければ、その約束はあなたの人生の中で働きません。
信じること──それが必要なのです。
神が語られたことを、そのまま受け取らなければなりません。
ちょうどマリヤがそうしたように。
天使が彼女に現れ、
「あなたは、まだ男性を知らないのに、子を宿します」
と告げたとき、
彼女はあれこれと反論して騒ぎ立てませんでした。
ザカリヤは違いました。
彼は祭司であり、神のみことばに通じているはずの人でしたが、
天使が息子の誕生を告げたとき、
「どうしてそんなことがあり得るのか」と疑いました。
アブラハムも、サラも、
そして神殿にいたハンナも、
子どもを産めない年齢を過ぎてから子を与えられたという前例があったにもかかわらず、
ザカリヤは信じようとしませんでした。
そのため天使は、
約束の子が生まれる日まで彼を口のきけない状態にしなければなりませんでした。
しかしマリヤは違いました。
彼女はまだ十八歳ほどの、
ヨセフと婚約中の純真な少女でした。
「男性を知らないのに子を宿す」──
そんなことは今まで一度も起こったことがありません。
それでも彼女は、
天使の言葉を聞くや否や、
確かめることも、兆候を待つことも、
体に変化を感じることもせず、
ただすぐに喜び出し、
周りの人に言いました。
「私は子どもを宿しました。
まだ誰のことも知らないのに、神がそうしてくださったのです。」
なぜでしょうか。
彼女は証拠を待たなかったのです。
今の私たちのように、
「良くなった気がしたら信じる」
「手が少し動いたら癒されたと信じる」
といった態度ではありませんでした。
マリヤはただ、
神が語られたその言葉を、ありのままに信じた のです。
彼女は言いました。
「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりになりますように。」
そしてその瞬間から、
彼女は喜びながら町中を駆け抜け、
「私は子どもを授かりました!」と告げ知らせたのです。
まだ何の兆候もないうちから、
ただ神のことばだけを握りしめて。
4. もし今、この時代に、教会に最も必要なものがあるとすれば──
それは マリヤのように、神のことばをそのまま受け取る信仰 です。
神が語られるとき、神は言葉どおりの意味で語られます。
アブラハムはそのように神を見上げ、こう言いました。
「主は、約束したことを必ず行うことがおできになる。」自分は百歳、妻サラは九十歳。人間的にはもう望みのない年齢でした。
しかしアブラハムは言いました。「それでもよい。
主が約束されたのだから、必ずそうなる。」あなたも、そのように信じますか?本来、それが神が求めておられる信仰です。
どれほど時間がかかるかを見てはいけません。
イサクが生まれたのは、約束から 二十五年後 でした。しかしアブラハムは、その長い年月のあいだ、準備をし続けていました。
朝になるたび、私はアブラハムの声が聞こえるように思います。
「サラ、今日はどうだい?体調は?」
「何も変わらないわ。」
「神に栄光あれ。
それでも子は生まれる。
主がそう言われたのだから!」
十年が過ぎても同じ質問。
「サラ、どうだい?何か変化は?」
「変わらないわ。」
「ハレルヤ!
主が語られたのだから、必ずそのとおりになる!」
弱くなるどころか、
アブラハムの信仰はより強くなっていきました。
なぜなら、
年月が経つほど「奇跡でしか説明できない状況」に近づき、
神が栄光を現す舞台が整っていったからです。
そしてついに──
サラの胎がふくらみ始め、
約束の子が生まれました。
なぜか。
アブラハムは、約束された神を「真実なお方」と信じたからです。
5. これこそ、私たちが学ばなければならない信仰です。
そして、シメオンもまさにそのように歩んだのです。
聖霊が彼に語りました。
「シメオンよ──よく聞きなさい。
あなたは、主のキリストを見るまでは決して死なない。」
シメオンはその言葉を受け取ると、
どこへ行ってもこう言い続けたに違いありません。
「私は死なない。
主のキリストを見るまでは、この命は終わらない。」
その当時の律法学者たちや、学識ある人々、
そして宗教的指導者たちの中には、
こう言って嘲った者もいたでしょう。
「あの老人は頭がどうかしてしまったらしい。」
「もう年を取りすぎて、判断が衰えてしまったんだ。」
「気の毒に、ああなると人は現実が見えなくなるものだ…。」
しかしシメオンは、心の中で確信していました。
「私は正気だ。
私は確かに主から聞いたのだ。
私はキリストを見る。
その前に死ぬことはない。」
彼は自分が何を語っているのか、
誰よりもよくわかっていたのです。
6. 「深きものが深きものに呼ばわる」と聖書にあります。
深いところが呼び求めるとき、
必ずそれに応える“深きもの”が存在する──
あなたもそう信じますね?
ダビデはこう言いました。
「深きものが深きものに呼ばわる。」
つまり、こういうことです。
心の奥深くで何かを求める叫びがあるとき、
その願いに応える何かが、外側にも必ず存在する。
そうでなければ、人はその渇きを感じることすらありません。
例えを使えば、もっとわかりやすいでしょう。
魚の背中に“ひれ”があるということは、
最初に 水 が存在したということです。
水がなかったら、
魚にひれは与えられなかったはずです。
必要がないからです。
地上に木が生える前には、
まず 大地そのもの が存在しなければなりませんでした。
大地がなければ、
木は生える場所すらなかったのです。
その通りでしょう?
7. しばらく前、新聞でこんな記事を読みました。
ある小さな赤ちゃんが、なんと自転車のゴムのペダルを食べたり、
鉛筆の消しゴムを食べたりしていたというのです。
不思議に思った家族は、その子を病院へ連れて行きました。
医師たちは調べても理由がわからず、
さらに詳しく検査すると、医者がこう言いました。
「この子の体は硫黄(サルファー)を強く求めている。」
ゴムの中には硫黄が含まれています。
だからその赤ちゃんは、
本能的に硫黄を求めてゴムを食べていたわけです。
──ここが大切なポイントです。
もしその体が“硫黄を求めている”という渇きを持っているなら、
必ずどこかにその渇きを満たす“硫黄”が存在するのです。
正しいですね?では、こう尋ねます。
「癒してくださる神が存在する」と信じる方はどれくらいいますか?
その信仰そのものが証拠です。
どこかに、必ず “癒しの泉” が開かれているという証拠なのです。
内側に“創造された渇き”があるなら、
その渇きを造られた 創造主 が必ず存在します。
そうでしょう?
では次に尋ねます。
「もっと神を知りたい、もっと神を受けたい」と願う方は?
手をあげたあなた──
そう願うということは、
あなたに満たされるべき “もっと豊かな神の臨在” が
確かに存在している
という証拠なのです。
8. しばらく前、新聞でこんな記事を読みました。
ある小さな赤ちゃんが、なんと自転車のゴムのペダルを食べたり、
鉛筆の消しゴムを食べたりしていたというのです。
不思議に思った家族は、その子を病院へ連れて行きました。
医師たちは調べても理由がわからず、
さらに詳しく検査すると、医者がこう言いました。
「この子の体は硫黄(サルファー)を強く求めている。」
ゴムの中には硫黄が含まれています。
だからその赤ちゃんは、
本能的に硫黄を求めてゴムを食べていたわけです。
──ここが大切なポイントです。
もしその体が“硫黄を求めている”という渇きを持っているなら、
必ずどこかにその渇きを満たす“硫黄”が存在するのです。
正しいですね?ここで霊的な真理に話を移します
では、こう尋ねます。
「癒してくださる神が存在する」と信じる方はどれくらいいますか?
その信仰そのものが証拠です。
どこかに、必ず “癒しの泉” が開かれているという証拠なのです。
内側に“創造された渇き”があるなら、
その渇きを造られた 創造主 が必ず存在します。
そうでしょう?
では次に尋ねます。
「もっと神を知りたい、もっと神を受けたい」と願う方は?
手をあげたあなた──
そう願うということは、
あなたに満たされるべき “もっと豊かな神の臨在” が
確かに存在している
という証拠なのです。
9. さて、シメオンを見てみましょう。
彼は キリストを見たい と心から願っていました。
その願いゆえに、聖霊は彼を神殿へと導かれたのです。
想像してみましょう。
たとえば、ある月曜日の朝──週の初めの日としましょう。
当時のパレスチナには、数百万人のユダヤ人が住んでいました。
そのため毎晩、百人、二百人という数の赤ちゃんが生まれたことでしょう。
生後八日目には、律法に従って
男子は割礼を受け、母は清めのささげ物を捧げる
という決まりがありました。
ですから神殿では、毎日のように
数えきれないほどの母と赤ん坊が列を作っていたのです。月曜日の朝の神殿の光景
神殿は朝から人でいっぱいです。
数千人規模の参拝者がざわめき、
大きな回廊には長い列ができています。
ここには、
およそ150〜200人ほどの母親たちが赤ん坊を抱いて並んでいます。
皆、自分の番を待ちながら立っています。
その中には、裕福な家の婦人たちもいます。
彼女たちは腕に小さな “子羊” を抱えています。
これは、お金持ちの者が捧げる供え物です。
一方、貧しい家庭の母親たちは
“山ばと”──あるいは“家ばと”(turtledove)──を持っています。
それが彼女たちの清めのささげ物でした。
人々の階層によって
捧げるものが異なる、当時の典型的な神殿の風景です。
10. では、その朝の長い列をもう一度見てみましょう。
ここには若い母親も、年配の母親も立っています。
ずっと奥のほうを見ると──
その列にぽっかりと“空間”ができています。
なぜでしょう?
みんな、誰かを避けているのです。
その“空間”の中心に立っているのは、
十八歳ほどの、ひとりの少女。
彼女は、ヨセフという名の男性と婚約して間もない若い妻です。
しかし、彼女には “よくない噂” がまとわりついていました。
結婚前に子どもを身ごもった──
そんな汚名を着せられていたのです。
その彼女が、清めのささげ物を捧げるため、
赤ん坊を抱いて神殿にやって来ました。赤ん坊はどんな布に包まれていたのか?
他の母親たちは、
レースやかわいいボンネットで赤ん坊を整えています。
しかし、彼女の赤ん坊は
“布きれ”──飼い葉桶にあった粗末な布 に包まれていました。
もし理解が正しければ、
それは農夫が牛にくびきをかける際に使う布、
つまり“牛の汗をぬぐうための布”のようなものです。
家畜小屋に掛けられていたものを、そのまま巻いたのでした。
けれど、
その赤ん坊こそ栄光の王。
天のすべてを所有しておられるお方。
お生まれになったのは家畜小屋。
出て行かれたのはカルバリの十字架──
死刑囚の道でした。
世界のあらゆるものを所有しておられた主が、
この地上では 布きれに包まれて 来られたのです。小さな母の心
その若い母は、人々の噂を気にしていないようでした。
彼女は 自分の心が神の前でどうあるか を知っていたのです。
彼女は赤ん坊をしっかり抱き、
清めのための小さな“山ばと”を手にしていました。
子どもの割礼と、母としての儀式のためです。
そのとき、誰かが言いました。
「あまり近寄らないほうがいい。
あの子は“あの手の人たち”らしいぞ。
ほら、ああいう…“狂信者(ホーリー・ローラー)”ってやつだ。」
教会を傷つける汚名は、
当時も、そして今も、
真実な人々に貼り付けられるものです。
人々は、彼女を避けるように大きく迂回しながら
列を進んでいきました。
11. そのころ、神殿の奥──
祈りのための部屋に、ひとりの老人が座っていました。
神殿の本殿からは、町の二ブロックほど離れた場所です。
彼は、その朝も巻物を広げ、こう読んでいました。
「私たちは皆、羊のようにさまよい、
主は私たちすべての咎を
彼の上に置かれた。」
(イザヤ書53章)聖霊の声が響く
すると突然、聖霊が彼に語られました。
「シメオンよ、立ちなさい。」
あなたは聖霊による導きがあることを信じますか?
もちろん信じますね。
そう、聖霊が彼に約束を与えたのだから、
聖霊ご自身がその約束を成就させる責任を負っておられたのです。
シメオンは何が起きているのか分かりませんでした。
しかし、聖霊が言われました。
「立ちなさい、シメオン。」老人、神殿へ導かれる
白髪の老預言者シメオンは、
祈りの間──あるいは執事室と言うような場所──から出て、
ゆっくりと神殿の大広間へ歩いて行きました。
そこには多くのユダヤ人たちが集まり、
長い列を作って赤ちゃんの割礼と清めを待っています。
シメオンは聖霊に導かれるまま、
その母親たちの列の前を静かに歩きました。
母たちは敬意を込めて彼に会釈し、
彼は何人かの赤ん坊の頭を軽く撫でたり、
祝福してキスをしたりしながら進みます。ついに“その子”の前に来る
そして──
彼は軽蔑され、人々に避けられていた
粗末な布に包まれた幼子 の前まで来ました。
シメオンの白い髭を、涙が静かに伝います。
彼はその幼子を母の腕からそっと抱き上げ、
天に向かって目を上げて言いました。
「主よ、あなたの仰せのとおり、
今こそこのしもべを
平安のうちに去らせてください。
私の目は、あなたの救いを見たからです。」
12. その頃、神殿の別の場所には、
アンナ という名の老いた女預言者がいました。
彼女は盲目となり、もう文字を読むことはできませんでしたが、
心は常に御言葉を思い巡らし、祈りに満たされていました。
彼女は 昼も夜も、断食と祈りによって神に仕える ことを生涯の務めとしており、
決して神殿を離れませんでした。
アンナもまた、
イスラエルの慰め(=メシヤ)を待ち望む者 として、
“約束の成就” を知る権利を持っていました。
そのとき──
聖霊が彼女に語られました。
「アンナよ、立ちなさい。」盲目の預言者、群衆をかき分けて
目が見えない彼女は、
群衆の中をゆっくりと手探りで進みました。
人々のざわめきの中を、
聖霊の導きだけを頼りに歩いて行きます。
やがて、
粗末な布に包まれた“あの赤ん坊”の前に立つと、
アンナは手を高く上げて神をほめたたえ、
この子に関して起こるべきことを預言しました。
聖霊に導かれた者が、
聖霊によって約束の成就の前に導き出されたのです。神は約束を信じる者を導かれる
そうです。
約束は“そこに”ありました。
そして聖霊は、
その約束を信じる者たちを
約束の場所へと導かれたのです。終わりの時代の約束も同じ
「終わりの日に、わたしの霊をすべての肉なる者に注ぐ」
と主は言われました。
「あなたがたの息子、娘は預言し、
若者は幻を見、老人は夢を見る。
わたしは男女のしもべにも、わたしの霊を注ぐ。」
これは神の約束です。
そして、主はこう命じられました。
「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。
信じてバプテスマを受ける者は救われ、
信じない者は罪に定められる。」
さらに、信じる者にはこう言われています。
「信じる者には、これらのしるしが伴う。
わたしの名によって悪霊を追い出し、
新しい言葉を語り、
蛇をもつかみ、致死のものを飲んでも害を受けず、
病人に手を置けば癒される。」
13. 私は、私たちの主がそこに立っておられる姿を思い描きます。
人々はこう話し合っています。
「あの女性の心の秘密を言い当てられた方だ。
彼女が罪を犯し、五人の夫を持っていたことをご存じだった。」
またこうも言いました。
「あの人が木の下で祈っていた男のことを知っておられた。
口に銀貨をくわえた魚がどこにいるかさえ知っておられた。」
聖書は言います(ヘブル13:8)──
「イエス・キリストはきのうも今日も、
いつまでも変わることのない方です。」
そして主はヨハネ14:12で語られました。
「わたしのしているわざを、あなたがたも行う。
それよりも大いなるわざを行う。
わたしが父のもとへ行くからである。」
さらに続けてこうも語られました。
「しばらくすると、この世はもうわたしを見ない。
しかし、あなたがたはわたしを見る。
わたしはあなたがたと共におり、
世の終わりまで、あなたがたのうちにいるからである。」
これは真実でしょう?主は今夜もここにおられる
そして今夜──
主はここにご自身を現しておられます。
ご自身の大いなる力を示し、動き、
かつてなされた同じみわざを行い、
人間の心の通路を通って働いておられるのです。
この地上の低い場所──
悪霊も、不信仰も、あらゆる汚れがうごめくこの領域においてさえ、
主は ご自身を証しておられます。
しかしそのただ中に、
神の聖徒たち──新しく生まれたクリスチャンたち──がいる。暴力と悪が満ちる時代の中で
この大都市を見てみれば、
暴力と悪が満ちています。
いや、どこの都市でも同じです。
人が地上に増えるとき、
必ず暴虐と邪悪がはびこるのです。
そして今日ほど世界中で
暗闇が深まっている時代はありません。
14. 私たちは、世界の中でも最も大きな祝福を受けた国を持ち、
かつては世界で最も偉大な国でした。
しかし今夜、私はこの講壇からはっきり言います。
私たちは “過去の名声” の背中に乗って生きているだけです。
国内では、共産主義というシロアリが
国の芯を食い尽くしつつあります。
これは真実です。
今夜、私たちが希望を置ける基盤は、
他に何ひとつありません。
ただ、イエス・キリストのみ。
そうではありませんか?
主は必ずおいでになります。
この前、民主党はシカゴで候補者を選びました。
共和党も同じく候補者を選びました。
では私たちは、私たちの“候補者”を選びましょう。
神の御子イエス・キリストを。
主は今夜この集会のただ中にも歩み込まれ、
「わたしは昨日も今日も、いつまでも同じである」
という証しを示しておられます。
聖霊に導かれ、
新しく生まれた者たちのただ中で──。
今、政治は腐敗し、
世界中に不正と混乱が満ちています。
男たちも女たちも、
食べ、飲み、結婚し、嫁がせ、
地上には暗闇が覆っています。
裁きの時が近いのです。
そうならなければならない。
「違うようになるように」と祈らないでください。
変わりません。
神は正しい方ですから、
正しい民に怒りを注ぐことはできません。
裁きが下る前に、
準備が整わねばならないのです。しかし──
ある時が来れば、神は確かに“残れる者たち”を
この世から取り去られます。
それは確実なことです。
今、主は
飢え渇く人々、
しるしと不思議によって呼び寄せられる人々を
一つに集めておられます。
主はこう証ししておられるのです。
「これはわたしである。
わたしのことばを証ししているのだ。
イエス・キリストは昨日も今日も、
いつまでも同じである。」
「わたしのしているわざを、
あなたがたも行う。
さらに大いなるわざも行う。」
深きものがあなたの心の深きところに呼びかけるのです。
そして──
シメオンをキリストのもとへ導いた
同じ聖霊が、
今夜あなたをここへ導いて“癒し”を受けさせるのです。
主の御名をほめたたえます。
それでは、頭を垂れましょう。
15. 主イエスよ、義に飢え渇く者は幸いです。
彼らは満たされるからです。どうか今、
この場にいるすべての心のうちの渇きと願いを満たしてください。
ここにいる「キリストの名を呼ぶ者たち」──
あなたは言われました。
「わたしの名で呼ばれる民が、自らへりくだり、祈り、わたしの顔を求め、悪の道を離れるなら、
わたしは天から聞き、彼らの地を癒す。」
あなたは彼らを「地の塩」と呼ばれました。
しかし塩がその味を失ったなら、
もはや役に立たず、人々に踏みにじられるだけだ、と。父よ、塩がその力を発揮するには、
触れなければならない ことを私たちは知っています。
今夜、聖霊によって新しく生まれたあなたの子ら──
ひとりひとりの信仰が塩気を放つほど力強いもの となりますように。
もしこの場に未信者がいるなら、彼らがこう言うほどに──
「ああ、これだ。これが真理だ。私が求めていたクリスチャン信仰はこれだ。」そして、キリストを受け入れますように。
病める者は癒され、迷いし者は救われ、後退した者は回復し、
ただ神のみが栄光を受けられますように。そして今夜ここを去るとき、私たちがエマオの弟子たちのように言えますように──「道々、心が内で燃えたではないか。」主よ、あなたは彼らと一日中歩き、語られましたが、彼らはそれがあなたであると気づきませんでした。しかし、彼らの目が開かれた瞬間がありました。
あなたが“いつものように”パンを裂かれたその仕草。
それによって、
彼らは“これこそ主だ”と悟ったのです。父よ、私たちは御言葉の中に、あなたが当時どのように働かれたかを読みました。どうか今夜、同じやり方で、人々があなたを認めるような御業を行ってください。そして私たちもまた、エマオの弟子たちと同じ歌を胸に抱いて帰れるように──「主の御臨在のゆえに、わたしたちの心は内で燃えた。」この祈りを、主イエス・キリストのお名前によってお捧げします。アーメン。
16. よろしい。では、皆さん──
祈りの備えをし、癒しを受ける準備をしてください。
私は信じています。
今夜は……(※録音の欠落:ここでテープが切れています)
そして、こう言われます。
「人は歯を抜くことはできる。
だが、その場で一体誰が “血を止め”、
誰が “歯の抜けた穴を癒す” というのか?」
医者が抜くことはできます。
しかし──
癒しを行うのは神だけです。
医療が処置をしても、
細胞を結び合わせ、肉を修復し、血を止め、組織を再生するのは、
人間ではなく “神のみわざ” です。
聖書はこう言います(詩篇103:3):
「主は、あなたのすべての咎を赦し、
あなたのすべての病を癒される。」
なんと単純で、
なんと明確な宣言でしょうか。
その通りです。
17. さて、兄弟よ、こちらへ来てください。
今からあなたのために祈りますが──
私の集会に来られたことはありますか?
「はい、あります」とおっしゃいましたね。
では、聖霊がどのように働かれるか、
あなたはご存じのはずです。
私はあなたの病を知ることもできますが、
それを言う必要はありません。
あなたが求めているのは、
ただ祈ってもらうこと だからです。
では、こちらへ。天の父よ、
この兄弟に憐れみをお与えください。
彼が必要の中にあることを覚えます。
どうかあなたの御手を彼に伸ばし、
癒しをお与えください。
主よ、
あなたの御霊が彼の上に臨み、
完全に癒してくださいますように。
あなたは言われました。
「祈るとき、求めるものをすでに受けたと信じなさい。
そうすれば、そのとおりになる。」
今、兄弟は心を開き、
温かい信仰をもってあなたの憐れみを求めています。
私は兄弟の信仰に自分の祈りを重ね、
共に憐れみを求めます。
そしてあなたの御言葉に従い、
「病人に手を置けば、病人は回復する」
と信じて祈ります。
アーメン。
さあ、信じますか?
その通りです。
主をほめたたえます。
それが“信じる”ということです。
では──
あなたは今、癒されると信じますか?
よくなると信じますね。
実は、あなたの現在の症状の裏には
以前の問題が関係しているのを私は知っています。
あなたは手術を受けましたね?
その結果、今の状態が起きている。
そうでしょう?
そう──
盲腸の手術でしたね。
そしてその後に“脱腸(ヘルニア)”を起こした。
その通りです。
しかし、大丈夫です。
それも癒されます。
もう行ってよろしい。
主があなたを祝福されますように。
神の祝福がありますように。
※この直後、録音が一部途切れています。
18. そのサマリヤの女にも、主は問題をお持ちだとお告げになり、
彼女の“心の痛み”のある場所をまっすぐ指摘されました。
すると彼女はその場で癒され、解放されました。
そして町に駆け戻り、男たちにこう言ったのです。
「来て見てください。
私が行ってきたことを全部言い当てた方がおられます。」
イエスは今、父のもとへ昇られましたが、
その御霊を地上に送り、
すべての時代の教会の中で働かれるようにされたのです。
それは、
イエス・キリストが昨日も今日も、
いつまでも同じであることを示すためです。
あなたは信じますか?
もし私があなたのために神に求めたら、
神はしてくださると信じますか?
そう信じますね。
では、こちらへ。
「あなた……
あなたは“してはいけないことをした”という思いが
何かあるでしょう?」
私はそれをあえて口にしました。
あなたに“心当たりがある”とわかってほしかったからです。
あなたの人生は決して楽ではありませんでした。
多くの苦しみを通ってこられました。
あなたは一度、手術も受けていますね?
そうでしょう?
そして今も、
“やめるべき悪い習慣” を続けていますね。
あなたは精神的な神経過敏に悩んでいます。
そして──
その神経の問題を悪化させているのは、
あなたが吸っているタバコです。
あなたは気づいていますね?
そして……恥ずかしいと思いませんか?
タバコを吸うというのは、
女性にとって最も惨めな行為の一つです。
神はそれを喜ばれません。
井戸の女の罪をご存じだった、あのイエスが、
あなたのこともご存じなのです。
人には秘密でも、
神の前には何ひとつ隠れていません。
すべてをご覧になっています。
今夜、完全にやめて、
あなたの全人生をイエス・キリストにお捧げしますか?
そうしますか?
ではその証として、手を挙げてください。
主イエスよ、
この魂の罪を赦し、
この弱き者から悪しきものを取り去ってください。
サタンは、
できることなら彼女を破滅へと追いやるでしょう。
この小さな女性──
弱り果て、ここに立っているだけでも精いっぱいの彼女を
死へと追い込もうとしています。
しかし今、
あなたの御霊が
この働きを打ち砕くためにここにおられます。
癒しの前には、
原因 を示されねばなりません。
主よ、
すべての罪を赦してください。
彼女がこの習慣を続けるよう仕向けてきた
“悪霊そのもの” を、
今夜ここで彼女から離れ去らせてください。
主イエス・キリストの御名によって命じます。
この女性から出て行け。
(※この部分の録音は一部欠落)
19. 天と地を造られた主よ、
万物を創造された神よ、
あなたが語られたことをどうか成し遂げてください。
今ここに立っている
この小さな、無垢な子ども──
主よ、この子を癒せるのは
あなただけ です。
どうか憐れみを注いでください。
あなたのしもべの祈りをお聞きください。
この子はまだ幼く、
“信仰とは何か” すら理解できません。
ですから私は、
あなたのしもべとして
イエス・キリストのお名前によって
この子の癒しを願い求めます。
頭を垂れ、
目を閉じてください。
まず私が子どもを見ますので、
それまで誰も目を開けないでください。
イエス・キリストの御名によってお願いします。
(※録音の欠落)
主よ、この恵みと憐れみを感謝いたします。
どうかこの子どもといつも共にいてください。
視力が失われることのありませんように。
完全に正常で、健やかに育ちますように。
イエス・キリストのお名前によって祈ります。
アーメン。
神様があなたを祝福されますように、可愛い子。
さあ、走っておいで。もう大丈夫ですよ。
主の祝福がありますように。
20. よろしい。さあ、こちらへ来てください、婦人。
……ちょっとお待ちください。
あなた──
列の端に座っておられる、小柄な婦人。
あなたも関節炎で苦しんでいるのではありませんか?
そうですね?
もしそうなら、手を挙げてください。
はい、それで間違いありません。
今、この方の中にいた“強い敵”──悪霊が
助けを求めて叫んでいるのです。
つまりこういうことです。
悪霊が、近くにいる別の悪霊に応答しようとして
声を上げているのです。
会衆の中にも多く散らばっています。
けれど、今ここに私のすぐそばに
強い反応を感じました。
私は“癒す”ことはできません。
しかし、今は会衆全体に語らせてください。
婦人、どうかそのまま座っていてください。
動かないでください。
皆さん、今ここで何が起きているか分かりますか?
このあたり全体を霊が動き回っています。
ここを通って移動しています。
関節炎を引き起こす悪しき力──
その悪霊が叫び、
応援を求めているのです。
この部屋には、
もっと多くの「同じ種類の霊」がいます。
では、頭を垂れてください。
さあ、こちらへ来てください。
いのちの源である神よ、
すべての良き賜物の与え主よ。
どうか、この女性に
あなたの祝福を注いでください。
私はあなたの御名によって
彼女を祝福します。
どうか今、
あなたの聖霊が彼女の人生の中で
自由に働かれますように。
そして──
敵が彼女から離れ去りますように。
イエス・キリストの御名によって命じます。
さらに私は、
この場にいるすべての
関節炎で苦しむ人々の上にも祈ります。
その悪霊よ、
今すぐ彼らから出て行き、
外の暗闇へ去れ。
主の御名によってお命じる。
さあ──
あなたは癒されました。
頭を上げてください。
さあ、足を……
(※録音がここで途切れています)
21. ……あなたの人生には、
隠すことのできないもの があります。
分かりますか?
それが今、目の前に現れています。
あなたは今、
何かが起きている と感じていますね?
これまでに感じたことのない何かが
自分の周りを動いている、と。
そしてあなたは悟っています。
“聖なるお方” の臨在の中に立っているのだ、と。
ここに立つ私──兄弟である人間ではありません。
超自然のお方の臨在 です。
もしそれが事実だと思うなら、
手を挙げてください。
……はい、そのとおりです。
これは神の賜物です。
もし私が神のしもべであり、
神が語られたことをそのまま行っている者であるなら、
あなたがどれほど隠そうとしても
人生の秘密は神から隠せません。
あなたの人生には何か“特別な問題”があります。
そして主は、
すぐにあなたのために祈らせようとはされませんでした。
理由は分かりませんが、
主はそれを明らかにされるでしょう。
そう信じますか?
……はい。あなたは信じていますね。
まず、あなたは
婦人科の病気 に苦しんでいます。
そうですね?
……はい、そのとおりです。
そしてもう一つ。
先ほどの婦人と同じ問題──
あなたもタバコを吸っています。
あなたは“神の子としてあるべき生き方” を
してきませんでした。
そうですね?
(※録音欠落部分)
今、あなたは主を受け入れますか?
……はい。
神があなたを祝福されますように。
あなたの罪は赦されました。
あなたの癒しも始まっています。
(※録音欠落)
皆さん、やめなさい!
神の名を呼びながら、
タバコを吸うことを続けようとしてはなりません。
あなたは 胃の病気 に苦しんでいますね?
その通りです。
その原因は、
あなたが抱えていた罪と習慣にあります。
今、神に赦しを求めましたね?
そして今日、この瞬間から
主のしもべとして生きる と決心しましたね?
主イエスがあなたを祝福されます。
さあ──
何でも食べてよいのです。
癒されました。
今度ここに戻ってきて、
あなたの証しを語ってください。
22. さあ、どうぞ来てください、兄弟。
あなたは信じますか?
……はい、あなたはクリスチャンですね。
霊の違いはすぐに分かります。
先ほどまでとは違い、
あなたの霊は歓迎される霊です。
さて──
あなたは 神経の病(ナーバス・コンディション) に
苦しんでおられますね?
そうですか。
それなら、神があなたを祝福されます。
あなたは今、癒されました。
帰りなさい。
完全に良くなります。
会衆に向かって:
「神に感謝をささげましょう!」
さあ、私を神のしもべと信じるなら──
その杖をここに置いて帰りなさい。
主イエスの御名によって。」
杖を壇上に投げ置き、
あなたは歩いて帰ることができます。
23. よろしい。どうぞこちらへ、兄弟。
私たちは初対面ですね?
私はあなたを知りません。
あなたは私にとって全くの他人です。
これまでの人生であなたを見たことがあったとしても、
私は覚えていません。
ですから──
私たちは赤の他人ですね?
……はい。そうです。
しかし、
あなたには“何か特別なもの”があります。
あなたは 胃の病気 に苦しんでいます。
それがあなたを悩ませている原因です。
そして──
あなたは 牧師(ミニスター) です。
私はあなたが講壇に立って説教している姿を見ます。
そうですね?
さらに──
あなたはテキサス、あるいはその近くの
小さな町の出身ではありませんか?
……そうですね?
では、テキサスに帰りなさい。
そして癒されなさい。
主イエスの御名によって──
(※録音の切れ目)
……あなたには、
いくつか“取り組むべき事柄”がありますね。
人生で、きちんと整理し直すべき部分がある。
あなたは、その意味を分かっているはずです。
ここで口にはしませんが、
神の御前で心当たりがあるでしょう。
家に帰りなさい。
そして、
今あなたに語られたことを
“神の霊がここで働いている証拠” として受け取り、
その通りに信じなさい。
そうすれば、
あなたの 婦人科の病気 は離れます。
あなたは婦人科の問題を抱えていましたね?
……はい、その通りです。
さあ、今は帰りなさい。
祈りなさい。
そして神が
聖霊のバプテスマ をあなたに与え、
あなたを完全に癒してくださいますように。
主イエス・キリストの御名によって。
24. よろしい。では来なさい、兄弟。
共に祈りましょう。
天の父よ、
この方のために憐れみを求めます。
どうかあなたの聖霊が彼の上に臨み、
完全に癒してくださいますように。
主イエス・キリストのお名前によって祈ります。
アーメン。
兄弟よ、あなたは信じますか?
では喜んでお帰りなさい。
心から主を信じ、喜びながら家路につきなさい。
婦人よ、あなたは信じますか?
その 心臓の病 から解放されたいですか?
では、
主イエスの御名によって行きなさい。
主があなたを完全に癒してくださいますように。
心を敬虔に保ちなさい、皆さん。
あなたは私を
神のしもべ、預言者と信じますか?
もし神が、
あなたの病を私に明らかにしてくださったなら、
あなたはその瞬間を
“主があなたを癒される時” として受け入れますか?
──あなたは 関節炎(arthritis) です。
そうですね? そうなら手を上げてください。
では、あなたは言いましたね、
“癒し主としてイエス様を受け入れます” と。
その信仰の通り、
喜んで帰りなさい。
もう関節炎のことを考えてはいけません。
癒されています。
会衆の皆さん、
あなたがたも信じますか?
(録音欠落)
私はどうしても、霊が南アフリカの方向を指しているのが見える……。
ジャクソン兄弟……何です?
──いや、違う。
一人の女性宣教師だ。
そこに座っている、あなたです。
あなたは ベルギー領コンゴ から来られましたね?
その通りですね?
あなたは 背中に問題 があります。
肩から背にかけての激しい痛み……。
そうでしょう?
立ち上がりなさい。
主イエス・キリストが
いま、あなたを敬い、
癒し、
再び南アフリカへ遣わそうとしておられるのです。
主イエスの御名によって。
行きなさい。
神の平安があなたと共にありますように。
バルコニーに座っている男性──
三列目あたり、
静脈瘤(varicose veins) に苦しんでいるあなた。
癒されたいですか?
そう望むなら、どうぞ立ち上がりなさい。
……その通りです。
あなたは癒されたいと願っていますね。
あなたのそばに座っているのは奥様ですか?
そのドレスの方……。
彼女には 胆のうの病(gallbladder trouble) があるでしょう?
(録音欠落)