信じる人々を獲得せよ

Get The People To Believe

信じる人々を獲得せよ

ハモンド インディアナ州 アメリカ合衆国

説教番号: 52-0717

日付: 1952年7月17日(52-0717)


1. 皆さん、こんばんは。
今夜またここに集い、私たちの主を礼拝できることを、心からうれしく思っています。
これを目の前にして、「神などいない」と言える人がいるでしょうか。
美しいではありませんか。
私は考えるのです……
世界中のあらゆる科学を集めたとしても、この一枚の葉っぱ一つさえ作ることはできません。
そこには「いのち」があるのです。
人は生きているように見えるものを作ることはできても、そこに命を与えることはできません。
いのちを生み出せるのは、ただ神おひとりだけです。
さて、私たちはここにいられることを本当に感謝しています。
とても暑いですが……。
今夜は、病んでいる方々のために祈ることをお知らせしてきました。
そして私は、自分がした約束に忠実でありたいと思っています。
皆さんの中で、「導かれて行動すること」を信じている方はどれくらいいらっしゃいますか。
私は、それを信じています。
少しの間、こちらのマイクの方へ移らせてください。
こちらの方が、よく聞こえると思いますから。
私は体も大きくありませんし、声もそれほど強くありません。
大きな声で話すことができないのです。
ですから、祈りの列を作る前に、ほんの少しだけお話しすることを、よく聞いていただきたいのです。
そして私は、これをすることを神が望んでおられると、はっきり確信しています。
2. まず最初に、主の祝福されたみことばをお読みしたいと思います。
先ほど私は、あの幕の後ろに立っていて、今読まれた手紙を聞いていました。
それは、この建物の中で、主の御使いが指し示されたあの婦人についてのものでした。
そこに横たわっていた彼女は、がんで死にかけている状態だと示され、また一緒にいた婦人は結腸下垂を患っていると言われていました。
ところが今、その二人から手紙が届き、どちらも完全に正常で、すっかり健康になったと書いてあるのです。
兄弟、それだけでも……
それだけで、すべての不信仰は取り去られてしまうはずです。
主が語り、何かを宣言されるとき、
それがどれほど進行していようとも、その通りになるのです。
私は、それが失敗するのを一度も見たことがありません。
そして、これからも決して失敗することはありません。
失敗するはずがないのです。
私は失敗することがあります。私は人間ですから。
しかし、主がその霊感によって語られるとき、
それは必ず、その通りになります。
そして、それは決して失敗しないのです。
3. さて、私が人々に語りかけ、話をしているとき、
あるいは、深い注ぎがある中で人々と話していると、
気がつくと、突然、幻が私の前に開かれることがあります。
そして私は、その人に語ることができます。
すると、その人の人生は隠せなくなります。
それは確かに、その人を奮い立たせるでしょう。
しかし、それ自体が癒しではないのです。
私はずっと、こう考えてきました……。
アフリカでは、これは完全にうまくいきました。
私がただ……ほんの少し、霊感の中で何かがなされるのを彼らが見ると、
それが自分たちのよく知っている人で、「確かにそれがその人の状態だった」と分かると、
彼らは皆、一致して、一斉にそれを受け入れました。
そして、彼らは癒され始め、起き上がり、歩き回るようになったのです。
ところが、アメリカでは、どうもそれが少し難しいように思えます。
その理由は何かと言えば、
あまりにも多くの教えがあり、あまりにも多くのものがあって、
私たちは皆、どこか混乱してしまっているのです。
それでも私は、今夜、神が私たちのただ中を力強く動かれると信じています。
そして、ここで一つ、告白したいことがあります。
私が間違っているなら、私は間違っているのです。
私は、奉仕の中で、
人々のために祈ることよりも、
待ち、見守り、確かめることに、あまりにも重きを置いてきたのではないかと思うのです。
自分が語っていることが正しいかどうかを確かめることに、です。
しかし、病人を救うのは、信仰の祈りです。
その通りです。
時には、その人自身の祈りが必要なこともあります。
しかし、時には、とりなしの祈りが助けとなることもあるのです。
4. さて、今度は、この良き書、すなわち聖書の中から、
祈りについて書かれている箇所をお読みしたいと思います。
ヤコブの手紙 第5章14節からです。
皆さん、よく耳を傾けてください。
「あなたがたのうちに病んでいる人がいますか。
その人は教会の長老たちを招き、
主の御名によって油を塗って祈ってもらいなさい。
信仰による祈りは、病んでいる人を救い、
主がその人を起き上がらせてくださいます。
また、もしその人が罪を犯していたなら、
その罪は赦されます。
ですから、互いに罪を言い表し、
互いのために祈りなさい。
それは、あなたがたが癒されるためです。
正しい人の、力強く熱心な祈りは、大きな働きをします。」
「正しい人の、力強く熱心な祈り……」
さて、「正しい人」とは、罪を犯さない人のことではありません。
正しい人とは、自分の罪を、義なるお方に告白している人のことです。
いいですか、正しい人とは……。
それを証明するために、次の節を見てみましょう。
「エリヤは、私たちと同じような性質を持った人でした。
彼は、雨が降らないようにと熱心に祈りました。
すると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。」
――彼は、私たちと同じように、浮き沈みのある人間でした。
天使ではありません。人間だったのです。
「そして、彼が再び祈ると、
天は雨を降らせ、
地はその実を結びました。」
5. 主が、ご自身のみことばを祝福してくださいますように。
さて、エリヤは御使いではありませんでした。
彼は人間でした。
そして私たちと同じように、浮き沈みがあり、悩みがありました。
情熱もありました。
聖書は、彼が
「私たちと同じ性質を持った人間であった」
と語っています。
彼は、あなたや私と同じように、間違いを犯しやすい人でした。
あなたや私と同じように、誤ったことをしてしまう可能性のある人だったのです。
しかし彼は、雨が降らないようにと、切に祈りました。
すると、三年六か月の間、雨は降りませんでした。
考えてみてください。
神は、一人の死すべき人間の祈りに耳を傾けられたのです。
私は、深い畏敬の念をもって、こう言います。
地上には、祈りに勝る力はありません。
それがどんなものであっても、
どんな賜物であっても、
祈りに先立つものは、この世に何一つないのです。
働きを成し遂げるのは、祈りなのです。
6. そして、主の御使いが、私に私の召命を与えられたとき、
こう言われました。
「あなたは、この世に生まれてきたのは、
神による癒しの賜物を、全世界の人々に携えて行くためである。」
そこで私は言いました。
「主よ、私は教育を受けていません。
私は自分の民の中で育ちましたが、皆とても貧しいのです。
学もありません。
人々は私を信じないでしょう、主よ。
私には、それはできません。」
すると、主はこう言われました。
「預言者モーセが、
神から遣わされたことを証明するために二つのしるしを与えられたように、
あなたにも、その証しのために二つのしるしが与えられる。」
そして、こう言われました。
「その一つは、
あなたが人々の手を取ることである。
そのとき、何も言わず、静かにしていなさい。
そうすれば、それがあなたに告げられる。
あなたは、その人に何が間違っているのかを、語るようになるであろう。」
7. 私は、それを理解することができませんでした。
しかし、それは私が理解するためのものではないのです。
私がするべきことは、信じることなのです。
理屈で説明することはできません。
私には分からないのです。
そして、先日の晩にもここで話しましたが、
それをあざけり、「そんなものは間違っている」と言った人がいました。
「それはまったくの間違いだ」と。
その人は、講壇の上で打たれ、手が麻痺しました。
その片手は、今もなお、らい病のように斑点だらけになっています。
その人は、次の私の集会に、証しとして現れるでしょう。
それは真実でした。
主は言われました。
「もし人々が最初のしるしを信じないなら、
次には、人々の心の奥の秘密をあなたが知るようになるであろう。」
そして、
「それを告げるとき、彼らは信じるようになる。
なぜなら、信じざるを得なくなるからだ。」
と言われました。
そこで私は言いました。
「主よ、それこそが、私がここに来た理由です。」
「私は……私は、
それが間違っていると牧師たちから言われ、
あらゆることを言われてきました。
だからこそ、私はここに来たのです。」
すると主は、私に聖書の御言葉を引用されました。
そして、こう言われたのです。
「あなたは、聖書を知らないのか。」
――イエスが、ナタナエルに、
彼を呼ぶ前に、いちじくの木の下にいたことを言い当てられたこと、
また、井戸のそばで、しばらく話した後、
あの女の心の秘密を知っておられたこと。
主は、これらの聖書箇所を私に示されました。
そして、イエスが
「イエス・キリストは昨日も今日も、いつまでも変わることのない方です。」
と言われたことを告げられ、
そのまま去って行かれました。
8. さて、ここには、どなたでも来ることができます。
クリスチャンの皆さん、私はこのことをよく理解しています。
そして覚えておいてください。
私は、誰かを「非クリスチャン扱い」しているのではありません。
誰に対しても、反対するようなことは一言も言っていません。
あなたがローマ・カトリックであっても、
正統派ユダヤ教であっても、
メソジスト、バプテスト、ペンテコステ、
どの教派であっても、私には関係ありません。
もしあなたが、
イエス・キリストを救い主として受け入れ、
神を父として受け入れているなら、
あなたは私の兄弟であり、姉妹です。
その通りです。
どの教会に属しているかは問題ではありません。
さて、ここで一つ現実を認めなければなりません。
――実際に、そうなのですが。
私たちは皆、
真の神がおられ、真のクリスチャンが存在する
ということを信じていますよね。
そう信じているはずです。
であるならば、
クリスチャンのように生きていない人がいることも、
私たちは知っています。
自分はクリスチャンだと名乗ってはいても、
実際にはクリスチャンではない人がいるのです。
それは、その 実(み) によって分かります。
彼らは「そうだ」と言いますが、
自分が語っているものを生み出すことができません。
そうではありませんか。
イエスは、
「あなたがたは、その実によって彼らを知る」
と言われました。
もし、
クリスチャンだと名乗っていながら、そうではなく、
神がその人の人生の中に生きておられることが示されていないなら、
父なる神ご自身が、
「その実によって、その人が本当のクリスチャンではない」
ということを、あなたに証ししておられるのです。
あなたがその人を裁くのではありません。
あなたには、裁く権利はありません。
ただ、その人を実によって知るだけなのです。
そうでしょうか。
9. もし私がここに来て、
「神が私に、病人を癒し、盲人の目を開き、
耳の聞こえない人の耳を開くために来なさいと語られた」
と言ったとしましょう。
それ自体は、良いことです。
すると、あなたはこう言うでしょう。
「分かりました、ブラナム兄弟。
もし神があなたにそう語られたのなら、
私はあなたの集会を見てみましょう。
そして、神がそう言われたなら、
誰かがあなたのところに来て、
必死にそれを求めたとき、
あなたが実際にそれを行うなら、
その時、私はあなたが正しいと信じます。
それが起こるなら、
私は『神があなたと共におられる』と言います。
なぜなら、それが神があなたにせよと言われたことだからです。」
ですから、ここで注意すべき点があります。
誰かが何かを証しするとき、
もしそれが人の証しであるなら、
あなたには、それを疑う権利があります。
――あるいは、疑わなくても、
少なくとも見守る権利があります。
しかし、もし神ご自身が同じことを証しし、
それが絶対に真実であると示されるなら、
それはもはや、その人の証しではありません。
それは、神がその証しを確認しておられる
ということなのです。
そうではありませんか。
10. さて、よく注意していただきたいのですが、
ここで語っているのは、
あの偉大なお方から与えられた召命のことです。
まず、はっきり言っておきます。
私は、その御使いを礼拝しているのではありません。
これは、何度でも言っておきたいことです。
そして今夜、ここに集っている
三千五百人、あるいは四千人近い皆さんと共に、
私たちは神の御前に立っています。
そのとき、私は自分の語ったことについて、
必ず申し開きをしなければなりません。
ですから……
私はむしろ、今ここで正直に向き合いたいのです。
少し待ってください、クリスチャンの皆さん。
少しだけ、耳を傾けてください。
この神の御使いのこと、
そして、写真に撮られたあの光のこと……
それが一体どういう仕組みでそうなったのか、
正直に言えば、私は分かりません。
この神の御使いについても、
私には分からないことがあります。
ですから……
私は真実を語りたいのです。
創り主の御前に立つとき、
「あなたは、あの人々に何を語ったのか」と
記録が読み上げられるとしたら、
私は、今ここで語ったことが
そのまま記されているようにしたいのです。
もし、告白しなければならないことがあるなら、
私は今、ここで告白したい。
今この瞬間にです。
そして、私にできることは、ただ一つ。
正直であることだけなのです。
11. そして、主がその御霊によって、あの時に私に予告されたこと――
それらは、必ず起こると言われた通りに、
すべて成就してきました。
ここにおられる多くの方々は、
私がまだ奉仕の初めで、何も分かっていなかった頃から、
集会に来てくださっていましたね。
その時のことを覚えておられるでしょうか。
私はただ、人の手を取っていただけでした。
あの頃、
「やがて、次のことが起こる」と予告されました。
それを覚えている方は、どれくらいいらっしゃいますか。
――今、ここに何百もの手が挙がっています。
では、その通りに起こってきたではありませんか。
主が言われた通りに、成就してきたではありませんか。
聖書はこう言っています。
「あなたがたのうちに、霊的な者、あるいは預言者がいるなら、
わたし主は、その者に自らを示す。
そして、その者の語ることが成就するなら、
それに耳を傾けよ。
わたしはその人と共にいるからである。」
そうではありませんか。
「わたしは、その人と共にいる。」
今、ここで、そのことが現実に起こっています。
ですから私は、これまでも繰り返しお伝えしてきました。
私自身に、人を癒す力など、何一つありません。
私には、魔法の力などありません……。
12. ……代価は、すでに主ご自身が支払われました。
癒すことができるのは、ただお一人、主だけです。
それはカルバリで、すでに成し遂げられました。
もし私が、
カルバリで主がなさったことを、
自分が行うかのように振る舞うなら、
それは主のカルバリの犠牲を奪うことになります。
だから、私にはできないのです。
クリスチャンの皆さん。
正直に言います。
私には、他にそれができる人がいるとも思えません。
人があなたにできる唯一のことは、
あなたの信仰をカルバリへ向けさせることだけです。
ある人は、福音を非常に分かりやすく語るかもしれません。
あるいは、語り方によって、
あなたがこう気づくように導くかもしれません。
「そこだ。
この人は、自分が何を語っているのか分かっている。
真剣に語っている。
聖書によって、それが犠牲であることを証明している。
――それこそが答えだ。」
そしてあなたは、
そこ(カルバリ)を見て、癒されるのです。
私は、
あなたをカルバリへ導くこと以外のすべては、間違いだ
と信じています。
カルバリ以外の何か――
それが人にあるかのように示されるなら、
それは間違いです。
13. しかし、私はこう言いました。
主は、これから起こるこれらのことは主ご自身から来るのであって、
私を遣わされたのは、人を癒すためではない、と。
けれども、よく聞いてください。
主はこう言われました。
「あなたには、一つの賜物が与えられている。」
さて、「その賜物」という言い方ですが、
実はそれは聖書的ではありません。
第一コリント12章には、「賜物(複数)」と書いてあります。
ですから、「その賜物」ではなく、 「一つの賜物」 なのです。
ある賜物は、ある働き方をし、
別の賜物は、みことばを教えることを通して働き、
また別のものは、知識を通して、あるいは他の形で働きます。
それらは皆、癒しと結びついて働くのです。
本質は、癒しに対する信仰です。
それが何より大切なのです。
そして、そのために、
あなたは牧師になるのを待つ必要はありません。
執事になるのを待つ必要もありません。
必要なのは、神への信仰だけです。
聖書はこう言っています。
「互いのために祈りなさい。
あなたがたのうちに病んでいる人がいるなら、
牧師を煩わせる必要はありません。
教会の長老たちを呼び、祈ってもらいなさい。」
そうでしょうか。
私は、たった今、それを読みました。
それが、聖書の定めです。
さらに、こうも書いてあります。
「互いに過ちを言い表し、
互いのために祈りなさい。
それは、あなたがたが癒されるためである。
正しい人の、力強く熱心な祈りは、大きな働きをする。」
――執事の祈りでしょうか。いいえ。
――長老の祈りでしょうか。いいえ。
正しい人の祈りです。
その人が誠実で、信じているなら、
その熱心な祈りは、大きな力を持つのです。
分かりますか。
14. 言い換えるなら、こういうことです。
あなたがここに立ち、この人があなたのために祈り、助けようとしている。
そして、あなたは心の底から信じている。
その二人が、二人の証人として、共に神の御前に出ているのです。
そうなれば、何かが必ず動きます。
今、癒しにおいて、何かが起こらなければならないのです。
さて、この「見る」という賜物についてですが、
それは私にとって、
あなたが空腹のときに食卓について食事をするのと、同じくらい自然なことなのです。
それは、ただ「そこにある」だけです。
私はそれを置いたわけでもありませんし、
自分で生み出したものでもありません。
もし私がそれについて証しをして、
それが間違っているなら、
そして神がそれを証しされないなら、
あなたは「それは間違いだ」と言うことができるでしょう。
しかし兄弟、
集会の中だけの話ではありません。
予告されたことが、時を違え、場所を違え、何度も何度も成就してきました。
あらゆる場所で、あらゆる状況で、
そしてそのたびごとに、完全に一致して起こってきたのです。
なぜでしょうか。
それは、神が語っておられるからです。
私ではありません。
私は、何が起こるかなど知りませんでした。
しかし、神はすべての未来をご存じです。
そう信じませんか。
そして神は、
ご自身の御心のままに、
それを私たちに示されることがおできになるのです。
これらのことは、真実です。
15. しかし、その御使いは私にこう言われました。
「もし、人々に信じさせることができるなら……」
――皆さん、よく聞いてください。
今夜、私は一群の人々のために祈るつもりです。
「もし、人々に信じさせることができるなら……」
何を信じるのか。
神が、あなたのために祈るよう、私を遣わされた
ということを信じるのです。
私自身の功績によるのではありません。
それは、私が生まれる前に、神がなさったことです。
そして私は、あなたのために祈るのです。
「もし、人々にあなたを信じさせ、
そして祈るときに誠実であるなら……」
――そこが要点です。
ところが実際には、
それが始まりかけると、私は……
何をするにも、ただ静かに座り、
会衆を見渡しているだけになってしまいました。
そして、天の父が何かを示されると、それを語り、
また別のことを語る……。
そうしているうちに、
気がつくと、祈りの列に来る人はほんのわずかになり、
私はあまりにも疲れ切ってしまって、
ついには人に支えられて、
集会から運び出されるほどになるのです。
16. それは、私が壇上に立っている間のことではありません。
壇上にいるなら、私は何時間でも立っていられます。
問題は、そこではないのです。
集会が終わって、一人になったあとでもありません。
一番きついのは、その「間」なのです。
壇上を降り始めた、その瞬間です。
振り返った途端、
まるで何かが
「シュッ……」
と抜けていくのを感じます。
「ああ、主よ、どこにおられるのですか。
何が起こったのですか。
どこへ……」
――そこにおられる。
でも、自分がこちらへ行っているのか、
あちらへ行っているのか、
何をしているのか分からないのです。
歩いているのか、
這っているのか、
誰かに導かれているのかさえ分からない。
そして、しばらくすると、
「今、私は集会の中にいる。
ああ、大丈夫だ」
と、少しずつ分かってくるのです。
そうなると、
私はもう、その集会の話をしたくなくなります。
別のことを話し始めるのです。
17. そして、ボズワース兄弟や、ここにおられる多くの方々も知っておられますが、
外に出ると、皆が話し始めるのです。
「今夜はいい夜ですね。
星がきれいだ。
本当に美しい夜だ。」
そんな話をします。
集会のことには一切触れません。
一時間か二時間ほど、誰も集会の話をしないのです。
それから、バクスター兄弟やボズワース兄弟、
あるいは誰かが、
私の部屋に来ることがあります。
妻や息子、あるいは同行している者を連れて。
「彼の具合はどうですか。」
――大丈夫です。
その時、私は横になっていることもありますし、
聖書を読んでいることもあります。
彼らは入って来て、こう言います。
「ブラナム兄弟、素晴らしい集会でした。
いったい、何が起こったのですか。」
そうでしょう、ボズワース兄弟。
「何が起こったのですか。」
すると彼らは座って、
集会の内容を私に話して聞かせるのです。
私は言います。
「一人か二人の人と話していたこと、
あるいは幻が来たことは覚えています。
でも、その後は、すっと意識が抜けてしまったのです。」
――そういうことが、あまりにも多かったのです。
そして私は、
主が私にせよと言われたこと、
人々のために祈ることよりも、
そうしたことに、あまりにも多くを委ねてしまいました。
18. さて、私はこのことに気づいてきました。
そして私は、新しく生まれた人は、神の御霊によって導かれている
と信じています。
皆さんも、そう信じますか。
ここで、少し注目してほしいことがあります。
本当は、バクスター兄弟がここにいてくださればよかったのですが。
どうやら外で、駐車のことで少し問題が起きているようです。
誰かが車を間違った場所に停めてしまったらしく、
今夜はその対応で時間がかかっているようなのです。
車がうまく入れられなかったか、何かあったのでしょう。
彼は、コックス兄弟たちと一緒に、その様子を見に外へ出ています。
ですが、できれば、ここにいてほしかったですね。
さて、こうして振り返ってみると、
自分が導かれていると感じることに従うときは、
いつもそれが最善である
ということが分かってきました。
どこへ行くにしても、
何をするにしても、
自分が「そう導かれている」と感じるなら、
その通りにするのが、いつも一番良いのです。
19. さて、日曜日にここにいて、
私が幻のこと、そしてこれから起こると語ったことを聞いた方は、
どれくらいいらっしゃいますか。
――はい、分かりました。
あの時のことを思い出してください。
私は主にこう尋ねました。
「集会を、どのように進めたらよいでしょうか。」
すると主は言われました。
「あなたが導かれるままに行いなさい。」
――つまり、決まった型や、型通りのプログラムはない、ということです。
神が導かれることを、そのまま行うのです。
さて皆さん、
私がこちらへ向かって来る途中のことですが、
妻が一緒でした。
(今、この建物のどこかに、赤ちゃんと一緒にいるはずです。)
そして息子も一緒でした。
おそらく、母親と一緒にいるか、
バルコニーのどこかにいるのでしょう。
数日前、道を走っている途中、
私がある場所へ下って行ったあとに……。
――ところで、ここで祈った、
最近のあの少年のことですが。
私と一緒に滞在していた、あの母親の息子です。
今は癒され、元気になりました。
主に感謝します。
人々は、彼が小児麻痺にかかったのではないかと思っていました。
彼は若い伝道者で、陸軍の退役軍人ですが、
今はすっかり大丈夫です。
そのお母さんも、すでに家に戻りました。
ですから、母親は、
明日の朝、赤ちゃんを連れて出発します。
私たちも、準備を整えています。
ここから直接、ザイオン・シティへ向かいます。
20. ザイオンからの証しがあります。
今から少しして、ここに上がって来るのを待っている若者です。
さて、こうしたことを通して、
私はいつも気づいてきました。
何かが私の内に来て、語りかけ始めるとき、
私は何度も、それを途中で止めてしまっていたのです。
確かに、神は祝福してくださいました。
しかし、神が語られた通りに行い、
導かれていると感じることをそのまま行うときほどの祝福ではありません。
数日前、こちらへ向かう途中で、
私はこう言いました。
「私のために祈ってほしいとお願いしたことを、
覚えていますか。
神が、私の心の中で、それをはっきり確認してくださるように、と……。」
覚えていますか。
祈ってくださっていましたか。
さて、それが何だったのかと言いますと――
今夜、私がしようとしていることです。
人々のために祈ること。
その通りです。
それこそが、
主が私に示しておられるように思えることなのです……。
21. さて、私がここを発つ前のことですが……。
バクスター兄弟が、もしこの近くに立っておられるなら、
このことの確認のために前に出てきてくださるとよいのですが。
もし今いなければ、
後で壇上に来られたときに、改めて触れることにします。
私がアメリカにいたときのことです。
あの幻――
小さな男の子が死人の中からよみがえる
という幻を見た後のことでした。
そのことは、多くの聖書の余白にも書き込まれ、
今夜ここに座っておられる多くの方々も、
それが語られたのを聞いておられたはずです。
ここにおられる方で、
その小さな男の子がよみがえる、ということが、
実際に起こる前から語られていたのを聞いた方は、
どれくらいいらっしゃいますか。
手を挙げてください。
――会場を見渡してください。
ここだけでも、
少なくとも二、三百人はおられるでしょう。
それが起こる一年、あるいはそれ以上前に、
そのことが語られていたのです。
その少年がどのような姿をしているかまで描写され、
それが 『The Voice of Healing』に掲載される
とも告げられていました。
そうでしたね。
そして、それはまったくその通りに現れ、
語られていたのと同じタイプの少年だったではありませんか。
その通りでしょうか。
22. そのとき、主が私にこう語られたように思えました。
「フィンランドへ行きなさい。」
それで私は、フィンランドへ行きました。
すると、向こうで兄弟たちが言いました。
「スウェーデンへ行こう。」
それも結構です。
「ノルウェーへ行こう。」
それも結構です。
しかし、そのどれにも、私は導かれてはいませんでした。
導かれていたのは、フィンランドだったのです。
ノルウェーでの集会も良かった。
スウェーデンでの集会も良かった。
しかし、フィンランドのようではありませんでした。
そこが、主が
「行きなさい」
と言われた場所だったのです。
私は、フィンランドへ導かれていました。
同じように、南アフリカへ行ったときも、
主が導かれた場所は一か所だけでした。
それが、南アフリカのダーバンです。
ボズワース兄弟、あなたはその証人です。
バクスター兄弟たちもそうです。
――ダーバンでした。
23. さて、私は学校の七年生用のリーダーを読んだ程度ですから、
地理にはあまり詳しくありません。
それで私は妻に言いました。
――本当に、彼女は私にとって、この世で一番すばらしい女性です。
ええ、そうです。
ただ……私と同じくらい、地理には弱いんですがね。
それで私はこう言ったのです。
「いいかい、手紙を書くときは、
『南ローデシア、ダーバン』
と書いてくれ。」
私は、ダーバンが南ローデシアにあるものだと、
本気で思っていたのです。
でもそれは、
私に
「ブリティッシュ・コロンビア州、ハモンド」
と書くようなものです。
――まったく別の国、
まったく別の場所だったのです。
24. それで私は現地に着いて……
まずヨハネスブルグに降り立ちました。
そこで私は尋ねました。
「ここが南ローデシアですか。」
「いいえ、ここは南アフリカです。」
「では、南ローデシアは、この辺りのどこですか。」
「南アフリカに南ローデシアはありません。」
私は言いました。
「では、ダーバンはどこにあるのですか。」
すると、
「ああ、それなら、ずっと向こう側の海岸ですよ。」
と言われました。
私は言いました。
「そこだ。主が私を行かせようとしておられるのは。
私の郵便物は、すべてそこへ送られているはずです……。」
妻は、赤ちゃんの写真なども一緒に送ってくれていました。
それを持って来てほしかったのです。
けれども、それを受け取ったのは、
私が帰国する一週間ほど前になってからでした。
なぜなら、
私の郵便物はすべて、
まっすぐダーバンに送られていたからです。
私は、
「自分はダーバンへ行くのだ」
と、どこかで分かっていたのです。
そして、ほかの場所での集会も、確かに素晴らしいものでした。
25. ここには、
南アフリカから、あの集会に参加し、
そして今夜のこの集会のために、
はるばる来られている方々が座っておられます。
集会は、どこでも素晴らしいものでした。
しかし――
ダーバンに並ぶものは、他には一つもありませんでした。
そうでしょう、兄弟。
場所があったのはダーバンでした。
召しがあったのも、ダーバンでした。
そして、これだけは分かっています。
神が導かれる通りに行うなら、
それがいつも最善なのです。
さて、今夜、皆さんにお願いがあります。
私は、大きな祈りの列を作ろうと思っています。
どうなるかは分かりません。
ただ、これだけは確かです。
今夜、私がこの壇上に上がる前から、
すでに聖霊は私と共におられました。
今夜、この会場に来る前、
ビリーが外に迎えに来てくれる前から、
主は私を迎えてくださいました。
ビリーが言いました。
「お父さん、
今夜は車を入れられるかどうか、分からないよ。」
私は言いました。
「じゃあ、ブロックを一周してみよう。」
私たちは、ぐるりと回りました。
けれども、まだ車がいっぱいでした。
すると彼は、
「どうしたらいいか分からないな。」
と言いました。
それで、さらに二周しました。
そして、ついにこう言ったのです。
「もう入るしかない。
バクスター兄弟が、もうすぐ私を呼ぶはずだから。」
そのとき私は、
主の臨在がそこにあることを、はっきり知っていました。
26. 今夜は、たとえ幻が見えたとしても、
それをできるだけ自分の内に留めるようにします。
目を閉じるか、何かして、
とにかく、その人をここに上げ、祈り、
そして壇上から送り出す――
それを徹底しようと思っています。
今夜は、そうしてみるつもりです。
私がここに立っていられる限り、
一人ひとりのために祈る――
それを続けたいのです。
もちろん、
もし主が、はっきりと私に語られるなら、
それはどうすることもできません。
助けられないのです。
もし、列の中に罪人が入って来たなら、
神はその人のことを語られると、私は信じています。
そうなれば、私はそれを告げるでしょう。
また、その人の人生の中に、
明らかに妨げとなっているものが見えるなら、
それも告げると思います。
しかし、それ以外は――
神が助けてくださるなら――
幻については何も語らず、
ただその人のために祈る
それを心がけたいのです。
ですから、この祈りの列に来られる皆さんに、
一つだけお願いがあります。
神の前に、正直でいてください。
そして、もし、
これから二十四時間以内に、
あなたの状態に何か変化が起こったなら……。
27. 今夜は、
カードを持っている方が何人いるのか、
実際に何人の方のために祈ることになるのか、
プレイヤーラインを通った人数を、
できれば兄弟たちに数えておいてほしいと思います。
そして、皆さんに正直にお願いしたいのです。
本当に、正直でいてください。
もし、
「良くなりました。何かが起こりました。」
そう感じたなら、
その後の二十四時間で、どうなるのかを見たいのです。
というのも、私の立場としては……。
私は今夜、ここに来て、こう祈りました。
「天の父よ、
もしこれが、あなたが私の心を動かしておられることなら――
そして、私はそう信じていますが――
もしあなたが導いておられるなら、
今夜は、この集会の中で、
どの夜よりも大きな結果が現れるはずです。」
そして、私はその思いから離れることができませんでした。
この三日、四日、ずっと試してきました。
先週も試しました。
「水曜、木曜、金曜は、
人々を前に呼んで祈ることはしないでおこう。」
そうしてみたのです。
そして私は言いました。
「主よ、もしかすると、あなたはそれを望んでおられないのかもしれません。」
しかし、
どうしても、その思いから離れることができないのです。
そして、この町を去る前に、
どうしてもそれをしなければならないのです。
神は、
人々を前に呼び、
そのために祈るように
私を呼んでおられます。
そして私は、
それが真実であることを知っています。
ですから、お願いがあります。
祈られた後、
書籍台のところへ来て、
小さな紙に書いてください。
お名前を書き、
そして、
「二十四時間後の自分の状態はこうでした」
と、簡単で構いません。
「癒されました」
「良くなりました」
「変わりませんでした」
――どれでもいいのです。
神があなたにしてくださったことを、
正直に書いてください。
そうしてくださいますか。
よろしいでしょうか。
それでは、
「アーメン」 と言ってください。
28. さて、今夜は、
できる限り多くの方々のために、直接祈ろうと思っています。
そして集会の最後には、
どうしても一人ひとりに手が届かなかった方々のためにも、
まとめて献身の祈りをささげたいと思います。
これは、私が何年も行ってこなかったことです。
そして、ここで言っておきますが、
昔よくやっていたような、
私が意識を失ったように立ち、
人々が次々と通り過ぎていく、
あの「流れ作業のような祈り」を意味しているのではありません。
確かに、
あの方法で癒された人も多くいました。
それは事実です。
しかし、私はそのことを言っているのではありません。
私は、あなたをここに呼び、
あなたと話し、
あなたと一緒に祈り、
そして壇上から送り出したいのです。
それが、
神がみことばの中で語っておられることであり、
御使いから与えられた召命でもあるからです。
正直に言えば、
私はこれまで、ほとんどそれをしてきませんでした。
だからこそ、
今夜、ここハモンド(インディアナ州)で、
まずそれを始めてみたいのです。
神がそれをするのを助けてくださっています。
29. 神の癒しは永続すると信じておられる方は、
手を挙げてください。
――ありがとうございます。
ザイオン・シティ(イリノイ州)から来ている、
ハウス君、前に出てきてください。
この小さな男の子は、
以前、ザイオン・シティの集会で、
とてもひどい斜視でした。
お父さんは福音の牧師です。
そして彼は……ご覧ください。
彼は私に会うために、
国中を旅して来ています。
会衆の皆さん、
この子が、どれほど斜視だったか、
思い出してみてください。
そして聞いてください。
「神の癒しは、どれほど続くのか?」
――ずっとです。
そうでしょう。
では、こちらの会衆を見上げてください。
この子の目が、
どれほどまっすぐになっているか、
分かりますか。
さあ、坊や。
この会衆の方を見て。
私の指を、頭ではなく、目だけで追いなさい。
――斜視は、目が固定されてしまうものですからね。
さあ、こちらの会衆の方へ。
指を目で追ってごらん。
神の祝福がありますように、坊や。
私は、
いつの日か、神がこの子を説教者にされる
と信じています。
神の祝福がありますように。
30. 「主をほめたたえましょう」と言いましょう。
あれから、もう三年か四年になります。
その少年の目は、今もまっすぐです。
そして、これからもずっと、まっすぐなままでしょう。
さて、先ほど彼が外で私に会って、こう言いました。
「ブラナム兄弟、僕のこと、分かりますか。」
その頃、彼はまだ本当に小さな子どもでした。
私は言いました。
「いや、ちょっと分からないな。」
すると彼は言いました。
「シオン・シティのこと、覚えていますか。
シカゴ・トリビューンの記者や、いろいろな人たちが、
あの記事を書いたあの場所です。」
そして、こう書かれていたと言いました。
「ブラナム師と、ほかの多くの人たちとの一番の違いは、
彼は聖書を信じている、ということだ。」
(皆さんも、何度も読まれたでしょう。)
さらに、こう書かれていたのです。
「想像できるだろうか。
南部、ケンタッキーで生まれ育った一人の男が、
ウォーキーガンの、どこかのスラムのような場所から来た
斜視の黒人の少女を抱き上げ、
『娘よ、あなたの目はまっすぐになる』と言うことを。」
そして――
「その目は、本当にまっすぐになった。」
31. よく聞いてください。
はっきり言っておきます。
それが黒人の子どもであっても、
日本人の子どもであっても、
中国人の子どもであっても、
韓国人の子どもであっても、
誰であろうと同じです。
神は、人をえこひいきなさらない方です。
その子は、神の子なのです。
その通りです。
あなたが貧しい所に生まれたか、
裕福な所に生まれたか、
どこで生まれたかは問題ではありません。
神があなたを召されるとき、
あなたは必ず、その場所に置かれます。
聖霊が注がれているところに、
あなたは必ず導かれます。
神は、人を分け隔てなさらない。
その通りです。
あなたは、神の動きの中に入り、
御霊の中で動くようになるのです。
そこには、
もはや隔ての壁はありません。
イエス・キリストが、
そのすべてを打ち壊し、
すべての人を兄弟とされたのです。
アーメン。
私は、心からそれを信じています。
確かに私は、南部に生まれた人間でした。
いわゆる「反逆者」でした。
しかし、ある日、新しく生まれたのです。
それが、すべてを変えました。
アーメン。
32. 主を愛していますか。
――それで結構です。
ビリー・ポールはどこにいますか。
近くにいますか。
私はよく分からないのですが……。
誰か、彼がどこにいるか見てきてください。
今日は祈りのカードを配ったかどうかも、私は知りません。
もし配っていなければ、昨日の分を使うか、何か方法を考えましょう。
皆さん、主を愛していますか。
それは素晴らしいことです。
今夜、私のために祈ってくださいますか。
そして、私も皆さんのために祈ります。
さて、もし神が……
もし神の聖霊が下って来られ、
人々の心の奥の秘密を明らかにし、
ご自身がここにおられること、
そして祝福がここにあることを示されたなら……。
皆さんも認めざるを得ないでしょう。
この集会の毎晩、
そのすべてが完全であったということを。
何十人、何十人、また何十人と――
そのたびごとに、完全でした。
そうではありませんか。
本当に完全でした。
――それで結構です。
33. それがそうであるなら、私があなたがたに話したことは真実だということになります。
ちょっと待ってください。あなたに会いたいのです。
つまり……最初に海外へ行くとき、バクスター兄弟、私はこう言いましたね。
「私はフィンランドへ行くように導かれた」と。そうでしょう?
本当の集会、最もすばらしい集会が行われたのはフィンランドでした。
私が言っているのは、その“導き”のことです。
ありがとう、バクスター兄弟。
[バクスター兄弟の言葉]
「私たちがフィンランドを離れて飛行機に乗ったとき、あなたは私にこう言いました。
『バクスター兄弟、私の使命はここで完了しました。主が私を遣わされた働きは果たしました。
これからノルウェーとスウェーデンへ行きますが、神が私を遣わされたのはフィンランドでした』と。」
(いいえ、いいえ、今は水はいりません。)
34. これを……私は彼にそう言ったことを忘れていました。わかりますか。
それからアフリカでも、ヨハネスブルグを発つとき、行程の都合でダーバンへ行けなかったときに、私はこう言いました。
「私としては、もう集会は終わった。私たちは帰る準備ができている」と。
そのとおりです。「私としては……」。
主の導きから外れるとき、それはまったく別のものになります。
私は、神は導かれるお方であり、私たちはそれに従うべきだと信じています。
あなたもそう思いませんか。
ありがとう、バクスター兄弟。そして今夜ここにいる皆さん。
良き主があなたがたを祝福してくださいますように。
どうか今、神が今夜、私が多くの人々のために祈ることができるよう助けてくださるよう、祈ってください。
そして私は彼らに、バクスター兄弟、明日の夜は書籍台のところへ来て、祈られた人々がどうなっているかを私に見せてほしい、と頼んであります。
35. (ビリー、祈りのカードは配りましたか? 何が……何が……Oのカードですか。)
よろしい。では、一度にここに何人立ってもらえますか?
疲れないでください。私たちは……神の御心であれば、今夜できる限り多くの方々のために祈ります。
できるだけ多くの人のために祈るつもりです。
今、彼は100枚持っていますね。
一度に50人ずつ前に出てもらえますか? どうでしょう?
それとも……何人くらい立てるでしょうか? 25人?
よろしい、そうしましょう。
では最初の25人……O-1、O-2、O-3、O-4、O-5……
O-25までの方は、こちらに並んでください。
次の25人は準備していてください。
祈り終えるまで、そんなに時間はかかりません。
そして、その次、その次と進めていきます。
はい、もし……よろしい。
彼が言いました。「大勢を一列に立たせると、暑くなりすぎますから。」
O-1からO-25まで。
それから……これまでの別の日に配られた祈りのカードを持っている方は、ここにいますか?
持っている方は手を挙げてください。
[テープ空白]
36. その子どもについて、何かがあるのです。
私は……よく分からないのですが、しかしその赤ちゃんのために祈りたいのです。わかりますか。
あなたはこの近くにお住まいですか? ピオリアから来られたのですね。
数日こちらに滞在されますか?
わかりました。様子を見ましょう。できるなら、今夜祈れるかもしれません。
私はその……赤ちゃんのために祈りたいのです。
さあ、ご婦人、こちらへ来てください。
何かがあります。
何が起こったのかは見えませんでした。始まりは見えました。
それは誕生のときでした。
しかし、実際に何が起こったのかまでは分かりません。
さて、少しだけ待ってください。
神の御霊が私の上にあることを確かめるために、この方と少し話したいのです。
よく聞いてください。
もし、ここに立っているのが私の母で、私が別の立場の人間だったなら、
私はその人に、最善を尽くして、できる限り母を助けてほしいと願うでしょう。
そうでしょう?
ですから今、もし御心であれば、神が動いて、私を助けてくださるように願っています。
どうか今、私のために祈ってください。
そして私は……
神の御霊が近づき、主の御使いが近づくにつれて……。
37. さて、少しだけ私と話してください。
姉妹よ、神があなたを良くしてくださると信じますか。
今、神があなたを助け、癒し、健やかにしてくださると信じますか。
信じていますね?
では……私が言ってきたことが真実だと信じますか。
これまでに集会に来たことがありますか。
そして、神がそこでなさったことを見てきましたか。
あちこちで神が働かれ、がんで死にかけていた人々が癒されているのを。
医師たちが診断書に署名し、癒されたと書いて送り返してきた例もあります。
また、足の不自由な人や車椅子の人、松葉づえを使っていた人たちが、歩いてここに入って来るのを見ましたね。
聖霊が働かれ、
「あなたはこれこれをした」と語り、
罪人を呼び出し、さまざまな人々のことを言い当てられる。
あなたはそれを信じますか。
それが神から来ている真理だと信じますか。
それなら、もちろん分かるでしょう。
もし私が語ろうとするなら、あなたに何があるのか、私は知ることができるのです。
38. さて、皆さん。
あの女性にこのように語りかけているとき、主の御使いは近くにおられます。
そのとおりです。
今、私はこの注ぎ(油注ぎ)を感じています。
もし祈る中で……幻がはっきり現れすぎて、私が……
しかし今は――今まさに、主がこの建物全体に静かに臨んでおられます。
これは真実です。
皆さん、私は……
神の御前で言います。主の臨在は近くにあります。
私は、このご婦人のどこが悪いのか分かっています。
はい、そうです。
よろしい。
少しこちらへ来てください。
姉妹として、あなたの上に手を置いて祈りたいのです。
39. さて、イエス・キリストはこう言われました。
「全世界に出て行って、福音を宣べ伝えよ。」
また、「病人に手を置きなさい。そうすれば回復する。」
「信仰の祈りは病む者を救う。」――ほかにも多くの聖書の言葉があります。
あなたはそれを信じますか。信じていますね?
これまで、いつも信じていたわけではありませんでしたが、今は信じていますね。
そうでしょう?
あなたは、そういうことを信じない別の教会に属していましたね。
そうですね。ええ。
でも、それでいいのです。私は非難しているのではありません。大丈夫です。
私が話していることを、私が分かって語っていると信じますか?
ええ?
はい。
カトリックですね。あなたはカトリックですか?
そうですね。
私はあなたがロザリオの珠を持っているのを見ました。
それから祈りを繰り返しているのも……そうです。確かに。
あなたは胃の病がありますね。
姉妹よ、あなたはすでに癒されています。
しかし、私はあなたのために祈りたいのです。
天の父なる神よ、
あなたが私に託されたこの使命を成し遂げるために、私は祈ります。
今、どうか助けてください、愛する神よ。
この働きが長く続かないことを、私は知っています。
どうかこの方を癒してください。
神よ、彼女が出て行って、自分の民の中で証しし、
あなたがどれほど大きなことをなさったかを語ることができますように。
ここに立つ、この小さな白髪の婦人のために、
全能の神よ、憐れみを求めます。
イエス・キリスト、神の御子よ。
これらのことへの道は、ただあなたを通してのみ開かれています。
父よ、あなたの御子イエスの御名によって願います。
私が彼女を祝福するとき、どうかあなたが彼女を癒してください。
アーメン。
さあ、お母さん、もう大丈夫です。
心から信じ続けて、進んで行きなさい。
あなたはきっと大丈夫です。
主はすばらしいお方ではありませんか。
(アーメン。)
本当に、すばらしいお方です。
40. あなたがたが分かるように言っておきますが、この列を通って来ている皆さん、
聖霊は働いておられます。
主はここにおられます。
それを信じますか?
よろしい。
では、ご主人。
もし私が、愛するイエスにあなたを癒してくださるようお願いすれば、
主はそうしてくださると信じますか?
信じていますね。
それでは、お父さん、こちらへ近くに来てください。
あなたのために祈りたいのです。
おお、イエスよ、私の主よ。
年老い、病んでいる私の愛する兄弟が、ここに立っています。
どうかこの兄弟に憐れみをお与えください。
そして今夜ここを去るとき、癒され、健やかになって帰ることができますように。
主よ、それをお与えくださいますか。
どうか回復し、家に帰り、これからの生涯を健やかに過ごすことができますように。
父よ、これをお与えください。
イエスの御名によって。アーメン。
さあ、兄弟よ。
私はあなたのために祈ることによって祝福しました。
いや、私がしたのではなく、神の祝福をお願いしたのです。
あなたは長い間、一生懸命信じようとしてきましたね。
その信仰を助けるために、さあ、今は夕食を食べに行ってください。
気分よく……
[テープ空白]
はい、そのとおりです。
あなたを悩ませていた胃の不調も、もう大丈夫です。
今夜は安心して食事をしてください。
あなたは大丈夫です。
よろしい。
では皆さん、
「神に栄光あれ」と言いましょう。
41. さあ、小さな坊や、こちらを見てごらん。
君はとても良い子だね。
ねえ、もし私が君のために祈ったら、イエス・キリストがその祈りを聞いてくださると信じるかい?
信じる?
それなら、元気になるのはうれしいよね。そうだろう?
たとえ、君のどこが悪いのかを私が言わなくても……
君自身は分かっているよね。
でも、私が言わなくても、それでも信じるかい?
うん、いいね。
さあ、もう少し近くに来て。
私は、自分の小さな男の子のことを思い出すよ……
あそこにいるのが、私の息子ビリー・ポールだ。
彼がちょうど君くらいの大きさだった頃ね……。
ああ、なんというか……
彼が立派な大人になるのを見たいと思う一方で、
成長していくのを見るのが、少し寂しかったものだ。
君のお父さんやお母さんも、きっと同じ気持ちだろうね。
でもね、君が大きくなったら、イエス様を愛するかい?
愛するようになる?
それはとてもいいことだよ。
私は、そうあってほしい。
だから私は祈るよ。
神様が君を祝福してくださって、
君を神の人にしてくださいますように。
そして神様が、君の小さな人生を、
どこかでご自分の働きのために用いてくださいますように。
42. さあ、今、あなたと私で一緒に祈りましょう。
愛するイエスよ、
今夜、この謙遜な小さな少年が、私の胸にもたれて祈っています。
父なる神よ、どうかこの子の小さな体を癒してください。
この子は真剣です。
祈ってもらうために、列に並んで、ここへ来ました。
どうかこの子を癒してください。
天の父よ、それをお与えください。
そして、ここを去るときには回復し、
やがてすべての病がこの子から離れますように。
そして、もし神が時を延ばされるなら、この子が成長して立派な大人になりますように。
どうかこの子を魂の勝利者としてください。
ああ、父よ、私は祈ります。
この子を福音の説教者にしてください。
あなたの働きだけを行う者としてください。
主よ、それをお与えください。
また、あなたのしもべの祈りを聞いてください。
私は、あなたが語られ、
病人のために祈り、
イエスのしるしと不思議を示すために、
私をあなたのしもべとして任命されたことを知り、また聞いています。
この子はそれを信じています。
ですから私は、私にできる限りの熱心さと愛情をもって、
この小さな少年の癒しを願います。
主よ、イエス・キリストの御名によって、それをお与えください。
アーメン。
さあ、坊や。
私は、君が良くなると信じているよ。
君もそう信じているね。
君は本当に立派な子だ。
それに、ここへ来るために、ずいぶん遠くから来たんだね。
毎晩?
シカゴから来たんだね。そうだろう?
うん。
それに、君は鼠径ヘルニアが両側にあるんだね。
そうだね。
さあ、舞台を降りて行きなさい。
そしてイエス様に感謝して、信じ続けなさい。
私は、君がきっと良くなると信じているよ。
神があなたを祝福してくださいますように。
この小さな心を、どうか祝福してください。
43. さあ、ご婦人、こちらへ来てください。
さて、お嬢さん。
私は、たとえそうしようとしても、あなたを癒すことはできません。
私はあなたの兄弟です。イエス・キリストにあっての兄弟です。
私にできる唯一のことは、あなたのために祈ることだけです。
そうでしょう?
あなたは、自分のどこが悪いのか分かっていますね。
神もそれをご存じです。
そして私も分かっています。
でも、私がそれを口にする必要はありません。
あなた自身が、もう知っているからです。
そう信じていますね?
では、もし私がイエスに、あなたを癒してくださるようお願いしたら、
あなたは良くなると信じますか?
信じていますね?
神があなたを祝福してくださいますように、お嬢さん。
それは、子どもが持つにはとてもつらい病です。
そのとおりです。
普通は、もっと年を取ってからそれを患うと、比較的うまく対処できます。
そうでしょう?
でも、幼いときには、なかなか大変なのです。
けれども、よく聞いてください、愛する姉妹。
イエス・キリストはここにおられます。
主はあなたを癒してくださいます。
それを信じますね?
よろしい。
私は主のしもべとして、祈ります。
この小さな女の子のことは……
もちろん、私は何があるのか分かっています。
でも、それでいいのです。
天の父なる神よ、
あなたのへりくだったしもべとして、この子どもを癒してくださいと願います。
どうかこの子が、この壇上を去るとき、喜びに満たされ、
もう二度とインスリンを必要とせず、
健やかに、完全に正常な体となりますように。
愛する主よ、それをお与えください。
イエスの御名によって、心を込めてこの子を祝福します。
あなたのしもべとして祈ります。
どうか完全に癒してください。
全能の神よ、それをお与えください。
もし何か妨げとなるものがあるなら、
どうか今、それをお赦しください。
そして、この子が癒されますように。
再び、健康で普通の女の子として生きる時が来ますように。
イエスの御名によって。
アーメン。
さあ、神があなたを祝福してくださいますように、坊や……いえ、お嬢さん。
私は、あなたのどこが悪いのか分かっています。
でも、言う必要はありません。
あなた自身が分かっていますから。
さあ、安心して行きなさい。
神があなたを祝福してくださいますように。
44. さあ、ご婦人、こちらへ来てください。
ああ、主はすばらしいお方です。
あの人たちが癒されていると、私は信じています。
あなたもそう信じますか?
そうです。
私は、あなたも癒されていると信じています。
あなたもそう信じますね?
今、神の善が、あなたの内に注がれていると私は信じています。
あなたもそう思いませんか?
神の善とは何でしょうか。
それは、神の信仰があなたの中に注がれていることです。
ほら、あなたの霊の中に流れ込んでいるのです。
さあ、皆さん、静まり、敬虔になってください。
今、主の臨在はここにあります。
私が人々に、何が悪いのかを語っていないからといって……
それでも覚えていてください。
主の臨在は、確かにここにあるのです。
そうです、主の臨在はここにあります。
ご婦人、あなたはそれを信じますか?
信じていますね?
あなたは良い信仰を持っています。
では、主があなたを癒すことがおできになると信じますか?
信じていますね?
主にはそれができると、あなたは分かっていますね?
たとえ私が、あなたに一言も語らず、
あなたの病や、何が悪いのかについて何も触れなくても……
今のところ、私はそれを知りません。
けれども、たとえ主がそれを私に示されなくても、
それは必要ありません。
もし私が、あなたのために祈るなら、
あなたは癒されますね?
あなたは良くなります。
そのとおりです。
45. さあ、よく聞いてください。
あなたの信仰を助けるために言いますが、
あなたに起きていることは、とても奇妙なものです。
そうでしょう?
医者から医者へ行っても、
誰もあなたの何が悪いのか分からなかった。
そうですね?
では聞きます。
首の後ろでしょう?
引きつるような感じがある。
そうではありませんか?
少しこちらへ来てください。
天の父なる神よ、
今、あなたの御前に一人の女性が立っています。
彼女自身は気づいていませんし、
医者たちも、そこに座り込んで彼女を苦しめているその悪霊を見つけることができませんでした。
しかし主よ、
あなたは、それがどこにいるのかをご存じです。
ですから、イエス・キリストの御名によって、
私は彼女の首に手を置き、その悪霊を叱責します。
汚れた悪霊よ、彼女から出て行け。
この女性を離れよ。
彼女が癒されるためである。
さあ、姉妹よ……
[テープ空白]
心から信じて、家に帰りなさい。
46. さあ、では、ご婦人、こちらへ来てください。
心から信じていますか?
よろしい。
では、私は主に、あなたを祝福してくださるようお願いしましょう。
あなたは家に帰って、癒されますね。そうでしょう?
おお父なる神よ、
あなたのへりくだったしもべとして、心を尽くして祈ります。
あなたは言われました、
「義人の熱心な祈りは、大きな力がある」と。
父よ、私は自分の名によって来たのではありません。
自分の義によってでもなく、
この教会や、この人々の義によってでもありません。
私たちは、神の御子イエス・キリストの義によって来ています。
なぜなら、恵みは……
ああ、罪よりも、はるかに豊かに注がれ、
罪を越え、罪を覆い尽くしました。
そして罪を覆い尽くしたその恵みは、
病をも覆い尽くしたのです。
[テープ空白]
ですから今、父よ、
与えられた大宣教命令に基づいて、
私はこの女性の上に手を置きます。
それは、私の主が語られた言葉、
その御口から出た最後の言葉に従うためです。
「彼らが病人に手を置けば、回復する。」
主よ、あなたはそれを約束されました。
その御言葉への従順として、
ちょうど、ここでこの女性を水の中でバプテスマに授けるときのように、
私は彼女の上に手を置きます。
主よ、心を尽くして、私はそれを行います。
どうか彼女の病んだ体を癒し、
イエス・キリストの御名によって、健やかにしてください。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、姉妹。
私は、癒しに至る信仰がここに触れられたと信じています。
あなたもそう信じますね。
神があなたを祝福してくださいますように。
47. では、ご婦人、こちらへ来てください。
心から信じていますか。
もし私が神にお願いすれば、神があなたを癒してくださると信じますか?
いいですか、あなたを癒すのは私の祈りそのものではありません。
私たちの間にある信仰の祈りが、病む者を救うのです。
あなたは、神が私の祈りを聞いてくださると信じますか?
あなたはクリスチャンなのですから、もちろん信じるはずですね。
私は、あなたのどこが悪いのかを言う必要はありません。
私は知っていますが、言う必要はないのです。
ただ祈ればよいのです。
そうでしょう?
もし、あなたが望むなら言うこともできますが……。
よろしいですね。
天の父なる神よ、
今、私たちの姉妹があなたからの祝福を求めて、ここに立っています。
あなたのしもべである私のもとに来ました。
心から願います。どうかこの女性を癒してください。
主よ、今夜ここを去るとき、
何でも食べられるようになり、
明日の夜には、喜びと感謝をもって戻って来ることができますように。
癒され、健やかになりますように。
神よ、この女性の体を癒してください。
あなたが語られたからこそ、私は彼女の上に手を置きます。
迷信としてではありません。
あなたがこう言われたからです。
「彼らが病人に手を置けば、回復する。」
今ここにいるクリスチャン全員が、
この女性の癒しのために、私と共に祈っています。
イエスの御名によって。
アーメン。
さあ、姉妹よ。
今、どれだけの人が私と一緒に祈っていたか、見てください。
手を挙げてください。
──何かが、今、去らなければなりませんね。
そのとおりです。
さあ、主の御名によって、癒されて行きなさい。
よろしい。
48. 神があなたを祝福してくださいますように、兄弟。
主があなたを良くしてくださると信じますか?
よろしいですね。
天の父なる神よ、
あなたの御子イエスの御名によって、この愛する兄弟を癒してください。
彼を健やかにしてください。
父よ、彼はあなたを必要としています。
あなたなしでは、いつ何が起こってもおかしくないことを、彼自身も分かっています。
しかし、あなたはここにおられ、彼を癒すお方です。
父よ、今、あなたが病人を癒すために与えられた大宣教命令に従い、
私はこの兄弟の上に手を置きます。
そして、イエスの御名によって、癒しを求めます。
アーメン。
では、兄弟。
もし今から明日の夜までの間に、
その心臓の具合に変化があったら、
あそこの受付に知らせてください。
いいですね。
神があなたを祝福してくださいますように。
よろしい。神の祝福がありますように。
49. では、お嬢さん、こちらへ来てください。
あなたは、私が主のしもべであると信じますか?
これまで、この集会に来たことはありますか?
一度もありませんか?
では、そうですね……。
あなたは今日初めて来られたのですね。
それが初めての集会……。
そうすると、私はあなたにとって見知らぬ者で、
あなたも私にとって見知らぬ方ですね。
それなら、少しだけお話ししたほうがよいでしょう。
あなたは遠くから来られ、
この集会がどのように行われているのかを、
まだ一度も見たことがないのですから。
では、私のほうを見てください。
あなたは……
私の『神から遣わされた人(Man Sent From God)』という本を読んだことがありますか?
ありませんか。
記事なども?
何も読んだことがないのですね。
『ヴォイス・オブ・ヒーリング(Voice of Healing)』では、読んだことがありますか?
……そこには、何か書かれていましたか?
では、聖書の中で、
イエスが人々の心の秘密をご存じであったことを読んだことがありますか?
井戸のそばでの女の人との出来事を覚えていますか。
イエスは、しばらく彼女と話をされてから、
「あなたの夫を呼んで来なさい」と言われました。
それは、まさに核心を突く言葉でした。
そうですね?
イエスは、彼女が何をしてきたのかを知っておられました。
彼女は不品行な生活をしていました。
イエスは、その原因も、
彼女の人生を妨げていたものも、ご存じだったのです。
そのとおりです。
ですから、彼女がそうした夫たちを持ち、
正しくない生活をしていたとき、
イエスは回りくどいことを言わず、
まっすぐに要点を語られたのです。
50. もし主が今日も同じお方であり、あなたが私の前に立つ見知らぬ方であるなら、
私が主の預言者であるならば、御霊によって、あなたの問題のあるところをまっすぐに指し示し、
あなたのどこが悪いのかを告げることができるはずです。
そうでしょう?
そのとき、あなたは私が主の預言者であると信じますか?
あなたは結核を患っています。
それは喉にあります。
――今、信じますか?
では、もし私があなたのために祈ったら、あなたは癒されると信じますか?
そうです。
あなたはその苦しみのために、長い間悩んできましたね。
はい。
もう一つ、あなたにお願いしたいことがあります。
あなたは、心を尽くして生涯神に仕え、神のために生きると約束できますか?
約束できますね?
あらゆる迷信や他のものを捨てて、これからの人生を神に仕えますか?
そうしますね?
では、私が祈るとき、信じてください、姉妹。
父なる神よ、
ここに立つ、この小さな女性のために祈ります。
あなたなしでは、彼女に残された時が長くないことを、私は知っています。
どうか彼女を癒し、健やかにしてください。
今、この菌が彼女の喉と胸に入り込み、
この刺激が続けば、命を奪うのにそう時間はかからないことを、私たちは知っています。
しかし、あなたはここにおられ、彼女を癒すお方です。
彼女はその危険に気づいていません。
神よ、彼女が御国へと進み入ろうとしている今、
どうかこの女性を癒してください。
ここを去って回復し、
生涯あなたに仕え、
あなたの御霊に満たされ、
彼女の故郷の国において、証しとなりますように。
イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
さあ、喜びつつ、神を信じて行きなさい。
あなたは癒されます。
51. さあ、ご婦人、こちらへ来てください。
姉妹よ、信じますか。
心から信じていますか?
父なる神よ、
この姉妹のために祈ります。
どうか彼女を癒し、健やかにしてください。
主よ、それをお与えください。
あなたの御霊が彼女の上に臨み、
その体が癒されますように。
父よ、それをお与えください。
イエス・キリストの御名によって願います。
アーメン。
これまで、この集会に来たことはありますか?
一度もありませんか?
今回が初めてですね。
ああ、そうですか。
私が今夜していることは分かりますね。
病んでいる人々のために祈っているのです。
私はただ、あなたの上に手を置いて祈りました。
でも、あなたは自分が癒されたと信じますか?
では、もし私があなたのどこが悪かったかを言えば、
あなたはそれを受け入れますか?
受け入れますね?
婦人病がありますね。
そうでしょう?
よろしい。
では、行って癒されなさい。
先ほどの結核の女性は、気管支炎だと言いました。
彼女自身は、しばらくの間、気管支炎だと思っていたのです。
しかし、実際には結核でした。
まさにそのとおりだったのです。
私はそれを受け取ります。
私は正確に分かっています。
それが事実だからです。
彼女があのように動いているのを見ました。
しかし、私が彼女に手を置いたとき、
それが結核であることを知りました。
まさにそのとおりでした。
ですから皆さん、
静まり、敬虔になってください。
よろしいですね。
52. 天の父なる神よ、
この女性のために祈ります。
どうか彼女を癒し、健やかにしてください。
あなたの御霊が彼女の上に臨み、
信仰の祈りが病む者を救いますように。
愛する神よ、
イエスの御名によって、彼女を完全に癒してください。
アーメン。
さあ、姉妹よ、信じますか?
よろしい。
では、壇上を降りて行きなさい。
「ありがとう、イエス様」と言いなさい。
喜びと感謝をもって帰りなさい。
では、あなたと、その小さな女の子ですね?
お二人ともですね。
あなたは、イエスがあなたを癒すことがおできになると信じますか?
天の父なる神よ、
私はこの二人の上に手を置き、心を尽くして祈ります。
今夜ここに立ち、私はあなたを代表しています。
父よ、このことにおいて、
あなたは昨日も今日も、いつまでも変わることのない方であることを表しています。
どうかこの女性と、この小さな女の子の両方を癒してください。
父よ、お二人を完全に健やかにしてください。
明日の夜、
「私も、この小さな娘も、癒されました」と証ししながら、
喜んで戻って来ることができますように。
父よ、それをお与えください。
イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
そして父よ、
あなたが「やめよ」と語られるまで、
私はこのようにして集会を続けます。
アーメン。
さあ、行きなさい。
明日の夜、あなたからの証しを聞きたいと思います。
心から信じ続けなさい。
53. さあ、来てください。
心から信じますか?
私が神にお願いすれば、神があなたを癒してくださると信じますか?
信じますね?
よろしい。
天の父なる神よ、
ここにいる何千人ものクリスチャンと心を合わせて、
この女性の癒しを求めます。
どうか彼女が、この壇上を去るとき、
健康で、喜びに満たされ、
明日の夜には、
イエスの御名によって自分に何がなされたかを証ししながら、
戻って来ることができますように。
アーメン。
さあ、神があなたを祝福してくださいますように、姉妹。
――私はこう言います。
あなたが信じたとおりになるのです。
神があなたを祝福してくださいますように。
では、ご婦人、こちらへ来てください。
信じますか?
よろしい。
あなたは、これまでにも集会に来たことがありますね?
ここに来たことがある。
何が起こっているのか、よく分かっていますね?
よろしい。
では、主の御霊がここにおられると信じますか?
そうですね?
よろしい。
天の父なる神よ、
あなたの御子イエスの御名によって、
この女性のために祈ります。
どうか彼女の体を癒してください。
主よ、彼女が完全に健やかになりますように。
イエス・キリストの御名によって、
この女性の上にある病の霊を叱責します。
アーメン。
54. ちょっと待ってください。皆さん、失礼します。
そこに座っている有色人種の若い女性の方、
緑色っぽい服を着ているあなたです。
祈りのカードを持っていますか?
……持っていませんね。
では、少し立ってもらえますか。
ああ、そうでしたね。
はい。
信じますか?
あなたも胃の病がありましたね?
そうでしょう?
胃の具合が悪かったですね?
そのとおりです。
あなたもそうでしたね。
よろしい。
お二人とも癒されました。
それは去りました。
神があなたを祝福してくださいますように。
さあ、皆さん、敬虔になってください。
本当に、静まり、敬虔に。
今、見てください。
サタンは、こういう時に、そっとすり抜けようとするのです。
今、御霊はあらゆる方向に動いています。
まさに、ここに流れ込んでいます。
あの女性がそこに座っていたとき、
彼女もまた、イエスにより良い体験を期待していました。
そうですね、ご婦人?
もしそのとおりなら、もう一度立ってください。
では、あなたの隣に座っているその女性。
今、御霊があなたに触れたのを感じていますね。
あなたは婦人病に苦しんでいましたね。
……祈りのカードは持っていますか?
持っていませんね。
少し立ってください。
カードは持っていませんね。
よろしい。
あなたも婦人病がありましたね?
そのとおりです。
では、家に帰りなさい。
あなたも癒されています。
そのまま安心して帰りなさい。
さあ、皆さん、少しだけ。
本当に、敬虔になってください。
もし皆さんが静まり、敬虔になるなら、
今この瞬間、神の御霊がどれほどのことをなさるか……。
ああ、でも私は、また病人のために祈ることに戻らなければなりません。
55. ちょっとこちらへ来てください。
今、御霊が動き始めると……私は、その動きに押されずにはいられないのです。分かりますか。
さて、ここに立っているのは、苦しみを多く抱えた方です。
ご婦人、あなたは本当に多くの苦労をしてきましたね。
あなたは、ただ祈りの列に並んで、ここへ来られただけです。
それだけです。
あなたはクリスチャンです。あなたは……
そして……。
今、イエス・キリストが……と信じますか?
――いいえ、違います。
いいえ。
あなたは、ある〔不明瞭〕の状態で苦しんでいます。
それはそのとおりです。
あなたはイエス・キリストを必要としています。
そうでしょう?
あなたは、救い主としてイエスを必要としています。
私は、あなたのすぐ後ろに立っているあの女性を見ていました。
あなたの肩越しに、そちらを見ようとしていたのです。
もう少し前に来てください。
そうすれば、はっきりしますから。
聞きます。
あなたは今、イエスを救い主として受け入れ、
罪から魂を救ってくださると信じ、
今この瞬間、あなたを癒してくださると信じますか?
そうしますか?
天の父なる神よ、
この女性のために祈ります。
イエス・キリストの御名によって、
彼女の癒しを、そして彼女の魂の癒しを求めます。
今夜ここを去るとき、
喜びと幸せに満たされ、
イエスの御名によって、癒されますように。
アーメン。
よろしい、次の方。
[一人の兄弟がブラナム兄弟に話しかける]
よろしい。はい。
56. よろしい。
では、次の25人、前に出て来てもらえますか。
50番まで……。
あ、ちょっと待ってください、姉妹。
25番から50番まで、
「O」の列で、後ろに続いて並んでください。
[不明瞭な部分]
よろしい。
はい。
[姉妹がブラナム兄弟に話しかける]
いいえ、今は違います。
いいえ、奥さん。
もう行って大丈夫です……。
あなたは、これからの人生ずっと神に仕える覚悟がありますか?
生涯、神のために生きますか?
よろしい。
では、そのまま行きなさい。
完全にされて行きなさい。
さあ、牧師の皆さん、
すぐにこの女性を支えてあげてください。
よろしい、ご主人。
それでは……。
よろしい。
では今、
「O」の25番から50番まで、前に出てください。
よろしい。
来てください……。
[テープ空白]
57. 父なる神よ、
イエスの御名によって、この男性の癒しを願います。
主よ、今夜ここを去るとき、癒されて帰ることができますように。
そして、私にできる限りの信仰の祈りをもって、
どうか彼を回復させてください。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、兄弟。
さあ、喜びつつ、信じて行きなさい。
そして、明日の夜に知らせてください。
よろしい。次の方、来てください。
父なる神よ、
あなたの御子イエスの御名によって、この女性を癒し、健やかにしてください。
私は彼女の上に手を置き、
イエス・キリストの御名によって、完全にしてくださいと祈ります。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、姉妹。
さあ、喜びつつ行きなさい。
よろしい。ご婦人、こちらへ……
[テープ空白]
……聖霊が臨まれる前から、感謝し、神を賛美していましたね。
そのとおりですか?
彼らは約束を持っていました。そうですね?
私たちも、その約束を持っています。
アーメン。
今、ただ信じなさい。
姉妹、近くへ来てください。
今、心から信じていますか?
父なる神よ、
この哀れな小さな女性のために祈ります。
あなたの御使いがここに近く立っておられるのを感じ、
私はこれらのことをするよう導かれています。
ですから父よ、今、彼女を癒してください。
主よ、願わくは、
今夜この壇上を通る大勢の人々のうち、
少なくとも九割が癒されますように。
父よ、それをお与えください。
イエス・キリストの御名によって、
この女性の癒しを願います。
アーメン。
さあ、喜び、幸せに満たされ、
「ありがとうございます、主よ」と言いながら行きなさい。
あなたは癒されます。
58. よろしい。ご主人、こちらへ来てください。
心から信じますか?
私が主にお願いすれば、あなたは良くなると信じますか?
父なる神よ、
あなたのしもべとして祈ります。
私たちは、祈りが物事を変えることを知っています。
祈りは罪人をクリスチャンに変え、
祈りは病人を健やかな人に変えます。
この方と心を合わせて祈り、
どうか彼の体を癒してください。
この壇上を去るとき、
喜びと感謝に満たされ、
イエスの御名によって健やかになりますように。
アーメン。
では、兄弟。
明日の夜に知らせてください。
よろしい。
さて、次の方。
皆さん、敬虔になってください。
心から信じていますか?
信じるべきです。
はい、ご婦人。
なぜ私がそう言ったか分かりますか?
あなたは御言葉の奉仕者だからです。
そうですね?
神経の症状で苦しんでいますね。
そうでしょう?
神よ、
この小さな女性を癒してくださいと祈ります。
生涯、あなたに仕えながら、
幸せに生きることができますように。
アーメン。
さあ、喜びつつ行きなさい。
幸せでありなさい。
よろしい。
59. ここへ来るにあたって、心から信じていますか?
父なる神よ、
この姉妹のために祈ります。
どうか彼女の体を癒してください。
あなたのしもべとして、私にできる限りの信仰の祈りをささげます。
あなたはこう言われました。
「祈るとき、求めるものはすでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」
私は心を尽くして祈ります。
今、あなたがご自身を現しておられるのに、
どうして人々が、これ以上疑うことができるでしょうか。
あなたの大いなる祝福が、この群衆の中を流れています。
もし、これまでにペンテコステの夜があったとすれば、
今夜がまさにそうです。
私たちはここに共に集い、
聖霊が、イエス・キリストが、人々の間を動いておられます。
ああ、なんという時でしょう。
イエスの御名によって、
苦しんでいるあなたのこの子を祝福してください。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、姉妹。
さあ、喜びつつ行きなさい。
信じながら進みなさい。
兄弟よ、あなたは信じますか?
父なる神よ、
この兄弟の体を癒してください。
彼は真剣な思いでここに来て、
私に祈るよう求めました。
彼には祈りが必要です。
あなたが私に会われた御使いは、こう言いました。
「病人のために祈れ。彼らに信じさせなさい。そうすれば、彼らは癒される。」
ですから神よ、
どうかこの兄弟にそれをお与えください。
この壇上を去るとき、
イエスの御名によって、癒されますように。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、兄弟。
あなたは受け取ると信じていますね。
アーメン。
60. よろしい。さあ、ご主人、来てください。
神があなたを祝福してくださいますように。
信じますか?
今こそ信じなければなりません。
分かっていますね?
私が何を言っているか、あなたは分かっています。
主は偉大な医師です。
そのとおりです。
そして、もし主があなたを生かしてくださるなら、
あなたは主に仕えるでしょう。
なぜなら、今あなたを生かすことができるのは、主お一人だけだからです。
父なる神よ、
この哀れな男性を祝福してください。
恐ろしい悪霊が、彼の命を深くむしばんでいます。
彼に残された時間は、そう多くありません。
しかし、今こそその時です。
城門のそばに座っていた重い皮膚病の人々が言ったように、
「なぜ、ここに座って死を待つのか。立ち上がって、何かしようではないか。」
どうか今夜、彼が立ち上がり、
「私は全能の神の御前に立っている。
私は命を求める」と言うことができますように。
神よ、彼のために働いてください。
あなたのしもべである私が、
ここにいる他のクリスチャンたちと共に、
彼の上に手を置き、癒しを求めます。
そして、この恐ろしいがんの悪霊が、
イエス・キリストの御名によって、
彼から出て行きますように。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように。
さあ、進んで行きなさい。
神を賛美し続けなさい。
聞いてください。
あなたには、失うものは何もありません。
キリストに信頼し、
癒しを告白し、
信じて進みなさい。
61. よろしい。さあ、ご主人、来てください。
今、心から信じていますか?
キリストがあなたを癒してくださると信じますか?
兄弟よ、私はあなたを癒すことはできません。
しかし、あなたのために祈ることはできます。
そうでしょう?
主があなたを良くしてくださると信じますか?
私は、あなたが信じていると信じています。
さて、天の父なる神よ、
今夜、私はこの若い少年を抱きながら立っています。
そのとき、私の思いは、はるか彼方へと向かいます。
彼の人々のうち、何万人もの人が、あなたを受け入れたあの地へと。
そして、さらに思いは遡り、
ある一日へと戻っていきます。
エルサレムの石畳の上を、
古びた荒削りの十字架が引きずられて行く日です。
それを担っているのは、誰でしょうか。
いばらの冠をかぶり、
背中は打たれて血に染まり、
鞭の跡が刻まれたお方。
私は、そのお方が、
骸骨のように見える小さな丘へと向かって行かれるのを見ます。
その道すがら、
両脇には盗人たちがいました。
彼らは大柄で力強く、十字架を担いでいました。
しかし、主は小さく、痩せておられました。
その鞭打ちによって、
主の細い体から血が流れ出ていました。
神よ、主は死につつあったのです。
ああ神よ、
その古い十字架が引きずられ、
血の足跡が残されていきました。
するとそこに、
キレネ人シモン――エチオピア人が現れ、
主を助けました。
彼は十字架を取り上げ、
カルバリの丘まで担いで行きました。
神よ、ここに立っているのは、
その子孫の一人です。
あなたは、それをご存じです。
私は心から、この少年の癒しを願って祈ります。
どうか彼が家に帰り、
癒されますように。
イエスの御名によって。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、我が子よ。
さあ、行きなさい。
そして明日の夜、
何が起こったのかを知らせてください。
私は、それを聞きたいのです。
62. よろしい。さあ、ご主人、来てください。
信じますか?
信じるべきです。
よろしい。
天の父なる神よ、
この方の癒しを求めます。
主よ、あなたの祝福が彼の上にありますように。
今夜ここを去るとき、癒され、
これまでの人生で最も力強く福音を宣べ伝える者となりますように。
イエスの御名によって。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、兄弟。
よろしい。次の方、来てください。
あなたは失明したくないでしょう。あなたは……
[姉妹がブラナム兄弟に話しかける]
そうですね。
神があなたを祝福してくださいますように。
それでいいのです。
それが正しいやり方です。
彼女は、ここに立っている間に癒され、
そのまま壇上を降りて行きました。
よろしい、ご主人。
あなたも目に問題があり、癒しを求めていますね。
そうでしょう?
目は澄んで見えますが、視力が落ちていました。
これまで、本を読むときには、
近くに寄せなければならなかったでしょう。
しかし今、何かが起こりました。
主イエスの御名によって行きなさい。
心から信じなさい。
信じますか、ご主人?
おお神よ、
あなたの聖なる御子イエスの御名によって、
この若者を癒してください。
今夜この壇上を去るとき、
神の御霊に満たされ、
残りの生涯を、健やかな体であなたに仕える者としてください。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、兄弟。
行きなさい。
神の平安が、あなたの上にありますように。
63. ああ、お父さん。
心から信じていますか?
信じていますね。
神が私の兄弟を祝福し、癒してくださいますように。
父なる神よ、
この方のために祈ります。
誰かの父親であるこの方を、
どうかあなたの癒しの御手で触れ、健やかにしてください。
イエスの御名によって祈ります。
アーメン。アーメン。
さあ、兄弟よ、
信じて行きなさい。
そして、いつの日か、
あなたの胃を悪くするあの薬を飲まなくても、
食事ができるようになります。
神があなたを祝福してくださいますように。
さあ、ご婦人、来てください。
キリストを信じなければならないことを、あなたは分かっていますね。
そうでなければ、死に至ります。
そのとおりでしょう?
がんは、確実に命を奪います。
もし主を受け入れなければ……。
でも今、あなたは信じていますね?
父なる神よ、
この姉妹のために祈ります。
主よ、もしかすると、
ここにいる誰かの赤ちゃんの母親かもしれません。
ああ神よ、どうか憐れんでください。
そして今夜、
イエス・キリストの御名によって、
私はこのがんを叱責します。
どうか彼女が、
喜びと幸せに満たされて、
ここを去ることができますように。
神があなたを祝福してくださいますように、姉妹。
信じて行きなさい。
……よろしい。
64. さあ、ご主人、こちらへ来てください。
あなたは、私を神の預言者として信じていますね?
神が私を遣わされたと信じていますね?
そして、今感じているこの臨在が、神の御霊であることも分かっていますね。
はい、そのとおりです。
では、もし神があなたを癒してくださるなら、
これからの生涯ずっと、神に仕えますか?
仕えますね?
よろしい。
では、心から信じてください。
天の父なる神よ、
今、あなたに願います。
サタンがこの哀れな人を、車椅子や寝床に縛りつけ、
足や手を弱らせ、
関節を固め、骨を癒着させようとしています。
しかし神よ、
イエス・キリストの御名によって、それを止めてください。
どうか彼が癒されますように。
イエス・キリストの御名によって願います。
アーメン。
さあ、兄弟。
心から信じるなら、
もう二度と関節炎に悩まされることはありません。
行って、できる限り健やかに過ごしなさい。
では皆さん、
「神に栄光あれ」と言いましょう。
65. さあ、ご婦人。
あなたには、いろいろと問題がありますね。
その一つは、目が悪くなってきていて、視力が落ちていることです。
少しこちらへ来てください。
そうでしょう?
そのとおりですね。
父なる神よ、
今、あなたの御霊がここに立ち、
この建物全体に油注ぎが流れています。
このような中で、どうして人がじっとしていられるでしょうか。
主よ、
どうかこの女性を癒し、健やかにしてください。
そして、盲目の霊よ、
今すぐ彼女から出て行け。
イエスの御名によって。
アーメン。
さあ、姉妹。
あなたは求めたものを受け取りました。
心から信じて行きなさい。
そして癒されなさい。
よろしい。
次のご婦人、来てください。
不思議ではありませんか。
皆さんが同じところに集まり、
同じことを求めていたのですから。
神よ、
イエス・キリストの御名によって、
この女性にも癒しをお与えください。
どうかここを去るとき、
完全に正常で、健やかな体となりますように。
あなたの御子イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
さあ皆さん、
「主をほめたたえよ」と言いましょう。
心の底から主をほめたたえなさい。
ああ、本当にすばらしいですね。
66. さあ、ご婦人、こちらへ来てください。
心から信じていますか?
私たちの主イエスが、あなたを癒すことがおできになると信じますか?
そして、私がすることは、ただ主にお願いすることだけだと信じますか?
私がお願いすれば、主がそれをしてくださると信じますか?
そうですね。信じていますね。
では、今、お願いしましょう。
父なる神よ、
この女性を癒し、健やかにしてください。
今夜ここを去って、家に帰り、回復しますように。
イエス・キリストの御名によって、彼女を祝福します。
あなたは言われました。
「あなたが地上で縛ることは天でも縛られ、
地上で解くことは天でも解かれる。」
ですから父よ、
イエスの御名によって、
彼女をその弱さから解き放ってください。
神があなたを祝福してくださいますように、姉妹。
心から信じて行きなさい。
では、姉妹、こちらへ。
心から信じていますか?
もう少し近くに来てください。
あなたの上に手を置いて祈りたいのです。
私が心から神にお願いすれば、
神があなたを良くしてくださると信じますか?
本当に、心から信じていますか?
信じていますね。
では、その神経の不調がすべて去ると信じますか?
信じていますね?
――もう、すでに去っています。
ですから、喜びつつ進んで行きなさい。
では皆さん、
「神に栄光あれ」と言いましょう。
67. さあ、姉妹……。
ああ……。
全能の神よ、
命の創造者、すべての良い賜物を与えられるお方よ、
この耳の霊に悩まされている女性の上に、あなたの祝福を送ってください。
サタンよ、
おまえはこの悪しきことを行い、
彼女がどこかで車の前に出て、
早すぎる死に至るよう仕向けてきた。
しかし、おまえは敗北した。
私は、今夜ここにいる他のクリスチャンたちと共に、
神のしもべとして来た。
神の御子イエスの御名によって、
おまえに命じる。
彼女から出て行け。
今、心から信じますか?
そして、主を愛していますか?
心を尽くして愛していますか?
主はすばらしいお方ではありませんか。
本当に……
主は栄光に満ちておられます。
そうでしょう?
あなたは主を愛しています。
ええ、確かに。
そして、主があなたを癒されたと信じていますね。
それなら、あなたは癒されました。
聴力は戻り、正常に聞こえています。
また、あなたを悩ませていた
婦人の病も去りました。
さあ、壇上を降りて行きなさい。
「ありがとうございます、主よ」と言いなさい。
そして、癒されて行きなさい。
68. よろしい。
不思議なことに、この女性も耳が聞こえません。
こちらへ来てください。
サタンよ、この悪霊よ。
私たちはクリスチャンとして言います。
「この女性から出て行け。彼女を離れよ。」
イエスの御名によって、出て行け。
さあ、心から主を愛していますか?
ああ、愛していますね?
それはすばらしいことです。
え?
[姉妹がブラナム兄弟に話しかける]
あなたも、同じ状態だったのですか?
そうですか。
どれくらいの間、その状態でしたか?
長い間……。
本当に、主イエスがしてくださったことは、すばらしいではありませんか?
つらいことでしたね。ええ。
あなたは何年も前、
若い女性として、あちらで子どもたちを教えておられましたね。
学校で教えていて、
そのうちに耳が聞こえなくなっていった……。
それなのに、今、この時代にあって、
主イエスがあなたの聴力を回復してくださったのです。
なんとすばらしいことでしょう。
さあ、手を挙げて、
「ありがとうございます、主よ」と言いなさい。
……そのとおりです。
神があなたを祝福してくださいますように。
壇上を降りて、癒されて行きなさい。
ありがとうございます、お母さん。
神があなたを祝福してくださいますように。
69. さあ、兄弟、こちらへ来てください。
天の父なる神よ、
あなたの御子イエスの御名によって、この男性を祝福し、癒してください。
主イエスよ、それをお与えください。
あなたの御霊が彼の上に臨み、
イエスの御名によって健やかになりますように。
アーメン。
よろしい。
神があなたを祝福してくださいますように。
そのとおりです。
壇上を降りて行きながら、「主をほめたたえよ」と言いなさい。
よろしい。
これで全員ですか?
よろしい。
では、もう一度祈ってほしい方は、手を挙げてください。
どこにいますか?
もし可能なら、必要のある方々の列を作れたら……
どうしたらよいか、今は分かりませんが。
そこのベンチ席の列にいる方々で、
病んでいる方は手を挙げてください。
その列の端から端まで、見せてください。
よろしい。
では、下の最前列のベンチ席の方々、
少しこちらへ来てください。
[不明瞭な部分]
その列の皆さん、立ち上がって、こちらへ移動してください。
それから、奥の方からも何人か来てもらえるかもしれません。
できる限り祈ろうと思います。
[一人の兄弟がブラナム兄弟に話しかける]
どうしますか?
はい、こちらへ連れて来てください。
私が彼らのために祈ります。
70. 今はそれほど疲れていません。
少し幻があって……。
ありがとう。
主を愛している人は、
「アーメン」と言ってください。
ああ、私は、牧師たちを通して大きな実が結ばれると信じています。
あなたもそう信じますか?
私は、私たちの主がここにおられて、
病んでいる人、苦しんでいる人を癒し、
健やかにしてくださると信じています。
では皆さん、
ほんのしばらく、できるだけ敬虔にしてください。
この賛美を歌いましょう。
ただ信じよ、ただ信じよ、
すべてのことは可能だ、ただ信じよ。
皆さん、今しばらくの間、
できる限り静まり、敬虔になってください……。
ただ信じよ……。
よろしい。
ああ、そうだったのですね。
私は一列だけを呼んだつもりでした。
よろしい、もう並んでいるのですね。
準備できていますか?
[不明瞭な部分]
皆さん、よく見てください。
分かりますか?
少し失礼します。
祈りのカードがある、ということがどういう意味か分かりますか?
秩序がなくなってしまうのです。
見てください、全く順序が取れません。
でも、そのまま前に来てください。
皆さん、前へ来てください。
私は、観覧席の最前列を呼びました。
[一人の兄弟が会衆に話しかける]
よろしい。
それで結構です。
よろしいですね。
71. 皆さん、今お分かりでしょう。
プレイヤーカードがなぜ必要かということが。
何らかの秩序がなければ、ほとんど祈ることができません。
それが、私たちが祈りのカードを配る理由です。
次回は、カードの番号に従って呼びます。
今回は、カードを持っていない方のために、少し試してみただけです。
よろしい。では、来てください。
姉妹、こちらへ近づいてください。
天の父なる神よ、この貧しい女性を祝福してください。
今夜ここを去るとき、癒されますように。
ああ、尊い神よ、
イエスの御名によって祝福をお与えください。
アーメン。
神があなたを祝福してくださいますように、姉妹。
心から信じて、壇上を降り、癒されて行きなさい。
あなたは、その胃の不調から解放されたいのですね?
そうですか?
主があなたを癒してくださると信じますか?
心から信じていますか?
父なる神よ、
この少女を癒してください。
主よ、健やかにしてください。
あなたの御霊が今、彼女の上に臨み、
ただ今、癒してください。
心を尽くして、イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン。
さあ、姉妹、行きなさい。
明日の夜、
主があなたにしてくださったことを証ししてくれるのを、
私は聞きたいと思います。
では皆さん、
信仰を持ち、今、信じなさい。
72. 姉妹よ、信じますか?心から……。おお、イエスよ、
どうか彼女を癒し、健やかにしてください。
主よ、それをお与えください。イエス・キリストの御名によって、
彼女の癒しを願います。アーメン。
よろしい。今、信じながら、そのまま進みなさい。
神に感謝しなさい。あなたは良くなっています。
あなた自身、それが分かっていますね。
では、姉妹。主がそれをしてくださると信じますか?
おお神よ、開かれよ。
イエス・キリストの御名によって、開かれよ。
アーメン。
主を愛していますか?
私の声がちゃんと聞こえますか?
[テープ空白]
……そして、私にできる限りのことをすべて行います。
ああ父よ、
今、聖霊に従うという従順の上に、
この建物にいるすべての人を癒してください。
ここにいる病んだ人々を、
一人残らず癒してください。
特に、心臓の病を持つ人々――
今、何かが起こらなければ、
まもなく命を落としてしまう人たちを。
次に、がんの患者たちを癒してください。
また、結核の人々も癒してください。
すべての病を癒してください。
足の不自由な人々を癒してください。
ここにある手紙――
病を代表して差し出されているそれらのためにも、
癒しをお与えください。
また、
信じない霊、
キリストを受け入れない霊が、
すべて去りますように。
今この瞬間、
すべての罪人が、
あなたの神的な力に触れられますように。
そして、
聖霊がこの集会を完全に支配されますように。
全能の神よ、
私はこの集会を聖霊に委ねます。
あなたの御子イエス・キリストの御名によって、
ここにいるすべての人を癒してください。
サタンよ、
イエスの御名によって、
人々から離れよ。